67.魔王の日常 前篇
アリシア達がグレイスタン城で手厚い持て成しを受けている頃、城下町では復興が進んでいた。東西南北の建物、民家や店などがブリザルドによって粉砕されていた。
早速、各地に木の骨組みが立ち並び皆、汗を流して各々の役割をスムーズにこなしていた。復興支援にウィンガズ、ボーマン騎士団の兵たちが協力に当たり、事件から4日で既に城下には普段の活気が戻りつつあった。
そんな中、商店街で松葉杖を付いた女性が荷物片手に足を引き摺っていた。
「本当にあいつをやっちゃうなんて……」
ローズは傷が痛むのか目を軽く押さえ、歯を覗かせながら小さく唸る。
彼女はゆっくりとした足取りで町を後にし、街道を外れた荒れ地にある小屋へ入る。重たそうに買い物袋を降ろし、崩れ落ちる様に床に寝転がる。
「いてててて……やっぱヒールウォーターを使わなきゃ傷の治りが遅いなぁ……でも、今は街の魔法医は出払ってるし、店の物も全部売り切れてるし……アタシの部屋は連中に抑えられてるしなぁ……」忌々しそうに両足の傷を睨み付け、暗い天井に向かってため息を吐く。
「あぁ~あ……ブリザルドのヤツは何処に逃げたのかわからないしなぁ~……ちきしょう」
今の自分の境遇に悪態を吐きながら、乱暴に袋の中へ手を突っ込み、買ってきたソルティーアップルを齧る。
「しょっぺぇ……」あっという間にたいらげ、皮と種を吐き出して芯を窓から捨てる。
すると、投げ捨てた方から雷燕が飛んできてテーブルの上にちょこんと座る。
「お、返事が来た。流石はやいな」
彼女はブリザルドの敗北を見届けた後、すぐさま魔王のいる北の大地へ手紙を送った。その返事が届き、目を輝かせて足に付いた筒から手紙を取り出す。
もうひとつのソルティーアップルを取り出して齧り、手紙を読み進める。
「ふんふん、帰って来いか……ふんふん、一ヵ月の休暇ね……あ~あ、ここからバルバロンまでどのくらいかかるかな……この脚で……馬車を使っても数ヵ月かかるなぁ……」
うんざりした声を出し、芯をまた投げ捨てる。果汁で汚れた手を舐め、何かを考える様に口を横に結ぶ。
「あ~あ、ウィルガルムさんの飛空艇で迎えに来てくれないかなぁ~~~」
北の大地『パルタスカ』に朝日が昇る。
北を除く他の大陸の国々のイメージでは、魔王の国バルバロンには闇が立ち込め、おぞましい化け物が住まい、禍々しい建物が乱立する魔界が存在する。人々はそう決めつけ、北の大陸を恐れていた。
だが、事実は違った。
バルバロンにも他の国同様に朝日が降り注ぎ、ここに住まう人々はその光を浴びながら爽やかな朝を迎え、朝食を前にして手を合わせていた。
そして、この魔王が住まう国の中央にある大都市『ファーストシティ』にて、ある男が朝の日差しと共に目を覚ました。民家の立ち並ぶ住宅街の一角に住むその男は、眠気眼を擦りながらポストまで歩き、新聞を取り出して洗面所まで向かう。
この大都市には巨大な魔送炉があり、町中に魔力が巡っていた。そして建物ひとつひとつに人口エレメントクリスタルで動く家財道具が備わっていた。
目覚めた男が鏡の前で詮を捻ると、水のクリスタルが反応し水が流れ出る。洗面台で男は顔を洗い、髭を剃り、髪を整えた。
その後、台所で手早く調理を始め、朝食を摂りながら新聞を読む。
「ん、んまい」湯気立ち上るコーヒーを飲み終わり、食器を綺麗に片付ける。
寝室へと戻り、箪笥を開きながらパジャマを脱いで畳み、仕事着であるスーツを取り出す。
「今日は……ん……これかな?」ダークレッドのネクタイを取り出し、手早く締める。仕上げに洗面所へ向かい、また身だしなみを整え、髪型を服に合わせる。居間にある鞄を手に取り、革靴を履き、玄関へ出ると、隣の住人が暖かい声で迎えた。
「おはようございます! あら、今日は早いのね! いってらっしゃい~」
