68.魔王の日常 後編

 太陽が頭上高くから陽を照らす時間になり、魔王は書類から目を離す。疲れたのか軽く伸びをし、両手足を軽く回す。捲った袖を戻してボタンを止め直す。

 彼の仕事中断を合図に秘書長がノックと共に入室し、軽くお辞儀する。

「ウィルガルム様がお着きになられました」

「お、来たか。相変わらず時間通りだな」部屋の振り子時計に目をやり、にやりと笑う。

「食事の用意ができております。客間へどうぞ」

「わかった。昼食中、気にせず君も休んでいてくれ」

「はい」またお辞儀し、部屋を後にする。

 魔王は彼女が部屋を去ると、表情を柔らかくしながらジャケットを羽織り、ネクタイを締め直した。

「あいつと飯を食うのも久々だな。さ、行くか」

 子供の様にワクワクしながら魔王は、室内の影に足を踏み入れ、まるで階段を降りる様に溶けていった。



 魔王の右腕と呼ばれて恐れられる男、ウィルガルム。

 彼は一見、鎧を纏った武骨な大男の様に見える。

 だが、この鎧の様に見える装甲は、タダの鎧ではなかった。頑丈であり、砦の大砲の一斉射撃を正面から喰らっても耐えられるほどの頑強さを誇るが、タダの身を守るだけのモノではなかった。

 この鎧は、彼そのものだった。

 実際、彼の肉体と呼べるものは殆ど無く、頭に首、胸に右肩から手先のみが彼の身体である。その他の鎧部分は身体を補う『機械』だった。

 この機械部分が彼の全てであり、これが無くては歩くことが出来なかった。

 話だけを聞けば、こんなカタワな男が魔王の右腕か、と落胆するだろう。

 しかし、彼は魔王軍兵器開発部門の頭を務める程に頭脳明晰であり、人を纏め上げる程の手腕があった。

 さらに、独力で一国の要塞と兵力を撃滅できるほどの力があり、実力は折り紙付きである。

 そんな男が今、バルバロン城へ足音を立てて入っていった。



 ウィルガルムは秘書長に案内され、客間へと向かっていた。

「またパーツを変えたのですか?」秘書長が振り向きながら口を開く。

「おぅ! 静かだろぉ? 前までは歩く度にウルセェ機械音が鳴っていたからな。静音機能をやっと付けられたんだ。部下が作ってくれたんだが、よくできてるよ」自慢げにガハハと笑い、足音を鳴らす。

「いい部下がいて羨ましいですね。私のは補佐や新入り達は物覚えが悪かったり、文句を言ったりでして……」

「あまり厳しい態度で接するのは良くないと思うぞ?」

「私、そんなに怖い女に見えますか?」

 秘書長が尖がり眼鏡をクイっと上げる。

 ウィルガルムは右目に備え付けた片眼ゴーグルから機械音を鳴らす。

「……人柄を分析する機能まではないからなぁ……」

「そんな機能、付けないで下さい」

 秘書長はツンとした表情で客間を開き、ウィルガルムを案内する。彼様に作った特注の椅子へ座るよう促し、会釈して退室する。

 それと同時にもう一方のドアから魔王が入ってくる。

「よ、久々だな」ウィルガルムが機械の左腕を上げると、魔王は何かに気付いたように笑った。

「お、待ちに待った静音機能か。昔、この機能を付けるために四苦八苦してたっけな」懐かしむ様に頬を緩めながら正面の席に着く。

「あの時とは状況が違うからな。今はやろうと思えばいろんな機能が付けられる。ま、自分で作る時間が無いがな。これは部下が作ってくれたんだ」

 2人の会話が始まると、城のメイドが入室し飲み物を注ぐ。

「いい部下だな。で、デストロイ・ゴーレム計画は進んでいるのか?」

「おいおい、俺は今日、休暇でここに来たんだぜ? 仕事の話はナシにしよう」ウィルガルムはメイドに愛想笑いしながら口にし、グラスを左手で慎重に掴む。

「そうだったな。では、久々の休暇に乾杯だな」魔王もグラスを片手に傾ける。

「俺が率先して取らないと、皆が休んでくれないもんでな。そこが困りモンだ。乾杯」

 グラスの中身はミネラルウォーターだった。しかし、それはそこらで汲んできた川の水ではなく、大地のクリスタルで時間をかけて洗われた水だった。

「お前は公務中だもんな。酒は飲めないか」

「互いに休める時、改めてワインを開けようじゃないか」



 その後2人は、城のシェフが腕によりをかけた昼食に舌鼓を打った。

 魔王は好物であるソフトサーモンの腸のパイ包みと薔薇海老ピラフをゆっくりと味わった。

 ひきかえウィルガルムは、まともな食事は摂れなかった。なぜなら彼の消化器官は一般男性の6分の1程しかなく、ベビーフードなどのドロドロに柔らかくした物しか食べられなかった。

