8.ガムガン砦の攻防 準備編

 ガムガン砦より西へ数キロ進んだ森の中の獣道をライリーは静かに進んでいた。身を屈め、不用意に音を立てないように気を配り、遠くで目を光らせる偵察兵を掻い潜り、バルカニアの拠点へ少しずつ進んでいく。

 彼は、見てくれは小柄で出っ歯の冴えない男だったが、その反面、優秀な風使いであり、偵察兵であり、ブリーダーだった。

 彼は、ウルフソルジャーを飼いならして敵を襲う様なブリーダーではなく、手近な野鳥や小動物の声を風魔法で聞き取るのを得意とする、まさに偵察兵と相性抜群なタイプのブリーダーだった。

 そんなスキルを活用し、今回の偵察で分かったことがあった。それは……。

「……なるほど、この拠点は罠、か……」目を細め、耳を澄ませて拠点内の情報を少しずつ集めていくが、苦み走った表情を浮かべて首を傾げる。

 彼は一歩前へ出て、もう少し近場で収集しようと試みた。

だが、その瞬間、殺気を察知した小鳥の恐怖を感じ取り、咄嗟に頭を下げる。

「ぐ……かんっぜんに罠だ……」ライリーは冷や汗を拭い、踵は返さずに頭だけ殺気の方へ向けながら後ずさる。

 彼はこのままボルカニアの拠点へ向かおうと足を進めようとする。

 すると、また殺気を感じ取った鼠の警戒心を読み取り、足を引く。


「……わかりましたよ、チーズを持って帰りますよ、と。毒入りだけどな」


 ライリーはため息を吐きながら足早にそそくさと元来た道を引き返す。

 そんな彼に気を配っていたバルカニアの諜報兵はその姿を見て、鼻で笑い弓を背に戻した。



「エレンさん。これでいいでしょうか?」ロザリアは横たわる負傷兵の膝に包帯を巻き付け、確認する。

「あまりキツくしないであげないで下さい。血液と染み込ませたヒールウォーターの廻りが悪くなりますから」

「すまない」と、不器用な手つきで包帯を締め直す。負傷兵は痛みに喘いだが、ロザリアは武骨な兜越しに鋭い眼差しを向けた。

「鎧を脱いだら、もっと上手く動くのでは? いくら小手を消毒したからって……」

「すまない……これはあまり脱ぎたくないんだ」と、包帯をまた強く締めてしまう。痛みの声で気付き、新しい包帯に取り換える。

「……その理由を、聞いていいですか?」

「話したくない……いや、厳密には、私にもわからない。肌を晒したくないんだ」と、なるべくキツクならない様に緩く巻く。

「……わかりました」エレンは悲し気な目で彼女を見た後、目を伏せる。

 エレンは半年近く前にロザリアと出会ったとき、彼女の素顔を見て取り乱したことがあった。20年前、エレンが幼い頃に出会った女性に、トラウマにそっくりだった。

 正確にはエレン自身のトラウマではなく、その女性に触れた時に感じた女性のトラウマだった。それは凄まじく、幼きエレンの心に突き刺さっていた。

 その刺さった釘が如きトラウマを、彼女はどうにか引き抜こうと今迄、旅をしてきたのだった。

だが、実際に目の前に抜く機会が訪れても、尻ごみをしてしまい、一声が出なかった。

「あの、あまり緩すぎると、包帯の意味が……」

「す、すまないっ!」



 その頃、ダニエルは情報の塊である紙束に書かれた情報と、今回の籠城戦に関する敵味方の布陣を照らし合わせ、情報を書き込んでいた。

「なんだか、余計わからない気がするんだが?」オスカーがその布陣図を見て顎を撫でながら困った顔を見せる。

「悪いな、見易く書く才能がないもんでね。で、オスカーさんの傭兵団はいつでも動けるのか?」眼鏡と額を怪しく照らす。

「まぁ、その時が来ればな。だが、これは籠城戦だろ? 動く必要は……」

「パレリア軍の偵察隊が余計な情報を持って帰ってこなきゃな。これを見てくれ」と、紙束を開いて彼に見せる。

「なんです?」

「バルカニアの知将、ブレイクの策で今回やりそうなのが、この情報に毒を盛るってやつだ。ワザと拠点に隙を作り、作戦をあえて盗ませ、その裏を掻くっていうずる賢い作戦だ。過去にボルコニア相手に牽制打として使った手らしいが……」

「この状況で盛られたら、ヤバそうだな。パレリアは今朝、偵察隊を送ったって聞いたが……?」

「だから動けるか? って聞いたんだ」ダニエルは頁を閉じ、布陣図に目を戻した。

 そこへ、顔を汚しながらライリーが帰ってくる。濡れた布で顔を拭い、水筒の中の最後の一滴を舐め、ダニエルの隣にへたり込む。

「みず~」

「帰ってきたか。で? 何か掴めたか?」

「毒入りの情報を、な。分かり易いほどだったぜ。ボルコニア軍が迎撃兵器の射程範囲外から挑発するらしい。で、出てきたところを両脇からバルカニア軍が挟み込むって策だ」ダニエルから水を受け取り、一通り話して一気に飲み干す。

