70.アリシア抹殺指令

 アリシアが目覚めた、という報をまだ聞いていないヴレイズは城下町の外れの草原でひとり、目を閉じて赤熱拳の構えをとっていた。眼前に敵がいるわけではないが、彼は拳を本気で打ち込む用意をし、更に身体の魔力循環をクラス3.5に変え、全力で空を殴りつける用意をしていた。

 彼は自分自身の身体の具合を診るため、更に自分が今回の戦いでどの程度強くなれたかを確かめるため、長い時間をかけて全身に力を巡らせていた。

 そんな彼の背後に忍び寄るアリシア。彼女はエレンから彼の居場所を聞き、まっすぐここまで飛んできたのだった。

 今すぐにでも背中を叩いて挨拶をしたそうに駆け寄ったが、只ならぬ雰囲気を読み取って空気を読み、彼より5メートル離れた地面に座り込む。


「だぁっ!!!」


 ヴレイズはエレンの治療を信用し、数日前にくっ付いたばかりの腕につぎ込めるだけの魔力を注ぎ込み、全力で眼前を打った。周辺に炎の渦が巻き起こり、真っ赤な風が吹き荒れる。眼前は拳を打った、と言うより大型キャノン砲にありったけの火薬を詰めて吹き飛ばしたかの様に吹き飛び、紅蓮の風圧が草原を殴りつけた。

 だが、周囲を焼き焦がす事は無く、見物していたアリシアも火傷を負う様な事もなかった。

「ふぅ……万全って所かな」蒸気立ち上る右腕を摩り、満足したような声を出す。

「もういいかな?」恐る恐る歩み寄り、肩をチョンと叩く。

「お、アリシア。やっと起きたか……で、もう大丈夫なのか?」彼女の顔を見て笑顔を見せる前に、表情を曇らせながらアリシアの額に触れる。

「熱は無いし、ヴレイズ同様万全だよ! 強いて言うなら、寝すぎて身体が鈍ったかんじ、かな?」

「本当に、大丈夫なのか?」それでも表情の晴れないヴレイズ。エレンから「アリシアの寿命は10年前後」と耳にしてから、彼は彼女の今後を案じていた。

「そんなに心配しないでよ。やりにくいなぁ……少し、座って話そうよ」



「何で俺がわざわざ西の大陸の果てまで足を運んで、ブリザルドのケツを拭かなきゃならないんだよ!」玉座に座ったままの魔王を目の前にして、ウィルガルムが大声を上げた。

「え? だめ?」キョトンとした顔で魔王が首を傾げる。

「だめって言える立場じゃないがよぉ! 他に頼む相手がいるだろう? 黒勇隊とかさ!」

「連中はロキシーとヴァイリーが使っているよ」

「14部隊全てか?」

「おう、俺様も引いたよ。一体誰の部隊だと思っているんだろうな、あの2人」

「あいつら態度デカくないかぁ? お前がたまにはガツンと言ってやれよ!」大きな図体を豪快に動かしながら口にする。

「書類に全て目を通したが、全て真っ当な理由が付いているから何も言えないなぁ……それに、ロキシーは北大陸攻略の軍団長だし、大詰めだからな。そういうお前の部隊は使えないのか? ウィルガルム機甲団だっけ?」

「あいつらはヤオガミ列島攻略中だ」早口で応えるウィルガルム。

「6魔道団の連中も、与えられた領土を整えるのに忙しくしているし、俺様の領土で働く部下も地元で頼りにされているし……その時の為の黒勇隊がな……頼りになる連中はみぃんな忙しいんだよな……暇している優秀な人はいないもんかなぁ~」ウィルガルムをチラチラ見ながら頬杖を付く魔王。

「……懸賞金を上げて地元のハンターにやらせても……来年も同じ話をしそうだな。しょうがねぇなぁ……やるよ、俺がやればいいんだろ?!」

「流石は俺のウィルガルムちゃんだ! 頼んだぞ!」満足そうに手を叩き、腰を上げる。指を鳴らすと、玉座を闇が塗りつぶし漆黒の鎧が姿を現し、魔王の代わりに座る。

「ちょっと大人げない気もするがな。ま、たまには身体を動かさなきゃ、バトルボディにどんな機能を付けたか忘れちまいそうだ……で? 皆殺しにすればいいのか?」唯一生身である右腕の骨を豪快に鳴らし、太い首に血管を浮き上がらせる。


「いや、それは面白くない。正直、『勇者の時代』で現れた勇者共は鬱陶しかったが、全くいなくなってみると寂しくてな。少しは本気で俺様を倒しにくる連中がいなきゃ面白くない。だから、そのブリザルドをギャフンと言わせた4人の内、2人を殺し、もう2人は立ち直れるか否かのギリギリまで痛めつけて野に転がせ。そこから立ち上がって向かってくる様を、見てみたいとは思わんか?」

