10.ガムガン砦の攻防 激突編

 ラスティーがグレイスタンとマーナミーナの国境に到着してから3時間後。

 レイ率いる軍団がボロボロに疲れ果てながらも到着した。数十名ほど怪我をしており、軍馬の数も少々少なくなっていた。

「何が遭ったんだ?!」ラスティーが問うと、レイは開口一番に謝罪をした。

「申し訳ありません! 予定よりも遅れてしまい……」

「いや、何が遭ったんだ? 盗賊にでも襲われたのか?」と、問うも『それはありえない』と頭の中で考える。

 グレイスタンの内情をラスティーは知り尽くしていた。王が変わり、内政は少々荒れたが、それでも国内の治安は良かった。盗賊や悪党はいるにはいるが、250名の軍団に襲い掛かる程の大規模な大盗賊団は道中のグレイスタンには存在しなかった。

「いや、その……」レイは彼から目を背け、表情を崩す。

 すると、彼の代わりと言わんばかりにキーラが前に出る。

「あなたが言う通りのルートを通らず、近道をしようと軍を進めたんです。それで、道に迷ったり、満足に休憩できなかったりして……」と、不甲斐ない表情のまま頭を下げる。

「……部下に無茶を押し付けたわけか……」ラスティーは表情を曇らせ、煙草を咥える。

「落馬する者もいれば、挙句の果て乗り潰し、バラついた所を獣に襲われ……」キーラが説明する中、レイはただ俯いていた。

「……わかった。とにかく、兵たちと馬を休ませてくれ。明日、作戦を決行する。ウィンガズ騎士団長にも伝えておく」ラスティーはレイには目を合わさずに煙草に着火し、踵を返した。

「……躓き続きだ……情けない」レイは重たそうに頭を上げる。

「ま、彼なら許してくれるわよ」彼女は優しく微笑みかけ、彼の頭を軽く叩いた。



 その頃、ガムガン砦の大門内側では、パレリア軍およそ5000の兵たちが息巻いていた。その先頭には騎士団長ジャムスが演説を高らかに吠えていた。

 その隣では泣きそうな顔を我慢するエミリーが肩を震わせ、立っていた。

「うぅ……もう嫌だよぉ」彼女は、初めて戦場に立った時、ロクに兵を守れず、逆にロザリアや他の兵たちに守られていた。その時、賢者としてのプライドはボロボロにされ、戦意喪失していた。ラスティーの策を聞き、少しは勇気を取り戻したが、再び戦場の緊張感に晒されて腑抜けになるのではないかと、今から緊張していた。

「大丈夫……」そんな彼女の表情で察したロザリアは、エミリーに暖かな眼差しを送る。

 それを感じたエミリーは、一粒涙を流し、両腕に稲妻を唸らせた。

「大丈夫……」彼女自身も己に言い聞かせ、頬を両手で叩く。

 そんな光景を遠巻きに眺める傭兵団。

「死にに行く気満々って感じ……賢者の子がかわいそう~」キャメロンは憐れむような眼差しを送る。

「で、ダニエル。お前の策は、そして予想は当たるんだろうな? 俺の部下の命は、安くないぞ?」オスカーは太い腕を彼の首に巻き付け、頬髭を押し付ける。

「痛い苦しいやめろ! 大丈夫だ! ラスティーの情報と俺の頭を信じろ! そして、俺の言う通りに動いてくれよ、オスカーさん!」

「部下に命令すんのは俺だから。そこだけは忘れるなよ!」と、太い指を向けてフンっと鼻息を荒げる。

「では、俺たちは裏口から行きましょうか、キャメロンさん」デートか遠足に行くような表情でローレンスが促す。

「ウィッス! んじゃ、ダニエル、ライリー! ここは頼んだよ!」と、彼女は飛んでいくように彼と共に裏口へと向かった。

「相変わらず軽いなぁ……ま、あいつは戦うのが好きな奴だからなぁ」呆れた様な声を出すライリー。彼は相変わらずやる気のない気の抜けた表情で寝そべっていた。

「お前も戦うんだよ!」ダニエルが引っ叩くも、彼はまったく表情を変えずに一言漏らした。

「俺、偵察兵だから」



 そして太陽が真上に上る頃、ついに開戦する。天気は晴れ、雲ひとつない澄み切った空だった。

 掴んだ情報通り、ガムガン砦の迎撃兵器の射程範囲外からボルコニア1万の軍団が挑発行動を行った。その言葉は、無駄にプライドが高く、好戦的なパレリア兵の堪忍袋の緒を切る程の内容だった。

 挑発が来るとわかっていたパレリア兵であったが、怒号を上げて門を開き、一斉に突撃する。

 だが、パレリア軍は敵の策を知っている為、対応策は一応考えてはいた。

 その手とは、5000の内の3000は正面のボルコニア軍に向け、残りの2000、そして賢者エミリーはバルカニアの挟み撃ち部隊を迎え撃つという物だった。

 賢者の雷でバルカニア軍を薙ぎ払い、勢いに乗じてボルコニア軍を殲滅する、という何とも勢い任せな策とも呼べないものだった。

 バルカニア軍は、その無謀な突撃を見越し、ある別動隊を動かしていた。

 それは、砦の裏口へ向かっていた。その数は少なく500程だった。だが、殆ど空になった砦を制圧するには十分な数だった。

 この別働隊は、砦の迎撃兵器の運用に長けた者達で編成されていた。

 バルカニア軍はこの部隊を使い、兵器の射程範囲に唯一存在するパレリア軍を殲滅するともりだった。



「来たぞ来たぞ、およそ1キロ向こう側に敵さんの別動隊だ。装備は最低限、身軽だな。砦内には殆ど兵はいないと思ってやがるな」野鳥や小動物を使って遠くの情報を得る事の出来るライリーが口にする。

