83.光の狩人と愉快な仲間たち

 ゴッドブレスマウンテン山頂の宮殿2階、客間のベッドにアリシアは寝ていた。

 彼女は先ほどまで、満身創痍の身体だったが、今は傷ひとつ無い綺麗な身体になっていた。穏やかな表情で寝息を立て、「う~ん」と、唸る。

ただ、ひとつ変わっていたのが髪の色だった。

 彼女は普段、濃い目の茶色いショートカットだったが、今は金色のロングヘアーに変わっていた。

「ん……う」ゆっくりと目を開け、上体を起こす。寝起きで頭が働いていないのか、ゆっくりと首を動かして部屋を見回す。

「お、起きたか。意外と早かったな」彼女の覚醒に気付いたシルベウスが、足早に彼女へ近づき、隣に腰を下ろす。両手に太陽光の様な魔力を纏わせ、彼女の頭を優しく撫でる。

「ん、よし……順調、順調」

「う……ん? ふわぁ~」アリシアは何も覚えていないのか、呑気に欠伸をしながら伸びをした。

「よぉし、よぉし……自分の名前は言えるかな?」彼は彼女の身体の状態を魔法で細かく調べながら問うた。

「……なまえ?」初めて聞く言葉かの様に首を傾げ、シルベウスの目を覗き込む。

「まだ起きるには早かったかな……全ての機能が覚醒していないのかな? それともまだ定着していないのか? なにぶん、初めての試みだからなぁ~」

「……名前……」ぽつりと呟き、瞳の色を変える。

「なんでもいい、話してごらん」

「エレン……」

「仲間の名前か。そうそう、良い調子だよ。続けて」

「ラスティー……」

「うんうん」


「ヴレイズ」


 と、口にした瞬間、シルベウスの眼前からアリシアが姿を消す。

「ん?」と、異変に気付いた瞬間、背後から襲い来る強大な殺気を感じ取り、小さく首を傾げ、激しい獣の様な気配を受け流す。


「みんなはどこだぁ!!!」


 いつの間にか、部屋に置かれていたペンを構え、血走った目を向けるアリシア。再び掴みかかろうと壁を蹴り、シルベウスに飛びかかる。

「ちょっと、アドレナリン操作を間違えたかな」表情を変えず、狼狽えもせずシルベウスは指に纏わせた魔力を弾き、彼女の額に飛ばす。

 しかし、彼女はそれを空中で避け、彼の首に狙いを定める。

「いい目だ。反応も素晴らしい」と、軽々と彼女の飛びかかりを避ける。

 アリシアはベッドに不時着したが、怯む隙も見せずにシーツを掴み取り、彼に被せた。そして今度こそ組み伏せて仲間たちの居場所を問いただそうとペン先を光らせる。

 だが、シルベウスはいつの間にか背後へ回り込み、ベッドの上に座っていた。

「よし、ここまで」と、指を鳴らす。彼の指から放たれた魔力を帯びた音波は、彼女の耳へ入り込んだ。

 すると、殺気に満ちたアリシアの表情が少しずつ落ち着きを取り戻し、荒くなった鼻息が収まる。そして、力が抜けた様に膝を折り、ペンを落とした。


「み、みんなは……みんなはどこなの?」


「説明するから兎に角、落ち着いて……」

「あんた誰」

「あ、はい」



 その頃、ヴレイズは宮殿から出て岸壁に立っていた。

 彼は、アリシアに一目会せてくれとシルベウスに懇願したが断られ、ミランダに部屋を追い出されたのだった。

「……アリシアの修業期間は、どの位だ?」背後に立つミランダに問う。

「さぁ? 彼女次第でしょ。まぁ、私みたいに80年もここにいる事はないでしょ」彼の背から目を逸らし、西の空を眺めながら答える。

「そうか……俺も頑張らなきゃな」微笑みを蓄え、両拳を握り込む。

「貴方に興味はないわ」

「最後まで冷たいんだな」

