75.殺意と悲しみの狩人

「ガラクタ? ほぉう」兜の下に血管を浮き上がらせる。これは彼の二番目に嫌いな言葉だった。一番は『役立たず』である。

 ウィルガルムは久々にこの言葉を引っ掻けられ、怒り混じりの笑みを零しながら首の骨を鳴らした。

 それ以上の怒りを全身に巡らせたヴレイズは、火達磨になって鎧の魔人に一歩一歩近づいていく。

 彼が狙うはラスティーの助言通り、丹田部分のライト。ここを如何にして狙うか、必死に考えながら、殺気の籠った眼差しを向ける。

「さ、どうするんだ? 三下の炎使い」

 ウィルガルムのセリフと共に、ヴレイズは爆ぜ飛び、無数の火の玉となって相手目掛けて降り注いだ。流星群の様に火炎弾が襲い掛かるが、全てウィルガルムの魔障壁によって水滴の様に防がれてしまう。

 ウィルガルムはこの火炎弾のひとつにヴレイズが混じっていると読んで、熱量が高い弾に狙いを定めて拳を振るった。だが、手応えなく弾は砕け散った。

「ほぅ……」煙燻る右腕を払い、生体感知レーダーを使いながら振り向く。

 その途端、兜の中でレーダーの警告音が鳴り響く。

「なに?」左右を確認するが、誰もおらずに首を傾げる。


「ここだ、デクノボウが!」


 ウィルガルムの背後股下に陣取ったヴレイズが右腕に渾身の魔力を込め、相手の視線と共に解き放つ。

 この攻撃は、魔障壁の内側の為、炎攻撃を防ぐことはできなかった。

「ぬっ!!」

 ヴレイズの一撃は、ウィルガルムの背中に装備されたターボブースターの噴出口に直撃し、そこから内部へ火炎が送り込まれた。同時に爆発音とウィルガルムのうめき声が響き、彼は満足そうに距離をとった。

「どうだ!!」赤熱拳を放った右腕は砕けたが、痛みを忘れて笑みを零す。


「ちっ……高いんだぞ、コレ」


 多少のダメージは通ったのか、彼の身体から少々煙が燻っていたが、効いている様子は無かった。ターボブースタ―は小さな魔力暴走を起こして弾ける様な音が響いたが、彼が左腕のスイッチを押した途端、鳴りやむ。

「ちっ……」ヴレイズの予想に反した結果だった為、笑顔が一瞬で曇る。

「ブースターと身体を動かす魔力エンジンは別回路でね。惜しい惜しい」

 励ましの皮肉を投げかけてニタニタと笑うウィルガルム、意味は分からないが兎に角、悔しいヴレイズ。歯を剥きだし、苛立ちを露わにし、拳から血を滴らせる。

 そんな彼の顔を見て、ウィルガルムは静かにほくそ笑んだ。

「さて、どうするヴレイズ・ドゥ・サンサ。俺は魔王に『4人中2人殺して来い』と命じられてきた。で、今残るはお前ひとりだな?

 どうだろう? お前が決めてもいいぞ。誰を生かし、誰を殺すか……」

「な!?」心臓が爆発するような音を鳴らす。

「どうだ? 俺はとっとと終わらせて帰りたいんだ……考え方によっては、お前まで潰す必要はないんだ。どうする?」歯を剥きだして笑って見せる。

「……っ……」

 ヴレイズは、一瞬ではあるが考えそうになる。このまま自分まで殺され全滅するか、アリシアと自分だけ助けて貰うか。

 相手は魔王の右腕であり、とても独りでは敵う相手ではなかった。このまま戦っても殺されるだけであり、弱点を突けたとしても、それは敗北ムード漂う賭けである。

 だが、仲間を見殺しに出来る程、彼は冷たくは無かった。


「勝手にほざいてろ、ガラクタ野郎!」


「また言いやがったな?」


 ウィルガルムは両腕のクリスタル兵器を起動し、ヴレイズの生体反応をロックし、エネルギー弾をばら撒いた。左腕から火炎弾、右腕からは雷球を彼目掛けて乱射する。

 ヴレイズはその全てを掻い潜り、再び火達磨となって爆散する。この囮技は即興で編み出した物であったが、ウィルガルムには効果的だった。

 彼は熱反応や生体反応、動体探知などのレーダーを兜やゴーグルに積んでおり、それを頼りに攻撃を察知していた。その全ての機能を、この技は殺すことが可能であり容易に近づくことができた。

「やはり頼るべきは己の勘だな!!」

 ウィルガルムはエネルギー弾の乱射を止め、右腕から電熱ブレードを飛び出させ、ヴレイズの気配を察知し振り抜く。

 だが、ヴレイズもその攻撃を察知し、赤熱拳をブレードの側面に叩き込む。軌道のそれた斬撃は、ヴレイズの胸を掠めて空を切り裂く。

 その攻撃は大ぶりの為、またウィルガルム自身の視界を塞ぐ形となったため、弱点を攻める好機となった。


「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 先ほど飛び散らせた火炎弾が全て、ヴレイズの赤熱拳に集中する。大きな火炎拳を作ると思いきや、それらが収束し、さらに赤熱拳を更に赤く染める。そして、弱点であろう丹田へと拳を振り……。


「残念だが、そこは……弱点じゃぁないんだ」


 してやったりなセリフと共に、丹田が眩く光る。実は、この兵器を起動するたびに光っていたヘソは、ラスティーの予想していた動力炉の類ではなく、対要塞用兵器の発射口だった。

