3.イカサマ・ゲーム!

 オスカー達の傭兵団への挨拶を終えたラスティー達は、本部キャンプ地へ向かいながら、今後の計画について話していた。

「いいか? レイ達は北へ進軍し、グレイスタンを通ってマーナミーナへ向かってくれ。作戦準備は、さっき言った通り全て向こうで、俺の友人が済ませてある。で、オスカーの傭兵団は俺とエレンでパレリアのガムガン地方の砦を目指す」

「ガムガンの砦! たった50人弱を引き連れてそんな激戦地へと向かうのですか? それに、あそこはもう長くないですよ!」レイが慌てた様に口にする。

 彼の言う通り、その砦は現在、この西大陸で一番熱い場所になっており、バルカニア、ボルカニア軍の合計10万がパレリア軍8万と戦争をしていた。

 パレリア軍は敗色濃厚で、敗戦を繰り返しついに、元バルカニア保有のガムガン砦に立てこもり、籠城戦を展開していた。バルカニアの狡猾な策と、ボルカニアの猛攻で押され、持ってあと1カ月弱だと思われる。

 ここまで押されるわけは、やはりバルカ・ボルコ戦争という決闘にパレリアが水を入れたためである。この軽率な攻めが仇となり、パレリアは2国に滅ぼされる勢いで攻められていた。

 そんな中へラスティーたち50人が突っ込むのは無謀を通り越していた。

「それに、私たち側の策が成功したとして、その後の策は?」キーラが目を鋭くさせて訊ねる。

「悪いが、説明している時間が無い。早くここを出なきゃ、機を逃しかねないからな。軍馬の用意は?」ラスティーは彼らに目を向けず、前だけを見て答えた。

「再開を喜び合う時間も惜しい様子ですしね……」エレンが後ろから漏らす。

「……その、ジェ……いや、ラスティー! その……」レイが何か言いにくそうに口を動かす。

「なんだ?」


「使える奴が、あと4人いるんだ……」


 ぎこちなく口にし、苦み走った顔を覗かせる。その隣でウォルターが目を瞑って深く頷く。

「4人? どんな4人なんだ?」ラスティーは興味津々で問い、レイの顔を覗きこむ。

「……北の大地からきた傭兵で、なんでも……『ナイトメア・ソルジャー』に襲われて生き残ったらしい……」

「なに?!! あの軍団に襲われて生き残ったのか?!」目を剥き、仰天する。

「正直、俺とキーラとはウマが合わなくて、それにあいつらもテキトーで嫌味な連中だから、今回の作戦には向かないと思うんだが……」と、重々しく口にするが、ラスティーは彼の胸倉を掴んで笑顔を向けた。

