2.胡散臭い戦士たち

 ブーヤ村の見張り小屋で、用心棒を任されている4人は、カードゲームに勤しんでいた。この4人は村でただ飯と寝床を用意してもらう代わりに、このような仕事でここ数ヵ月、生計を立てていた。

「ん~揃わないなぁ~」キャメロンが困った顔で頭を掻き、ワザとらしく背伸びをする。

「とかいいながら、賭け金を上乗せしてるじゃないか。なんだ? 今度はどんなイカサマをしているんだ?」ダニエルは机の下や、部屋を見回しながら問う。

「教えるわけないじゃ~ん」

 そんな2人を交互に見ながらカードを睨むライリー、ただキャメロンの顔だけを眺めるローレンス。

「そういやさ、到着したらしいぜ。新司令官」ライリーは賭け金を吊り上げながら出っ歯を光らせる。

「誰情報?」

「俺情報。一応、偵察兵ですから」と、隣のキャメロンのカードの動きを伺う。

「ついに到着したかぁ~! やっとここともオサラバか」ダニエルは下がった眼鏡をかけ直し、鼻息をフンと鳴らす。

「あたしは、そいつの出方を伺わせてもらいま、スっと!」と、キャメロンは卓上にあるチップを全て投入する。

「自分も同じ気持ちです!」ローレンスは残り少ない賭け金と共に応え、カードを伏せる。

「嫌な吊り上げ方しやがって。降りられないじゃないかよ!」ダニエルがうんざりした顔で彼女の顔をネットリと睨む。

「今からでも遅くないよぉ?」彼女はムフフとワザとらしく笑い、机に片足をドンと置く。

「いや、ブラフの可能性もあるし……やってやるよ」と、彼も全て中央にチップを投げつける。

「……俺は……」ライリーはカードを睨み付け、回りの仲間の表情を伺う。目を泳がせ、冷や汗を掻き、カードを伏せる。

「受けるよ……」

「では、勝負!!」と、4人は一斉に自分の手の内を晒した。



「申し訳ありません!!」レイは額を地面に押し付け、テントの外まで響くほどの声を上げた。同時にウォルターも頭を下げる。

 彼の前で、ラスティーは呆然とした表情でブツブツと呟き、エレンは顔を真っ青にしていた。

「その、3500程の兵を率いていた傭兵団『聖域の戦士たち』という者達に、1000万ゼルを根こそぎ奪われました! 俺達が目を少し離した隙に、金の事を聞きつけた者がいつの間にか……」目に涙を溜め、泥の付いた顔を上げるレイ。

「そいつらは、次の戦争に参加する為、南へ向かいました」ウォルターは淡々と口にし、ラスティーの表情を伺った。

「南か……装備を整え、おそらくクレタスタとボンダルの戦争に参加するつもりだな。どちらに参加するかな」ラスティーは考える様に唸り、懐から煙草を取り出した。咥えると、素早くウォルターが近づき、火を点ける。「あんがとよ」

「……えぇっと、その……申し訳ありません!」レイは再度頭を下げ、地面に額をぐりぐりと擦りつける。

「うぅん……今は南より、パレリアだな。レイ、お前も吸うか? ……ん? おい、頭を上げてくれよ」

「は?」レイはキョトンとした顔で頭を上げ、言われるがままに煙草を咥えた。

「あの金を手にして、お前は俺の事をどう思った?」ラスティーは得意げに口にする。

「……しょ、正直、信じられなかった……風の賢者、ブリザルドを倒したという報、そして資金が送られ……待った甲斐があったと! 我々が待つ司令官は頼りになる男だと、思いました!」レイは涙しながら答えた。

「それだけで十分だった。あの1000万は、うまくここで使って欲しくて送った、と思うだろ? もうひとつの目的に、『不確定要素のふるい落とし』の為に使ったんだ」

「は?」今度はエレンとレイが声を合わせる。

「あの1000万を目にしたら、4000もいる兵の中で、必ず持ち逃げしようと企む連中が、いるだろう? 俺の予想通り、盗んでくれた。俺たちの軍に、そういう奴はいらないと思うだろ? だが、まさか3500人も去るとは思わなかったな……」そこは予想外だったのか、素直に落ち込んで見せるラスティー。

