9.ガムガン砦の攻防 軍議編

「で、俺たちはどうするん?」耳を穿りながらライリーがダニエルの肩に肘を乗せる。

「……パレリア軍はどう動くんだ?」ダニエルは額の汗を拭い、親指の爪を噛む。

「騎士団長様と司令官様は、戦えるもの全員で突撃するべきだ、と。一応、賢者様が必死に説得しているけど、あれは無理だな」

「そうか……」

「おいおいおい! 完全に全滅してこの砦を明け渡す気満々って感じじゃないか! 冗談じゃないぞ!」オスカーが怒鳴って机を叩く。

「相手は合計10万だからなぁ……まぁ、この砦攻略に全兵力を突っ込んでくる事は無いだろうが、それでも勝ち目はないな」ダニエルは震える口で煙草を咥えた。

「それで、なんか策は思いついたの?」キャメロンが問うが。返事は煙しか返ってこなかった。

「……なにも思いついてないんでしょ?」


「相手は強豪ボルコニア、バルカニアだぞ!! 思いつく方がおかしい!!」


「『あの時』と状況が違うし、な。俺達だけなら、生き延びる事はできるが、今回の仕事はこの砦の死守だからなぁ……うちのボスも随分な無茶ぶりをやってくれるよなぁ~」ライリーは、弱り果てたダニエルを憐れむような目で見ながら、深いため息を吐いた。



「すまない、エレンさん。私はもう行かなければならないらしい」ロザリアは包帯を置き、兜を被って、勇ましく立ち上がった。

「始まるんですね?」エレンは手を休めずに問うた。

「……できれば戦いたくないが……」

 そんな言葉を聞いたパレリア軍兵士は、壁を蹴って彼女の肩を思い切り突き飛ばした。

「そんな迷いがあるなら来るな! 迷惑だ!!」

「そういうわけにはいかないだろう? この砦が潰されたら、次は私の村の番だろうからな……」ロザリアはうんざりした感情を押し殺していた。

「来るなら来い! 今の我々にはお前の腕が必要なんだ!! くそったれ!」兵士は悪態を吐き散らし、出て行った。

 そのやり取りを聞いて、エレンは首を傾げた。

「嫌われているのか、頼りにされているのかわかりませんね」

「……私の様な素性の知れない村娘に手柄を取られるのが嫌らしい……」

 数週間前のバルカニア侵攻時、彼女は戦争には消極的に参加し、散々に騎士たちから怒鳴られ、役立たず呼ばわりされていた。

 しかし、形勢逆転しやり返され始めると、ロザリアは防衛戦で活躍し、よく殿を務めては手柄を上げた。

 これを見て、騎士団長直属の兵士たちは彼女の強さに嫉妬し、煙たがった。

 そして、エレン達が来るまでは、彼女は散々にパレリア軍兵士たちから嫌がらせを受けていた。

 だが、ここにいる負傷兵の殆どはロザリアに救われた者ばかりであり、全員彼女に感謝していた。

「何だか女々し連中ですね、パレリアの騎士っていうのは」

「プライドを傷つけられるのを極端に嫌うからな……さ、私はもう行かねば……エレンさん、ご無事で」と、ロザリアは大剣を片手に踵を返した。



「どうするんだぁ? 俺たちも連中と一緒に死にに行くのか? それとも、砦に残るのか?」焦りを呷る様にオスカーが口を尖らせる。

「残るべきだとは思う……だが、どうするべきか、よくわからん」ダニエルは割れそうに痛む頭を両手で押さえ、唸った。

「砦の迎撃兵器を動かして援護するのは?」キャメロンが言うも、ダニエルは横に首を振った。

「敵さんは、こっちの兵器の射程距離をよく知っている。だからその範囲外から挑発を仕掛けてくるって言うウソ情報を流したんだ。だが、無策で突っ込むパレリア軍もどうかと思うぞ?!」

「あたしに言わないでよ」

「敵は何を考える? 嘘情報で釣って、どうする気だ? 考えろ! 考えろ俺!! 軍師学校で何を勉強してきた! 思い出せ!!」ダニエルは髪の毛が抜けん勢いで頭を掻き毟り、唸り散らした。

