78.希望の龍の像

 その頃、暗雲から抜け出した飛空艇はグレイスタン上空を通過し、真っ直ぐ北大陸へ向かっていた。船内では、乗組員たちが『どこの国へ寄り、土産を買っていくか』などを和気藹々と会話しながら計器や周囲の天候状況などを調べていた。その中で、彼らの話に耳を傾けながらウィルガルムは己のボディのチェックをしていた。

「くそ~ あいつら散々やってくれやがって! 新品のガントレットとバックパック、それにブレードをこんなにしやがって! 普通のクラス4よりも立ち悪い連中だったな……ブリザルドが負けるわけだ」

 頭を掻き毟りながら、派手に煙を噴くバックパックのカバーを取り外し、咽る。

「腕に擦り傷がありますよ! 私にお任せを」乗組員のひとりが救急箱を片手に近づく。

「このぐらい平気だ。それより、あそこで黄昏てるあいつを診てやってくれ」と、背後に親指を向ける。

 その先には、グレイスタンの平原をひとり歩いている所を拾われたローズが煙草を吸いながら酒を傾けていた。

「あ、あの……その左目は……」恐る恐るローズへ近づく。彼女は機嫌が悪いのか、ただ酒に酔っているのか目が座り、表情も濁っていた。

「あ? あぁ……いいよ。コレは、アタシの問題だからさ」船員には顔も向けず、酒を呷る。

「だが、早く治さねぇとホワイティ先生でも治せなくなるぞ? 言っておくが、高性能の義眼をヴァイリーと共同開発中だが、あと5年はかかるからな。期待しても遠い話だし、お値段も相当……」


「うっさいなぁ! ほっとけ!!」


 ローズは苛立ちを露わにし、殺気の籠った表情をウィルガルムへ向けた。近くの船員が怯えた表情を背け、仕事に目を戻す。

「……なんだよ。俺がここに飛んできた理由を聞いた途端にイジけやがって」

 ウィルガルムは太い首を傾げながらバックパックの修理に戻る。内部は真っ黒に焼け焦げ、彼が工具で弄ると、緑色の稲光と共に小さな爆発が起こる。

「こりゃあ、仕事場でやらないとダメだな……」渡された布巾で顔を拭い、水筒の水をガブガブと煽る。

 ローズは酒を何杯も煽り、左目から走る痛みを味わいながら歯を剥きだして震える。

「アリシア……アタシ以外のヤツに殺されやがって……」



 ゴッドブレスマウンテン麓の小さい村『スエィ村』。ここは15年前までは観光客がよく訪れる村だった。村人たちは皆、愛想が良く、どんな者がやってきても笑顔で迎え入れ、手厚く歓迎した。

 たとえ盗賊がやってきても、嵐がやってきても、村人たちは余裕を崩さなかった。なぜなら、ここは山の主によって守られていた。

 そして現在は、『ある理由』と多発した紛争、戦争により観光客は訪れなくなった。だが、希望を求めてやって来る者は少なからずいた。

 そんな村に、ラスティー達が担ぎ込まれる。

 村の門より数百メートル先で倒れ、助けを呼びに来たエレンに応えて村人たちが助け入れ、教会の治療室へ4人を運び込んだのだった。

 この教会の神父は魔法医療の心得があるらしく、一先ずエレンの指示に従いながら、死人の様になり果てた3人の治療を始めた。

 その嵐の様な忙しさが過ぎた4時間後、包帯だらけになったラスティーが目覚める。

「……エレン?」痛む身体を起こそうとすると、村娘のひとりが額に手を当て、彼に動かないように言う。

「起きるにはまだ早いです。動くと、折角固定した骨がまた……」

「そんな事を言ってる場合じゃないんだ! みんなは!?」

「エレンさんは2人に付きっきりです。とにかく、貴方は安静に……」優しい笑顔を見せる村娘。そんな彼女を押しのける様にラスティーは立ち上がり、静止を振り払いながら隣の部屋へ押し入る。

