5.籠城のガムガン砦

 バルジャスを出発してから9日目、彼らはボルコニアにあるヴォズゥ村で休息をとっていた。彼らはグレイスタン経由で一旦、バースマウンテンの街道を通り、ここまでトラブルなく到着した。このバースマウンテンは中立を約束された地帯であるため、街道なども戦火には晒されることなく安全だった。

 予定通り、彼らは明日にパレリアへ入り、ガムガン砦へ向かう段取りになっていた。

 だが傭兵たちにはいくつか疑問が多数残っていた。

 どうやってバルカニア、ボルコニアの軍勢を掻い潜り、ガムガン砦へ入るか。

 そして、どんな策を用いれば、たった50人で勝利へ導けるのか。

 そういった疑問が全員の頭に残り、二の足を踏みかけていた。

 だが、この道中の順調な進軍、ラスティーの手腕を目の当たりにし、信頼に値する指揮官であるとも納得し、皆、彼を信頼しかけていた。

「でもさ、どうすんの? どう考えても自殺行為なんだよなぁ~」ライリーが小鳥を撫でながら唇を尖らせる。

「なにか、策があるんじゃないか?」ダニエルは、この村で手に入れた槍を磨きながら口にした。

 彼らはバルジャスから空手でここまで来ており、ラスティーの手筈通り、この村で装備を整えていた。

 何故、この村に人数分以上の上等な装備が置いてあるのか、と皆が首を傾げた。ラスティーが言うには全てワルベルトという武器商人が今日の為に準備をした、と答えた。全て無料提供だと聞き、傭兵たちは歓喜した。

「気前はいいし、進軍もちゃんと計算されてるし、ラスティーさんっていい指揮官名の知れませんね。キャメロンさん」ローレンスは、新品の大槌片手に満足そうに笑った。

「まだまだわからないよ? いざ戦地に辿り着いたら、泣きべそを掻く弱虫かもしれないし……ま、それでも合格ラインかな?」と、自分に合った軽装甲の防具の調子を確認し、煙草を咥えて魔法で着火する。

「戦地に辿り着ければなぁ……」ライリーが不安色の声を漏らし、小鳥を上空へ羽ばたかせた。



「うんうん、素晴らしいねぇ~」ヴォズゥ村の村長宅で機嫌の良さそうな声を出しながら何かを箱から取り出すラスティー。それをエレンは、呆れた顔で眺めた。

「ラスティーさん、本当にそれでうまくいきますかねぇ?」

「大丈夫だ。この服に書状、タイミング、それに俺の演技力! 間違いないさ! 心配なのは……」と、宙に目を泳がせる。

「ガムガン砦ですか?」

「いや、俺の調べだと、あと2カ月は戦える。余程、あほな指揮官でなければな。俺が気がかりなのは、レイ達だ」

「レイさん?」

「あぁ……今迄、傭兵連中の愚痴を聞いてきたが、あまりレイは頼りにされていないらしい。あいつは貴族出身で、傭兵の様な身分の者は人として扱わない、っていう頭だからな……」

「そうみたいですけど……でも、彼らが率いているのはランペリア国の頃の部下なのでしょう? 彼らに対しては……」

「……レイは多分、初めての実戦で焦ると思う。それで、かなり部下に無茶を強いると思うんだ……そのせいでトラブルになっていなきゃいいんだが……」椅子に座り込み、彼の安否を想い、重たい溜息を吐く。

「一応、あなたの書いた作戦予定表や書状を渡してあるんだし、大丈夫では?」

「……だといいんだが、あいつは結果に応えようと張り切り過ぎて裏目に出しちまう男なんだ。11年ぶりに再会して、互いの成長に驚いたが、そういう性格はそのままなんだな、って……エレン、この戦いが無事終わったら、あいつのカウンセリングを頼む」

