76.サイゴノヒカリ Part2

 ウィルガルム襲撃から数分経ち、暗雲から雨が降り注ぎ始める。何かを予兆するかのように激しく音を立て、彼らの身体を叩く。

「ちっ、レーダーはもう役に立たないか」ウィルガルムは舌打ち混じりに兜とゴーグルの装置のスイッチを切り、裸眼と己の耳で彼女がどこにいるのか探る。

「……」アリシアは息を整え、豪雨に怯まず弓を構え、物陰から憎き魔王の右腕を睨んだ。

 ウィルガルムはラスティーとヴレイズとの戦いで少々傷を負っており、特に背後のバックパックを激しく損傷していた。

狙い目はそこだった。

 彼女はウィルガルムが背を見せるまでただ待ちに徹し、眼光を光らせる。

 だが、相手もただ棒立ちをしている訳ではなかった。

 ウィルガルムはアリシアの狙いを察知し、無駄に辺りを見回さずに左腕の装置を弄る。ボタンを押す度に肩に付いた小型キャノン砲が小さな音を立て、小石程度の丸い物体が辺りの大木や岩、アリシアの隠れる場にまで飛んでくる。

 彼女は何かの罠だと予想し、不用意に触れずにじっとする。

 すると、彼は装置を弄るのを止め、大声を出すために喉を軽く鳴らした。


「いつまで隠れているつもりだ? このままジッとしていたら、大変な事になるぞ?!」


 この言葉にアリシアは先ほど飛んできた物体を目にし、それから離れる様に岩陰の奥へと隠れた。

「警告はしたぞ」と、彼は意地悪そうな口調で左腕のスイッチを押した。

 すると、先程ばら撒いた物がアリシアの予想通り爆発を始めた。それを目にし、身構えるアリシア。

 だが、その爆発は彼女の予想とは少し違うものだった。

 小さい割にその爆弾の威力は大きく、大木や大岩を木端微塵に吹き飛ばしていた。

 そして、アリシアの隠れている場所の爆弾が爆ぜる。

 すると、粉々に散った岩礫が彼女に襲い掛かり、腕や脇腹にめり込む。

「ぐはっ!!」武器に変わった遮蔽物に襲われ、血塗れで転がる。

「だからいっただろ……」得意げに笑い、彼女の方へ身体を向け、一歩一歩踏みしめる。

「くっ……まさかこんな……ぐぁ!」脇腹に突き刺さった礫を取り除き、血反吐を吐く。足を踏ん張り、起き上る頃、眼前にはウィルガルムが立っていた。



 落雷が耳を劈く。

 暗雲は先ほどよりも濃くなり、雨は激しさを増す。

 その中でウィルガルムの飛空艇ガルムドラグーンは少しも強風に煽られることなく滞空を続けていた。

 その真下でウィルガルムは、己の身体の一部である右腕を大きくふるい、アリシアの腹を思い切り殴りつけていた。

「げばぁっっっ!!!」巨石が如き拳が命中し、遥か遠くへ吹き飛び、泥濘に転がる。すっかりペースを狂わされた彼女は、先程から3発も彼の拳骨を喰らい、半死半生となっていた。

 ウィルガルムは彼女が落とした鉄弓を踏みにじって破壊し、鼻息をフンと鳴らす。

「厄介な攻撃はこれで出来んだろう……ったく、どんな訓練を積めばこんな弓を打てるんだ?」と、両腕の兵器を起動させようとする。だが、ぎこちない音と共に光が消える。

「ったく……さっきの攻撃で皹が入り、雨水が入り込んだか……ジェットパックは壊れるし、両腕も動作不良……おまけに大地がぬかるんでいるお陰で大地属性兵器も使えないか……どうやら、天はお前らに味方をしている様だな」