 そこではヒールウォーター・バスに浸かったヴレイズの治療中だった。隣にはエレンが汗だくになって魔法を操りながらありったけの薬草や木の実を調合していた。その隣で手伝いの子供が薬草を煎じる手伝いをしていた。

「あとは、これを少しと……あ!!!! ラスティーさんはまだ寝ていてください!!」

「ヴレイズは……アリシアは無事なのか?!」


「今は貴方に構っている暇はありません! 大人しく寝ていてください!!」


 鬼の様な形相で叱り飛ばし、隣の子供の肩がビクンと動く。ラスティーはやりきれない表情を作りながら大人しくドアを閉め、自分のベッドへ向かった。

「あんなエレン、初めて見たな……」

「初めてだらけで四苦八苦している、と仰っていましたよ」村娘は水を一杯入れ、彼に手渡す。その水は骨折に効くヒールウォーターだと彼女は口にした。

「……俺の仲間……あの2人は……?」グラスに口を付けず、問いかける。

「……ヴレイズさんは、村に着いてからずっと治療中です。火傷とは呼べないくらい酷い傷を負っていて……治せないと神父様が仰っていましたが、エレンさんは諦めないと……」

「アリシアは? アリシアはどうなんだ!?」コップを落とし、村娘の両肩を掴む。

「……彼女は……延命中です」


「えん……めい?」


「はい……もう手遅れだそうで……生きている、心臓が動いている事が不思議だと……」

 彼女の言葉を聞き、ラスティーは呆然となった。

「……ち、治療は……? するんだよな?」

「……少なくとも、エレンさんを含め、彼女を治療できる者はこの村にはいません……」



 ラスティーが目覚めて3時間後、エレンが、彼がいる部屋にやって来る。息を切らせ汗だくになり、上着を脱いでタオルで額を拭う。

「……エレンの傷はいいのか?」ラスティーは紫煙を燻らせながら問うた。

 彼女は煙草を掴み上げ、揉み消して壺へ捨てる。

「怪我人は吸わないで下さい。私の傷は、ラスティーさんが最後のヒールウォーターを使ってくれたお陰で……貴方の判断のお陰で、ヴレイズさんは助けられそうです」苦しそうな笑顔を作り、歯を見せる。

「ですが、もう旅は……戦う事はできません。大胸筋が消失し、腕を振るう事はおろか……」目に涙を浮かべるが、すぐに払う。

「アリシアは?」

「……彼女は……私も諦めたくないですが……その、もう無理です」

「どうして?」天井を見上げながら問う。

「背骨と頸椎が激しく損傷しています。さらに、心臓以外の臓器の殆どが潰れています。私では……」

「なんで諦めるんだよ……」

「私の今の腕、技術では首の骨の修復は……複雑な器官の治療は出来ません。もう無理なんです……死んでもおかしくない……」

「なんで諦めるんだよ」

「ラスティーさん……」


「アリシアは諦めてないじゃないか!! なんでお前が諦めるんだよ!!」


「じゃあどうしろって言うんですか!!!!」


 静寂に響く2人の怒声。

 聞きつけた村人が様子を伺いに来るが、エレンが愛想笑いで受け流す。

「確かに、心臓は動いています。でも、どうしようもないんです……それに、ラスティーさん、いえ、私たちは早く先に進まなきゃなりません。そうですよね?」

「っ……ぐっ……」この先のバルジャスでは、ラスティー達の到着を今か今かと待っていた。この村で治療を続けるべきではあるが、同時に一刻も早く村を出て先を急ぐべきでもあった。急がなければ、この先の戦争に乗り遅れ、ラスティーが見出した機を逃す事になる。そうなれば、魔王討伐の未来が遠のく、最悪絶たれるのである。