 ヴレイズの赤熱拳とは比較にならない熱量の白熱砲がウィルガルム前方を光らせ、空間を陽炎の様に歪ませる。その後、遅れて発射音が鳴り響き、辺りを轟と地響きを鳴らせる。

 数秒経って眩い光が消え、空間の歪みが戻る。それと同時に、真っ黒に焼け焦げたヴレイズが仰向けになって力なく倒れた。

 衣服と肌は真っ黒にめくれ上がり、大胸筋と呼べる部位は消滅し、飴の様に溶けた肋骨が露出し、こんがりと焼けた内臓が痙攣するように動いていた。口からは血の泡をボコボコと止めどなく吐き、全身をピクピクと震わせる。

「ふぅむ……ギリギリでお前の魔障壁が間に合った様だな。今の一撃は威力を10分の1に抑えたが……それを更に10分の1に抑えた様だな。

 だが……それで充分だったようだな」



「いてててて……何かというと電流ばっか喰らうなぁ……もうやだ」

 やっとの思いで目を覚ましたアリシアは、未だに痛む心臓を押さえながら状態を起こした。鈍った目を擦り、遠くに見える巨人を視界に捉える。


「え……」


 アリシアの眼前には、信じられないモノが3つ転がっていた。

 巨人に踏みつぶされたかの様にグチャグチャに成り果てたラスティー。

 胸と腹から矢を生やし、煙を燻らせるエレン。

 そして、焼死体の様になり果てたヴレイズの面影を残した何か。

 そんな3人を見下ろし、腕を組むウィルガルムは、彼女が目覚めた事に気付く。

「お、エヴァーブルーの娘か。忘れてたぜ」

 勝ち誇ったように前進し、地面を踏み鳴らす。

 アリシアは起き上る事も出来ず、呆然とした顔で変わり果てた3人を見た。

「魔王からな、お前だけは確実に殺しておけ、って言われてな。恨むなら、魔王に喧嘩を売った親を怨むんだな」と、左腕のブレードを構える。

「……………………」

 ゆっくりと起き上り、脱力しきった態勢で構え、前髪で表情を隠しながらか細い声で呟く。

「? なんだって?」


「殺してやるっ!!!!!!!!!」


 アリシアは1年ぶりに、村を焼かれたあの時以来、この『殺す』という言葉を使った。それだけ、彼女の怒りは凄まじかった。

 まず、煙玉を投げて視界を塞ぐ。それと同時に素早く飛び、ウィルガルムの視線から反れる。

「ぬ? 魔法は使わないのか? ま、それはそれでやり方が……んぬ??」各種センサーを起動させるも、どれも反応がなく首を傾げる。

 熱感知は先ほどのヴレイズとの戦いで狂ってしまい、使い物にならなかった。動体探知も、動く者にしか反応しない。無駄に動かないアリシアとは相性が悪かった。

 更に不思議な事に、生体感知レーダーもほぼ反応しなかった。

 何故なら、今のアリシアには殆ど生命エネルギーは残っていない為、反応しないのだった。察知しても、小動物程度の反応しか拾う事が出来ず、役にたたなかった。

「ち、壊れたか?」そうとは知らず、兜を指で小突く。

 それと同時に、動体探知レーダーが一瞬だけ反応して、また止まる。

「ぐあ!」なんと、彼の胴体のつなぎ目に矢がぶち当たり、砕けていた。この矢は鉄製弦の合成弓から放たれたバリスタが如き威力を秘めた矢だった。鎧は砕けなかったが。衝撃は凄まじく、ウィルガルム本体に僅かながらダメージを与えていた。

 彼が狼狽の表情を作ると、同時に3発ほど矢が飛来し、肩や腕、腰などの関節部位に矢が直撃し、砕ける。僅かながら表面を凹ませ、深いな機械音を鳴らす。

「ぐっ! この戦い方、狩人だな! アリシア・エヴァーブルー……まさか、あの男に育てられたのか?! くそ!!」

 矢の飛んできた方向をヒートキャノンで薙ぎ払い、爆炎を上げる。

 だが、明後日の方角から矢が飛来し、また関節部分に衝突する。

 忌々しそうに再び、矢の方角を薙ぎ払ったが、また別の方から矢が飛来、今度は兜に命中する。

「ぐぁ!! クソ……あまり機械に頼り過ぎるといかんなぁ……」ぎこちなく動く左腕を押さえ、重たいため息を吐く。

 しばらく矢が飛んでくる方を己の勘で察知しようと身構え、目を光らせる。だが、彼が期待する攻撃は飛んでこず、首を傾げる。

「ん?」

 その頃、アリシアはウィルガルムから20メートル離れた岩陰で息を整えていた。

 爆発を繰り返す心臓を押さえ、もう片方で口を押えて、息を整える。今の彼女は急激な運動をすると極端に疲労した。まして、高速で走り回り、鉄弓を振り回すのは気力体力を大幅に削っていた。

 だが、疲れに喘いでいる暇は無かった。

 怒りで冷静さを欠いているように見えるが、彼女は至って冷静だった。如何にしてウィルガルムを仕留めるか。3人をどうやって手当てするか。どこの村へ運ぶか、などを戦闘中に考え、行動していた。

 それでも、変わり果てたヴレイズの姿は彼女には相当ショックであり、目から止めどなく涙があふれていた。

 

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