「バルカニアにしては、お粗末だなぁ」オスカーが口にすると、ライリーが指を振る。

「だから、毒入りだっていったでしょ? で、それの裏を掻くようにこっちが進軍するでしょ? それを想定した策を向こうが被せてくるわけよ。どんな策だか知らないけどな。ご丁寧に、俺がこの情報を持ち帰るようにエスコートしてくれたよ」

「だが、こっちには賢者様がいるし、正面から戦っても下手を打っても互角には……」オスカーが言うも、今度はダニエルがちっちっち、と指を振る・

「ならねぇな。現場経験の少ないガキだってことは向こうもわかっている。それに、属性の弱点を突く方法はいくらでもあるし、このラスティーの情報によれば、バルカニアはクリスタルを用いた新兵器を用意している、ってある」

「くりすたる兵器?」聞き慣れない言葉に首を傾げるオスカー。それもそのはず、このクリスタル兵器という物はまだこの西大陸には浸透も普及もしていなかった。

「北で魔王軍がよく使っていたな。俺が最後に見たヤツは、人があっという間に消滅するって代物だった……あんなのは使うべきじゃない」ライリーはそよ風の様なため息を吐き、頬杖を付く。

「まぁ、この情報によれば、バルカニア独自の開発らしい。どんな物かは知らないが……」

「と言うか、この情報の紙束は何なんだ!! ラスティーさんは一体、どうやってこんな情報を仕入れたんだ?!」オスカーは卓をドンと叩き、立ち上がってどこかへ行ってしまった。

「あのオッサン、ファイタータイプだな」ライリーが呟くと、ダニエルは静かに頷いた。

「キャメロンと同じタイプだな。で、パレリアの偵察隊はこの偽情報を掴んだと思うか?」

「連中が襲われた痕跡を発見した。多分、俺が探り当てたコースとは違う方へ向かったんだな。ま、気の毒だがラッキーだと言う他ないな。もし、掴んだら……」と、顔を青くさせる。

「今のこの砦は火に囲まれた大砲だからな。いつ火を噴くかわからないし、噴いたらこの砦は、終わりだ。たった50弱の意見なんか聞かないだろうしな」



 その頃、キャメロンはローレンスを相手に戦闘訓練を行っていた。

 彼女は炎使いであり、ダニエルの言った通り、ファイターだった。背に炎で作り出した翼を生やし、空中を自在に舞いながら炎の礫をばら撒き、隙を突いて急襲をするのが得意だった。

 そして彼女を守ると豪語したローレンスは、珍しい大地使いの大槌使いだった。

 大地属性は光に次いで戦いに向いていない属性だと言われ、なかなか使いこなせる者はいなかった。どちらかと言えば、農業や土木仕事に向いている属性だった。

 だが、大地属性は使いこなす事が出来れば、全属性中最強とまで言われていた。実際、大地の賢者リノラースは周囲から『世界を救うも破壊するも自在の男』と呼ばれていた。

 このローレンスはそこまでの使い手ではなく、ちょっとした地震くらいしか起こせなかったが、そのおかげで仲間を救ったことが何度もあった。

 特に、キャメロンを傷つけられた時の彼の怒りの爆発力は凄まじいものがあった。

「ロースさぁ、『ボルカディ』の門下生だったって本当?」と、キャメロンが問う。

ボルカディとは、北大陸にあるエリート大地使いが通う道場だった。この道場には相当な実力が無ければ門をたたくことはできなかった。

「半年だけですけどね。隠れておやつを食べている所を見つかって破門になりました」彼女の蹴りを大槌で防ぎながらニッコリと答える。

「あんたらしね。でも、凄いじゃん。一週間通っただけで、自分の道場を立ち上げられるってぐらいの名門だもんね、ボルカディっていえばさ」

「そういうキャメロンさんも、『バーニング・イーグル教団』の親衛隊だったんでしょ?」彼の言う教団は、焔鳥をシンボルとした教会と言う名を借りた戦闘集団だった。その親衛隊は背中から火の翼を生やし、天空より絶望を降らせる、と恐れられていた。現在は魔王軍に焼き尽くされ、跡形もなくなっていた。

「あ、言ってなかった? あたしね、別にそのいかがわしい教団のメンバーでもなんでもないんだよ。ただ、そこの教会の近所に住んでたってだけ」

「えぇ? そうなんですか!!」仰天するローレンス。

「なんか毎夜毎夜、集会とかでうるさかったけど、親衛隊の舞が綺麗でさ……あたし、ただそれを小さい頃から見ていただけで……あたしの戦い方はその見様見真似なんだよね。みんななんか勘違いしてるけどさ」彼女の家、村はその教団が叩き潰された時のとばっちりで消滅していた。

「そ、そうだったんですか……」

「がっかりした?」

「いえ、なんか……もっと僕の中で、キャメロンさんの輝きが増しました! あなたこそが僕のオンリーワンなんだなって!!」と、笑顔を見せた途端、彼女の踵が彼の顔面にめり込んだ。

「集中しなさ~い」



 その次の日、ガムガン砦に1人の偵察兵が帰還する。傷だらけの息も絶え絶えで、背中に矢が何本も刺さっていた。

 すぐにエレンの治療を受け、一度は途切れた意識を回復させると、彼は一目散に司令官の元へ向かった。

 その姿を見たライリーは、飲んでいたコーヒーをゴクリと飲み込み、ダニエルの元へと奔った。

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