64.最後の一絞り

「うわ……はしゃいでいるなぁ~あいつ」双眼鏡を覗き込みながら呆れた様な声を漏らすラスティー。隣のヴレイズに双眼鏡を渡し、代わりに咥えた煙草に火を貰う。

「すげぇ魔力だな……いや、キャパシティーと言うべきか……無限の魔力をあんなに器用且つ豪快に使えるなんてな……」双眼鏡をアリシアに渡し、ため息を吐く。「とても敵わねぇ……」

 アリシアも遥か天空を舞うブリザルドを注意深く観察し、表情を歪める。意気消沈するヴレイズを励まそうとするも、良い言葉が浮かばずに口を結ぶ。

「アリシア、なにか見えるか?」彼女の観察眼の意見を聞こうと、煙を吐きながら問いかけるラスティー。

「……多分、付け入る隙はあると思う……あると思うんだけど……」苦そうな表情を浮かべ、双眼鏡から目を離す。

「どうやってあそこまで攻撃を届けるか、直撃させるか……あたしの矢が届いても、多分刻み落とされるだろうし……」苦悶の息を漏らしながらエレンに双眼鏡を渡す。

 エレンはそれを覗き込み、ブリザルドの胸の傷に注目した。

 先ほどまで致命傷だったそれが、今では殆ど治癒していた。傷口の周りに3色の風が回転していた。

「なるほど、3種類の風の回復魔法を巧みに噛み合わせて高速回復している様子ですね。あと数分で完治しますね……ん? どうやら、身体に呪術を施して自動発動する様に仕組んでいたみたいですね」ブリザルドの服の裏に呪文が縫い込まれているのを目撃し、納得した様に頷く。

「その自動回復は、1度きりか?」ラスティーが問うと、エレンは残念そうに首を振った。

「いいえ、何度でも発動しますね。しかも、あの回復方法は、例え首を落としても瞬時に回復します……」諦めるかのような声を漏らし、俯く。

「待て待て、じゃあ、あの野郎は……その複雑な『回復』をしながら『大竜巻を4本操り』ながら『上空を舞い』ながら『特大圧縮波』を溜めながら……なんてヤツだ」ヴレイズの表情がますます青くなる。

「更に、『真空波の防御壁』を展開しているみたいだぜ。まさに隙なし……だな」煙草の火が燃え上がり、灰が飛ぶ。

「常人越え、ならぬ超人超え……だな。アリシア、あいつの隙ってなんなんだ?」ヴレイズが問うと、アリシアは弓を構えながら答えた。

「多分、ブリザルドは己の全てを出し尽くして圧倒的にあたし達を押しつぶす気なんだと思う。その傲慢さ、が隙だと思うんだけど……撃ってみていい?」嵐が如き風速を計算し、弦を引き絞る。

「……やめておいた方がいい。変に刺激したら、チャンスが潰れるかもしれない」ラスティーはそう答えるも、吸い終わった煙草を吐き捨て、その場にしゃがみ込んで頬杖をつく。

「なぁ、ラスティー……策はあるのか?」恐る恐る問うヴレイズ。


「……今日はもう出し切ったからさ……正直、このあとは身体を治療して、飯食って寝るだけだと思っていたからさ……まさか今くるなんてなぁ……」


 ラスティーは弱音を吐きながら覇気のない表情で答えた。

「お前がそれじゃあ困るんだよ……」ヴレイズが口にするも、ラスティーはため息を吐き、力なく上空を見上げた。

 圧倒的な本気を見せる風の賢者。

 その絶望的な力を前に、ラスティーは降参ギリギリまで追い詰められていた。


「このままじゃあこの町が! いや、この国があたしやヴレイズ、ラスティーの故郷みたいになっちゃうんだよ!! それを阻止するための旅でしょ!! ここで諦めるの!!??」


 アリシアは彼の前に立ち、力の限り声を上げた。

 その声は強風ですぐにかき消されたが、ラスティー達の耳には入った。

「あぁ……わかっているさ。ここで俺たちの旅を終わらせて堪るかよ……」ラスティーはもう1本煙草を取り出したが、風で吹き飛ばされてしまう。忌々しそうに舌打ちをし、煙草ケースを投げ捨てる。

「最後の1本だった……」

「とは言っても……ぶっちゃけ、俺もラスティーも戦えるほどの体力は……」エレンの縫合魔法で付いたばかりの右腕を摩りながら零すヴレイズ。

「……悔しいですね……」エレンは双眼鏡から目を離しながら、忌々しいブリザルドを睨んだ。

「くっ……」激を飛ばしたアリシアだったが、自分でも何のアイデアも出ず、地団太を踏んでしゃがみ込んだ。

「ここで終わりなの? あたし達……」


「ムンバス王! 攻撃準備、完了しました!!」


 兵士長の合図を受けたウィンガズが王の前で踵を揃える。

「民達の避難は?」シン・ムンバスが問うと、ボーマンが踵を揃える。

「はっ! いざと言う時の逃走路は竜巻で塞がれ、それによる真空波により多数の死傷者が相次いでおります! なんとか防ごうにも、鉄の盾は切断され、風魔法でも防げず……」


「なら、怪我人は地下のある建物に逃げ込ませよ! それから、ウィンガズ殿の隊に大地使いがいたはず! その者に塹壕を掘らせ、そこへ退避させよ! 他の走れる者は城内へ誘導させよ!!」


