69.魔王VS風の賢者
「ん、なんだか騒がしいな?」ウィルガルムの頭に付いた片眼鏡から機械音が鳴る。
「どうやら、ここまで逃げてきた様だな」全てを見透かした様なセリフを言いながら玉座で踏ん反り返る魔王。
ウィルガルムが、何者がやって来たのか悟り、楽し気に片頬を上げる。
「魔王様! お久しぶりです!」
ブリザルドはノックもせず乱暴に扉を開き、ズカズカと入ってくる。まるで自分にはその資格があるかの様に魔王の玉座の隣まで馴れ馴れしく近づく。
「おい、近いぞ」ウィルガルムが睨みを効かせ、低い声を鳴らす。
「これはこれは、ウィルガルム殿。暇そうで羨ましいですねぇ」魔王に顔を向けたまま、イラついた声で返す。
「相変わらず嫌味っぽい男だな、お前は」ウィルガルムは腕を組み、賢者を見下ろす。大柄な彼が姿勢を正し、更に一回り大きくなる。賢者と比べて身長差は大人と子供のように開いていた。
だが、ブリザルドは怯えた表情は覗かせず、冷や汗すら掻いていなかった。
「魔王様、申し訳ありません! 今回の西大陸統一作戦は失敗に終わりました……」深々と頭を下げる。
そこでやっと魔王が彼に顔を向け、目を見た。
「そんなお前が何故、俺様と同じ場所に立てるのかな?」
凄みもしなければ、魔力も殺気も滲ませていなかったが、このセリフを口にした魔王はブリザルドの心の何かを鷲掴みにした。
賢者は瞳を泳がせ、恐怖の色を出さぬように我慢しながら2歩3歩程下がり、跪き首を垂れる。
「も、申し訳ありません……」
「それと、西大陸統一作戦、とか言ってたが……何のことだ?」
「え?」ブリザルドは顔を上げ、きょとんとした顔をした。
「おぉ、俺も初耳だぞぉ」ウィルガルムは腕を組んだまま賢者を見下した。
「え……10年前に誓った筈です! 私が西大陸を見事、魔王様のモノにしてみせる、と!」自信満々に口にすると、魔王は耳を小指で穿りながら何かを思い出す様な表情を見せた。
「あ……あ? あぁ! そういえば言っていたな、そんな事。だが、俺様から言ってもいいか? 誰が西大陸を欲しいと言った?」
「え……う……」ブリザルドは動揺した。
確かに、10年前にブリザルドは魔王の前で誓ったが、魔王自身の返事は「おぅ頑張れ」の一言だけだった。
彼は今日まで西大陸を手にし、魔王に献上して幹部内での信頼を頭一つ抜きたいと考えていた。西大陸を献上するという事は、聖地ククリスを手にするという意味も含まれる。つまり、世界征服は実現したも同然なのである。
そして、魔王からの絶大な信頼を手にした暁に、魔王が欲しがる神器『破壊の杖』の捜索の任に就く事を願い出るつもりだった。これでにより、使える部下を多く召し抱え、破壊の杖を手にし、ここで魔王の首を取るのが賢者ブリザルドの計画だった。
いくら北大陸の対魔王連合軍が束になってかかっても冷や汗ひとつ掻かせることのできない魔王であっても、世界を7日でまっ平に出来ると伝わる破壊の杖ならば、倒すのは容易いと考えていた。
「俺様は、一言も西大陸が欲しいなんて言った覚えはないぞ? こういうのは親切の押し売りと言うのかな? まぁ、適当に返事した俺様も悪いが」
「っぐ、しかし、西大陸カウボーブを手に入れると言う事は、聖地ククリスを手に入れるという意味もあり、世界征服にはかかせぬ……」
「あ?」
ここで癇に障ったのか、魔王の額に血管が浮き上がる。
「俺様が、いつ世界征服なんてやりたいと言った?」
「えぅ?」目を見開き、冷や汗をどっと噴き出させる。
「確かに俺様は魔王と呼ばれているし、北大陸の国々を飲み込み、蹴散らし、焼き尽くしもした。だが、世界征服を目指しているなんて、いつ語った?」
「で、では……魔王様は一体何を目的にして……?」
「そういうお前こそ、何を企んでいたのかな?」
魔王は全てを見透かした様な目で小さくなったブリザルドを見下ろす。
「た、企む? 確かに私の人生は企みだらけでしょうが、魔王様に牙を剥こうなどとてもとても……」
「本当にそうかぁ? お前、人が見てない所では俺たちの事を結構、見下しているみたいじゃねぇかよ」煽る様にウィルガルムが口を尖らせる。
「そ、そんな事は全く!」内心、子バカにしているウィルガルムに責められ、怒りによる腸の疼きを我慢する。
「ふぅ~ん……企んでいない、か。それは面白くないし、失望したなぁ……」魔王は賢者にガッカリした様にため息を吐き、背もたれに体重を預ける。
「失望?」
「それに、聞くところによるとお前は、随分格下の連中にヤラレタそうじゃぁないか。お前の様な実力者がどれだけ油断したら負けられるんだ? その点に関しても、俺様は失望したぞ?」
「相当慢心していたんだろ。人を見下してばかりのコイツの事だ、足元をすくわれてもしょうがない」ウィルガルムも話に乗っかり、調子に乗った声を出す。
「そんな男に西大陸統一なんて無理だ。まぁ、ハナから期待などしてはいなかったが……もし本当に、カウボーブ大陸が欲しかったら、ここにいるウィルガルムに任せるがね」
「俺なら10年もかからず統一できるんじゃないか? こいつは10年かけて失敗した様だがな」
「……っ……!」
