82.ゴッドレス・ワールド

「ねぇ、ヴレイズじいちゃん! 強くなるためにはどうすればいいの?」小さな手に火を纏わせた少年が、年老いた村長に威勢よく様に問う。

 ここ、サンサ村中央のシンボル、燃えずの旗と大きな薪の炎が赤々と燃え、夜空を照らしていた。

「ん……? ははは、強くなりたいのか?」ヴレイズは口から薬膳葉巻を取り、灰を落とす。何かを思い出すように夜空を見上げ、目を瞑る。

「父さんが言ったんだ! 村長は強い炎使いになる方法を知ってるって!」少年は村長に擦り寄り、裾を引く。

「そうさなぁ……強くなるためには、どう鍛えればいいのかは知っているね?」

「うん! 魔力を身体に巡らせて、集中して……そんで」教科書で得たのか、誰かから教わったのか、たどたどしく答える。

「そうか、一生懸命なのはわかった……だが、強くなるのはもっとシンプルなんだよ」

「そうなの! 教えて教えて教えて!」興奮した小動物の様に跳ねる。

「強くなるだけでは、強くなれない……だ」

「……え? じいちゃんボケちゃったの?!」

「失礼な! だがな、前の村長からも、その前の村長からも、わしはそう教わったんだよ。そして、わしも学び途中といったところかな……」と、優しく笑いかける。

「なんだいそれ! 意味わかんないよ! ……でも、ヴレイズじいちゃんは村で一番の火を操れるし……んぅ……」少年は村長の言葉の意味を理解しようと、腕を組んで頭を捻る。

「ははは、お父さんに訊いてみなさい」少年の背中を優しく叩く。すると、背後からその少年の父親が現れた。

「ほらほら、明日は大事な儀式だろ。お前にも朝一で手伝ってもらうんだから、早く寝なさい!」

「つまんなぁい!」少年が口を尖らせると、父親は彼の首根っこを掴み、テントへと引き摺っていく。

 しばらくして、父親が戻ってきて村長の隣に座る。

「坊主にあなたの言葉は、10年以上早いですよ。この私でもまだまだですからね……」

「早い内から言葉だけ刷り込んでおけば、意外と早く実ると思ってな」と、薬草葉巻を咥え、同時に火を点ける。

 しばらく2人は炎の前で、明日の儀式の段取りを話し合った。

 村長は年ながらにやはり、村の舵を取っているだけあってハッキリとした意見を口にし、滑らかに相談を終わらせた。薬草葉巻の灰が落ち、炎がパチンと音を立てる。

「では、今日は休みましょうか……」

「そうだな……じゃあ、おやすみ」

 村長は、村民が皆、村にいるかどうかを炎で探って感じ取り、安否を確認する。皆が皆、寝息を立てているのを確認し、床へ付く。

 テントの中へ入り、灯を消して毛皮の布団の中へ入る。

「ふぅ……明日が楽しみだな」目を瞑り、大きく息を吐き出す。そして、深い眠りの世界へと入り込む。

「……Zzz……アリシア…………」



「そろそろ起こさないと、ご臨終しちゃいますよ?」ベッドの中で幸せそうな寝息を立てるヴレイズの表情を見ながら冷静に口にする。

「そうだな……やはりこいつでは無理か。ま、この試練を乗り越えた、彼女の方が異常なんだが」シルベウスはため息を吐きながら、ヴレイズの額に人差指を置いた。淡く光ると同時に、彼を夢世界から目覚めさせる。


