73.暗雲の魔腕

 アリシア達が偵察から戻る頃、空は曇り始めていた。何か嫌な予感が青空を覆い隠す様に暗雲が立ち込め、機嫌の悪そうな音を鳴らし始める。

「こりゃあ荒れそうだなぁ……急いでテントを張ろう!」アリシアは流れる様な動きで馬車から荷物を引っ張り出し、野宿の準備を始める。それを見てヴレイズも慣れた手つきで手伝う。

「大した風じゃないな。嵐って感じでも……ん?」双眼鏡を覗いていたラスティーが北の空に見える影を確認し、頬を歪める。

「どうしたんですか?」馬車の中で調合書を片手に研究ノートにペンを走らせていたエレンが眉を上げる。

「何かが、こちらに向かって飛んでくるな……なんだアレは? 凄い速度だ」彼は目を細めながら飛来する塊を注意深く観察し、頭の中の情報を整理して飛んでくる何かの正体を探る。

 その何かは数秒ごとに影を大きくし、数分と経たないうちに彼らの上空へ差し掛かった。

「……なに、あれ?」アリシアは目を大きくし、飛んでいる鉄の塊を凝視する。それが鳥ではないと確認するも、あまりにも不思議な物体故に頭を丸め、首を傾げる。

「ま、まさか……アレは……」ラスティーは額に汗を滲ませ、余りのショックに双眼鏡をポトリと落とす。

「何なんだよ……」ヴレイズが表情を強張らせる。飛んできたそれは、羽の下に備え付けられた大砲の様な円柱を立てて火を噴き、全身を止めて滞空した。

「まさか、船? でも飛んでるし……」エレンも馬車から降り、3人と並んで見上げる。


「ま、魔王軍の……飛空、艇……」


 ラスティーはいち早く身構え、飛空艇が何をしてくるのかを慎重に観察する。

 その瞬間、飛空艇のコクピットの真下に積まれたプラズマキャノンがアリシア達目掛けて火を噴いた。それはクラス4の使い手が長時間魔力を練ってやっと絞り出せるエネルギー弾だったが、そんなチャージせず一瞬で雷弾を放ち、猛スピードで彼女たちの背後の馬車に直撃する。


「!!!」


 彼女らの耳を引き裂き、頭を殴りつける程の爆裂音が轟き、4人一斉に吹き飛ばされる。馬車は一瞬で無残に燃えカスになり、ここまでラスティーと共に旅をした愛馬が巻き込まれて四散する。アリシアの愛馬は間一髪難を逃れ、堪らず逃げていった。

「ぐあぁ……っく、み、耳が……ぐ……」両耳を押さえながら起き上り、膝たちになるヴレイズ。辺りには小さな雷球が飛んで跳ねまわり、辺りの草原に着火する。

「早く起き上れ! 次に何を仕掛けてくるかわからないぞ!!」いち早く立ち上がったラスティーはエレンを抱きかかえ、近場の木陰へ避難させる。

「っち、あたしの弓は効かないか」彼よりも更に早く起き上り、同時に弓を放ったアリシアが舌打ちをする。彼女の矢は飛空艇の真下に着弾したが、少しの衝撃の後に力なく砕けていた。

 しばらく沈黙が流れる。

 飛空艇は彼女らの上空でしばらく滞空し、ヒートバルカンを二門、プラズマキャノンを操作する音を小気味よく鳴らしていた。

「……次は何をしてくるつもりだ……」ラスティーは背後で燃え上がる自分らの積み荷や愛馬には目もくれず、相手の次の動作を見ながら、中からどんな刺客が降りてくるか考え、策を張り巡らせた。

 彼の予想では、正体は黒勇隊だった。これが相手なら退ける自信があった。

 だが、もし飛空艇を開発した張本人が降りて来たら……そう思うと彼の不安は心の中で膨張し、思わず泣き出したくなった。

「ら、ラスティー……どうする?」ヴレイズが恐る恐ると問う。

「……と、兎に角クラス3.5の準備だ! アリシアとエレンは下がってろ!」

「いや、あたしも戦う!」アリシアが前に出ようとすると、ラスティーが彼女を威嚇する様に睨み付けた。


「下がっていろ!!」


 ラスティーはヴレイズと同じくらい彼女の身を案じていた。今の彼に彼女を気遣う程の余裕は無かった。

「く、くるぞぉ!!」

 飛空艇の後部ハッチが開き、中から大鎧を身に纏った何者かの影が姿を現し、ロープを付けずに降下した。

 ラスティーはその鎧の色が黒勇隊を象徴する黒金色であることを願った。

 だが、その大鎧は渋いシルバーや鈍い紅で塗装されていた。

「う、ウソだろ……」頭上の事実に膝が折れそうになる。

「なんだよ、あいつは一体誰なんだよ!!?」ヴレイズがラスティーを揺さぶる。

 次の瞬間、アリシア達の平均身長を3倍程上回る大男が地響きを上げて着地する。地面が大きく揺れ、土埃が舞い上がる。


「よっ」


 見かけの割に軽いノリの声を出すウィルガルム。彼女ら4人の顔をマシンゴーグルでロックオンし、ヘルム内部に内蔵されたコンピューター内部に記憶された手配書のデータを引っ張り出して照合する。

