71.王様と風呂とノゾキ

「なぁ! 俺たちはこの国の英雄なんだよな? だったら、少しぐらい我儘を聞いてくれてもいいじゃないかよぉ!」

 ラスティーが菓子を強請る子供の様な声を出しながら両手を合わせる。その隣でヴレイズも手を合わせ、頭を下げていた。

 彼らの目の前の部屋は大浴場入り口であり、そこで城門を守る様に衛兵が2人立っていた。

「その英雄と、我らが王の命により、邪念を持った2人を通すなと……」

「英雄に対して邪念とはなんだよ! さっきから俺たちをヨコシマな人間扱いしやがって!!」ラスティーは食い下がらずに衛兵の目の前で腕を組み、通せと繰り返し命じた。

「通せませぬ!」

「えぇい! ヴレイズ、用意をしろ!」

「おぅ!!」ヴレイズは瞬時にクラス3.5を発動し、腕に炎を纏った。

 2人の瞳に『マジ』な色が濃く浮かび上がり、殺気が立ち込める。


「すいませ~ん、お呼ばれしたエレンですが」


 そんな殺伐とした中にエレンが洗面具を抱えて現れる。衛兵は敬礼し、あっさりと彼女だけを通して、また2人の進路を塞いだ。

「ちょっと! なんでエレンはよくて俺たちはダメなんだ!!」

「英雄ならお訊き分けください!!」衛兵は口を揃え、手に持った槍をクロスさせ、踵を鳴らした。

「正面突破はダメだな……よぉし」ラスティーは瞳を怪しく輝かせ、ヴレイズの服の端を掴んでその場を離れた。



「うわぁ~~広いねぇ~~!」アリシアは目を輝かせた。

 グレイスタンの大浴場は、バルカニアと比べれば装飾が地味で見劣りしたが、十分広く一般人にとっては贅沢なモノであった。 石像などの装飾は地味であったが、外側に見える城の中庭が壁かけ松明に照らされていた。

 普段から湖で水浴びしているアリシアにとっては贅沢過ぎる代物であった。

 さっそく生まれたままの姿で湯船に飛び込み、豪快に飛沫を上げる。

「こんな風に入る人は中々いませんよ」バグジーことムンバス王は右腕の義手を取り外して、手拭い片手に顔を洗う。

「ふぅ……落ち着く……」この城に入って久々の休息に身体を落ち着かせ、ゆっくりと湯船に浸かる。心身共に疲れ切った肉体に湯に含まれる微々たる魔力が沁みる。

「相当疲れていたみたいだね」彼の目の前にアリシアが湯からヌッと顔を出す。

「はい……覚悟はしていましたが、忙しすぎて目が回りますね。説明や挨拶、仕事の引継ぎに細々とした儀式……戴冠式も取りあえず略式で済ませ、余裕ができたら国民を招待した盛大なのをやる予定ですが、いつになる事やら……」ムンバス王は、耳に入るだけなら愚痴を吐いているように聞こえるが、口当たりは楽し気だった。

「やっと、生きかえったって感じかな?」

「はい。しかし、バグジーとしての暮らしもそう悪くはありませんでしたね。旅も戦いも楽しかったし、皆の会話を聞くのも、そしてこっそり水浴びをして旅の垢を落とすのも……」

「あたしは少し寂しいかな……あの着ぐるみ、可愛かったから」

「今は寝室に飾ってありますよ。メイドが捨てそうになりましたがね」苦笑し、天井を見上げる。

「これでバグジーくんとはお別れだね……互いに」アリシアも寂しそうに苦笑し、湯船に沈んで泳ぎ始めた。

「……アリシアさん」

「ぷはっ! 何?」

「その……」ムンバス王は悩ましい声を出し、彼女の目を覗いた。

 彼も、アリシアの身体について心配していた。彼女は生命力を限界近くまで搾り取られ、もう旅を続けられるような肉体ではなかった。このまま無理に旅を続けても、半年も持たずに倒れる事になるのは明白であった。

 彼女の身を案じ、彼はこの国に残る様に頼み、療養させたいと思っていた。ラスティーにも相談したが、彼は『無駄だと思うぞ』とだけ言い、この話を流していた。

 だが、ムンバス王は本気だった。

「なに?」アリシアは目を輝かせ、ムンバス王に近づく。

「う、その……」それに、彼女にこの国に残って欲しい理由はもうひとつあった。こちらの提案も、彼自身『無駄だと』思っていた。

「顔赤いよ。もうのぼせた?」


「わぁ!! 大きな大浴場ですねぇ~♪」


 弾む声と共にエレンが入ってくる。水魔法で身体の細々とした汚れを落とし、下ろした髪を束ねて固定し、タオルを巻く。そして王の隣にゆっくりと浸かる。

「一国の王と湯を共にできるなんて、光栄ですねぇ」

「わ、私も光栄です。この国の英雄2人と共にできるなんて。はは、は……」言葉とは裏腹に曇った声を出し、天井を見上げる。

「アリシアさん、お背中を流しましょうか?」

「ありがとう! 代わりばんこでね! その前に、王様の広いお背中を……」

「わ、私のはその……先にどうぞ……」



 エレンの背中を流し終わり、次はアリシアが彼女に背中を預ける。

 エレンの身体には傷ひとつ無く、美しい女性の身体をしていた。

 だが、アリシアの身体には無数の傷が刻まれていた。その殆どはエレンの治療跡ではなく、彼女と出会う以前の傷や、別行動中に負ったものであった。それだけアリシアは無茶をして危険に身を晒す娘なのだと分かる。

