6.グダグダなる籠城戦

 ラスティーの傭兵団は無事、援軍としてガムガン砦に到着した。だが、砦内のパレリア兵たちは彼らを歓迎はしなかった。

 援軍と言えどたった50名足らずであり、ただ食い扶持が増えただけとみなされ、冷たい視線が突き刺さっていた。

「まぁ予想はしたけどさぁ……ここまで歓迎されないもんかね? 俺たちの寝る場所どころか、椅子の一脚すら差し出されないとは……」ライリーは重たい溜息と共に吐き出す。

「こんな所に来て、何するんだろうね?」キャメロンは辺りを見回し、首を傾げる。

「籠城って言えば、打って出るか、閉じこもって兵器で応戦するか……かな」ダニエルは下がった眼鏡を上げながら答える。

「おいおい、あんた。6年間、兵法の学問所に通っていたんだろ? もっとなんかあるんだろ?」ライリーはダニエルの腹を肘で小突きながら言った。

「4年で卒業できる学問所でだぞ? しかも、破門にされたんだよ。察しろ」額を鈍く光らせ、表情を暗くさせる。

「ま、これこそラスティーさんの腕の見せ所って奴じゃないの?」キャメロンは自分の寝袋を広げ、その上に寝そべって天空を見上げた。

 そんな彼女をうっとりした表情でローレンスはみつめ、ただ幸せそうにため息を吐く。

「気持ち悪い豚野郎だなぁ……」ライリーが出っ歯を光らせながらボソリと呟いた。



 その頃、エレンはひとりで砦内を歩き回り、ある人物を探していた。

「あの、ロザリアって人を知りませんか?」近場でへたり込む兵士に尋ねる。

「あ? ロザリアぁ?」その兵士はガラも目付きも態度も悪かった。

「紅色の鎧に、大剣を持った、金髪の……」

「あぁ、そいつね……あっちだ」と、兵士は疲れた様に西側を指さした。

「ありがとうございます。あの、これをどうぞ」と、一口サイズの筒に入れたヒールウォーターを渡し、飲む様に促した。

 彼女はこの筒を道行く兵士に配りながらロザリアのいる西の武器庫へ向かった。

 その武器庫には、綺麗に磨かれた剣と槍、調整された弓などがズラリと並んでいた。そのど真ん中で、紅色の鎧を頭から着こんだ者が、布で矢を一本一本磨いていた。

「ロザリアさん?」見覚えのある後姿を見て、目を輝かせるエレン。

「む? おぉ! エレンさん! まさか本当に来て下さるとは……」兜を脱ぎ、金髪を振り乱してかき上げる。

「無事でよかった……」彼女に大きな怪我が無く、ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、ロザリアの最初の一言でエレンは目を丸くして髪の毛を逆立てた。


「え゛ぇ!! まともな魔法医がいない!!」


 彼女は耳を疑い、頬を引き攣らせた。通常、こういった砦には優秀な魔法医、最低でも医者が数人と助手が数十名いるはずだった。

 だが、この砦にはまともに怪我を治せる、骨を接げる医者がいないのは考えられなかった。

「なんでも、そういった者は後の戦いに備えてここから取り上げ、パレリア首都に集結させた、と。ここは捨て石だという話です」ロザリアは淡々と口にしながら次々と矢を磨いた。

「で、でも、ひとりも置かないなんて!! ありえない!! で、でも、兵士の中で手当ての出来る人は……」

「ここの兵の大多数は、コロシアムで使われる罪人兵だ。中には薬草に詳しい者もいるが、あの多数の怪我人の世話の出来る者は……」

「何人いるんです?! 怪我人は!!」

「およそ500名。他は戦死か、逃げたか……数合わせで揃えられた脆弱な者達だったから……」と、言う間にロザリアの手がエレンに奪われる。

「んぅ?」

「ロザリアさん! そこに案内してください!!」



 所変わって司令官室。

 ここでは今迄、不軍議が開かれては怒鳴り合いで終わりを繰り返していた。

「だから! 打って出るべきだと言っているんです!! 我々の砦内戦力を総動員すればあんな連中!!」腕力自慢の騎士団長ジャムスが卓をドンと殴りつける。

「我々のやるべき事は時間稼ぎだ。大臣が今、停戦交渉の準備中らしい。それまで、何とかここを死守し、我々に有利な条件で……」ガムガン砦司令官ウィラムが苦そうな表情でジャムスの目を見て、その後で困った様な目で雷の賢者エミリーを見た。

「どんな条件でも、この砦は盗られるに決まる!! 何のために我々は戦ったのだ! 何のために部下が死んだのだ!! 貴様も分かっているだろう!? あんな大臣に何ができる!!」歯を剥きだし、また卓を殴りつける。