「うむ、間違いないな」真っ先に後方で弓を構えるアリシアの顔を確認し、満足げな声を出す。

「ま、魔王の右腕……ウィルガルム」大鎧の男を見上げ、奥歯をカタカタと震わせる。

「マ、魔王の右腕ぇぇ? 何で急にそんなヤツが?!」ヴレイズが声を荒げると、目の前の大鎧が咳ばらいをする。

「目上の完全武装した大男を目の前にして、ヤツ呼ばわりとは無礼だな。ヴレイズ・ドゥ・サンサ……それに俺ぁ『魔王の右腕』っていう通称は嫌いなんだ。小間使い扱いされている気分になるんだよ。なぁ? 亡国の王子ジェイソン・ランペリアス3世」

「ぐ……ぬ」ラスティーは『粋がる』か『敬意を払う』か悩み、何も言えず押し黙る事しかできなかった。



 ラスティーが得た情報によると、ウィルガルムは賢者や、どの魔王の手下よりも相手にしてはいけない相手だった。

 何故なら、ウィルガルムには得体の知れない武装をいくつも所持し、それであらゆる実力者を一瞬で葬ってきた強者だからである。

 その武装の中には摩訶不思議な防具が存在し、それはクラス4の魔法さえ無効にする程強力な代物だった。

 単独で要塞を陥落させる武力、飛空艇やクリスタル兵器を生み出す程の頭脳、そして魔王からの絶大な信頼。

 ウィルガルムは、賢者以上にアリシア達には手に余る程の刺客であった。



「で、お前がアリシア・エヴァーブルーだな」ウィルガルムが確認するように口にした瞬間、彼の掲げた右腕から電流を纏った矢が飛び出た。

「え」チラッと雷光が瞳に移った瞬間、アリシアの胸に矢が突き立っていた。その瞬間、矢に纏わりついた電流が彼女の身体全身に沁みわたり、激しく筋肉が痙攣する。

「あ、アリシアさん!!」泡を吐き散らし、地面で激しくのたうち回る彼女を目にして焦って急ぎ、矢を引き抜こうとするも、拒絶するように手に電流が噛みつく。

「いたっ!」

 アリシアの身体で暴れ回った電流が収まる頃、彼女は煙を噴き上げながら力なくぐったりと涎を垂れ流して白目を剥いた。

「ア……あぁ……」エレンは目の前で起きた出来事を飲み込み切れず、頭を押さえて絶望の声を上げる。

「ヴレイズ!! 2人を遠くまで逃がせ!! 俺が囮になる!!」

「え?」ヴレイズは耳を疑った。

 いつもなら彼が囮になれと無茶ぶりされ、ため息を吐きながら巨大な敵に突っ込んでいった。今回のそのつもりで身構えたが、意外なセリフを前に狼狽した。

「早くしろ!!」ラスティーはウィルガルムへ向かって飛び、いつの間にか構えていたボウガンの引き金を引いていた。

「くっ!」返事をする間も惜しみ、ヴレイズは後方へ飛びのいてエレンとアリシアを両脇に抱えた。両足に火を纏い、火達磨と化して少しでも早く遠く、ウィルガルムの射程範囲から逃れようとする。

 だが、逃走路の眼前に気配を感じて急停止する。


「遅いぞ、半人前くん」


 脚に備え付けたジェットブースターを使って回り込んだウィルガルムが得意げな声を出し、大鉄柱の様に長く固い脚で彼の腹を蹴り上げた。

「ぐぼぇあ!!」瞬時にエレンとアリシアを優しい炎で包んで遠くへ投げ、受け身を取るヴレイズ。後方へ飛び、威力を逃そうとするもダメージは大きく、堪らず嘔吐する。

 投げ飛ばされたエレンとアリシアは彼の炎に守られて不時着して転がる。

 エレンは急いで起き上り、水魔法でアリシアの容態を確認した。鼓動と呼吸を感じ、電流によるダメージは致命的傷ではなく、治療すべきは矢傷だけと判断し、急いでヒールウォーターを練り上げる。

「大丈夫です! 数分で傷は……」水魔法で器用に矢を引き抜き、同時に縫合し、アリシアの体内に回復魔法を流し込む。

 その間にラスティーは地面に転がるヴレイズを立たせ、傷の様子を見る。

「骨は、折れてないな?」

「折れてても問題ねぇよ!」ヴレイズは瞳に炎を燃え揺らしながら答えた。

彼は激怒していた。蹴られた事ではなく、アリシアを真っ先に狙った事に対して憤りを感じ、両腕に今までにない程の魔力を込めた。

「ほぉ~う……お前、クラス3かと思ったら4に……そうか、才能のない連中の付け焼刃、クラス3.5って奴か……それが、あのブリザルドに通用したのか? 情けないヤツだ」

「行くぞ、ヴレイズ!」ラスティーは右腕に風を纏い、周囲に台風の前兆の様な強風を巻き起こした。

「おぅ!!!」その強風に己の火炎を引火させ、辺りを火の海に変える。

「……戦い馴れてるな、この2人……」ウィルガルムはゴーグルを怪しく光らせ、全身に備え付けた武具を起動させ、いつでもマックスパワーで使える様に蒸気を上げて温め始めた。

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