77.全滅のあと

 豪雨降りしきる嵐を背にして飛び去る飛空艇。雨音は大地を割らんばかりに鳴り響き、近場の川を氾濫させる。雷鳴が機嫌悪そうに唸り、大木に落ちて火炎を噴き上げた。


「ん……ぐ……ぅ」


 落雷と爆発、木の倒れる音を聞き、目を覚ますラスティー。体内は虫か蛇がうねり狂うかの様な不快感と痛みを覚え、身を捩る。起き上ろうとするも、両腕は折れ、利き腕に関しては関節が反対方向に折れ曲る。

 周囲を探ろうとするが、大量出血のせいで目は霞み、耳は片耳が聞こえなかった。鼻と口からは鉛が如き液体が止めどなく流れ落ちる。

 全身を走り回るあらゆる種類の痛みを必死に無視し、風魔法を発動させ、周囲を探る。雨と強風で妨害され上手く探れず苛立つラスティー。

「く、くそぉ……みんな、無事か?」激痛は承知で身体を無理やり起こす。

 その瞬間、腹に溜まったあらゆる物が立ち上り、勢いよく噴き出る。破裂した内臓の一部を吐き出し、額を泥濘に沈める。歯が折れんばかりに食いしばり、腹の鈍痛を忘れようと首を振るう。

 気が遠くなる様な激痛の海に沈みながら、冷静になろうと無理やり深呼吸する。それでも胸を噛みつかれるような痛みが奔るが、それを無視し、今の状況をどうするかだけ考える。

 兎に角、自分の身体の診断を始める。仲間の事が一番気がかりだが、自分の身体が動かなければ誰も助けられなかった。

「く……派手にやられたなぁ……何年ぶりだ? こんなになるの……」マフィア時代、仕事でドジって袋叩きにされて以来だった。その時も、全身複雑骨折した。

 一先ず、利き腕の治療を始める。

 近場に落ちていた木片を噛み、反対側へ曲がった骨を無理やり元に戻す。不気味な感触と、爆ぜる様な激痛が脳天を貫き、生臭い絶叫をかみ殺す。

「~~~~~~~~~っ!!!!!」懐から回復薬の染み込んだ布を取り出し、骨折した両腕と両足に巻き付ける。千切れかけた右脚は、千切った袖を巻き付けて無理やり固定する。

 身体に走る不気味な気持ち悪さは、運よく無事に残ったヒールウォーターを飲んで解消させたかったが、これは懐に仕舞う。

 多少回復したラスティーは、時間を掛けてゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。

 豪雨で一寸先も見えず、目は未だに霞んでいたが、影を察知することが出来たため、そこへ向かってヒョコヒョコと歩み始める。歩く度に全身を貫く激痛が走るが、それでも止まるわけにはいかなかった。

 


 まず見つけたのは、馬車の残骸だった。粗方、落ちている物資を確認し、治療に使えそうな物だけを拾う。

 その中に、自分の愛馬の一部を見つけ、息を漏らし、歯を剥きだす。パレリアからの、半年以上共に旅した仲間だった。こんな形で別離る事になるとは思わず、目を瞑る。

 その後、馬車の残骸で簡単な松葉杖を作る。多少身軽になり、落ちたカバンを拾い上げて、散らばった薬品を拾い集める。中にあった薬草を調合した薬を飲み下し、身体の痛みを緩和する。

「くそ、なんて雨だ……早く、みんなを見つけなきゃな……」

 若干回復した体力を使い、風で周囲を集中して探索する。

 雨音に混じり、何者かの小さな呼吸が風に触れる。

 ラスティーは一目散にそちらへ向かい、泥の中で転がる者へ駆け寄った。

 エレンだった。

 彼女の胸と腹からは矢が生えており、傷口の周りはどす黒く焼け焦げていた。

「よし、これで……」今度はゆっくりと彼女の傍に座りこみ、丁寧に矢の周りの肉を切開し、傷が下手に広がらないように引き抜く。傷口にヒールウォーターを染み込ませた布を押し当て、更に残った分を口から飲ませる。飲み水で綺麗な布を湿らせ、汚れた頬を優しく拭う。

