4.接待の風、孤独の炎

 ラスティーは、父であるジェイソン・ランペリアス2世とワルベルトがかき集め、レイが纏めていた傭兵団を引き連れ、合流したその日の内にキャンプ地を出てパレリアへ向かっていた。

 レイとキーラ率いる約450の兵たちとは別行動を取り、彼らはグレイスタン経由でマーナミーナへ、そしてラスティーたち約50の傭兵たちは別方面のグレイスタン経由でパレリアへ向かっていた。

 そしてラスティーはレイから「俺だと思って、なんなりとこき使ってやってください」と、ウォルターを預かり、背中を預けていた。

目指すは激戦地、ガムガン砦。

 ラスティー達は軍馬に跨り、風を切る速さでグレイスタンへ向かっていた。この速さを維持できれば、10日で戦地に到着すると彼はふんでいた。

「……おい、キャメロン」ライリーが並走しながら問いかける。

「なぁによ」不機嫌そうに返事をする。

「あいつの、どんなイカサマをしたんだ?」

「考えたくないし、もう過ぎた事だからね~ 負けたんだから、文句言わず走る!」と、馬の腹を踵で軽く蹴る。

「へ~い」

 彼らは、まともな準備、武具や兵糧はおろか、旗すら持たず、ラスティーに言われるがまま、ただ馬を奔らせていた。50人の傭兵たちは、準備などに関しては疑問に思っていたが、ただ退屈にキャンプ地で待つよりはずっとマシだと考え、余計な事は考えずに着いて来ていた。

「大丈夫なんですかねぇ」黒ぶち眼鏡を光らせながら問いかけるコルミ。

「ま、あいつが何を考えているか、現地に着いたらわかるだろ。ロクな策じゃなかったら、そのまま離れればいいだけだ」オスカーは先頭を走るラスティーの背を見ながら返事をした。

「それはそれで冷たいっすね」



 彼らは3日ほど馬上で過ごした。飯を食う時も降りずに、軽食を摂り、ひたすら走った。

 さらに、ロクな物資を馬に積んでいなかったお陰か、レイの軍馬調教の成果か、驚異的な速さでグレイスタン国境を通過し、最寄りの村へ入る事になった。

「村に入るって、大丈夫なのか?」風で傷んだ髪に気を使いながら、ダニエルが訝し気な表情を見せる。

「普通、歓迎はしないよね。50人の傭兵なんて。下手したら、盗賊に化ける可能性だってあるわけだし」キャメロンは馬から降りず、頬杖をつきながら口にした。

 彼らは、今日は久々に眠れると安堵し、屋根付きの布団で眠れるとは露とも期待していなかった。

 だが、彼らの予想は外れた。

 ラスティーとエレンが村長の家から出てくるやいなや、村民たちは彼らを手厚く歓迎した。馬を預かり、世話をするという者を始め、料理を振る舞う者や、宿を紹介する者まで現れた。

「どういう事だ?」オスカーが首を傾げると、小柄のコルミが足早に歩み寄る。

「なんでも、ラスティーさんとエレンさんは、この国の英雄らしいんです。ほら、国の乗っ取りを企んだ風の賢者が倒されたってあったでしょ?」

「なに?! アレは出まかせじゃないのか?」オスカーの言葉に、コルミは首を振ってこたえた。

「ラスティーさんって、本当にやる男かも知れませんね」

「なにいってやがる! んなこと、今回の戦いで……ん?」オスカーが愚痴っていると、村人が彼に食事を振る舞った。寒い中、真っ白な湯気立ち上る煮込み料理は、彼らの食欲をそそった。

「あ、これはこれはあったかいですなぁ~! アットホームって言うんですか? いやぁ~これはんまい!」

「よくわからん性格してるなぁ、本当……」はしゃぐオスカーを横目に、コルミは出された酒を笑顔で迎えた。



 その日の夜、ラスティーは村長の部屋で煙草を吹かしながら書類整理をしていた。今迄の旅で得た情報を吟味し、一束にまとめる。

「そろそろお休みしませんか?」目を擦り、肩を押さえるラスティーにエレンが優しく語り掛ける。

「あぁ……いや、あと少しだけやる事があるんだ」と、煙草を灰皿に押し付け、気合を入れる様に立ち上がる。

「これ以上何を?」

「挨拶だ。一人一人にな」と、ドアへ向かう。

「今日やらなくても……いえ、やる事は山詰みですものね……」

「あぁ……なぁ、アリシアの馬の乗り心地はどうだ? ひとりで乗るのは初めてだろ?」

 エレンは用意されていた軍馬ではなく、アリシアの馬に乗ってここまで着いて来ていた。彼女の馬は、調教された軍馬に負けず劣らずの速さと持久力を持っていた。

「荒々しくも、優しく……乗り心地抜群です! お尻の皮が剥けましたが……」

「それは皆そうだろ」合わせて苦笑いをし、彼は酒片手に仲間の元へ向かった。



「なぁんかラスティーが挨拶にくるらしいよ? いやな予感がするなぁ……」民家の世話になっていた4人組のひとり、ライリーが眉をハの字にさせる。彼は風使いのブリーダーであり、その能力を生かした偵察力で情報を得ていた。