「そいつらは何処にいる?!」



 その頃、ブーヤ小屋の見張り小屋にて、4人はだらけ切った表情で遠くの空を眺めていた。

「おいキャメロン、今夜はお前の奢りだぞ」ダニエルが不機嫌そうに口にし、眼鏡を光らせる。

「なんでよぉ! あたしのひとり勝ちだったんだから、あんた達がお祝いしてよぉ!」イカサマ全開でカードゲームに勝利した彼女が胸を張って答える。

「もちろんっす! 今夜も例の食堂で!」ローレンスが顔の肉をブルンと震わせて笑う。

「お前みたいな奴はゴーヨクっていうんだよ……ったく、今日の分ぜぇんぶ持っていきやがって」と、ライリーが不貞腐れた様な声を出し、小石を遠くへ向かって投げる。

 4人は揃ってため息を吐き、不揃いに欠伸する。

 しばらくの沈黙の後、彼らの背後から数名の足音が響く。

 ライリーの耳が、軍靴の音を感じ取り、3人に注意を向ける。3人は揃って振り向き、やってきた相手がレイだとわかり、また大欠伸をする。

「お前ら、早く立て! ついに我々の指導者が到着したんだぞ!」レイは声を上げ、横へ退き、ラスティーを案内する。

「そんな大それたもんじゃないよ。君らがその4人組か……よろしく、ラスティー・シャークアイズだ」彼の名を聞き、4人が一斉に首を傾げる。

「ジェイソン・なんとかアス何世とかじゃなかったっけ?」キャメロンが口にする。

「あんたが新司令官かぁ……よろしく」ダニエルが眼鏡を上げながら会釈する。

「風使い、だな」ライリーが出っ歯を光らせる。

 ローレンスはしばらくラスティーの顔を眺めた後、キャメロンの顔色を窺い、ニヤケた。

 彼らの反応をみて、レイが額に血管を浮かせて怒鳴ろうとするが、ラスティーが制する。

「ま、とりあえずよろしくな! 早速、パレリアの砦へ今晩中に向かうから、準備しておいてくれ」


「ちょぉーっと待って」


 キャメロンがワザとらしく手を上げ、椅子に座ったまま前のめりになる。

「あたし達、あんたに付いていくなんて一言も言ってませんよぉ?」挑発するような口ぶりをし、腕を組む。

「おい、あんまり喧嘩売る様な事を言うなよ」ダニエルが額を光らせながら言う。

「あたし、みんなと違ってハッキリ言うタイプだから。あたしたちさ、以前に頼りにならない上官の下で戦って、それはそれは酷い目に遭ったんですよ。それを繰り返したくないものでして……」

「なんだと! 無礼だぞ貴様!」堪らずレイが声を荒げ、掴みかからんが勢いで前のめりになるもウォルターに羽交い絞めにされる。

「無礼なのはあんたでしょ? 兵を数でしか見てないし、あたし達の事なんか鼻にもかけてないでしょ? あたしらの名前、覚えてるの? レイ元臨時司令官様?」キャメロンは表情を崩さずに淡々と問う。

「くっ……お前が、ライリーで……お前が、おま、お前ぇ……」レイは顔を真っ赤にしながらも弱った様に歯を剥きだした。

「俺ぁ、この人の馬の調教の手伝いしてたからさ。俺、ブリーダーだし」ライリーが照れくさそうに笑うも、キャメロンの眼光を受けて真顔に戻る。

「どう? 部下の名前をろくに覚えないヤツの下では働きたくありませぇんし、死にたくもありません、っと。でしょ? あんたら」彼女が言うと、3人は疎らに返事をした。

「くっ……何千人部下がいたと思って……」

「今は500でしょ? 全て把握してこそ、上官じゃないの?」キャメロンは畳みかける様に口にし、フンと鼻息を鳴らした。

「随分、偉そうに言うのね。たった4人に何ができるのよ! たかが逃げてきただけの負け犬共が!」我慢できずにキーラが怒鳴る。

「あ? 死にたいの?」キャメロンが、そして3人が眼つきを変え、一斉に彼女を睨み付けた。

「嫌な空気ですね……」彼らの背後で様子を伺うエレンが表情を苦くさせる。

 すると、ラスティーがいつの間にか煙草を咥え、オイルライターで火を点けた。一息で半分まで灰に変え、煙を空に向かって吹く。


「で? 俺じゃあ不服なのか? ん?」


 今までの軽いノリのラスティーではなく、眼つきを変え、淡い殺気を放っていた。およそ1年前、マフィア時代の彼に戻っていた。

「不服っていうか、せめて実力を見せて欲しいかな。こいつらみたいな頼りにならない上官の元ではやってられないんです!」キャメロンが吠え、ローレンスとライリーが頷く。

「まぁ、こいつらはこう言ってますけどね、実際は退屈しまくってて、機嫌が悪いだけで……」ダニエルがにやけ面を覗かせると、キャメロンとライリーが彼の後頭部と額を引っ叩いた。

「お前はどっちの味方だ、ハゲ!」

「ハゲって言うな!」叩かれた額を摩りながら眼鏡を上げる。

「よぉし……正直時間は無いが、ぎくしゃくしたまま戦地へ行きたくないしな……お、ここにいい物があるじゃないか」と、ラスティーが徐にテーブルの上に散らばったカードをかき集め、慣れた手つきでシャッフルを始めた。

「なに? それで手品でも見せてくれるの? どんな隠し芸?」キャメロンがバカにした様に口にした瞬間、彼が揃ったカードをテーブルに叩き付ける。

「好きなゲームを選べ」



 ラスティーは椅子に座り、正面のキャメロンをじっくりと見た。彼女はあらゆる技を使ってカードを器用にシャッフルし、テーブルに置いて5枚ずつ配る。

「2人じゃつまんないんだけどな……」キャメロンは愚痴を零しながら手札を眺める。

「時間が無いしな。それに、このゲームはサシの方が燃えるし、イカサマしにくい」と、彼女の仲間3人を見る。

「なに? あたしがイカサマすると? 失礼ねぇ」と、彼女は怪しく笑い、部屋のあらゆる場所に仕込まれた鏡を見る。鏡はいくつもの角度から移され、反射を繰り返し、正面の彼の手札を映し出していた。