「盗まれる、盗ませる前提の金だったと?!」

「まぁ、盗まれないのが最善だったんだが……俺の経験上、大金は盗まれる為にあるもんだからな……だから、気にするな!」優しく笑いかけ、レイの肩を叩く。

「は、はい……」小さく震え、また小さく頷くレイ。

「よし! 思い出話、つもる話はあるだろうが、先を急がなきゃならないんだ! 悪いが、俺たちの仲間の元へ案内してくれないか?」

「は、はい! ウォルター、皆を集めろ!」レイは顔をハンカチで拭い、急いでテントから出る。ウォルターは小さく頷き、急いで続いた。

 2人がテントから離れていくのを確認すると、ラスティーはここで初めて、泣きそうな表情を作り、エレンに枝垂れかかった。


「いっせんまんだよぉ?! あいつらぁ、何考えてんだよぉ!! 俺たちが、どんな思いして……ちくしょうぅぅぅ!!!」


 そんな彼を見て、エレンは彼の頭を優しくポンポンと叩いた。

「よく、我慢しましたね……鎮静魔法はいりますか?」

「頼む……」口の端から小さく血を流しながら、コクリと頷く。

 


 しばらくして、テント前におよそ450人の兵たちがズラリと整列した。その彼らの前に、レイとウォルター、そしてもう1名が立ち、ラスティーを待った。

 外の準備が整ったのを確認し、テントから出るラスティーとエレン。

「改めて、お待ちしておりました、ジェイソン様。これが俺の隊、総勢443名です。そして、この娘が……」と、レイが隣の鎧姿の女性の背中を叩く。

「お久しぶりです、ジェイソン様」整った金髪の前髪を掻き上げながら微笑む。

「キーラ・アイスストーンか?」幼馴染のひとりと再会し、目を輝かせるラスティー。

「はい、覚えていてくれて嬉しいです! 私が、この443名の長でございます! 貴方の手足となって、存分に戦わせて頂きます!!」と、首を深々と垂れる。

「へぇ……なぁなぁ」と、彼女の肩に腕を回し、耳元で囁く。

「レイのヤツぁ……その……疲れているのか?」

「はい、ここ最近は兵たちが離れ……それでも準備は進めねばと、軍馬の調教や武具、物資の調達、金策、兵糧の管理、それに……」と、小声、早口で答える。この3人は、幼少期からの幼馴染であった。

「わかった……本当に遅れてスマン」

「本当に遅すぎますよ……やる気ある者は体力を持て余し、我慢できずバルカ・ボルコ戦争へ行ってしまうし……」

「何を話しているんだ?」レイが近寄ると、2人は瞬時に離れ、咳ばらいをする。

「レイ、今迄ご苦労だった! そして、これからも苦労をかける! ヨロシク頼むぞ!!」ラスティーは目を輝かせ、彼の手を握った。

「は、はい!」彼のあたたかな期待に応えようと、汗ばんだ手で握り返した。

「それから、しばらくジェイソン・ランペリアス3世と呼ぶのはやめてくれ」

「何故です?」2人が声を揃える。

「魔王を倒すまで、この名前はお預けだ。その代りに、俺の事はラスティー・シャークアイズと呼んでくれ!」

「は、はぁ……聞いての通りだ! 皆、覚えておくように!」レイの掛け声と共に、兵士たち全員がまばらにラスティーの名を高らかに口にする。

「ま、よろしく頼むぜ! で、残りの50人前後は……どこだ?」

「案内しよう」レイは少々不安げな影を覗かせながら口にした。キーラも冷や汗を一粒垂らしながら頷き、己の兵たちにいつでも動ける様に指示し、解散させる。

「正直、戦力になるかどうか……」彼女はため息交じりに吐き出した。



 残り50名弱の兵を束ねる男、オスカーがニヤケ顔でラスティーの訪問を歓迎する。

「いやいやいや、ようこそいらっしゃいました! 汚い所ですが、どうぞどうぞ!」と、テントの中へ案内し、食べかすまみれの座布団を叩く。

「本当に汚いな」レイが鼻をつまみながら言う。

「我々、46人と少ない兵ですが、やる気だけは一国分以上あります故! どうぞ、孫の手の様に気軽に、そして雑巾の様にお使い潰し下さいませ!」オスカーは深く頭を下げた。そんな彼の影から小さなコルミがひょっこりと現れ、小さく頭を下げる。

