74.蹂躙の右腕

 暗雲が彼らの頭上へとやってくる。今にも泣き出しそうな雲行きとなるが、まだ乾いた地面を濡らす事はなかった。

「さて、ヴレイズ……どうするか」ラスティーは鋭い表情の割に頼りない声を出した。敵に意図を探られぬようにサングラスをかけ、煙草を咥える。と、同時にヴレイズが煙草の先を着火させ、指先に指を吹きかけた。

「とにかく、アリシアが回復するのを待とう……」囁き声を出し、いつでも踏み込める姿勢になる。

 辺りは2人が作り出した炎嵐が吹き荒れ、ウィルガルムを炙っていた。彼が両腕を軽く振ると、炎が一瞬で消し飛び、砂埃が舞い上がる。

「かく乱するなら、もっと上手くやれ」と、彼はゴーグルから怪しい機械音を鳴らし、エレンのいる方を向いた。

「ま、まさか……っ!」ラスティーが回り込む様に動き、ヴレイズも敵の背後を取るように合わせる。

「……エレン・ライトテイル。噂では優秀な魔法医だそうだが、旅のヒーラーには向いていない様だな。お前みたいな奴は魔法医院で働くべきだ」ウィルガルムは彼女の回復魔法の種類を分析し、鋭く指摘して見せる。

「あぁいう場所は肌に合わないんです!」アリシアの治療に集中しながら、怯まず彼を睨み付ける。


「どちらにしろ、ヒーラーは厄介だかからな。お前からだ!」


 ウィルガルムはニヤリと笑いながら、左腕に仕込まれたスイッチを押す。すると、肩から小型の大砲が飛び出し、間髪入れず爆弾の様なモノを上空に発射する。ある程度の高さへ達した瞬間、爆弾が小さな音と共に爆ぜ、無数の小型爆弾が降り注いだ。

 エレンはぎゅっと目を瞑り、アリシアに覆い被さる。

「っらぁ!!」ラスティーは逆風で爆弾を呷り、ウィルガルムの上空へ方向転換させる。さらにそこへヴレイズが炎で薙ぎ払い、着火させる。

 結果、ウィルガルムは自分の爆弾で自滅することになり、無数の爆炎を喰らう。うめき声ひとつ上げず、彼は炎に呑まれ、一帯が衝撃波と地響きで揺れる。

「きゃあっ!!」エレンは土埃と火の粉をその身に浴び、頬を黒く染める。

「大丈夫か? もっと離れてくれ!」ラスティーは必死で衝撃波がエレンの方へ行かないように風魔法で抑えた。

「はい!」と、アリシアを大事に抱え、揺らさないようにゆっくりとその場を離れる。アリシアの傷はすでに回復していたが、電撃のショックが大きすぎ、未だに失神したままだった。

「このまま畳みかけるぞ!!」ヴレイズは両腕に溜まった最大級の魔力を解き放ち、炎熱砲を放つ。ウィルガルムを包んでいた爆炎ドームの中に熱線が突っ込むと、ヴレイズの聞いたことの無い衝突音、そして手応えが響いた。

「なに?!」


「ほぉ~ 付け焼刃にしては中々腰の入った熱線を出すじゃねぇか」


 爆炎の中から余裕を蓄えたウィルガルムが顔を覗かせる。彼の周囲には薄紅色のバリアが展開していた。それがヴレイズの炎熱砲を阻んでいた。

「まさか……魔障壁?!」ラスティーが目を見開いて狼狽する。

「お前らのチームワークはまずまずだな。だが、これはどうかな?」ウィルガルムは楽し気に笑い、また左腕のスイッチを押す。すると、今度は彼の周囲のバリアの色が濃くなり、やがて紅色の大玉になる。ヴレイズが熱線をぶつけ続けると、段々と大玉が更に大きく膨れ上がり、周囲に稲妻が奔る。