「数は?」

「アバウトにしかわからんが、およそ500だ。少ないが、俺たちにとっては多いな」

 彼らは50にも満たない傭兵団であった。少ないながらもその兵力差は10倍だった。

「何とかできるか、オスカーさん」ダニエルが問いかけると、彼は斧を光らせながら視線を送った。

「その程度でビビる俺たちじゃねぇぞ! もっとヤバい戦場でやり合ったことだってあるんだ! コルミがいねぇのが少し調子が出ないが……で、ウォルター……だったか? お前は大丈夫なのか?」と、ラスティーがコルミを連れて行く代わりに置いていったウォルターに問いかける。

「……」彼は何も言わず、ただオスカーを睨み付けた。その瞳はまるで蛇の様に体温を感じない物だった。

「……こいつ、俺を睨むんだよぉ~! めっちゃ怖いんだよぉ!!」オスカーがダニエルに訴える。

「あいつ、みんなの事をあの目で睨んでくるぞ」ライリーが口にする。

「多分、元からあんな目付きなんだろ?」ダニエルもそう言いながら、砦の見取り図で策の最終確認をする。

「馴れないんだよなぁ~あの目……」



 その頃、エレンはダニエルから作戦内容だけ聞き、怪我人を収容している建物を締め切っていた。完治し、隊に戻っていった者は数人いたが、まだ数十名の怪我人がここに残っていた。

「あの、エレンさん……もしや、ここにも敵が?」怪我人のひとりが彼女に問う。

「えぇ、ダニエルさんの作戦は、あえて敵を砦に招き入れる事にある様ですから……」と、口にすると、この言葉を聞いた怪我人たちが立ち上がる。

「だったら寝ている暇なんてないじゃないか!! 俺たちは最後まで戦うぞ!」

「そうだ!!」と、弱り果てた顔をした者達に生気が戻る。

「……でも、いらぬ人員のせいで策が台無しになるやもしれませんし……満足に動かない身体で来られても迷惑でしょうし……」と、冷静な頭で口にするエレン。

「何もするなと、そう言うのか!! ぐっ……」痛む身体を押して怒鳴る。

「わかりました……私が訊いてきましょう」エレンは腰を上げ、ダニエルのいる方へと向かっていった。



「あと500メートル」風で敵を感じ取り、得物のボウガンに矢を装填する。

「よし、出迎えの容易だ」ダニエルは槍を軽く握り、顔を叩く。

「野郎ども! 戦闘準備だ!! 気張れよ!!」オスカーが高らかに声を上げると、彼の部下40数名が大声で応える。

「あのすいません……」そこへエレンがひょっこりと現れる。

「え、エレンさん! 非戦闘員はこっちに来ないで下さい!」ダニエルが慌てた様に口にする。

「あのぉ……私が抱えてる怪我人たちが戦いたい、と仰っているのですが……」

「怪我人? ろくに身体の動かない奴らに来られても迷惑だ!」オスカーが口にし、裏口へ目を戻す。

「ですよねぇ」

「いや、怪我人にも出来る事があるぞ。エレンさん、彼らにこう伝えて下さい」ダニエルは何かを思いついたように、口を開いた。



 パレリア軍の一番槍とボルコニア軍が激突する。1万と3000の激突。見るからにパレリア軍の方が劣勢に見えたが、窮鼠猫を噛むと言うのか、勢いだけはパレリア軍の方が押していた。

 今迄我慢してきた爆発力がボルコニア軍を気押し、怯ませた。

 そしてパレリア軍の掴んだ情報通り、両脇からバルカニア軍が挟み込む。

 バルカニア軍は予め隠して用意していた大型キャノン砲を合計50門同時に点火させ、鉄塊を浴びせかけた。

 それを全て、エミリーが雷撃で刻み落とす。暴れ狂う稲妻だったが、その狙いは流石賢者、正確であり、一発も砲撃はパレリア兵を傷つける事はなかった。

「私が守ります! みなさん、行ってください!」必死になって大声を絞り出す少女。

「いくぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」騎士団長の咆哮と共にバルカニアへの迎撃が始まる。

 流石に1万のバルカニア軍に挟み込まれ、勢いを削がれそうになる。

 だが、そこで活躍するのがロザリアだった。

 彼女は大剣から放たれる衝撃波で大勢の軍を蹴散らしていった。血を見るのを好まない彼女は、刃を血で汚さない様に敵と敵の間を狙うようにして大剣を振るい、その衝撃波で気絶させていった。

 そのやり方に苛立つ周囲のパレリア兵だったが、その勢いに乗じて少しずつ戦果を挙げていく。

 この2万に対し、5000のパレリア兵たちは意外にも善戦していた。

 だが、バルカニアの将ブレイクにとっては、ここまでは計算通りであった。

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