「さ、掛け金は1ゼルだ。時間が無いんでね」と、崩された小銭を10枚テーブルに置き、参加料を1枚中央へ投げる。

「全部取った方が負け? いいわよ。でも、このゲームであたしを負かしても、あんたを認めるわけじゃないからね? ま、負けないけど」と、コインを投げる。

「頑張ってください!」ローレンスが両拳を握る。

「お前なら勝てるぞ!」ライリーも彼に並んで応援する。

「なんでこんな事になるんだか……」と、ダニエルがイカサマ元の鏡の一枚を睨み、鼻で笑う。

「それにしても、ジェイソン……なんかガラ悪くなった?」キーラがレイに問う。

「なんでも、東大陸で漢を磨いたとか、マフィアがどーのこーのとか……」

「まふぃん?」

「ギャングですよ。ロクでもない連中です」エレンが補足し、ラスティーの手札を見る。

 カードゲームはラスティーが敗北を繰り返した。

 少額ではあったが、3連敗して後がなくなる。

「へへ~ん。もう1ゲームでお仕舞だね」キャメロンはニヤつきながら口にする。

「その1ゲームが命取りだったりしてな」ラスティーは勝算があるのか、余裕の笑みを覗かせ、煙草を吹かした。

「どうかな? 逆転は無理だと思うけどぉ~?」キャメロンは得意げにカードをシャッフルし、配った。

 実は、彼女にはもうひとつイカサマが隠されていた。

 それは、彼女は一度切ったカードの位置を覚える事が出来た。自由自在にカードの絵柄や数字を操り、配りたい相手に配る事ができた。その事を仲間3人は知っており、彼女には絶対に山札を触らせることはしなかった。

 それでも彼女はカードゲームのイカサマをいくつも知っている為、無敗の強さを誇った。

「……なぁに、風はこっちに吹いてるさ」弱味を見せず、不敵に笑うラスティー。

「どっからそんな自信が沸くんだか……」と、自分の手札を見て勝ちを確認する。

 しかし、彼女には少し違和感があった。4度ほどカードを切って気付いた、僅かな違和感が指に纏わりつき、勝利を100パーセント確信できずにいた。

 だが、鏡を見ると、ラスティーはロクな手札ではなかったため、負ける事は絶対にないと確信し、手札をテーブルに伏せる。

「どうする?」

「よし、最後だからな」と、コインを投げ、更に適当な紙を取り出し、さらさらと何かを書き始める。

「なにそれ?」

「この勝負に負けたら、俺とエレン、レイにキーラ、ウォルター含めた500人の兵は、お前らに服従する。煮るなり焼くなり放置するなり、好きにしろ」と、親指の腹を噛み切り、即席の契約書に押し当てる。

「え? えぇ??」キャメロンと仲間たち、そしてレイ達も目を疑った。

「文句ないな?」ラスティーが口にすると、レイが彼の胸倉を掴んで無理やり立たせた。

「ふざけるな!! こんなお遊びで俺たちの15年を棒に振って堪るか!!」

「そうよ! 何のためにあなたを待ったと……準備してきたと思っているの?!」レイとキーラは思い思いに怒鳴った。

「まぁまぁ、彼を信じましょう」2人を宥めるエレン。彼女は、ラスティーの策に気付いて悟り、余裕の笑みを浮かべていた。

「何故そんな風に言えるのです?!」キーラが問う。


「彼と1年旅をすれば、わかりますよ」


「1年? たったの1年?」

 2人が呆気に取られていると、キャメロンが今迄勝ち取ってきたコインをテーブル中央へ押し出した。

「OK。万が一、あんたが勝ったら……とりあえず、付いていきましょう」と、またさりげなく鏡を見る。ラスティーの手札では彼女に勝つことはあり得なかった。

「よし……いくか」彼は手札を揃えて伏せ、手で押さえる。

「勝負!!」


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