「ヴレイズ、やばいぞ! 熱線を止めろ!!」ラスティーは次に何が起きるか予想し、指示を飛ばしながら紅玉から離れる。

 すると、周囲の空気が歪んで裂ける音が鳴り響き、辺りを日の出の様な光が包み込む。まるで太陽がこの場に落ちてきた様な眩さ、そして熱が立ち込める。草木が燃えカスになり、土が漆黒色に焦げる。


「ふぅ……これで全滅してなきゃいいんだが」


 彼が作り出した太陽が沈む。周りは炙りつくされて燻っていた。

「だ、大丈夫か……」両腕を顔の前で組み、腰を落として踏ん張るヴレイズが声を出す。

「あぁ……」ラスティーが参った様な声を出し、消し炭になった煙草を忌々しそうに吐き捨てる。

「い、今のは……」危うく爆発範囲を逃れたエレンは目を擦り、2人の安否を確認して胸を撫で下ろす。

「まさか、今のを防いだのか、お前……」ウィルガルムは顎を撫で、首を傾げる。魔障壁はクラス3でも作れるが、今の彼が放ったサンライズ・インパクトは半端な魔障壁では防げなかった。

「見様見真似ってヤツだ」ヴレイズは得意げに笑み、相手を見据えた。

「こいつぁ怖い」ウィルガルムはため息を吐くようにボディの全身から蒸気を噴き上げ、丹田部分のライトを点灯させる。

「……?」ラスティーは何かに気付いたのか、そのライト部分を見ながら眉を潜ませた。



「アリシアさん、アリシアさん……起きて下さい」エレンは彼らの戦いから遠ざかりながら、彼女に声を掛けていた。

 アリシアのダメージは、エレンの診断では大した事はなかった。電撃矢は彼女の内臓を軽く焼き、特に心臓に負担を与えた。だが、この程度の傷はエレンのヒールウォーターであっという間に治癒できた。目覚めは時間の問題だった。

