65.ファイナル・アタック! ~勝利の爪~
ラスティーの号令と共に、アリシアはウィンガズの隊から借りたシールドの上に乗んでしゃがみ込む。
「OK!」親指を立てると、ヴレイズとラスティーはそれに応え、体全身に魔力を纏わせた。
ラスティーは本日一番、魔力を練り上げて両腕に小さな竜巻を作り出す。
「よし!」目を見開き、彼はアリシアを中心に、自分が作れる最大限の竜巻を作り上げ、天へと伸ばした。ブリザルドの作り上げた竜巻の10分の1にも満たない小さな代物であったが、彼の策には十分だった。そんな物が彼女を取り囲み、高速で回転する。
「よし、アリシア……本当にいいんだな?」ヴレイズは心配そうな眼差しで彼女を見た。
「うん! さ、次の砲撃を合図にお願い!」
「わかった!」ヴレイズは天を見上げ、忌々しい賢者を睨み付ける。相手は周囲に真空波の防御壁を展開し、ウィンガズ隊の砲撃を全て正確に刻み落としていた。余裕の笑みを覗かせ、頭上の圧縮空気波を更に大きく育てる。
「信じてるよ!」アリシアは右手のクローに込めた水魔法に目をやり、自信をもって頷く。
そんな彼らの周囲に展開する東西の砲撃隊は次弾装填し、風速計算して狙いを定める。
「準備できました!」
「いつでもいいです!」
「ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
隊長の掛け声が轟き、大砲が火を噴く。
「よし、いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「いくぞぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ヴレイズは燃やす物を選ぶ炎でアリシアの乗ったシールドの下に爆炎を作り、炸裂させる。衝撃と共に彼女は竜巻のバレルから打ち出され、ブリザルドがけて飛び出した。
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
彼女は向かい風にも負けず、瞬きもしなければ怯みもせず、憎きブリザルド目掛けてシールドを蹴って更に飛ぶ。
右腕を引き、左腕を突き出して狙いを定め、身体を傾けながら狙いを微調整する。彼女の狩人としての勘や弓使いとしてのスキルが役立ち、彼女は一発の矢となり、賢者へ吸い込まれる様に天目掛けて飛び続けた。
「無意味な事を! 貴様らの運命は決まったも同然なんだよ!!」
ブリザルドはアリシア達の策の事は露知らず、砲撃の雨あられを薙ぎ払い、大竜巻を巧みに操り、城下町を半分ほど瓦礫に変えた。
彼は余裕を装い、凡そ4万の兵を相手取り圧倒的実力差を見せているかの様だったが、実際はキャパシティーギリギリの装いだった。胸の傷はほぼ完治していたが、まだ傷の奥の方に違和感が残り、フルパワーを出し切れずにいた。
「もうすぐだ……もうすぐ傷が完治し、フルパワーを出せる……そうなれば」彼は出したことのない全力で、この国を叩き潰すつもりだった。
「ぐぬ……」
東西からの砲撃を再び叩き落とし、冷や汗を掻く。流石の彼も、連続した一斉砲撃を止める魔力はあっても、スタミナまでは追いつけていなかった。削れるスタミナは魔力で補えたが、その分を圧縮空気波の方へ回していた為、少しずつ余裕が削れていた。
だが、彼の計算ではあと20秒で傷は完治し、圧縮空気波が完成し、完全なる勝利を迎える事ができる。
「くくく……これで、これで終わりだ! ゴミど……ぬ?!」
真下から殺気を感じ取り、顔を向ける。
彼の数メートル下方には、アリシアが飛んできていた。
「なぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ??!」
「これで終わりだぁぁぁぁ!!!」
アリシアの勢いは衰えず、狙いはブリザルドの血で濡れた胸だった。
「小癪な! 真っ二つに……」右腕を掲げ、真空波を飛ばそうと構えるも、それを邪魔するように東西からの砲撃が襲い掛かる。
「ぐぬっ!!」堪らず鉄の壁の様な圧のある弾幕を切り刻み、鼻先まで近づいたアリシアを睨み付ける。
「く、くくく……」あと数瞬でアリシアの爪は届いた。だが、それよりも早くブリザルドは彼女を真っ二つに出来る程の真空波を作り出し、正確に首を斬り飛ばすことができた。
「無駄な足掻きだ!! 言っただろう? 貴様の爪は届かない!!」
ブリザルドは勝ち誇った怒り笑みで十分に魔力を練った右腕を振りかぶった。
その瞬間、彼の背中が突如、爆ぜる。
「ぐが!!」東西の守りは完ぺきだったが、一発の『何か』を許してしまい、飛んできた方向へ顔を向ける。
「当たったか?」
その小さくも怯ませるだけの威力のある火炎弾を放ったのはヴレイズだった。彼は最後の魔力を振り絞り、ラスティーの風に乗せて放ったのだった。