「頼む……起きてくれ……俺一人じゃあ、どうしようもないんだ……」



「ん……んぅ……?」

 しばらくしてエレンがゆっくりと目覚める。四肢は砂が詰まった様に重く、喉の奥から焦げ臭い匂いが立ち上る。

 頭を押さえ、首を振り、気絶前の記憶を掘り起こす。

「……あ! ラスティーさん!!!!」起き上ろうとするも、マヒした体がそれを許さず、足が滑って泥に転がる。

 その音に気付き、遠くにいたラスティーが彼女に駆け寄って抱き起す。

「やっと目覚めたか……大丈夫か?」

「ラ……スティーさん……大丈夫ですか? 身体は? ち、治療を……」

「今は、自分の回復に専念してくれ……頼む……」ラスティーは、いつになく深刻そうな表情で口にし、前髪で目元を隠した。

「ど、どうしたんですか? アリシアさんと、ヴレイズさんは?」

「ぐ……くそぉ……」肩を震わせる。振動がエレンの身体へ訃報の様に伝わる。

「……2人はどうしたんですか!!!」

 雨は弱まらず、2人を強く打った。

 ラスティーの背後には、変わり果てた姿のヴレイズとアリシアが並んでいた。



 雨が降り続ける中、ラスティーはヴレイズを背負ってよろよろと歩いていた。彼の前方には、運よく残ったアリシアの愛馬がエレンとアリシアを乗せてゆっくりと歩いていた。

「……その、ラスティーさん……」涙混じりにエレンが口を開く。

「…………なんだ」重そうに応える。

「貴方の方が重症なのですから、馬にはラスティーさんが……」

「エレンにヴレイズが背負えるのか?」

「……でも……」

「エレンには、この先の村で2人を治療して貰わなきゃならないんだ。その時の為に、体力を……」と、ずり落ちそうになるヴレイズを背負い直す。

「でも……」雨の雫と共に頬から涙を垂らす。

「治療してくれ……そうすれば、前に進めるんだ……」と、必死に力を入れて松葉杖と左足を交互に動かす。

「でも、2人は!」


「うるせぇ!!」


 ラスティーが一喝し、エレンは泣き声をかみ殺しながら前を向く。

 エレンが言いたげにしている通り、2人はほぼ手遅れだった。

 ヴレイズはギリギリ呼吸を続けていたが、いくらエレンが回復魔法を流し込んでも目は覚まさなかった。更にエレンの魔法では胸の傷は治せなかった。

 アリシアに関しては、ほぼ死んでいるに等しかった。下手に魔法を流そうものなら、その負担がトドメになるほど衰弱し、呼吸も浅く、心音も頼りなかった。だが、エレン曰くこの状態は不自然だと口にした。

 彼女の傷は尋常ではなかった。首の骨を始め、全身の骨は砕け、内臓はスリ潰れており、さらに右腕が消失していた。

 だが、彼女は生きていた。この状態は生きているというより、魂が身体にしがみ付いている、とエレンは語った。

 そんな2人を、エレンは治療できる自信はなかった。

「大丈夫だ……2人はこんなにもしぶといんだ……また元通り……くっ」エレンと同じかそれ以上、現実を受け入れなければならない立場である彼は、受け止めたくない事実を前にして、必死になって目を背けていた。

 そんな2人の前に、下卑た笑いと共に何者かが立ちはだかる。

「よぉ、どちらへ向かっているんで?」身なりからして盗賊だった。

「……こんな時に……」歯を剥きだし、忌々しそうに眼前の6人を睨み付けるラスティー。

「勘弁してください! こちらには怪我人がいるんです!」エレンが訴えるも、ひとりが石を投げつける。「きゃあ!!」

「そんなけが人も、焼けば美味いんだよ~」目を血走らせた盗賊のひとりが舌なめずりし、両手にナイフを握る。

「冗談でしょう! 見逃して下さい!」額の血を拭い、必死で訴えるエレン。

 だが、眼前の盗賊たちに慈悲の心は持ち合わせていなかった。

 2人がエレンに、もう2人がラスティーに飛びかかる。残った2人はラスティー達でどう遊ぶかを楽しそうに相談しながらケケケと笑っていた。

「調子に乗るなぁ!!」ラスティーは強風を巻き起こし、2人を吹き飛ばす。弱々しく、降りしきる雨にも負ける風ではあったが、怯ませるだけの衝撃は与える事が出来た。

「風使いか? だが、そよ風程度だな」錆びついたナイフを舐めながら余裕な顔を覗かせる盗賊。

「くそ……こんな所で……」片膝を付き、ヴレイズの体重に潰される様に前のめりになる。

「ラスティーさん、た、助けて下さい!!」同じく弱っているエレンも、反撃できず馬上で必死になって足蹴りを繰り返す。だが、スカートの裾を掴まれて引き摺り下ろされる。

「生きている女は久々だなぁ~ たっぷり味わわせて貰うぜぇ~」

「やめろ……やめろ、クソ野郎どもがぁ!!!」ラスティーは己の無力さに歯噛みしながら、必死になって吠えた。


「火ィ………………カス……ゾ」


 彼の背後から、蚊の鳴くような声が囁く。

 ラスティーが目を向けると、そこには片腕を伸ばしたヴレイズが火を絞り出していた。

「お前……」無茶をするな、という言葉を言う前に可燃性の風を操り、盗賊たちの方へと飛ばす。

 あっという間に眼前の2人、そしてエレンを襲っていた2人を悲鳴と共に消し炭に変えた。こんな時でもヴレイズは『燃やす物を選ぶ炎』を操っていた。

「なんだ、この炎は?」眼前から襲い来る火炎を避けながら訝し気な顔を覗かせる盗賊の2人。

 炎は雨によって弱まり、盗賊2人を残して鎮火する。

「く……持たなかったか」己の不甲斐なさに吐き気を催すラスティー。

「あ、あと2人が来ますよ!!」

「わかってる! わかってるが……」今の自分に何ができるか必死で考える。再び気絶したヴレイズに頼れない今、ラスティーに出来る事はひとつしかなかった。

「まずはお前からだ!」

 地面に転がるエレンに向かって棍棒を振り上げる盗賊。もう1人もナイフを構えて彼女を挟み込む様に襲い掛かっていた。


「うぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ラスティーは覚悟を決め、魔力を振り絞って真空波を練り上げて2人に向かって飛ばした。彼は真空波を生き物に対して使う事を極端に嫌っていた。そのトラウマはエレンも重々承知していた。

 彼が飛ばした真空波は見事、2人の首を斬り飛ばしていた。その直後、ラスティーは指先から生々しく気色悪い感覚を覚え、吐き気を催した。

 だが、それを力強く飲み込み、足を踏ん張る。

「大丈夫か、エレン……」脂汗を垂らしながら優しく問いかける。

「は、はい……貴方は?」

「俺より、アリシアとヴレイズの心配だ……早く行こう……もうすぐ、村だ」

 彼らが目指す村は、向かう予定の無かった、ゴッドブレスマウンテンの麓にある小さな村だった。

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