「そんなことやっても何も思い浮かばないぞ?」ライリーは呆れた様な目でダニエルを眺めた。

「お前も考えろよ!!」

「俺、偵察兵だから」

「もうさ、観念してカードゲームでもやらない? ジタバタしてもしょうがないしさ」マイペースな笑顔を見せ、キャメロンがポケットからカードの束を取り出してシャッフルを始める。

「んな事している場合か!」ダニエルは火を噴かん勢いで怒鳴る。

「どうせイカサマするんだろう! このインチキ女!!」散々カモられたことを思い出したオスカーも揃って怒鳴り散らす。


「イカサマ……か」


 急に冷静な声を出し、ダニエルが目を座らせる。

「なに? 見抜けないあんたらが悪いんでしょー」キャメロンは口を尖らせながらカードを切り、各自に配り始める。

「因みに、どんなイカサマを仕込む気だ? キャメロン」ダニエルはカードを手に取り、自分の手札を睨む。

「んなこと、いう訳ないじゃ~ん。そうだなぁ……そういや、ラスティーはあえてイカサマを見抜いて、調子に乗らせて、ってやっていたっけ」


「それだ!!」


 ダニエルは手札を握り潰しながら立ち上がった。

「なにすんのよ! カードをそんな風に!」

「言ってる場合か! なんとなくわかってきたぞ、敵の策と、俺たちがすべき行動が!」

「本当か?」オスカーが顔を近づける。

「オスカー、あんたの兵全員と俺、そしてライリーはこの砦に残って、敵を迎え撃つぞ! そしてキャメロンとローレンスは……」

 


 その頃、ラスティーはマーナミーナ国とグレイスタン国の国境沿いの村に辿り着いていた。

「思ったより早く着いたな! 順調順調! っとぉ……お? レイ達はまだ来てないのか?」下馬し、馬の腹を撫でながら首を傾げる。

「どういう段取りになっているんですか?」少々心配そうなトーンでコルミが問う。

「3日前にはこの村に着いて、いつでも出撃できるような段取りなんだが……お? あいつらかな?」と、村の門へ向かう集団を目にし、目を凝らす。

 その集団は、グレイスタンの騎士団長ウィンガズ率いる親衛隊だった。

「おぉ、ラスティー殿、こんなに早く会えるとは思わなかったぞ!」馬に跨りながら大手を振る。

「俺もだ! こっちはまだ準備が整っていないんだが、そっちはどうだ?!」

「こちらから5万、そしてムンバス王が5万、ラスティー殿の合図でいつでも出撃できますぞ!!」と、胸を張って叩く。

「素晴らしい! よしよぉし! もう待てないなぁ! レイの野郎は何をやってやがるんだぁ?!」

 馬上で策を楽し気に語っていたラスティーだったが、それ以上に悪い企み顔を覗かせるラスティー。

 それを見て、そしてとんでもない数字を聞いてコルミは表情を強張らせた。

「い、一体この人は、何をやらかす気なんだぁ???」



 その次の日、バルカニア陣地、会議室にて。

 騎士団長のブレイクは優雅に朝食を摂り、食後の紅茶を飲んでいた。

「ボルコニアの連中は、始めたのか?」余裕綽々な顔で遠くの煙を見る。

「はい、このタイミングでの挑発です。そして、連中は我々の策を知ったつもりで喰いつきます。この戦、終わったも同然ですな」隣で腕を組む騎士サンズが口にする。

「確かに、余裕であっという間に終わるだろう。だが、油断はするな。追い詰められた獣は、凶暴であるし……不確定要素もあるにはある」と、報告書に目を通す。

「例の50名の事で?」ククリスの使いであると言いながら砦に入っていった50名、つまりラスティー達傭兵団の事だった。

「例の偽情報を疑心暗鬼で持ち帰った偵察兵がいたとか……それが引っかかってな」

「ですが、パレリアの騎士たちが耳に入れますかな?」

「……思い過ごしだと思うが……まぁ、この戦いは我が手の上だ。どんな事が起ころうとも、我らの勝利は揺らがない」

 ブレイクは紅茶を飲み干し、カップをゆっくりと皿に置いた。そして、スクッと立ち上がる。

「さて、待機させてある兵に連絡を。作戦を始めるぞ」

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