「んぉう? もう朝か……さ、儀式の準備を……お? おぉ?」


 きょとんとした顔でヴレイズが首を傾げる。

「向こうの世界で約80年かな? ま、全て忘れるがな」シルベウスは踵を返し、部屋から出る。

「……ん? わしは……わし? 俺……お、れ……え? い……今のが試練?」夢の中の80年が泡の様に弾けて消える。

「あと数分経てば調子が戻る筈です。後遺症はないから安心しなさい」ミランダは椅子に腰掛け、彼の脈と鼓動を風で探りながら本を読み始める。「異常なし」

「う? え? あれから……あれから何年経った!! アリシアは! みんなは!!」ヴレイズはベッドから飛び出そうとするも、彼女の風で押さえつけられる。

「3時間弱よ。安心なさい。それから貴方の胸の傷は、この私が治しておきました。感謝をゆっくりと噛みしめなさい」本から目を動かさずに冷たく言い放つ。

「さんじかん……」

 ヴレイズは3時間前、アリシアが受けた試練は一体どんなものなのか、とシルベウスに問い、自分も受けてみたいと頼んだ。シルベウスは「無理だろうな」とだけ返事をし、彼に例の試練を与えたのだった。結果は見ての通りである。

 彼が長く甘い世界に浸っている間に、ミランダが彼の傷を、この世界にはない医療技術で治療を施したのだった。

「……今のが、試練……俺は村で……」

「あなたの都合のいい世界の話なんて興味ないわ」本のページを捲りながら口にする。

 ヴレイズの試練は5歳のサンサ村から始まった。そこから、ヴェリディクトが現れず、ゆるゆると時間が経ち、長い時を過ごしたのであった。

「アリシアは……」

「彼女は大したものね。半日で甘露なる都合のいい世界を拒んで、こっちの世界を望んだのだから。故に、シルベウス様は手を差し伸べた。貴方は気落ちしなくてもいいのよ? 私でも、この試練を乗り越える事は出来なかったわ」

「……あ! アリシアは! 助かったのか?!」



 その頃、アリシアはこの山頂の宮殿の台座に横たわっていた。この宮殿は、扉を潜るまでその姿は見えず、外から見たらただのだだっぴろい山頂だった。

 アリシアの心肺は既に停止し、瞳孔も開ききっていた。

 そんな彼女の横には、ヴレイズが求めた希望の龍の像が見下ろしていた。大蛇の様な長い身体をのたくらせ、鋭い爪には大きな玉が握られ、今にも襲い掛かってきそうな鋭い目と牙を光らせていた。

「雁字搦めに制御してあったからな~ 流石に時間がかかるな」シルベウスは鼻歌を歌いながら、龍の爪に握られた玉に魔力を注いでいた。

「……残念だが、君の身体はもう手遅れだ……だが、必ず蘇らせよう……この世界を、君に導いて貰うためにね」

 シルベウスは怪しく笑い、胸に手を置き、ブツブツと龍に願いを唱え始めた。



「……その、ありがとう」アリシアの安否を聞き、落ち着いたヴレイズはベッドに安心して体重を預けた。

「何が?」相変わらず本から目を離さないミランダ。

「俺まで助けてくれてさ……本当なら俺も試練をパスしなきゃ……」

「貴方を助けたのは、アリシアを助ける為よ」

「なに?」

「貴方は、彼女の心の支えになっているのよ。それにラスティーやエレンって仲間もね。そのひとつが欠けただけで、彼女は折れてしまう可能性があるの。だから、貴方を『ついでに』助けたのよ」相変わらず冷たく話し、頁を捲る。

「それでも、ありがとう」

「私も暇してたしね。修行の身でもあるのに、ここじゃあ、やる事がないからね」

 彼らがゆっくりと会話を進めていると、一仕事終えたシルベウスが菓子パンを咥えながらやって来る。

「やっとおやつが食える! ったく、お前らのせいで折角の『ホップクリーム入り焦がしメロンパン』が冷めちまったじゃねーかよ」と、一齧りする。鼻の下のクリームを器用に舐め取り、もう一口齧る。