「……っん」今の彼の言葉を聞き、笑う膝を無理やり押さえて立ち上がる。

「それに、お前の仲間は皆、微かにだが生きている。今、俺を倒せれば……助かるかもな?」と、右腕のブレードを取り出し、構える。

「っく……」歪む視界、激痛に包まれた身体。戦えるコンディションではなかったが、彼女は『最後の切り札』を右手に握り込み、勝利を確信した。

「流石、ナイアの娘だな。こんな状況でも、何か企んでやがる」彼女の僅かな笑みを察知し、ウィルガルムもニヤリと笑う。

 圧倒的有利な戦力差のせいか、彼は一体どのようにして自分を倒すのか、楽しみにしていた。


「……みんな、ごめん……あたし……死ぬかも」


 アリシアは口血を拭い、腕と脚のプロテクターと防具、道具袋も投げ捨て、クローの爪をいつもより長く伸ばして構えた。


「そのスタイル……そうか、噂通り『ヤツ』から狩りを学んだか……」


 ウィルガルムは何かを察して目を光らせ、彼女がどんな策を弄しても正面から叩き潰す自信たっぷりに両腕を広げた。


「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 アリシアは豪雨の中、足取りを崩さずに駆けた。

 一心不乱にウィルガルムのみを目に入れ、瞬きひとつせずに奔った。

 そんな彼女を見たウィルガルムは少しがっかりした様にため息を吐いた。彼女には策も何も無く、ただ虚しく気合を入れて突撃しているようにしか見えなかった。彼はそんな敵を飽きるほど打倒してきたため、最後の最後で落胆した。


「もういい、終わりだ」


 ブレードの殺傷範囲に入り込んだ彼女の首目掛け、右腕を振る。

 だが、妙な手応えと共に虚しく空を切る右腕。

 なんと、ブレードはいつの間にか折れ、宙を舞っていた。

「な、なに?! いつ?!!」

 ウィルガルムは狼狽し、最初にブレードを使った時の事を思い出した。ヴレイズを相手に使い、赤熱拳を叩きこまれた事を脳裏に浮かべる。

「くっ、とことん運のいいヤツだ!」

 だが、ウィルガルムの勝利は揺らがなかった。

 アリシアの爪は『ザ・ヒート』の素材で作られた世界に並ぶことの無い、幻の逸品だった。だが、そんな伝説に近い武器でも、ウィルガルムの装甲を貫けるようには見えなかった。

 このままアリシアはウィルガルムに揉み潰されるだけのはずだった。

 だが、彼女の右腕にはある切り札が握り込まれ、それの安全ピンがすでに抜かれ起爆スイッチが入っていた。

 そして、彼女の腕がウィルガルムの目の前にくる頃、初めて彼は目を剥いて仰天した。


「それは!!!! 無属性爆だn」


 その瞬間、淡い紫の光が溢れだし……。



 豪雨の中に紫色のドームが現れる。それは、半径5メートル以内のありとあらゆる物体を塵も残さず消し飛ばし、大地を抉り、雨さえも飲み込んだ。ドームが広がり切る頃、周囲に凄まじい衝撃波と土砂を拭き上げ、まるで神の大槌が振り下ろされた様な音が遅れてやってくる。爆発範囲外で転がる3人は、ただ雨に打たれ、身動ぎもしなかった。

