66.眠れる仲間たち

「う……ん?」エレンはふかふかのベッドの中で目を覚ました。焼きたてのパンの様にふっくらと膨らんだ毛布を捲り上げ、上体を起こし、重たい目を擦る。

 正面には城で働くメイドがテーブルを綺麗に拭き上げていた。

「お目覚めですか?」天使のような微笑みがエレンを迎えた。

「……あれから、何日経ちました?」

 エレンはあの後、地面で倒れて泥の様に寝入ってしまったアリシア達を介抱し、ボーマン隊の衛生兵たちの手を借りて城内へ運び込んだ。それから、彼女はひとりひとり治療を施し、そこで心が緩み、気絶するように眠ってしまったのだった。

「2日です。城の魔法医が言うには、貴女も相当疲労していた様子ですね」と、いつの間に用意したのか、ベッド用のミニテーブルと洗面道具にお湯を満たしてエレンの前に置く。

「さ、顔を拭きましょうか」にこりと笑い、慣れた手つきで高価なタオルを湯で濡らし、固く絞ってエレンの顔を優しく触れる。

「ん……気持ちいい……」

 その後、メイドは流れる様にエレンの髪を、時間を掛けて梳かし、知っていたのか彼女のトレードマークであるポニーテールに整える。

 それが終わる頃、もう1人のメイドが朝食を運び込み、彼女の前に置く。こんがりとした匂いを立上らせたパン、飲み頃より少し熱めのスープ、瑞々しいホットトマトのサラダ、そしてバターたっぷりのオムレツ。そして美しく盛り付けられた果物の盛り合わせ。

「わぁ……気分はまさにお姫様」笑顔で手を合わせると、メイド2人が深々とお辞儀する。

「当然です。エレン様は我々の救世主様ですから」

「え?」エレンはフォーク片手にきょとんとした顔になる。

 彼女は蔓延していた病魔を退治した救世主として国民から感謝され、さらにブリザルドという魔王に使いを国から追い払った英雄のひとりとして有名になっていた。

「そ、それほどでも、ありますよ」ヨイショに弱い為、頬を赤くさせて得意顔になる。

「では、ごゆっくりどうぞ……食事が終わったらベルを鳴らしてくださいませ」

「あ! 私の仲間……皆はどこに?!」ひとりで食べるより皆で食べたいと思い、咄嗟に口から出る。

「ラスティー様とヴレイズ様はもうお目覚めになっております。アリシア様はまだ眠っておられます。皆、ひとりひとりの客間でお休みになっております」

「そうですか……アリシアさん……」エレンは彼女の身を案じながら、飲み頃になったスープを啜った。

「おいっしぃ!」



 エレンが目覚める前日から起きていたラスティーは、メイドに頼んで新聞や自分宛てに届いた手紙を持ってこさせ、ベッドの上で目を通していた。

「第48次バルカ・ボルコ戦争、膠着状態、か……ま、俺達にとっては都合がいいが……そろそろ動くと思うんだよなぁ~」新聞を畳み、1通の手紙を開く。それはワルベルトからの手紙だった。

「あのオッサン、本当に耳が早いなぁ~。流石だな」手紙の冒頭は王失脚作戦成功おめでとうの言葉だったが、その下の文章を目にし、苦み走った表情を作る。

 手紙の内容が、彼にとって厳しいモノだった。

 なんと、バルジャスで待つ7000の兵がとうとう4000弱にまで減り、軍の運営資金も底が尽きる秒読みが始まっている、との事だった。

 ワルベルトの所持する軍資金は、別の策で使っているため、そちらへ回す事が出来ないと書いてあり、それを何とかしろと書かれていた。

「またまた無茶ぶりしやがって……」頭を掻き、読み進める。

 その厳しい文章の下には今後のラスティーの動きへのアドバイスや自分の立ち回りなどが書かれ、最後に『返信不要』と締められていた。

「ったく、一方的なオッサンだ」と、手紙を封筒に仕舞い、蝋燭の火であっという間に燃えカスにする。

 昨日の戦いの傷はエレンや城の魔法医のお陰で完治していたが、まだ疲労が残っているため、気怠そうな声を上げながらベッドに寝転がる。

「さて、今度は俺が無茶ぶりする番、かな?」ラスティーは得意げな顔でベルを鳴らし、メイドに昼食を運ばせ、ベッドの上で手を合わせる。

「食い終わったら、タバコ吸っていいかな?」

「ご遠慮ください」

「だよな」メイドの笑顔に微笑みを返し、なみなみと注がれたワインを一気に飲み干す。



 ヴレイズはラスティーが目覚めてから半日遅れて起床した。血と泥に塗れたまま眠ったはずが、普段よりも綺麗な体になっている事に違和感を覚え、さらにどこからも痛みを感じない事にさらに疑問に思い、スクッとベッドから飛び出す。