 だが、今回彼は普通に昼食を摂っていた。好物なのか、大口でハンバーグピザとフルーツサラダを食し、満足そうに腹を摩った。

「用意してくれてありがとよ」と、食後にメイドから渡された錠剤を飲み下し、落ち着いたように息を吐いた。

「ヴァイリーに作らせた新型だ。今回は消化不良にはならないと思うのだが」魔王は食後のコーヒーを啜りながら口にした。

「前回のも悪くなかったんだが、3日ほど脂っこいものが体内に残ってね。今回は期待してるぜ」

「人口消化器官ができるまで何年かかるかな?」

「それが俺の、今のところの夢だな」

 ウィルガルムもコーヒーに口を付け、苦そうに口を動かしながら角砂糖を3つ入れた。

「そういえば、ローズから連絡があった。ブリザルドが失脚したらしい」


「……あ?」


 初耳だったのか、ウィルガルムが首を傾げる。

「だから、ブリザルドが」

「あぁ、グレイスタン王代理のブリザルド・ミッドテール。風の賢者のあいつだろ? いけ好かない野郎だったが、何であいつが失脚したんだ? まさか計画がバレたのか?」

「だろうな。ローズが言うにはランペリアスの息子が計画を潰したらしい」

「ランペリアス? そういやぁ最近、手配書が更新されたな。まだ捕まっていないのかよ」

「さらに、その息子を手伝ったのが、あいつの……エヴァーブルーの娘って話だ」


「……は? 1年前に村を見つけ出して焼き払ったんじゃないのかよ?!」


「俺様も耳を疑ったよ。あのゼルヴァルトがしくじるとはな……ランペリアスの息子に、エヴァーブルーの娘……何か不吉な組み合わせだと思わないか?」魔王は手を組んでテントの様に尖らせる。

「その2人の他には?」

「そうだな……確か、サンサ族の生き残りのなんとかって奴と……魔法医の女の4人だそうだ」

「サンサ族……ヴェリディクトが焼き払った火の一族か」

「なぁウィルガルム……懐かしいな。勇者狩りを大陸全土に発令した時の事を……」

「あの時はやりにくかったな……お前は甘いから、すぐに仲間に引き入れたりしてよ」

「人材補強を兼ねた作戦だったからな。その結果、黒勇隊が生まれ、勇者詐欺の被害が減ったんだ」

「お前と言う魔王が誕生して被害が拡大したんだよな、勇者詐欺はよ」

「魔王と言う称号は聖地ククリスが勝手に付けたんだ。俺様は迷惑しているんだぞ?」

「当時は喜んでいたじゃないかよ」



 2人は客間を後にし、王の間へ足を踏み入れた。

 そこには禍々しい玉座が、そしてそこに漆黒の甲冑が『我がこの城の主である』と言いたげなオーラを放ちながら座っていた。

「あれを最後に着たのはいつだ?」ウィルガルムが魔王を肘で小突く。

「何年前だったか……数回しか着ていないな……重いんだもの、アレ」

「重い、とか魔王が言うなよ」

「一応、メイドが毎日磨いているんだけどな」

「……そういえば、聞いたぞ? お前、今日、自らの手で盗賊団を潰したんだってな!」ウィルガルムは体格に似合った強めな口調で言った。

「?! 秘書長から聞いたのか?」

「あぁ……前にも言ったよな? 雑魚をわざわざ自分の手で消すなって! 黒勇隊なり地元の連中なり使えって! 魔王らしく!」

「俺様が直接やった方が早いし確実だからなぁ……」

「お前はいいかもしれないが、こういうのは下の連中の仕事なんだよ! 領土は奪っても仕事は奪ってくれるな!」

「休暇中だろ? 仕事の話はするなよ……」喧しそうに耳を塞ぎ、玉座へ手をかざす。すると、座っていた魔王の甲冑が闇に溶けて消える。そこへ魔王が腰を下ろし、膝を組む。

「お前の言う魔王らしさってなんだよ?」

「う……ん……まぁ、お前がやりたいようにやればいいとは思う。だが、俺達も数年前とは違うんだ。大所帯どころじゃない、国をいくつも囲う大国なんだからよ。その長らしく、でーんと構えてくれって言いたいんだよ」

「でーん、と?」

「おぅ。でーん、とな」ウィルガルムは彼の隣に立ち、腕を組んだ。

「……もうすぐ幹部会議だな。ウィルガルム、指揮は頼むぞ」

「うん……って、あ?」

「俺様はでーん、と構えとくから、お前があいつらを纏めろ。いいな?」

「えぇぇぇぇ?! あいつらを?! ……それは自信ないなぁ……」



 城内の皆がおやつを楽しむ3時頃。西の空より何者かが飛来する。

 バルバロン城の対空防衛機能が働き、最新鋭の魔動銃がそれの方へ向く。防衛主任が魔力レーダーで反応を捉え、双眼鏡で何者なのかを確認する。

 その飛行物体は、ブリザルドだった。

「な! 風の賢者殿がこちらへぇ?!」狼狽した防衛主任が慌てて銃口を下げさせ、窓を開く。


「魔王様はいるかぁ!!!」


 ブリザルドは真っ赤に汚れた胸を押さえながらズカズカと奥へと進み、眼前で立ち並ぶ兵士たちを睨み付ける。

「そ、その傷は……?」

「構うな! 魔王様の元へ通せ!」

「あ、しかしアポは……」

「黙れ! 緊急事態だ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る