「魔王になって15年。嫌な趣味を抉らせやがって」呆れた様にため息を吐く。

「闇魔法を極めた時の副作用ってヤツだな……自分でも悪い癖だと思ってる」

「わかったわかった。じゃあ、殺す2人は俺が決めてもいいんだな?」

「あぁ……いいや、待て!!」

「なんだ?」


「アリシア・エヴァーブルーだけは、確実に、殺せ」


「……この仕事、どうしても俺にやらせとうとする意図、理解したよ」



「俺は、この後また別行動しようと思う」ヴレイズは空を見上げながら口にした。

 2人は、草原に座り込みながら午後の風に吹かれていた。

「また修行するの?」アリシアも同じ空を見上げながら問うた。

「あぁ……炎の賢者ガイゼルさんがさ、いつでもバースマウンテンに来い、って誘ってくれたからな。こんな機会は中々ないからな」楽しみにする様に含み笑いをする。

「今でも十分強いと思うよ?」

「ありがとう。でも、そうは思えないな」今度は自嘲気味に笑い、アリシアの顔を見た。

 彼自身、自分の強さに限界を感じていた。

 クラス3.5の強さを手に入れ、ブリザルドとの戦いで全てを出し切り、この現実を痛感していた。今迄彼は師を持たず、独力と経験のみでここまで強くなったのだった。このままアリシア達と旅をし、経験のまま戦い続けても、今の壁をぶち破る自信が無かった。

 彼は師を欲していた。

「ラスティーとバルジャスまで行って、これからの作戦を共に成し遂げてから修行の旅に出るつもりだ。もうあいつとは話し合いは済ませてあるよ」

「ふぅん……」

「魔王の部下には賢者に匹敵する連中がゴロゴロいるって聞いたからな。俺も、そんぐらいは強くならなきゃな……で、アリシアはどうする?」


「え? あたし?」


 アリシアは意表を突かれたのか、驚きながら己を指さした。

「ラスティーとエレンはバルジャスで待つ新たな仲間と軍団を結成する。俺は、いずれは合流するが、修行の旅にでる。アリシアは、どうする?」

「あたし……あたしは……」

 アリシアは迷っていた。

 今の彼女は、強がってはいるが、もう魔王討伐の旅を続ける様な身体でなく、このまま行動を共にしても足を引っ張るのは目に見えていた。だが彼女自身、魔王討伐の目標を諦める気はなかった。

 だが自分を、まるで割れ物を扱う様に接するエレンとヴレイズを見て、今迄の様な旅をもう出来ないと悟り、寂しい気持ちでいっぱいになっていた。


「……まだみんなと旅を……つづけたいな……」


 涙を溢れさせ、声を震わせる。

「え?」

「あたし、もう長く生きられないみたいだしさ……もうここら辺が限界なのかな……」

「な、なにも仲間外れとかお荷物とか、そんな風に思ってないぞ!? アリシアは、その……俺と来るかラスティー達と行くか、それだけ訊きたいんだ」

「……でも、あたし……もうみんなの役に立てない……」止めどなく涙を流し、俯いて肩を震わせる。


「そんな事はないだろ?! アリシアの狩りや薬調合の知識とか、馬術とか、戦術とか、ラスティーはそこんとこを頼ってたぜ? それに今回の戦いだってアリシアのお陰でさぁ! ……大丈夫だ! 俺が守るからよ! 例え10年しか生きられなくても、その10年を俺が守るし、それにエレンが言うには生命力を取り戻す方法だってあるってさ! だから泣かないでくれよ!」


「………………うん」鼻水をズビっと啜りながら小さく頷く。

「よし、じゃあ俺と一緒に来てくれ! 来てくれなきゃ守れないからさ! いいだろ?」

「うん……」涙を拭き、小さく微笑む。

「よし! じゃあ! ……じゃあ……城に戻ろうか?」ぎこちなく笑いながら腰を上げるヴレイズ。

「うん」アリシアも腰を上げ、尻に就いた土埃を払った。

 2人揃って城下の方へ歩みはじめる。

アリシアは気分を晴らそうと頬を叩いて元気を取り戻していた。

ヴレイズは歯の奥に大きな物を挟んだまま、もどかしそうな表情を浮かばせていた。



「アリシアさん」夕食後、元バグジーことムンバス王が彼女の肩に優しく触れる。

 アリシアが起きたため、本日の夕食はとても豪勢であり、宴の様に振る舞われた。しかし、グレイスタン城の家臣はそこへ参加しなかった。

 なにせ国のトップの首が何の準備もなく急に挿げ変わったのである。夕食にムンバス王は参加したが、その代わりに城中の家臣たちは宴に参加できずに今も公務に勤しんでいた。

「お、バグジーくん! じゃなかった……えっと、ムンバス王様……?」ぎこちなく礼をし、腰を低く構える。

「今はバグジーで結構ですよ」彼はブリザルドとの戦いの後、今迄一睡もしていないせいで目の下が黒くなっていた。

「えっと、じゃあ、バグジーさま。なんでしょう?」

「……アリシアさん、もうすぐ出立するのですよね?」

「うん。2日後にね」

「それまでに、約束を果たしたいのです」

「約束? やくそく……あぁ、水浴びしようよ!」

「そうです! この城にはバルカニア程ではありませんが、立派な大浴場があるのです! そこでどうでしょう?!」疲れた顔をしていたが、生気が蘇ったように生き生きとした表情になる。

「うん! 入る入る! いこ!!」


「そ・う・は・させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 どこに隠れていたのか、ヴレイズとラスティーが物陰から現れ、ムンバス王を羽交い絞めにした。

「早速、王の特権を使う気か? ん?」

「てめぇ、横から何してくれてんだよぉ?! 王様だからって許される事と許されない事があるだろう? お? 燃やすぞコラ」2人してマジなトーンで口にし、殺意の籠った腕を首に絡ませる。

「え? え? わ、私はやましい事はこれっぽっちも……」

「「俺たちを指しおいて何してくれとんじゃゴラァァァァァァァァァァ!!!」」


「2人ともいい加減にしろ!!」


 アリシアは容赦なく邪念に歪んだ2人の顔を殴りつけ、ムンバス王の手を引いた。

「あ、あれが邪念の正体か……」

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