「あぁ、おはよう!」男は笑顔で応えた。彼が道を行くと、すれ違う人々が彼の顔を見て自然と笑顔であいさつし、彼も笑顔で手を振った。
彼の行く先には、バルバロン城(旧カイザークロウ城)がそびえ立っていた。
辿り着くと、男は城の表門は潜らず、裏門へ向かった。城の番兵は彼の顔を見ると笑顔で会釈し、男も手を上げて笑う。
城の裏門には朝日が届かず、影になっていた。
男は周囲を見回し、誰もいないのを確認すると、突如影の中へと足先から溶けていった。頭の先まで沈んでいき、闇の中へ消えるスーツの男。
それと同時に、城内にある王の間の外側で秘書長がノックをした。
「おはようございます、魔王様」
涼風の様な声が響き、ドアが開く。
そこには、先ほど影の中へ溶けたスーツの男がデスクに付いていた。
「おはよう」
このスーツを身に付けた魔王は、秘書長の用意したコーヒーを上手そうに啜りながら書類に目を通した。
「今日はウィルガルムが来るんだったな。例の物を昼に用意しておいてくれ」
「承知しました」手元のメモ用紙に走り書きし、会釈する。
「ありがとう。それまで俺様は今日の分の書類に判を押しているから、何かあったら知らせてくれ」
「はい」深々とお辞儀し、退室する。
その後、魔王は静かに書類を一枚一枚手に取り、細かく書かれた文章を丁寧に読んだ。
それらの殆どはバルバロン領内の街や村、それを管理する服従させた王族たちから送られた提案や報告などが書き記されていた。
その中の一枚で手が止まる。
バルバロンの北大陸統一は目前に迫っていた。だが、それによって敗残兵たちが夜盗と化し、近隣の村々を襲うという問題が上がっていた。
その中でも、頭角を現し大勢の賊を纏め上げてバルバロン領内で暴れまわる、手の付けられない大盗賊がいると報告されたのだ。その者は隠れるのが上手く、戦いには強く、更にずるがしこいため、地元の管理者たちは手をこまねいていた。
「……ふぅむ……黒勇隊を動かすか……」と、額に指を置き、目を閉じる。
何かを探る様に瞼の下で瞳を動かし、「うぅん」と唸る。
「ったく、ロキシーとヴァイリーめ……俺様の黒勇隊だぞ? ったく……」何かを感じ取ったのか、呆れた様に首を振り、また書類に目を落とす。
「現在の賊の潜伏場所は……ザントン砦近くのゴンド山か」と、また魔王は目を瞑った。
所変わってここはゴンド山の盗賊団のアジト。
ここでは賊たちがキャンプを張り、各々武器を磨きながら次の仕事の準備をしていた。
「ふふ、魔王に首根っこ掴まれた連中は皆、腑抜けだな。よぉし、日が落ちたら山向こうの村を襲うぞ! 俺たちを警戒して砦から何人か兵が警備しているが、そんなのは敵ではない! いいか! 俺たちは俺たちの国を取り戻すんだ! そのため、力を蓄え……」
賊たちの親分が力説する中、物陰で悲鳴が上がる。
皆がそちらへ顔を向けると、また別の方角から悲鳴が上がり、それが連続する。
「一体どうした?!」
親分が声を上げると、子分のひとりが青ざめた顔を張りつけながらヨロヨロと歩み寄った。
「あ、あ、あ……影に溶けちまった……」
「は? 影に溶け……」と言う間に悲鳴が木霊し、キャンプ地にいた賊の人数が徐々に減っていく。
「何が起きているんだ! 具体的に説明しろ!」皆、武器を構えて影に警戒し、姿なき刺客を探した。
だが、1人が影に踏み込むと、木が揺れて影が覆い被さると、そこから子分たちは影に浸食され、文字通り『溶けて』しまう。
「一体、なんだ? なんなんだぁ!!」恐怖に引き攣る親分。そんな彼は恐怖のあまり、テントの中へ逃げ込む。当然、その中から2度と親分が顔を出す事は無かった。
「ふぅ……自分で手を下すな、と言われていたが……」魔王は目を開き、まだ冷めていないコーヒーを啜って一息吐いた。そして、また書類仕事を再開する。
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