 昨日までピリピリと痛んでいた右腕と右脚を確認するように撫でまわし、安堵のため息を吐く。

「後遺症は覚悟していたんだが……流石、エレンだな」傷痕ひとつない身体を見回し、その場で小刻みに跳躍し、ファイティングポーズをとる。

「はぁっ!」気合を入れると、一気に体内の魔力循環が暮す3.5になり、全身に炎が満ちる。右腕を軽くふるうと循環が通常に戻り、いつものヴレイズになる。

 数日前までは座禅を組んだ精神統一、瞑想をしなければできなかったが、賢者との戦いを通して一瞬でクラス3.5を発動できるようになっていた。

「……よし」満足した様に右拳を握り、炎を滲ませる。

「し、失礼します……」彼の起床に気付いたメイドが入室し、ヴレイズをまじまじと見る。

「なに?」

「い、いまのは……なんです? まさか、敵がまだ城内に?」彼女は魔法を学んだことのないメイドの為、先ほどの彼は殺気か何かを纏っているように見えていた。

「い、いや、大丈夫だよ。軽く魔力を回転させただけだからさ」

「魔力を、かいてん??」

「はは、は……それより、アリシアは?」

「え、と……隣の客室で眠っています」

「そうか。少し覗いてもいいか?」

「……やめた方がいいですよ……」

 メイドの言葉に首を傾げながら、ヴレイズは足早に隣の部屋のドアの前に立った。ノブを握り、少し開くと隙間から獣の様なイビキが轟いた。

「うぉう?!!」驚きながら開き、彼女が眠っているであろうベッドに近づく。

 そこには、枕を蹴飛ばし、布団にしがみ付いたアリシアが白目を剥き、大口を開けて爆睡していた。

「……? アリシア、だよな?」少し近づき、本当に彼女か確かめる。髪の色、顔、魔力の波長はアリシア本人のモノだった。

「信じられないな……」この1年弱の旅の道中、何度となく彼女の寝息を聞いたが、こんなイビキを掻いて寝ているのを見るのは初めてだった。

「そんなに見ないであげてください。私なら、恥ずかしいです」そそくさと入室したメイドが、アリシアにもう1枚毛布を掛け、頭の下に枕を敷く。

「いや、なんか……その……可愛いな、と思って……悪ぃ、部屋戻るわ」ヴレイズは彼女の寝顔から目を離さずに部屋から出て、自分のベッドにもぐりこむ。

「……初めて見たな……あんなに安心している姿は……」



 エレンは朝食を摂り終えると、さっそくアリシアの部屋へと向かった。大いにイビキを掻いて眠る彼女を見て、少し安心した表情を覗かせて額に触れる。

「……うん、大丈夫。心は穏やかね……このままゆっくり休んで下さいね」

 アリシアがいい夢を見て眠っているのを確認し、念のため精神安定のミストを作り出し、安眠環境を作って退室する。

 その後、ヴレイズの部屋で彼の傷の具合を確認し、傷ひとつ残さず完治しているのを確認して得意げな顔をする。

「あぁ、先生のお陰だよ」

「当然ですよ」念のため、彼の右腕と右脚を水魔法で診断し、納得した様に頷く。

「それでも、岩を叩いていいのは1週間後ですよ」

「なんで岩を叩くと思うんだ?」訝し気に問い、腕を摩る。

「鍛錬したくてウズウズしているでしょう?」

「俺の心を読むなよ……」

「これも診断の内ですよ。しばらく、この城のおもてなしに甘えましょう」と、彼の部屋のソファーに横になり、天井に書かれた絵を見て感心した様に唸る。客間の天井には大きな絵が描かれ、それぞれ違う風景が飾られていた。

「ラスティーはもう準備を始めているみたいだけどな」

「なんですって?」



 その頃、ラスティーは王室のドアをノックし、返事を待っていた。

「どうぞ」ムンバス王ではなく、大臣の声が返ってくる。遠慮なく部屋に足を踏み入れる。

 そこには少々疲れた顔をしたムンバス王と大臣が話し合いをしていた。これまでの内政と外交、ブリザルドの行っていた政策などの引継ぎを行い、さらに破壊された城下町の復興プランや仮設住宅、その他諸々の仕事に埋め尽くされていた。

「おや、ラスティー様」目を伏せ、丁寧にお辞儀する大臣。ムンバス王からラスティーの身分を聞いていた。

「どうも、今は忙しいかな? 出直そうか?」

「いや、気分転換をしたい。座ってくれ」

 先日まで着ぐるみの中でバグジーとして過ごしていたが、今はその面影は無く、立派な王になっていた。

 ラスティーは感心した様に笑い、近くのソファーに腰掛ける。

「早速だが、旅の道中話した『例の件』について話しておきたい」

「……あぁ、私も話しておきたい。約束を果たさねば」と、大臣の肩を叩く。


「急ぎ、ラスティーさんに1000万ゼルの現金を用意してくれ」


「な、なんですとぉぉぉぉ!?」大臣は突然の話に、この額に仰天した。1000万ゼルは一個人においそれと渡せる額ではなかった。

「ラ、ラスティー様……シン様とどんな約束をされたのかは知りませんし、恩を忘れるわけではありませんが、1000万とはあまりに……」

「なぁに、別にこの国の金庫から大金を無心するわけじゃないさ。これは、俺達の傭兵団への投資だと思ってくれ」

「投資?」大臣が首を傾げると、ムンバス王が口を開く。

「これから、ブリザルドの置き土産である策が発動し、この大陸は未曽有の大戦がはじまろうとしているんだ。そこで、我が国が先々代の頃からの役割を果たし、獅子王の国たるところを魅せるんだ! そのための、軍資金だ」

「軍資金、ですか……」大臣は細い目でラスティーの表情を窺った。

「で、ラスティーさん。我が軍の動かし方は?」

「この前、話した時と変わりなく動かしてくれ」

「軍を動かす?! 今はマーナミーナとの戦争準備の為、まだ90万以上の兵が各拠点、砦に詰めております! 簡単に動かすとか言わないで下さい!!」大臣が怒鳴り声を上げると、ムンバス王は彼を宥めた。

「今の所、動かす必要はない。今のまま、マーナミーナに睨みを効かせる意味でもこのままでいい」

「おう。バルカニアとボルコニアの戦いの風向きが変わったら、知らせるぜ」

「一体、何を考えておられるので?」大臣は話に追いつけず、首を傾げた。

「魔王討伐への大事な一歩だ」

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