「アリシアを見捨てるのか?」

「そうは言いたくありませんが、ラスティーさんが言うべきは、2人をここに……」


「それはダメだ!」


 ラスティーは身体の痛みを忘れて、彼女の胸元を掴んだ。

「……全てを選ぶことは出来ないって、ラスティーさんもわかっているのでしょう?」エレンは涙をハラハラと流し、震える彼を見る。

 だが、ラスティーはまだ諦めてはいなかった。

「いや、見捨てない。その策は……ある!」



 その夜、ラスティーは世話になった村長の家へ向かい、挨拶を済ませて早速本題を問いかけた。

「この山には『希望の龍の像』があるんだよな?」余裕の無い彼は、息を荒げながら口早に言った。

「……そんなにも、大切な仲間か」彼の様子を見て悟った村長は、ゆっくりとソファーに座り、彼にベッドで横になる様に促した。

 ラスティーはベッドに腰を下ろし、今にも噛みつきそうな目で彼を見据えた。

「……あれはもう無い、訳ではないんだが……」

『希望の龍の像』は、15年前までは確かにこの山の頂に置かれていた。コレを目当てに観光客が押し寄せ、像の前で願った。

 しかし、この像は全ての願いを叶えるわけではなかった。

『大金持ちになりたい』『最強の力が欲しい』『不老不死にしろ』などの私利私欲な願いを、像は黙殺した。代わりに『村に雨を降らせてほしい』『じいちゃんの腰痛を治してくれ』などのささやかな願いは聞き入れた。

 だが、15年前にとある人物が何かを願い、それを像は叶えてしまった。その願いの内容を知った山の主が激怒し、像を誰も使えないように隠してしまったのだと言う。

 それ以降、観光客や願いを叶えようとする者はやってこなくなった。

 しかし、村長が言うには、それでも願いを叶えようと山を登るものが少なからずいたそうだった。

 その者達は、決まって今にも死にそうな怪我人や病人を背負い、山を登っていったそうだった。例え村長が止めても、目を輝かせて希望を胸に、険しい山道を大切な者を背負って行くそうだった。

 だが、その者達は決まって、ひとりで下山することになった。

 曰く「これでよかった」と寂しそうに微笑み、村を後にした。

 山頂で何が起きているかは村長も知らないと語ったが、登山者の中から聞いた話では『不可能に近い試練』が待っていると語った。

 この話を聞いたラスティーは、村長に礼を言い、教会のベッドへ戻った。

「……やるしかないな」ラスティーは静かに何かを誓い、ヒールウォーターの入ったグラスを飲み干した。



 夜が明けると、ラスティーは静かに登山の準備を始める。エレンの回復魔法が効き、殆どの骨は右脚を覗いて完治していた。

 そこへ彼の決意を察知したエレンがやってくる。

「どこへ行くつもりですか?」

「ちょっと登山にな」村で買ったピッケルやベルト、ロープを確認する。

「……馬鹿な事、とは言いませんけどね! そんな時間が貴方にあるのですか!!」

「2人を見捨てるわ訳にはいかないんだよ!!」

 そんなラスティーを、彼女は強く引っ叩いた。


「私だって!! 私だってこんな事を言いたくはありませんよ!! でも、貴方は……ラスティーはこの先へ急ぐべきです!!!」


「っ……くぅ……」膝を折り、拳を握って唸る。

 彼は希望があるかもしれない山へ登り、2人を助けたかった。恐らく、誰も踏破出来なかった試練に打ち勝ち、希望の龍の像で願いを叶えたかった。

 だが、そんな時間は彼には、誰が見ても許されなかった。


「こんな所で折れるのか、俺ぁ……」


 今にも倒れそうになるラスティーをエレンが支える。彼の身体から大切な何かが抜けようとしているのを感じ取り、精神安定魔法を施す。

「堪えて下さい……ここで貴方が折れたら、私たちの今迄の旅は……」

「もう終わりにするか……この旅」

 ボソッと吐いてはいけないセリフを零してしまうラスティー。

 エレンが涙を零して吠えようとすると、ドアがゆっくりと開く。


「諦める事はねぇ……」


 そこには、立てるハズの無いヴレイズが立っていた。

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