72.忍び寄る右腕

「では、明日旅立つので?」風呂上りにムンバス王がラスティーの泊まる部屋を訪ねる。

「あぁ、急いだ方がよさそうだからな」と、不敵な笑みを覗かせ、手にした新聞をムンバス王に手渡す。

 その内容はこうだった。

 バルカニアとボルコニアの戦争は膠着状態、一歩進んでは一歩引く、を繰り返していた。そんなバルカニアの背後からパレリアが軍を上げて進軍。過去に奪われたガムガン地方の砦を強襲、と記されていた。

「これは……」

「そう、ブリザルドの策が発動した。つまり、頭を切り落としても、まだ控えの頭がいるって事だ。恐らく、マーナミーナにな」全て見透かしているかのような声を出し、煙草に火を点ける。

「私はワルベルトさんとその国を見てきました。マーナミーナ国王の相談役となっている軍師が、その頭ですね」腕を組み、ラスティーの相槌に合わせる様に頷く。

「って事は、だ。俺達で練った策を問題なく発動できるってわけだ。カウンターパンチ2発目ってヤツだな。これで俺たちは、この西大陸を表からも裏からも掌握できるってわけだ」煙で顔を隠し、その向こう側で毒笑する。

「悪~い顔をしてますよ、ラスティーさん……」

「へへへ……ま、100パーセント上手くいけば、の話だ。で、策だの未来だのに100パーセントはあり得ない。半々って所だな」冷静な顔に戻し、また煙を吐く。

「私はまだ、手足の様に軍を動かせませんが、貴方の準備が整う頃には何とかして見せるつもりです」

「頼りにしているぜ。で、金の方は?」

「今日、駅馬車に乗せて送りました。護衛の馬車を付けると目立つので、旅人に変装させたウィンガズ殿の兵を4人乗せました。1人で20人は軽く討ち取れる実力者だと聞いています」ムンバス王は自信たっぷりに胸を叩く。

「いいね、無事に着くことを祈るぜ。なんせ1000万ゼルだからな……」煙草を灰皿に押し付け、揉み潰す。



 次の日の早朝。

 アリシア達は旅の準備を終え、グレイスタン城下町の門まで来ていた。ムンバス王を始めとする城の兵たちや町民から沢山の物資を受け取り、頂いた馬車に積み込む。荷車にはラスティーがここまで乗ってきた馬、そしてアリシアが手懐けた馬を繋いでいた。

「よぉしよし、いい子だぞぉ~」アリシアは笑顔で馬の横顔を撫で、桶で水を飲ませる。

「これでバルジャスに5日程度で入れるだろう。なるべく急ごう」やる気満々のラスティーは煙草を咥えながら手綱を握っていた。

「なんか沢山もらっちゃって悪いなぁ……」ヴレイズは荷を確認し、口笛を吹いた。ラスティーの言う通りなら5日程の物資があれば十分だが、明らか2カ月ほど旅しても余るほどの物品が積まれていた。

「これでも減らしたんですよね。私たちが乗る場所が無くなりますし、馬たちが大変ですし……そう言ったら『荷車を大きくしよう』『馬をもっと用意せよ!』と……」と、親切で押しつぶされて苦しそうな顔をするエレン。

「ま、王を支えた英雄と言われているし、エレンとヴレイズに至っては病を根絶した救世主だもんな~」ラスティーは笑いながら口笛を吹く。

「さ、行きますか!」アリシアが飛び乗り、ヴレイズとエレンが後部に乗り込む。


「皆さん! またこの国に来てください! その時は、立派な王として精一杯歓迎させて貰います!」


 ムンバス王が声高らかに天へと飛ばすと、見送りに来ていた兵や町民たちが大手を振り、思い思いの感謝の言葉を込め、轟と突風の様に吹かせる。

「こんな旅立ちは初めてだな」ヴレイズがむず痒そうに口にして手を振り返す。

「この国にとっての魔王を退治したからな。こんなに感謝されるとは思わなかったがな」ラスティーも手を振り、まんざらでもない笑顔を見せる。

「前々から嫌われていたんでしょうね、ブリザルドって」エレンも声援に応え、小さな涙を拭う。

「まだまだ、これからが魔王退治の本番なんだから!!」アリシアは手を振る代わりに拳を振り上げ、気合を入れる様に腹の底から声を上げた。



 声援の大波を受けながら城下を出た翌日の朝。

 有り余る物資のお陰で村に寄らずに済み、野宿しながら確実にバルジャスへ向かっていた。

「あぁ~あのベッドの寝心地が懐かしいなぁ~」豪華な羽毛布団を懐かしみながらエレンは、忌々しそうに寝袋を畳む。

「しばらくは味わえないぞ。向こうに着いても、どんな歓迎が待っている事やら」苦み走った表情を噛み潰しながらラスティーは紅茶片手に口にした。

 そのセリフに反応したアリシアが彼の目の前に座る。

「歓迎ってどういう意味? なんか、言葉通りの歓迎ではなさそうだけど?」

「あぁ……実際に俺『ジェイソン・ランペリアス3世』を待っている兵は4000人中、数百人かそれ以下ってことさ。その他はどんな理由で参加しているのか分かったもんじゃない。それに、王子である過去の俺を待っているヤツの中で、今の俺を歓迎してくれる人が何人いるか……もしかしたら、その兵たちを纏めている幼馴染も、今の俺を歓迎しないかもしれない……」表情を曇らせ、紅茶を苦そうに啜る。