「これでも、あったかい方よ」と、いつの間にやらヴレイズが所持していた備品の詰まった袋を投げ渡す。

「あぁ、ありがとう」

「さ、ここは寒いから早く行ってちょうだいな」

「おぅ! って……またこのロープにしがみ付くのか……降りるのは登るより楽そうだが、気が重いな」ヴレイズが渋っていると、ミランダが彼のすぐそばまで歩み寄る。

「いい方法があるわよ?」

「え? まじk」と、口を開いた瞬間、彼の背中が彼女の突風によって吹き飛ばされ、真っ逆さまで落ちていく。


「んなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 彼を見送ると、彼女はキュッと踵を返して宮殿へ戻っていく。

「ま、頑張んなさい。火の一族の生き残りさん」



「あの冷血女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」落下しながらヴレイズは、急いで魔力を練り、全身から炎を噴き上げた。その炎で落下による冷風から身を守り、またパニックになった頭を冷やす。

「落ちるっても時間がかかるんだな……」余裕な事を言いながら、見えてくる地表に集中し、炎を脚に集めて噴射させる。それによって落下速度が徐々に和らいでいき、地面に付く頃には、まるで階段を降りる様な緩やかなスピードにまで落ちていた。

そして、着地する。今のヴレイズは、無傷の万全状態なので、器用な魔力コントロールが可能だった。

「ふぅ……死ぬかと思ったぜ! 突き落とされた瞬間は、な。落ちてみると、意外と余裕だった……」と、軽やかに下山を始める。

 その間、彼は自分が向かうべき道について思いを巡らせた。

 このままラスティー達に追いつき、共に戦うのも悪くは無かったが、気が進まなかった。

 何故なら、彼は自分で自分が許せなかったからである。

 ウィルガルムとの戦いの時、例の取引を持ち掛けられ、己の心が微妙ながら揺れてしまった事を今でも後悔していた。この思いに彼の心は蝕まれ、ラスティーとエレンの顔をまともに見る事も出来なかった。

「まだ、あわせる顔が無いな……例え、無事に下山できたとしても……よし! バースマウンテンを目指そう! 兎に角、俺は強くならなきゃな! そして……アリシアを迎えて……魔王討伐だ!」

 ヴレイズは、自分自身を無理やり納得させ、麓の村へと向かった。



「俺ぁ……これからどうすれば……リーダーなんて、本当に務まるのか……」

 その頃、ラスティー達は馬を休ませる為にキャンプを張り、一息ついていた。久々にエレンは彼のセラピーを行い、バルジャスに入る前に悩みや雑念を全て吐き出させていた。

「大丈夫です。自分が正しいと思う先に、答えがあります」ラスティーに向かって何度となく言ってきたセリフを渡しながら、水の精神安定魔法を少しずつかける。

「エレン、本当に悪かった……」と、ハンカチで涙を拭い、鼻をかむ。

「大丈夫、大丈夫ですから……そろそろ行きません?」馬の様子を伺い、問いかける。アリシアの愛馬はすっかり体調を回復させ、いつでも走れる状態になっていた。

「おっし、スッキリした! 行こう!」別人の様な顔で立ち上がり、颯爽と鞍に跨るラスティー。「エレン、泣いて悩みをぶちまけると本当にスッキリするぞ! お前もやったらどうだ?」

「うるさい! 毎回付き合う私の身にもなってください! 私は、自分でコントロールができますから大丈夫です!」懐から自分で調合したヒールウォーターを取り出し、飲み下す。