「僕はオスカーさんの補佐、コルミ・ピップンズといいます。小さいだけが取り柄の男ですが、どうぞよろしくお願い致しやす!」と、ラスティーの手を取る。

「おぅ、期待してるぜ」と、応えると、オスカーがコルミの頭を叩く。

「こら! 気安く触るな! ジェイソン坊ちゃん! 私は……お父様から『後は頼む』と託された身です! どうぞよろしく! お願いします」オスカーは目を爛々と輝かせ、ラスティーの顔を、目を覗き込む。

「そうなのか……おぅ! 早速、パレリアへ出撃するつもりだ。頼んだぜ!」

「はい! おい、コルミ! 皆を集めろ! ジェイソン様のありがたい命令を皆に聞かせるのだ!」

「はい!!」と、コルミは素早くテントから出て行く。

「なぁジェイ、じゃなくて……ラスティー」レイが彼に耳打ちを始める。

「この男たちは4か月前にワルベルトさんの紹介でここへ流れてきた、傭兵団崩れだ。つまり、お父上の最後を看取ってはいないし、所詮46人しか束ねられない男だ。あまり、期待はしないように……」

「いや、それはどうかな?」ラスティーはオスカーの後ろ姿を見ながら楽し気に笑った。



 しばらくして、オスカーの兵たちが悪態を吐きながら集まり始める。レイとキーラの兵と違い、統率の取れていない、まさに烏合の衆にしか見えなかった。

「あいつが、王子様か」

「王子と言うより、町のチンピラみたいだな」

「レイって若造と似たり寄ったりだな」

 疎らに聞こえるセリフを耳にし、レイは額に血管を浮き上がらせる。

「貴様ら……」と、前に出ようとすると、コルミが大きく前に出て大声を出す。


「オラお前らぁ!! 僕たちが待ちに待った、総大将様、ジェイソン・ランペリアス3世様であぁぁぁぁぁる!!! 整れぇつ!!!」


 爆発音の様な衝撃が飛び出そうな程の大声にラスティー達は驚く。

「元気だね」ラスティーが口にすると、オスカーが得意げに彼の肩を叩く。

「大声だけが取り柄の男ですから」

「ふっふぅ~ん」ラスティーは楽し気に前へ出て、コルミに負けないほどの大声で自己紹介し、とりあえずの敬礼を受けた。

 その後、今晩中にこのキャンプ地を離れてパレリアへ向かうと告げ、この場をレイたちと共に去る。

「俺は期待していないんだが、ラスティーの目にはどう映ったんだ?」レイが問うと、彼は満足げに口を開いた。

「部屋は汚かったが、枕元に置かれた得物、あの男の腕に手……相当の手練れと見た。あの手斧は使い込まれていたし、毎日手入れもしている様だった。埃ひとつ被っていなかった。それに、手の皮の厚さ、腕の筋肉。ただのほら吹きじゃない。

 更に、身体の動き……古傷が多い様子だったな。だが、それでもつけ入る隙はなかった。

 それと、あのコルミって男も、中々の戦士だな。握手した時にわかった。あいつはタダの声のデカい小男じゃあない」と、言い終え、自慢げに煙草を咥え、それをウォルターが着火する。

「……俺にはただの役立たずにしか見えなかったが……」レイが首を傾げるも、ラスティーが彼の首に腕を回す。

「目先を鋭くさせろ。この世界で一番大切なのはそれだ」

「目先? どこで鍛えるんです?」

「1度、マフィアに入ればわかる」

「まふぃあ?!」レイは目を丸くさせた。

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