双眼鏡を覗いたラスティーが親指を立て、ヴレイズの右腕を叩いた。
「お見事だ!」
「いっでぇぇぇ! まだくっついてないんだぞ!!」
「痛いって事は、くっついている証拠です」
呆れ顔のエレンは上空を見上げながらも、彼らの傷の具合を診ながら呆れた様に声を出した。
「く、ぉのぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ブリザルドの集中が途切れ、右腕から真空波が消し飛ぶ。そして、次の弾幕が襲い掛かり、それを防ぐ。それと同時に彼の胸倉をアリシアがむんずと掴んだ。
「あんたの敗因は……あたし達を舐めすぎた事だぁぁぁ!!!」
アリシアはこの数か月間の想いを込め、右腕を振り抜いた。
彼女の爪は正確に賢者の腹部を貫き、狙っていた胸まで容赦なく切り上げた。
「ぐばぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
深紅の鮮血が噴き出る。返り血を浴びながら賢者を蹴り飛ばし、離脱するアリシア。
城下町を襲っていた大竜巻はこつ然と消え去り、上空の圧縮空気波は霧散する。吹き荒れる嵐もウソの様に止み、待っていた砂利が雨の様に降り注ぐ。
「や、やったのか?」騎士団長2人が声を揃える。
「アリシアさん……!」ムンバス王は両拳を握り、天を見上げていた。
「やった、のか?」目を細めるヴレイズ。
「アリシアは離脱したみたいだ」双眼鏡を覗き込みながら煙草を咥えるラスティー。
「火ぃくれ」
「さっきので魔力切れた……」
「バカな! この私が! ブリザルド・ミッドテールだぞ!! 風の賢者、風神、この大陸の支配者であり神となる男がこんな!!」
己の身体から吹き上がる血の雨を浴びながら、歯の間から絞り出す。
本日2度目の致命傷であったが、彼は生命の危機を感じてはいなかった。
なぜなら、自動的に風の回復魔法が発動し、数分で完治するからである。
そうなれば、再び全魔力を投じてグレイスタン城下町に嵐を呼び、また地獄を作り出す事ができた。
「く、地獄を先延ばししただけだ! 馬鹿共がぁ!!」
早速、彼の傷の治癒が始まる。3つに腹から胸にかけて引き裂かれていたが、みるみるうちに塞がり、血が作られる。
しかし、アリシアの一撃と共に彼の体内に侵入した『ある物』が、彼の風と接触する。
すると……。
「な! ……っ! っ? っ!!?」
塞がった筈の傷が膨らみ、血の塊と共に爆裂する。体内で噛み合わせの狂った回復魔法が暴走したのだった。
「ば、ばがな゛!! なんだ、ごればぐべばぼ」鉄臭い味が口内からあふれ出し、溺れる。
胸から次々と肉腫が膨れ上がり、内臓を圧迫。更におぞましい量の血が噴き上がる。
それでも、ブリザルドは空中浮遊魔法を解かず、よろよろと城下町から離れていった。
「……エグイな……なんか可哀想になってきた」ラスティーは双眼鏡から目を離し、身震いした。
「どうでした? 今後の勉強の為にどんな症状を引き起こしたか訊きたいんですけど?」エレンが彼に歩み寄り、双眼鏡を受け取って覗く。
「エレン……なるべくあぁいう残酷な事はやめよう……ま、今回は例外だけどな」
「逃げるみたいですけど? いいんですか?」エレンが首を傾げると、遠くから雄々しい掛け声が響き渡った。
「ヤツを追え!! 決して逃がすな!!」ムンバス王はウィンガズに命じ、反逆者捜索に当たらせた。ボーマンには民の救助や支援するように命じた。
「立派ですね、バグジーくん」エレンは微笑み、安堵の息を吐いた。
「そういえば、アリシアは?」
ヴレイズが首を傾げるながら首を回す。
「あ……」
「やっぱり、やるんじゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
高度数百メートルを真っ逆さまに落下中のアリシアは、先ほどの凛々しい表情からは考えられない泣きべそを掻いていた。
あと数秒で地面、と言う所でラスティーはため息を吐きながら指先を動かし、風を操った。その風がアリシアの落下速度を緩めた。
「えいっ」
エレンは落下地点にヒールウォーターバスを作り出し、見事にアリシアをキャッチした。
凄まじい水飛沫を上げて水の塊に突っ込む。
「大丈夫ですか?」エレンが問いかけると、アリシアは目を瞑りながら口を開いた。
「……しばらく起こさないで……やっぱここ気持ちいい……」
彼女はやりきった、満足したような蕩け顔で全身から力を抜き、あっという間に眠りについてしまった。
「あ、ずるい」
「なぁ、寝ていいなら俺らはここで寝るぞ?」
ここ数日、まともに寝る事も休むこともせず、体力を限界まで削り、満身創痍のヴレイズとラスティーが羨ましそうに眠る彼女を見ながら口を揃えた。
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