「……大丈夫なのか? それ……」ヴレイズもアリシアの隣に胡坐を掻き、冷や汗を掻く。

「そのための王失脚作戦だったんだ。この実績があれば4000中の数百は大人しく付いて来るとは思うんだが……どうだろ? 信じてくれるかな?」ラスティーは自信なさげに項垂れた。

「何を言ってるんです! 全てラスティーさんの描いた策でしょうに! それに、今迄全て上手くいっているんです! 今回も何とかなりますよ!」エレンは元気に彼の背を叩き、朝食の用意を始めた。

「そうそう、大丈夫だよ! そうだ! この先を少し東へ行くと『ゴッドブレスマウンテン』っていう神が住む山があるみたいなんだけど、寄って願掛けでもする?」アリシアもフライパンと鍋を用意しながら、塩漬けの肉や野菜を取り出す。

「そういえば、その山には『希望の龍の像』って言う、どんな願いでもある程度叶えてくれる、像があるらしいな! 興味あるなぁ~」ヴレイズも彼女に合わせる様に口にする。

「そんな時間はないよ。16年前に像は山から姿を消したって話だ。願いを叶える為に苦労して登っても、何もないってさ。それに……」と、ラスティーが言葉を濁らせる。

「それに、なんでしょう?」

「その『希望の龍の像』が魔王を生んだって噂だ」



 天高く日の昇る時。

 馬車の進路を先行し、アリシアとヴレイズは偵察へ向かっていた。数キロ先の岩場や丘に盗賊や猛獣の群れが潜んでいないか観る為、双眼鏡を覗き、気配を探る。ラスティーは馬車で地図を確認し、風を飛ばしながら左右と後方に何か潜んでいないか確認した。

 息を切らせ、木に身を任せるアリシア。額に汗を掻き、胸に手を当てる。

「……大丈夫か?」弱った彼女の手首を掴み、体温を確認する。彼女の腕は以前より細くなり、体重も軽くなっていた。以前の彼女なら、数キロ走っても汗ひとつ掻かないほど体力を持て余していた。

「うん……」今にもダメだと言わんばかりに膝を震わせ、地面に尻餅を付きそうになる。今迄ヴレイズの速度に合わせて奔っていた為、急な疲れに襲われていた。

「悪い……」ヴレイズはクラス3.5の魔力をいつでも発動できるようになったため、更にその魔力をスタミナに回せるようになったため、いくらでも走れるようになっていた。

「ううん、謝るのはあたしだよ……その、」

「これ以上は言わなくていい。アリシア、いつも頑張りすぎるぐらい働いているんだ。これからは、少しは俺達に……俺に頼ってくれ」

「……うん、ありがとう……」彼女は彼の優しい言葉に応える様に双眼鏡を手渡した。

 張り切って双眼鏡を覗き込むヴレイズ。左右じっくりと見回して軽く頷く。

「よし、大丈夫だな!」自信満々で口にすると同時にアリシアが彼の頭を軽く小突いた。

「2時の方角、500メートル先に6人の人影。装備を見るに、狩りに出掛けた村人かもしれないけど、注意はした方がいいね」と、小さくなったヴレイズを横目で見る。

「まだまだだな、俺……」

「十分頼りにはなるけど、こういう細やかな部分がなぁ……」



 その頃、西大陸カウボーブ、マーナミーナ上空に鉄の塊と言える大きな物体が高速で飛行していた。村人や偵察兵たちは、それを見上げて目を丸くし、2度見した。

 その飛行物体は、鳥でも古の龍でもなく、魔王軍兵器開発部で作られた試作型兵員輸送用の飛空艇『ガルムドラグーン』だった。

 重厚な装甲に鋼鉄の翼、魔王軍以外では取り扱っていない魔石動力を使用したクリスタルエンジンを4つ搭載し、さらにヒートバルカン、プラズマキャノン、投下用アンチエレメンタル爆弾などを積んでいた。この飛空艇一機で軽く要塞を堕とせる程の武力を搭載していた。

「いやぁ~、絶景ですな! サンダースパロウにでもなった気分ですよ!」乗組員が上機嫌な声を上げ、背後で座るウィルガルムを横目で見る。

「まだまだ改良の余地はあるがな。後に1人乗り用から、この飛空艇を発着させる空中戦艦まで作るプランがあるからな。費用は全て魔王様が約束してくれているから、遠慮なく作るぞ!」ウィルガルムも笑いながら応える。

 ウィルガルムは数日前のプライベート用スーツは装着しておらず、代わりにふた回り程大きい対クラス4専用バトルスーツを身に付けていた。全身にクリスタル兵器の飛び道具や良く磨き込まれたブレード、要塞の壁に大穴を開けられるほどの火力を搭載し、更に各種レーダーを頭部のヘルムに装備していた。

 この姿の彼は、この飛空艇の、否それ以上の武力を持ち合わせており、どんな実力者が相手でも一瞬で消し炭にできる強さを誇っていた。更に今、装備しているバトルスーツよりも数段性能を向上させたモノをまだまだ用意しているため、この姿が彼の本気ではなかった。

「さて、そろそろグレイスタン上空か……」ウィルガルムはヘルムのバイザーを下げ、レーダーを起動し、ゴーグルを紅く光らせた。

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