 さらに、彼女の身体の異変にエレンが気付き、顔色を変える。

「アリシアさん、生え際が……」彼女の脳天を見て声を震わせる。

「お? あたし、実は髪を染めてるんだよね。地毛は金髪でさ、目立ってしょうがないからね~。あとで染めようっと」何の問題もないような声を出し、早く背中を流すように急かす。

「は、はい。うん、綺麗な髪ですね……」と、背中を優しく拭い始める。彼女の目には、アリシアの生え際は白髪に染まっていた。

「その……アリシアさん」

「なに?」

「その、言いたくなければいいんですけど……その……」

 エレンは、ブリザルドの戦いの前の時のアリシアの心中について訊ねたかった。彼女の心を少し読み取り、悍ましいトラウマの様なモノが見え、顔に出さないだけで病んでいないか心配になっていた。

「あたしの心を覗いたんでしょ? それについて?」

「は、はい……」

「……あたしの村が焼かれた事は知っているよね? その後であたし、酷い目に遭ってさ……」声のトーンを変えずに語り始る。

 彼女が言うには、ローズに拷問された事はあまり気に病んでいない様子だった。ただ、流石に肉体の限界まで酷使され、その時に過去のトラウマである『村を焼かれた』ビジョン、そしてその後にヴレイズと初めて会い助けられるまでの1週間近くの悪夢を思い出し、それが頭の中をぐるぐると巡ったそうだった。

 エレンはそれを見た様子だった。

「心配しなくても大丈夫だよ」

「ラスティーさんより強いですね。ここ数日はセラピー続きで疲れましたよ。でも、私が一番治療したいのは、貴女です。大丈夫と言って私を安心させたいんでしょうけど、わかりますよ」と、アリシアの背中に手を触れ、今の彼女の心中を読み取る。


「……うん。でも、あたしはやめるつもりはないよ。あたしは、旅を続ける! そして、必ず魔王倒す!!」


「止めはしませんよ。ただ、死に急ぐような真似は私が許しませんよ?」

「……はい」

 アリシアとエレンは顔を合わせて微笑み、互いに湯を掛けあう。

「さ、次は王様の番だよ! あたし達2人で一生懸命洗ってあげるよ!」

「では……」2人の会話を聞き、アリシアを引き留めるのをひっそりと諦めたムンバス王が、吹っ切れた表情で腰を上げる。

 すると、中庭の方で何かがガサッと動く音が響き、同時にバチンっという音が響く。


「あ゛いっでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 草陰に潜んでいたヴレイズが跳び上がり、芝生で転がる。

「邪念発見~ひとりで来たわけじゃないでしょ?」アリシアは身体にタオルを巻きゆっくりと、転がる彼に近づく。

「おれ、ひとりです……」

「ふぅ~ん」アリシアは目を瞑り、耳を澄ませながら彼の脚に噛みついたトラバサミを取り外し、再び開く。

「そこだ!!!」トラバサミをまるでフリスビーの様に木の上へ投げる。

「ぎゃあぁぁぁおぅぅぅぅぅ!!!」苦悶の声と共にラスティーがぼとりと落ちてくる。彼の頭にトラバサミがガッシリと噛みついており、血が噴き出ていた。

「ひでぇ! ひでぇよ!! なんで俺達はダメで、あのスケベ王はいいんだよ!!」

「スケベじゃないよ! スケベの邪念野郎はあんたらだろ! 今夜はここで寝て貰うから覚悟しな!!」どこから持ってきたのか、縄を取り出して2人の手足を縛り、あっという間に木の上に吊るす。

「……王様、なんで貴方には邪念がないのですか?」エレンは不思議そうに問うた。

「多分、幼少時代の教育のお陰でしょう……」

「厳しい訓練を?」

「いいえ」ムンバス王はエレンにその幼少時代の話を耳打ちする。すると、エレンは身体をタオルで隠し、青ざめながら2歩3歩と距離を取った。

「どうかしました?」きょとんとする王。

「な、な、なるほど……強い後継ぎを残すためには当然の教育ですわね! あ、ある意味厳しい訓練ですね! ……庶民には理解できないわ」顔を背け、鼻を押さえる。

「???」



 その頃、ウィルガルムは己の有する国、アークゲルムへ帰り、早速仕事場であるアーセナルタワーへと向かった。真夜中であったが、タワーの周りの街は明かりが煌々と輝き、人々は仕事終わりの飲み会を楽しんでいた。

「お帰りなさいませ、ウィルガルム様!」タワーの衛兵がエレメンタル銃を片手に敬礼する。

「おぅ! 何か連絡事項は?」

「は、来客が3組程、仕事の相談に」と、走り書きのメモ帳を手渡す。

「わかった。魔王からの仕事を片付けたらこっちから会いに行くと伝えて置け」と、扉を潜り、エレベーターに乗って最上階の自分の部屋へ向かう。

 そこには部屋で彼の代わりにデスクに座る男がペンと図面に向かって頭を掻いていた。

「ウ、ウィルガルム様! 休暇中では?」急いで立ち上がり、礼をとる。

「お前こそ、就業時間はとっくに過ぎているぞ? どうしたんだ?」

「すみません。ヒートバルカンの冷却機能の小型軽量化を進めていたのですが、私では役不足の様でして……」ウィルガルムの部下であるジャンベルは参ったように頭を掻いた。

「昨日の今日で上手くいけば、苦労はないだろ。ま、区切りのいいところで終わらせるんだな」

「で、ウィルガルム様……休暇中の貴方がここへ何しに?」

「西大陸に急用が出来てな。屋上の飛空艇は飛ばせるか?」

「はい、いつでも」ジャンベルは行儀よくお辞儀し、にやりと笑った。

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