ブリザルドは2人になじられ、もはや我慢の限界にキていた。グレイスタンでは格下の連中に惨敗し、情けなくも追手に背を向けてひたすら逃げ、さらに原因不明の胸の傷を、これまた格下の魔法医に診せて直してもらい、ここまで息を切らしてやってきたのだった。
彼からすれば、一応幹部なのだから労いの言葉と応援を貰えると期待していたが、それは無く、ただコケにされただけだった。
「貴様ら……言わせておけばぁっっっ!!!」
堪忍袋の緒を切ったブリザルドは、体全身で魔力を練り、指先に風を集中させた。
「お、裏切るのか?」
「おいおいウィルガルム。こんなの裏切る内にはいるか?」
「魔王!! 貴様は私よりも格下の筈だ!! いきなり現れて覇王を殺害し、ランペリア国を滅ぼしたが、それは私にもできた!! お前のようなポッと出の魔法使いが、この私に勝てると思うかぁぁぁぁぁ?!!」
グレイスタンでは見せなかった、本気の風魔法を指先に集中し、城の半分を粉微塵にするつもりで魔力を練り上げる。
「おいおい、部屋を散らかさないでくれよ」魔王は余裕を崩さずに、飛ばされる花瓶やカーテン、カーペットの心配をする。
「そんな余裕も吹き飛ばしてやる!!」
「勘弁してくれよ。この身体は休日用で、最低限の装備しか積んでいないんだが?」
「安心しろ、俺様が」
余裕の会話を続ける2人に向かってブリザルドは、溜めに溜めた魔力を一気に放出する。この圧縮竜巻砲は要塞を貫通、粉砕して数万の軍を一気に壊滅させるほどの威力を誇った。
そのはずだった。
「ぬ……な、に?」
憎き魔王目掛けて放ったそれは、一気に力なく霧散して影に吸い込まれていった。残った風が魔王の前髪をそよ風となって虚しく撫でるだけだった。
「こ、これは……?」
「これが、闇魔法だ」
玉座で座っている筈の魔王が急に姿を消し、ブリザルドの背後からぬっと現れる。
「ひっ!」咄嗟に天を貫く勢いの竜巻魔法を発動させたが、それも虚しく消え去る。
「なぁブリザルドよ。お前が俺様を裏切る気満々だったということはずっと前から知っていたよ。要するに、破壊の杖が欲しかったのだろう? それで俺様を消し去り、次はどうする気だった? 世界征服か?」
「な、そんな、こ、と、は……」
「隠さなくてもいい。だが、よく聞け。『裏切る』という行為は大変難しいのだ。何せ、考えを読まれては裏切れないのだからな。つまり、今回の事はお咎めナシ、だ」
「え?」
「おい、それでいいのかよ?」不服そうにウィルガルムが口にする。
「コイツが俺様に何をした? この部屋を散らかす事しかできなかった。そんな男を罰しろと? なんの罪で?」
「……お前のそういう甘い所がなぁ……」
「これは余裕と言うものだよ。さ、ブリザルド。この部屋を片付け、とっとと出て行ってくれ。ウィルガルムは今日、休暇で遊びに来ているんだ。お前は邪魔だ」
ブリザルドとの激しい戦いから5日後、アリシアがやっと目を覚ます。目を擦り、大きな欠伸をしながら腹をポリポリと掻く。
「……どのくらい寝ていたのかな?」両腕、両足の具合を診て頭を傾げる。自分では、まるで半年かそれ以上眠っていた気分だった。
「あ、起きました?」ひょっこりとエレンが現れる。素早くアリシアのベッドに駆け寄り、彼女の脈や瞳孔、熱の有無を調べ、満足そうに頷く。
「大丈夫ですね。ただの寝すぎです」と、彼女の頬を軽く小突く。
「寝すぎって……起こしてくれればいいのに」
「ラスティーさんもヴレイズさんも、ゆっくり寝かしてやってくれって……私も同じ意見だったので」
「ありがとう。何日寝ていたの?」
「5日です」
「そんなに?! いや、それだけ? うぅん……身体と頭の鈍りがなんとも……」
「そうですか? いつ起きても動けるように、私の水魔法で調整しておいたんですけど?」
「そんな事もできるんだ……ごめん、早速だけどおなか減っちゃった……御粥か何かない?」
「御粥でなくても大丈夫ですよ。私の魔法は身体だけでなく、消化器官も万全な状態に調整しています。ですから、いきなりお肉を食べてもショックは起こしませんよ! それに、このお城の料理はすんごく美味しいですよぉ~。もうお姫様になった気分です!」
「な、なんか、凄く楽しそうだね……」起きたての頭ではどんな事態になっているのか把握できず、アリシアは鈍い返事しかできなかった。
「やっと帰ったな、あのバカ」ウィルガルムはため息を吐きながら魔王の間のドアを閉め、手を叩いた。
彼ら2人は今迄、意地悪な目でブリザルドに掃除を指示し、その姿を見物して帰らせたのだった。
「確かにあいつは敵を甘く見過ぎるバカだ。だが、腐っても賢者は賢者。そんなあいつを負かすとは、ランペリアの王子にエヴァーブルーの娘……なかなかやる様だな」
「どうする、このまま放っておくのか? 懸賞金でも上げるか?」
「いや、俺様の進路の邪魔をするものは許さん。そうだなぁ……」魔王は何かを悩む様に天井を見上げ、しばらくして指を景気よく鳴らした。
「そうだ、ウィルガルム! お前が奴らを潰してこいよ」
「俺、休暇中なんだけど……」
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