「しかし……ぬぅ……」と、困り果てた流し目をエミリーへ向ける。

「……え、と……私が前に出ればいいんでしょうか?」エミリーは首を傾げながら口にする。

「そうだ! いまこそ賢者様が先陣に立ち、連中を蹴散らすべきだ! あなたならそれができるでしょう!?」額の血管が千切れんばかりに怒鳴るジャムス。

「しかし……賢者は元々、ククリスの盾、そして国の相談役となるべき存在でして、間違っても矛になるべきではないと……」必死で隠してはいるが、少女らしい弱った声が見え隠れする。

「そんな事を言っている場合はない! それに、今こそ我々の盾となり、先陣へ! さすれば、士気も上がりましょう!!」畳みかける様な言い方で前のめりになるジャムス。

「う、うぅむ」打って出るのを大臣から止められている司令官は顔色を悪くして唸る。彼自身はジャムスと同じ意見であったが、立場が違うため、素直に指揮を執る事ができなかった。

 こういった会話が堂々巡りし、今現在の救いようのない敗色濃厚な事態を招いていたのだった。

「なるほどね」全てを察した様に、部屋の隅っこで会話を聞いていたラスティーが煙草に火を点けながら起立する。

「「何がなるほどね、だ! 貴様は一体、何をしにここに来たのだ! 貴様らの寝床も飯も用意はないぞ!!」」ジャムスとウィラムは、ここでだけ息を合わせて怒鳴り散らし、指を差した。

「はいはい、そういうのは俺らで勝手にやらせて貰います。エミリーちゃん、あとでちょっと……」と、手招きをし、ラスティーは司令官室を後にした。

「生意気なガキだ……ったく。って、賢者様! ど、どこへ?!」

 エミリーは、この場の空気に耐え切れず、ラスティーの招きに飛びつくように素早く後へ続いた。



「ふぅ~、やっと俺たちの場所を確保できた。しかし、ここまで来てテント暮しか……まだ旅の道中の宿の方が居心地よかったな~」オスカーは自分のテントを組み立てながらぼやいた。

 彼ら傭兵団およそ50名は、砦の隅っこの訓練広場を借りて、そこに即席の休憩所を設けていた。オスカーの腰の低い交渉術とコルミのサポートのお陰で、この場所を借りることが出来たのだった。

「しかし、見て下さいよ! ほら、当然の様にあの4人がここに来ていますよ! 図々しいっすよねぇ~」コルミは己の得物であるバカデカい大剣を磨きながら愚痴を零した。

「ま、広い心で受け入れようや。俺たちは今や、ひとつの傭兵団なんだからさ。ま、連中が挨拶と何かしらの粗品を持ってこなきゃ、今夜中にでも追い出してやるんだがな」

「やっぱケツの穴小さいじゃないですか!」と、2人がやり取りをしていると、正面からラスティーとウォルターがやって来る。彼らを見るや否や、オスカーは花の様な営業スマイルを咲かせて迎えた。

「どうも、ぼっちゃん! 道中のお気遣い、大変感謝いたします! それにこの砦に入る時の手際! 感嘆せずにはいられません! 流石は我らが司令官!」オスカーは手を揉みながら彼の間合いへズイズイと進んでいく。

「おぅ! そちらこそ、窮屈な思いをさせて悪いな。場所の確保をご苦労! 連中は食料は木の実の一粒も分け与えるつもりはないらしいが……」

「えぇ? 随分けち臭いですねぇ~」コルミが表情を殴られたように歪ませる。

「ま、それ以外にも問題が山積みだ。しかし、俺もそろそろここを離れなきゃならないからな……」と、彼は太陽の方角を伺い、舌打ちをした。

「え? それはどういう意味で?」オスカーが問うと、ラスティーは煙を吐きながらニッと笑った。


「今から、ここの指揮はオスカーさん、あんたが執ってくれ」


「へ、っ?!」オスカーのブラウンの瞳が小さく萎む。

「で、相談なんだが、俺の方の策にコルミさんがどうしても必要なんですが、連れて行ってもいいですか?」彼の返答を待たずに頼みごとをぶつける。

「え? ぼくぅ?!」

「お願いします! 代わりにこのウォルターを臨時の右腕として置いていきますので。んじゃ! 頼みますよ!」と、オスカーの横にウォルターを立たせ、代わりに小さなコルミを連れていこうとする。

「い、いやいやいや!! ちょっと待ってくださいよぉ!!」オスカーがなんとか会話に付いていこうと喰らいつき、反論を頭の中で考えながら彼の袖を引く。

「俺の父さんから『後は頼む』って言われたんだろ? 頼むぜ、オスカー隊長!」ラスティーは彼に向き直り、信頼を託す様に横っ腹を叩いた。そして、彼の返事を待たずに砦の裏口へとコルミを連れて向かっていった。

「いや、それは……その……」オスカーは力なく立ち尽くし、隣に立つウォルターへ顔を向けた。

「よろしく、ウォルターです」彼は蛇の様な目でオスカーの萎んだ瞳を覗き込んだ。

「よ、よろしく……」

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