 だが、アリシアは目を覚ます事が出来なかった。

 何故なら、すでに彼女にはダメージから起き上る体力は殆ど残っていなかった。

 グレイスタンの時も、重度の肉体疲労から目覚めるだけで5日要した。

それだけアリシアの生命力は低下しており、立ち直るにもそれだけの時間が必要だった。寿命およそ10年とはただの脅しでもモノの例えでもなかった。

「起きて下さい……」エレンは目に涙を浮かべ、彼女を揺さぶった。



「く! これはヤベェ!」眼前の地面が薙ぎ払われ、冷や汗を掻きながら飛び退くヴレイズ。

 ウィルガルムは左腕に搭載されたヒートキャノンを起動させ、まるでブレードの様に振り回していた。

「こっちもヤベェ!」と、周囲を飛び回る雷球と、ナイフに様に飛び交う雷を避けながらラスティーが歯を剥きだす。

 こちらはウィルガルムの右腕に装備されたソウル・オブ・サンダーボルトという雷砲から無数に発射された物だった。

「ってぇかおかしくねぇか?! 普通、人間一人が扱える属性は一種類じゃねぇのかよ!」ヴレイズは間一髪でヒートキャノンを避けながら叫んだ。

「こいつはクリスタル兵器で武装した化け物だ! 何が飛び出るかわからない!!」

「人をこいつとか、化け物呼ばわりするんじゃぁねぇ!!」ウィルガルムが足を踏み鳴らすと、そこから地響きが鳴り、大地に皹が入る。

「なんだこりゃあ!!」ヴレイズに向かって走る地割れが突如、大きな口を開けて無数の棘が襲い掛かる。彼は脚から火を噴いて怪物の大口から逃れ、安全な大地に転がる。

「試験段階の大地属性兵器だが、上手く機能している様だな」ウィルガルムは満足そうな声を出し、足を摩った。

「だいちぞくせいへいきって……まさか、全ての属性を操るのかよ!」ヴレイズは吠える様に火炎弾を放ったが、相手は涼し気な顔で魔障壁を展開して防ぐ。

「全てではないが、いずれな」

「参った……勝てない」ラスティーは拳で地面を叩き、歯の間から声を絞り出した。だが、この声の出し方にピンと来たヴレイズが、何かに気付く。

彼の耳元で、風が囁く。

「ヴレイズ、さっきからアイツが兵器を起動するたびに光らせる丹田……ヘソを見ろ。あそこが弱点だ……あそこを……」


「ここをどうする気、かな?」


 ウィルガルムが風の伝令に口を挟む。

 ラスティーは顔を真っ青にし、全身を震わせてウィルガルムを睨む。

「俺の装備は『風の伝令』の盗み聞きもできる。確かに、ここが弱点……かもな」

「コイツ……」再び拳で大地を殴り、地面を紅く滲ませる。


「さぁて、お前らの底も知れたし、そろそろ終わらせるか」


 ウィルガルムは再びエレンのいる方へ首を動かし、左腕を向けた。すると、勢いよく蒸気が噴き出し、腕が彼女目掛けて飛んでいく。太いワイヤー一本が繋がった巨木の様な腕が襲い掛かる。

「くそっ!!」

 ラスティーが腕の進路を阻む。腕は彼の足を人形の様に掴み、恐るべきウィルガルムの懐へ手繰り寄せた。

「順番が違うが、まぁいいか」

 手中に収めた彼は満足そうにニヤリと笑い、ラスティーをまるで小枝の様に振り回した。


「やめろぉ!!!」


 ヴレイズが吠える間もなく、ウィルガルムは容赦なくラスティーを地面に叩き付けた。武器か農耕器具でも扱うように軽々と1度、もう2度と彼を固い地面にめり込ませる。真っ赤なスタンプが押され、サングラスや装備が砕けて飛び散る。4度目辺りで固い果実の砕ける音が物騒に響き、宙を生臭い霧が噴き上げる。

 ラスティーは物も言わず、成すがままに振り回され、8度目に差し掛かる頃、掴まれていた右脚が千切れ、皮一枚でぶら下がる。

「まだ息はあるかな? ん?」ウィルガルムはワザとらしく耳を向け、何かを感じ取るとボロ雑巾と成り果てた彼を地面にたたき伏せ、巨石のような足でゆっくりと踏みつけた。


「さ、どうするお前ら」


 成すすべなく固まるヴレイズとエレンに語り掛け、ラスティーに体重をかけていく。

 そんな光景を目の当たりにして、ヴレイズは動くことが出来なかった。

 彼の中で怒りを超えた激怒が暴れ回り、今にも爆発しそうな勢いで魔力を回転させていた。だが、同時に圧倒的な差を目の前にして凍り付くような恐怖を感じていた。

 肉の叩き付けられる音。

骨の砕ける音。

崩れゆく仲間の音。

 これらの音が彼の心に絶望を蝕ませ、足を凍らせていた。

「あ……う……」


「ラスティーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」


 ヴレイズよりも先にエレンが動いてしまう。錯乱した彼女は急いでラスティーの元へ駆け寄り、例え眼前にウィルガルムが仁王立ちしていても、治療をしようと水魔法を発動させる。

 そして、ヴレイズが止めるよりも先に、彼女の胸と腹部に雷撃矢が突き刺さる。

 瞬時に電撃が彼女の身体を駆け巡り、内臓を焼き尽くす。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 激痛に慣れていない彼女は膝立ちで喉が裂けんばかりに悲鳴を上げ、あっという間に燻る。

「水使いは電気の通りがいいなぁ~」ウィルガルムは満足そうに矢を再装填し、トドメの一発を放つ。

 その一撃は流れ星の様な速さでエレンの首目掛けて飛んだが、突き刺さる前に焼け焦げて燃え尽きる。

「ん?」

 血涙を流して倒れるエレンの目の前には、ヴレイズが立っていた。


「いい加減にしろよ、ガラクタ野郎……」


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