 数秒して光が収まるが、範囲内は未だに煙が燻っていた。時折、稲妻が踊り狂って鳴き声を放つ。


「あっぐ……げはっ!! ごほっ!!」


 ぎりぎり範囲の外で転がったアリシアが目を覚まし、ゆっくりと上体を持ち上げる。煙燻るクレーターを目にし、にっと笑った。

「あ、あたし達を舐めるから……だっ!! ぐっ……」

 口にした瞬間、思い出したように右肩を押さえる。彼女の右腕は肩口からスッパリと切り取られ、無くなっていた。

「これじゃあ弓は使えないな……んっ!」痛みに喘ぎながら重たそうに立ち上がり、クレーターに背を向け、仲間たちの方へ向き直る。

「い、今……助けるからね……」脚を引き摺りながら少しずつヴレイズの方へ向かう。

 ウィルガルムが言った通り、生きているなら不安が取り除かれるが、どう見ても息をしている様には見えなかった。とにかく、生きているという言葉を信じ、歩を進める。

 すると、耳に雨音以外の音が入り込み、足を止める。

 その音を聞いた瞬間、彼女の心臓はビクンっと跳ねて口から飛び出そうになる。

 途端に足をガタガタと笑わせ、ゆっくりと受け止めたくない現実の方へと向ける。


「冷や汗掻かせやがって……」


 煙の晴れたクレーターの中心には、ウィルガルムが無傷で立っていた。

「な……なんで……? なんで? なんで?! なんでよぉ!!!!」

 アリシアは今にも泣き出しそうな顔で吠え、膝を折る。同時に稲光が鳴り、近くに着弾する。

「……この爆弾は俺が作ったからだ。無属性ってやつは、少し扱いを間違えると、すぐに暴走して爆発する。バランスが難しすぎて、俺しか扱えないほどにな。

だから、俺は無属性兵器を作る前に、対無属性シールドを作ったんだ。万一事故ってもいいようにな。

 まさか、こんな形で役に立つとはな……」

 ウィルガルムは言い終えると、ゆっくりとした足取りでアリシアに歩み寄った。

 彼女は自分の命を諦めた様に項垂れ、何の抵抗もせずに彼が来るのを待った。

「さて……お前を殺す前にひとつ訊かなきゃならないなぁ……一体誰が、この無属性爆弾、正式名称『小型反属性爆弾3号』をお前らに渡した? こいつを所持できるのは限られた俺の部下だけだ……」

 彼の問いかけに、アリシアはただ沈黙した。

「大人しく吐けば、お前は楽に殺してやる。それに、生かしておく仲間を選ばせてやる。どうだ?」

 その問いにも、アリシアは口を結んだままだった。ただ雨音が流れ、時折暗雲が稲妻を打ち出そうと機嫌の悪そうな鳴き声を出す。

「じゃあ、仕方ないな」

 ウィルガルムは彼女を左腕で人形の様に掴み上げ、万力の様に胴を締め上げた。

「あっ……あ……あ……」

 足をパタパタと動かし、首をガクガクと痙攣させ、泡を吐く。

「どうする? このまま吐かずに死ねば、仲間を全員殺すぞ?」

 ウィルガルムは今迄にない口調で話した。

 同時に、彼女の胴を凄まじい力で締め上げる。枝の山を踏み砕くような音、雨音とは違う不気味な水音が響き、粘ついた悲鳴が落雷と共に鳴り響く。

「どうだ? 緩めて欲しいか?」

 ウィルガルムは定期的に力を緩めては吐くチャンスを与え、また少しずつ力を強めて締め上げた。その度、彼女の身体は死に一歩ずつ近づいた。

「……っ……ぁ……ぅ……」不気味な異臭と体液をゴボゴポと吐き続けるも、何も吐く様子もなく、痙攣を続ける。

 やがて、アリシアの決定的な何かがへし折れる音が鳴り、足がだらんっと動かなくなる。

「背骨が折れたか……」


「…………………………」


 魚の様に目を剥き、死人の様な顔をしたアリシアは断末魔の声か、胴の締め上げが緩むと同時に口を動かした。

「ん? なんだ?」ウィルガルムは彼女の口元に耳を傾ける。


「……し、た……な、めずり……しすぎだ……ばぁぁぁか……」


 臨終の喉鳴の様にか細い声と共に、彼女の目が光り輝き、彼の目を一瞬だけ潰す。すると兜に、何かコツンと当たる。同時に何かが割れる音が響く。

「っく、悪あがきが!!」

 不意の目潰しに怯むが、すぐに視力を回復させて彼女の最後の意地を目にする。

「……こいつぁ驚いた……」

 ウィルガルムはアリシアの左腕を見て、呆れながらも驚いた。

 彼女の手には、へし折れたクロガネのナイフが握られていた。

「最後まで諦めないその根性……父親似か……」

「ち……くしょう……」折れたナイフを落とし、ついに動かなくなる。

「……しょうがない……お前のその頑張りに免じて……」と、ウィルガルムは彼女の頭を掴み、瓶の蓋を締める様に捻った。小さく砕ける音が雨音でかき消される。そして、泥の水溜りの中に落とし、踵を返す。

 アリシアの瞳から輝きが消える。

「トドメを刺すのはお前だけにしてやる……」

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