「メロン……パン? メロンって、ブルーメロンの事か?」青い筋の入った果物を思い浮かべ、彼の手にする菓子パンを凝視する。

「お前らの世界のメロンとは違うんだよ」シルベウスは近場の椅子に座り、美味そうにクリームを舐める。

「……で、少し質問を整理したんだが、訊いてもいいか……ですか?」ミランダの視線を感じ、言い直す。

「どーぞ」最後の一口を食べ終わり、指を舐める。


「貴方は一体、何者なんですか?」


「山の主、シルベウス、だ」3時間前の紹介と同じ答えを返す。

「いや……もっと詳しく……」



 ヴレイズの質問には、ミランダが答えた。シルベウスに直接問うても、まともな返事が返ってこない為、また、真面目に答えるとヴレイズの頭が付いていけなくなると、彼女がバカにする様に言い、彼女が簡潔に答える事になった。

 シルベウスは、この世界を作った神、と呼べる男の相談役であり目付役のひとりであった。年齢は13世界と数千歳。ミランダ自身も全てを把握している訳ではなかったが、なんでもこの世界が生まれる前に、13の世界が存在し、それを超えてこの世界は14世界目だと言った。

 この時点でヴレイズは理解できていなかったが、ミランダは淡々と続けた。

 つまりシルベウスは神聖存在であり、この世界を作った者のひとりでもある、という話だった。他にも2人おり、それらはそれぞれ、海と冥界の観察者として別の場所でこの世界を見守っているらしかった。

 ヴレイズが、『この世界を作った神はどこにいるんだ?』と聞いたら、シルベウスが口を挟んだ。

 この世界の神は現在、不在だと口にした。

 なんでも、13世界目の滅びを目の前にして絶望し、暴走したのだった。それを3人が止め、冥界の奥底へと封じ込めた。その際、神から世界を作るための力、『破壊』と『創造』を取り上げ、それぞれ保管しているそうだった。



「つまり、この世界に神はいないってことか?」信仰心があるわけではなかったが、少しがっかりした様に口にするヴレイズ。

「ま、そうだ。俺は神だと名乗るつもりもないし、他の2人も同じだ。てぇか、これまた長い話があってな……ま、これについては言いたくないが」3つ目のメロンパンを食べながら口にし、ミランダに入れさせたミルクティーを啜る。

「……でも、あんた、いや貴方は神に一番近い存在って事だよな?」

「……まぁ、この世界は3人で作ったからな。だが、そういう話をすると、嫌な事を思い出すから、神だとか仏だとか名乗るつもりはないって!」うんざりした様に口にし、重たい溜息を吐く。

「でも、すげぇ人って事はたしかだよな! なんか凄い術は使えるしさ!」

「こら! その口の利き方はなんだ!」ミランダが眉を尖らせ、吹雪の様に口にする。

「まぁまぁ……因みにさっきの試練は、6世界目の幻夢王とかいう奴が使っていた魔術だ。世界中の人間を眠らせ、世界を現実と夢に切り分けて、どちらも支配しようとした欲張りな奴だったなぁ~」

「よくわからないが、ものスゲェ人って事だよな!」

「だから、その口の利き方はなんだ!!」ミランダがまた怒鳴る。


「頼む! 俺をここで鍛えてくれないか!! 何でもする! 強くなりたいんだ!!」


ヴレイズはベッドから降り、手を付いて頼んだ。


「ダメに決まってるだろ、ヴァ~~~~~~カ」


 シルベウスは鼻くそを穿りながら答えた。

「な、なんで?」

「これから、ここで彼女を……アリシアを鍛えるからだ。一片に2人も鍛えるなんてめんどい事はしたくないんでね」頭をグシャグシャと掻きながら欠伸をするシルベウス。

「私はどうなんです? 私も弟子ですよね?」急に弱った様な声を出すミランダ。

「お前、80年もここにいるクセに何が弟子だよ! いつになったら悟るんだお前は!」

「まぁそんな事は言わずに……」

「80?! って事はアンタ……」ミランダの冷たい顔を見つめ、指を差す。

「シルベウス様の秘術で身体の劣化は止まっているんだ! 肉体年齢は29歳だ! ババァとか言ったらこの山から突き落とすぞ!!」

「す、すいません……」

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