「はい……」エレンは手帳を取り出し、何かを書き込んで閉じた。



 次の日、ガムガン砦。

 ここは、元はパレリア所有の堅牢な迎撃砦だった。だが、3年前のバルカニアとの小競り合いで負け、この地方一体を奪われていた。

 今回のバルカ・ボルコ戦争の隙を突き、パレリア軍はこの土地を取り返すべく進軍し、あっという間にこの砦を、そして近辺の村々を取り返した。

 これを機にパレリア軍は調子に乗り、狙っていたバルカニアのモーン地方へ進撃した。

 これにバルカニア、そして決闘の邪魔をされたボルコニアは激怒し、一時的に同盟を組んでこれを迎撃し、あっという間に押し返してしまう。

 そして現在、パレリア軍は砦へ押し戻され、5000ほどの軍を砦に残し、その他は本土の防衛に当たった。

 対してバルカ・ボルコ軍は合計10万でこの砦を攻めていた。と、言っても砦の迎撃兵器の射程外に陣取り、じわじわと嫌がらせの様な策を用いて彼らを燻りだそうとしていた。



「いいか、砲撃は適当に間をおいて、気まぐれに砲撃せよ。連中を眠らせるな」バルカニア軍騎士団長のブレイクが紅茶片手に指揮棒を振る。命ぜられた兵は敬令をした。

 青空の元、陣中は余裕な談笑の流れるムードになっていた。敵は無策な籠城戦を展開している為、どう考えても勝てる状況だった。

 だが、バルカニアは手を抜かなかった。

 ブレイクはいくつもの策を秘めており、やろうと思えば今日にでも砦を落とす事ができた。

 だが、そう同盟相手が犬猿の仲であるボルコニアであるため、そう上手くいかなかった。

「連中は猪武者だが、馬鹿ではない……まったく、忌々しい相手と、とりあえずとはいえ同盟を組んでしまうとは……ったく、パレリアめ。最悪のタイミングで吹っ掛けてきよって!」騎士団長の隣で重鎧を着こんだ騎士サンズが苛立つ。

「そう言うな。たまには、敵と組むのも悪くない。次のバルカ・ボルコ戦争への布石を残せるというもの。いいか? ただ同盟を組んだのではない。組むことによって、見えてくる隙、歪みを観る為に、我々は組んだのだ。それを忘れるな」ブレイクは優雅にカップに口を付け、リラックスする様に椅子にもたれ掛る。

 すると、そこへ伝令兵が駆け込んで来る。

「報告します。ククリスの使いと言う者が、道を開ける様にと仰っております」

「ククリス? なぜ連中がこんな物騒な道をわざわざ通るのだね?」

「彼らは、ガムガン砦内で兵たちを守る雷の賢者をお迎えに向かうと、仰っておりました! こちらに書状がございます!」と、蝋印の裂かれた封筒をブレイクに手渡す。

「……確かにシャルル・ポンドが出した書状だな。なに? 賢者の戦うべき相手は魔王。こんな場所で死ぬべきではない故、迎えに……なる程。風の席が空いてククリスに隙が出来ている今、雷はこんな場所で遊んでいる暇ではないな」と、納得した様に笑い、書状を返す。


「よし、通してやれ」


「よろしいので?」サンズが不思議そうに問う。

「あの砦から、否、国から最大戦力がいなくなるのだ。これ以上やり易い事はないだろう? それに、ククリスの使い共の手勢は50程度。何かの策でパレリアの増援と成り得ても、なんら支障にはならん数だ」と、余裕綽々で足を組む。

「では、そのように!」と、伝令兵は飛んでいくように走って行った。



 それから数時間後、ククリスの旗を掲げた小規模な兵たちはガムガン砦の前に辿り着いた。巨大な鉄の門は固く閉ざされ、迎撃兵器のバリスタは狙いを済まし、大砲が鈍く光る。

「ククリスの使いの者です! 雷の賢者、エミリー・ミラージュ様をお迎えに参りました!」

「ふざけるな! 今は重要な戦いの真っ最中だ!! 今、賢者を失う訳にはいかないんだ!!」と、門越しに怒声が響く。

「とにかく、御通しを! ククリスへ向かうであれ、ここに残るであれ、賢者様の意見が必要です!」

「通さん!!」


「では、聖地ククリスに逆らうとみなしますよ?」


 この言葉は、ククリスの賢者たちを始めとした手練れの魔法使い全員を敵に回す事を意味した。

「……ぐっ……わかった。お前だけ……」

「我々全員を入れて下さい。ここは危険すぎますので」

「っち、わかった! 急いで通れ!!」

 問答の数分後、砦の大門が轟音を上げてゆっくりと開く。3人分ほど狭く開くと止まり、パレリア軍兵士が急いで通る様に急かす。

 ククリスの使いと、護衛の兵50人は足早に門を潜る。最後のひとりが潜った瞬間、門は開く時よりも早く閉じた。

「よし、さぁ早く賢者殿に会いに行け! 早くしろよ! そして、どうか連れて行かないでくれ!」声の震えを我慢するかのように怒鳴り、使いを睨む。

 パレリア兵の睨む中、ククリスの使いは堂々とした足取りで砦の奥へ向かい、高い場所にある作戦司令本部へ向かった。

 軽やかにドアをノックし、返事と共に開く。

 そこには、パレリア軍騎士団長のウィラムと今後について話し合うエミリーの姿があった。疲れた様に目の下を青くさせ、小さな身体をボロ椅子に預けていた。

 そんな彼女の萎びた顔は、ククリスの使い顔を見た瞬間、花が開いた様な表情に変わった。


「ラスティーさん?!!!」


「よ、待たせた」ククリスの使いの服を軽やかに脱ぎ捨て、彼は自慢げに煙草を咥えた。

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