「ま、ロクな挨拶、自己紹介も出来ずにここまで来ちゃったわけだしね」キャメロンが水をラッパ飲みし、口にする。

「そういえば僕ら、愚痴しか言ってませんもんね」ローレンスが巨体を揺らして自嘲気味に笑う。

「早速、お叱りの言葉が飛んできたりしてな……レイは顔が会うたびに何か怒鳴ってくる奴だったしなぁ」ダニエルはうんざりした様な顔で煮込みを啜った。


「レイのヤツがなんだって?」


 いつの間にか、この民家に入ってきていたラスティーがダニエルの隣から顔をにゅっと出す。皆は驚きの声を上げて後ずさりした。

「あいつぁ俺の父さんを支えていた騎士団長の息子でな。良い奴なんだが、かなりプライドが高くてな……キーラもそう、親の英才教育で少々性格の厳しくてな」と、用意したグラスに慣れた手つきで酒を注ぎ、ひとりひとりに渡して回る。

「ま、俺も似た様なもんだがな。ま、仲良くしてくれ」

「いやいやいやいや……」



 隣の民家で寝ていたオスカーが目を覚まし、寝袋で寝息を立てるコルミを叩き起こす。

「もう! なんなんすかぁ~! 明日ぁ早いんっすから勘弁してくださいよぉ~」ズレた黒ぶち眼鏡をかけ直し、思い切り不機嫌な表情を見せる。

「隣から匂わないか?」

「匂い? 飯ならさっきたらふく食ったじゃないですか!」

「ばか! そんな匂いじゃねぇ! こう……酒とか、笑い声とか、雰囲気とか……そういう匂いだよ!」

「それ、匂いとは言いませんよ……」

「うるせぇ! とにかく一緒に来い!!」

 オスカーは眠気眼のコルミの襟首を引っ掴んで隣の民家へ足早に向かった。

 そこでは、彼が予想した通り、小さな宴が行われていた。

 傭兵4人組とラスティーが輪になって、何やら盛り上がっており、オスカーは仲間外れにされた気分になる。

「おぅ! オスカーさんじゃないですか!」いち早く気づいたラスティーが彼に声を掛ける。

「ズルいじゃないですかぁ~ いじけちゃいますよ、俺」人格を切り替えるのが上手いオスカーは、いつものゴマ擦り顔を作りながら輪へ入ろうとする。

「あぁ? あんたはお呼びじゃないんだよ! 年寄りは早く寝ろよ! 明日早いんだからよ!」ライリーが赤ら顔を向ける。

「なんだとぉ?!」今にも怒鳴り合いが始まりそうな雰囲気になるも、流れる様な速さでラスティーが間に入り込む。

「いやぁ申し訳ない! 実は、この村は50人で騒げる広場がなくて、今回は小さく彼らだけでと思ったんですよ。ご心配なく、3日後に立ち寄る村には大きな宴の出来る広場があるんで、そこでと思ったんです。申し訳ない」と、酒瓶を手渡しながら肩に手を回す。

「う、そ、そうか……だが、連中の口の悪さ……いや、俺に対する態度はどうにかならないのか?」

「ままま、よく言い聞かせておくんで、寝酒でも飲んで今日は……コルミくんも、頼むぜ」と、ラスティーは軽く頭を下げ、軽やかに彼ら2人を追い出す。

「俺たちが口悪いだぁ? 陰口ばかり叩くテメェはどうなんだよ!」完全に出来上がったライリーが額に血管を浮き上がらせて出っ歯を飛ばす勢いで怒鳴る。

「主にお前の口が悪いんだ。それにキャメロンは歯に衣着せないからなぁ~」ゆでだこの様になったダニエルが酒を啜りながら口にする。

「悪うございましたね」彼女は静かに呑みながら答えた。

「そこがキャメロンさんの良い所なんスよぉ!」ローレンスは酒よりも、ラスティーが作ったパイの煮込み包みを食べながら言った。「これめっちゃ美味いっす!」

「お前は食いすぎなんだよ、デヴ」

「んだとぉ? ハゲウサギが!! ハゲはダニエルだろうが!!」

「誰がハゲだ誰が!!」

「まぁまぁ」と、またラスティーがトライアングルに滑り込む。



 飲み会は夜明け近くまで続いた。4人組は程よく酔い、そのまま床に就いた。

「ふぅ……」村長の家に戻ったラスティーは、出発まで仮眠する為、寝袋を広げる。

「お疲れ様です、ラスティーさん」起きて書類整理の手伝いをしていたエレンが彼の顔を覗き込む。

「まだ寝てなかったのか?」

「えぇ、私は快眠魔法がありますので。どうです?」

「頼む……」と、グラスに彼女の魔力が宿ったヒールウォーターが満たされる。彼はそれを一気に飲み下し、音を立てて倒れ込んだ。

「エレン、2人の事だが……」

「……現実的に考えると、もう……でも、信じましょう! 無事だと信じて、前へ進みましょう……すいません、私も酒の席に付き合うべきでしたけど、まだ私は……」

「いいさ……ヴレイズ、アリシア……」



 その頃、グレイスタンの別方面を1人歩く人影が大きめのくしゃみをした。


「うえぇっぐじっ!! さ、さぶい!! 身体じゃなく心が! さみしい!!」


 初めての1人旅に慣れないヴレイズは、毛皮のマントを羽織りながら、夜明け前の向かい風に吹かれていた。

「やっぱり無理にでもアリシアにひと目、会っておけば……いいや、それはそれで離れがたくなるなぁ……今から2人と合流ってのもかっこ悪いか……」

 ヴレイズの1人旅が始まってまだ4日。孤独をこじらせた彼は、風邪をひかんばかりに弱気になっていた。

「あぁ!! 話し相手が欲しい~~~~~~!!!!」

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