第2章 炎の旅人と風の討魔団

1.バルジャスの傭兵団

 西のカウボーブ大陸最南端に位置する国、バルジャス。

 この小さな国は東のニーロウと同じく、王はおらず、ある意味で民主化していた。西の強豪国の競り合いにはまったく参加せず、国内の代表者5人が小さな覇権を争っていた。

 そんな国の片隅で、とある傭兵団が大規模なキャンプを張っていた。近くにはコンコ村があり、村民たちはこの集団に大層迷惑していた。

 


 そのキャンプ地から少し離れたブーヤ村の食堂に、4人の傭兵が机を囲んでいた。

 ひとりは、額が広く、なにやら善からぬ事を企んでいそうな顔付きをした男だった。背中に槍を挿し、グラスを片手に眼鏡を光らせる。

 彼の正面に座る女性は煌びやかなロングヘアーを靡かせ、吊り眉をピクピクとさせながら仏頂面をしていた。何も食べてはいないが、楊枝だけ咥え、胸の前で腕を組み、時折、鼻歌を歌う。

 その彼女の隣で、大男が大量の器に囲まれて大口で飯をかきこんでいた。馬車馬の様に食堂自慢の健脚鳥(ダッシュバード)の丸焼きを数口で平らげながら、隣の女性の鼻歌に耳を傾け、にんまりと笑う。

 そんな彼を忌々しそうな目で正面の男が睨む。出っ歯が特徴的な小男だった。

「おいおい、話し中なんだから少しは食うのを控えろよ!」出っ歯のライリー・マウスローブが我慢できずに指を差す。

「食堂は食う場所だろーが! 食わない方が失礼だろ!」大食漢のローレンス・グランチェが文句あるか、と言わんばかりに大声を出す。

「んだとぉ?」

「はいはい、あんたはすぐおっぱじめようとするんだから、口を閉じる! ロースも、食べるのを止めな」楊枝を吐き捨て、キャメロン・バーンウッドが食卓に踵を落とす。

「はい、キャメロンさん」あだ名で呼ばれ、頬を赤らめるローレンス。

「そのロースってぇの……気に入ってるのか? どういう意味か、知っているのか?」広い額のダニエル・アクアフィールドが身を乗り出して訊く。

「キャメロンさんの付けてくれたあだ名ですから、俺はすっげぇ嬉しいです!」ローレンスは巨体を揺らして笑い、にやけ面をキャメロンへ向ける。

「こいつにピッタリのあだ名だな」ライリーがボソリと口にすると、ローレンスが不機嫌な顔を彼へ向ける。しばらく犬の様に唸り合い、殺気を漂わせながら睨み合う。

「こいつら、いつまでたっても仲良くならないなぁ」ダニエルは呆れた様に口にし、コーヒーを啜る。

「いつまでたっても、と言えばさぁ……噂の王子様、いつ来るんだろ~ね~」キャメロンは何かを馬鹿にするかの様に首を振り子の様に振り、椅子をカタカタとさせる。

「臨時司令官のレイさんが言うには、1週間前にグレイスタンを出たらしいが……馬に乗っていれば、もう着いても良さそうだよなぁ」眼鏡をクイッと上げながらダニエルが嫌味っぽく口にし、腕を深々と組む。

「そいつがレイって奴と同じタイプのボスだったら、あたし、あいつらを追って南の方へ行くから」頬杖をつき、キャメロンが漏らす。

「おいおい、それなら最初から連中と一緒に……」

「だってあたし、魔王討伐したいも~ん。でも、ロクな司令官じゃなかったら無理な話だし、ね? ってェか……もう潮時じゃないかなぁ~」

「どういう意味だ?」ダニエルの眼鏡が光る。

「あたし達、散々戦ってさ……国を失い、仲間を亡くして、ここまで来たわけじゃない? で、また同じことを繰り返す事になったらさ、疲れたまま死ぬ事になるんだよ? そんな死に方はあたし、ごめんなんだよね……だから、いいそ傭兵を辞めて、この村でずっと用心棒をやったり、新しい恋を見つけたり? みたいな」半分ふざけながら口にし、笑顔を覗かせる。