「さ、あと少しでバルジャスだ! 気合入れていくぞ!」彼は気分を切り替える為、煙草を咥えて火を点けた。

「はぁい……」エレンはうんざりしたような、それでいて余裕を蓄えた笑みを覗かせて彼の背中にしがみ付いた。

 そんな彼女の体温を感じて安心したラスティーは笑みを零して前を向き、手綱を強く握り込んだ。



「おや、ヴレイズは私が手助けしなくても着地できたか。偉い偉い」ミランダは彼が無事に下山できたことを風で感じ取り、感心した様に口笛を吹いた。

 シルベウスの念を感じ取り、宮殿2階へと向かう。

「なんか、身体がいつもより軽いなぁ……でも、なんであたしの髪がこんな事に?」客間では、アリシアが鏡の前で自分の髪に仰天し、ブツクサと文句を垂れていた。

「あら、金髪の方が似合うじゃない」ミランダが近寄ると、アリシアが振り返る。

「でも、目立つから茶色く染めたいんだけど……って、あなたは誰?」

「シルベウス様のお世話をしている、ミランダです」

「よろしく」シルベウスから一通りの説明を受けたアリシアは、何かを納得しているのか、すんなりとこの場所を受け入れていた。

「あなたは、皆に会いたいとか騒がないのですか?」不思議そうに問いかけるミランダ。

「いや、十分騒いだぞ」シルベウスが彼女らの間に入る。

「でも、ここで修業した方がいいって事は納得したよ。あたし、弱いし……みんなの足を引っ張ってばっかだし……」寂しそうに口にし、長い髪を束ねて頭上で整える。

「そうでもないだろ?」シルベウスは彼女の肉体から過去の情報を探り、彼女の活躍を覗き見ていた。彼の目から見ても彼女は、一流の狩人であり、一度も仲間たちの足を引っ張る様な事はしていなかった。

「さ! 早速修行をはじめようよ! 何をするの?」アリシアは弾む様に口にし、立ち上がる。

「では、私に着いて来て下い」ミランダはお辞儀し、彼女に付いて来るように言った。ミランダは、試練を乗り越えた彼女に対しては敬意を払った。

 しばらく宮殿内を歩き、大きな扉を開く。

 その部屋は書斎なのか、本棚がズラリと並んでいた。扉の遥か前には、机と椅子が置かれ、大きな黒板が壁にかかっていた。

「ここに座ってください」

 ミランダの指示に従い、座り慣れない木の椅子に座るアリシア。

 すると、彼女の目の前に『はじめての魔法1』という題名の本と白紙のノート、そしてペンが置かれた。

「では、始めましょう。まず、教科書とノートに名前を書くことから始めましょう」


「へ?」


 アリシアは今までにないくらい気の抜けた声を漏らした。

「ほら、ペンを持って下さい。起きた手でボケているんですか?」

「え? いやほら……修行は?」

「これが修行です。シルベウス様から仰せつかって……」


「まさか、おべんきょう!?」


「そう、魔法のお勉強です。まず、最初の1年で魔法基礎と応用を貴女に叩き込め、と……」と、ミランダは黒板にこれからの勉強メニューを書き込み始めた。

「いや、あたし……生まれてこの方、こういう紙を使ったのはちょっと……」

「ほら! 背筋! 胸! 顎! 勉強は姿勢から入るんです!!」

「う、は、はいぃ!!」



 その様子を扉の影から見ていたシルベウスは、ひとりほくそ笑んでいた。

「さて、そろそろ俺たちも腰を上げなきゃな……14世界目が始まって2人目の魔王。何を企んでいるのかは知らないが……覚悟しておけよ。

 お前の相手は、お前が最も恐れた3人が育てた、そしてこの俺がこれから育てる、光の狩人だ。そして、彼女が選んだ仲間たち……まだまだ力は弱いが、いずれお前の喉に剣は届くだろう……そして、今度こそ入念に封印してやる」

 彼は懐から水晶玉を取り出し、地面に転がした。

 すると、それが大きく広がり、世界を映し出す。彼はこうやって世界に目を配り、観察者らしく大地を監視していた。

 その映し出された世界の北大陸が全て黒く染まりつつあった。闇は海を越えて西、東、南へと伸び、やがて世界を覆い尽くす。

 それを見ても、天空の監視者は余裕の笑みを崩さず、魔王の居城がある場所へ睨みを利かす。そして、その目線を、勉強を始めたアリシアへ移す。


「その汚い字は何ですか!! 勉強以前に字の書き方ですか?!」


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


「やっぱダメかもしんない……」

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