「俺はキャメロンさんの行くとこなら、どこへでもついていきます!」ローレンスが両拳を握って頷く。

 呆れた様な顔で2人の顔を見るライリー。

「まぁ、そのいつ来るか分からない新司令官を見てからでも遅くはないと思うけど……いつ来るかわからないからなぁ……それに、なぁ?」ライリーはダニエルの眼鏡の向こう側の目を覗き込む。

「……4000いた軍が、いまや見る影もない、からな……」



 その頃、また別のキャンプ地のテントで、2人の男が昼間から酒を飲みながらカードゲームをしていた。

「やっぱカードゲームは2人じゃつまんないっすよぉ……あの4人呼んできましょうか?」黒ぶち眼鏡をかけた小柄のコルミ・ピップンズが腰を上げる。

「いい! あいつらぁ、平気でイカサマするし、人の酒を遠慮なく飲むし、嫌味っぽいし……くそ! また負けた!」カードを叩き付け、刈り上げ灰被り頭の目立つオスカー・ザックマンが酒を呷る。

「オスカーさん、手先が不器用だもんなぁ~」

「って、お前もイカサマしてたのか!?!」

「……やり方教えますから、機嫌なおして下さいよぉ」コルミは彼の空いたグラスに酒を並々と注ぎ、袖の仕掛けやテント内の鏡の配置などを教え、頭を叩かれる。

「しっかし、レイの野郎……はるか年下の青二才のくせに、態度がデカいってんだよ!!」オスカーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「最近、一層機嫌悪いですもんね……3日前の事件で一層……」片耳を塞ぎながら口にし、その事件の事を思い出す。

 すると、テントの口が開き、オスカーの部下のひとりが現れる。

「あの、着いたみたいですよ、その……新司令官が」

「なに? 本当か? ったく、そいつはどんな野郎だ?」不機嫌さ全開でオスカーが訊く。

「なんでも、レイ臨時司令官と同年代の、金髪の若造みたいですよ」

「なぁにぃ? くそ! やっぱり3日前にここを離れればよかったんだ! 全部、お前のせいだ!!」と、コルミの尻を蹴飛ばす。

「なんで僕なんですかぁ?! 連中が事を起こした時、あんた腹を壊して唸っていたじゃないですか! だからあんなキノコを食うなっていったんですよぉ!」

「う~る~せぇなぁ~あん時はいいつまみが手近になかったんだよ! ったく……その新司令官がこっちに来たら、色々と試してやる! んで、器が俺より小さかったら、叩き割ってやる!!」と、寝袋の横に置いた手斧を掴み、ニヤリと笑う。

「……あんたより小さい器の人なんて、いないでしょぉよ」コルミは彼に聞こえない程小さな声で呟いた。部下の耳には届いたのか、彼は小さく頷いていた。



「ジェイソン・ランペリアス3世様がお着きになりました!!」傭兵団本部キャンプ地の作戦本部と言う名のテントへ兵が現れる。

「や、やっと着いたか!! はは、は……」この傭兵団の臨時司令官、レイ・ゴールドスタインの暗かった表情が、花が咲いたような笑顔になる。だが、すぐに花は萎れ、親指の爪を噛み始める。

「さ、さ、さ、さて……どう説明したものか……」3日前に起きた事件を思い出し、目を白黒させ、震える。

「起きた通り、包み隠さず話せばよろしいかと」隣で彼を支える補佐のウォルターが肩を優しく叩く。

「そ、そうだな……正直に話せば、お、怒らないよな……」レイは怯えた目を隠すため、サングラスをかける。

「俺なら殺しますがね」

「だよなぁ!! 俺でも殺してるわ! だから言うのが嫌なんだ! ジェイソン様がどんな思いであの資金を調達したのか!! 俺では到底、あの金額は……」

「1000万ゼルなんて大金、1年やそこらで集められる額じゃないですもんね……いや、10年かけても集まるかどうか……」ウォルターは無表情の蛇の様な顔で口にした。

「なぁウォルター。お前、俺を励ましているの? それとも、追い詰めたいの?」

「今の内にジェイソン様に言われそうな事を言っておいて、ダメージを軽減させようと……」

「お前なりの心遣いか、ありがとよ」



 キャンプ地が少しずつ騒めき始める。馬から降りた金髪の青年、ラスティーは脚を引き摺りながら、案内されるままに歩を進めていた。

 後ろを歩くエレンが辺りを見回し、彼の耳元で囁く。

「4000にしては、少なくありませんか?」嫌な予感を首筋に感じながら問う。

「キャンプ地を軍団ごとに分けているんだろう。ま、俺の予想だと……」と、言いかけると、正面からサングラスをかけた青年が奔ってくる。

 ラスティーの眼前で止まり、サングラスを外して跪く。


「お待ちしておりました! ジェイソン様!!」


 彼が天高く声を発すると、周囲で騒めいていた兵たちが一斉に跪き、幾重にも重なった大声を放った。


「ジェイソン様、万歳!!!!!」


 鬨の声が如き歓迎の声が空を裂き、地を鳴らす。

 ラスティーはニッと笑い、拳を高く振り上げた。


「皆、長らく待たせた!! 早速、打って出るぞぉぉぉ!!」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」




 キャンプ地はまるでお祭り騒ぎの様な賑わいを見せ、ある者は武器を引っ張り出して手入れを始め、またある者は馬に語り掛け、またある者は力を付ける為か、大量の料理を用意し、食べ始めた。

「人気ですねぇ~ここまで苦労した甲斐がありましたね」エレンがにこやかに言うと、ラスティーは軽く頷き、早速、指令本部テントへ入った。

「報告を頼む」

「それより、再開を祝して飲まないか、ジェイソン」レイは鞄から埃被った酒瓶を取り出した。

「……11年ぶりか……無粋で悪かった。グラスは……」と、見回した瞬間、ウォルターがエレンと彼の前にグラスの乗った盆を差し出していた。

「こいつは?」ラスティーが問うと、レイが蓋を抜きながら答えた。

「こいつはウォルターだ。6年前、旅の道中、空腹で倒れていた所を俺が拾った。で、5年間、ヤオガミ列島のゴウ先生の下で戦場組み手や戦術を学ばせた。今は、俺の右腕だ」と、グラスに酒を注ぐ。

「よろしくお願いします」ウォルターは血の通ってなさそうな蛇目でラスティーの顔から目を逸らさずにお辞儀をした。

「お、おぅ」内心不気味がりながらグラスを手に取る。

「後ろの美しいお嬢さんは? まさか、ワイフとか?」

「ワイフとか冗談じゃないですよ!!」レイの問いにエレンが絶叫に近い返答をする。

「エレン・ライトテイルだ。水の魔法医で、カウンセラーでもある」

「はい、よろしく」エレンも丁寧にお辞儀し、お盆からグラスを取る。

「お美しいですねぇ……今度、お食事でも」レイは彼女を誘惑するような顔で口にする。すると、ウォルターが何やら耳打ちをし、一気に顔が萎れる。

「い、今はいいだろ! 今は!」

「なんだ? 重要な事なら早く言ってくれ。その前に、乾杯だ。再開を祝して。打倒、魔王に!」ラスティーがグラスを掲げると、2人がそれに応える。ウォルターはそれに参加せず、レイの一歩手前で控えていた。

「おい、ウォルターもやろうぜ」

「……? よろしいので?」

 改めて、4人がグラスを掲げ、声を揃えて乾杯をする。ラスティーは酒を口に含み、香りと舌触りを味わった。エレンは強い酒は苦手なため、一気に飲み下してしまう。

「グレイト・パンサー(ウィスキー)か……ガキの頃、父さんに内緒で、ふたりで飲んだっけ……あん時は酒の味なんてわからなかったな」

 そんな2人を見て、レイは何かを決心した様に口を開いた。


「正直に言おう。お前から預かった1000万ゼル、盗まれちまった。おまけに、現在の残存兵の数は500だ」


 この言葉を聞き、ラスティーは無表情でレイの顔を見つめ、エレンは少しの間の後、目を剥いて絶叫した。

「こりゃあ、殺されますな」ウォルターは死んだ様な目で口にした。

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