 ムンバス王は騎士団長両名に指示を飛ばし、ラスティーの方を向いた。


「ラスティーさん! この戦いに参加できますか? もしそのつもりなら、早く指示をお願いします!! もし戦えないのなら、城内へ避難を!!」


「言ってくれるねぇ……ムンバス王、だったら俺の言うとおりに指示を頼むぜ!!」


 闘志の蘇った瞳で返事をし、ラスティーは覇気の戻った表情で上空を見上げた。



 ブリザルドは雲も掴めそうな遥か上空で、豆粒の様に小さい民と兵たちを見下しながらニヤニヤと笑っていた。

 通常、クラス4の実力者が1本作れるかどうかの大竜巻を4本、まるで人形でも操るかのように奔らせ、城下町を蹂躙していった。一塊の民を見つけると、そこへ向かわせて建物ごと粉微塵に消し飛ばし、少しずつ城へと近づけていく。

「ゴミ共が……逃げろ逃げろ! 恐怖のどん底に陥り、城へ全て逃げ込んだのと同時に、お前らの可愛い王ごと、この圧縮風圧波でまったいらにしてくれる!」

 ブリザルドの真上には、すでに半径十数メートルまで大きくなった風の玉が、周囲の風を吸い込みながら縮み、更に吸い込んでは徐々に大きさと破壊力を増していた。ブリザルドの見立てでは、あと数分で城下町から半径50キロ範囲の大地が、彼の宣言通りぺしゃんこにする程の威力になっていた。

「くくく……楽しみだ……まだまだ溜めるぞ! あの魔王はランペリアス国の半分を闇で消し飛ばしたと聞く……なら私は、この国全土を!」

 調子に乗り、必要以上の魔力を操って風圧波を大きくする。

 すると、遥か下で複数の爆発音が鳴る。

 その数瞬後、ブリザルド目掛けて砲弾が数十発向かっていた。その周りにバリスタの矢が飛び、更にその周りに頼りなく飛ぶ矢までもが彼目掛けて向かっていた。

 ブリザルドは余裕の笑みを漏らし、巨人の一撃が如き真空波の防御壁でそれら全てを薙ぎ払った。

「ふん、ささやかな抵抗だな」

 この砲撃を合図に、ブリザルド目掛けてあらゆる遠距離兵器の弾が西から東から飛んだが、これら全てを刻み落とす。

 風の賢者には、例えオーバーキルの雨あられでも、彼にとってはそよ風程度に過ぎなかった。

「何をやっても無駄よ!!」



 ブリザルドの遥か下では、大嵐と竜巻の地獄の中でグレイスタンの兵たちが必死になって大砲とバリスタの弾を込め、弓を引き、隊長たちの息の合った号令のもと矢継ぎ早に放たれていた。

 上空からは刻み落とされた弾と矢の残骸が雨の様に落ち、城下の建物や避難民に襲い掛かっていた。

「幾ら撃っても、我が方の被害は甚大! 撃ち続けますか?」

「砲弾などの弾薬は籠城戦用に十分ですが……あの調子では……」

「とにかく撃ち続けろ! それが兵士長からの、騎士団長の、そして王の命令だ!!!」

 西と東の城塞で怒号が鳴り響き、合図と共に砲撃される。

 それを見ながら、ラスティー達はあえて強風の激しい城下町の中心へと移動し、準備を進めていた。

「ラスティー、正直お前の今回の策は……無茶を通り越していると思うぞ」ヴレイズは呆れ顔で座り込み、炎の防御壁を回りに展開し、強風乗って襲い来る瓦礫から皆を守る。

「俺もそう思う。だが、これしか思いつかないんだ……」ラスティーは珍しく両腕に真空波を纏い、魔力を練っていた。

「私は反対したいんですけど……アリシアさんは、止めても無駄ですよね?」腕を組み、苦笑いを浮かべるエレン。

「もちろん! あたしはイケると思うよ、ラスティーの策。でも、あたしの爪が決まり手になるかな?」砕かれた爪に魔力を流し込み、新しい爪を生やす。アリシアのクローは、何度折れても、魔力さえ流し込めばより強靭な爪が生えてくる、驚異のクローだった。

「折れない、と信じるけど……首を飛ばしても回復するかもしれないんでしょ? じゃあ、どこを狙えばいいのかな? ……と言うか、狙えるかな?」自信を無くしたのか、少し表情を暗くするアリシア。


「そこは私にお任せあれ!!」


 エレンがアリシアの隣に立ち、彼女のクローを優しく撫でる。すると、エレンの水魔法が爪を覆い、怪しく光った。

「まさか、毒?」

「いいえ、私の自慢の回復魔法です」

「回復? なんで?!」爪の水魔法を注意深く見ながら首を傾げる。

「いいですか? あいつの回復魔法は強力ですが、かなり繊細かつ危険な代物なんです。何せ3種類の回復魔法を同時に練り合わせているんですから。そこへ、私が発見した相性の悪い水の回復魔法が入り込んだら、どうなると思います?」

「……どうなるの?」

「私の推測だと、回復魔法同士が喧嘩して暴走し、体内から弾け飛びます……こればかりは回復魔法では治りません! つまり、その爪をあいつに突き立てれば!」

「相変わらず、おっそろしい先生だな」ヴレイズはぼやきながら、邪悪な笑みを張り付けたエレンを震えた瞳で見た。

「敵は容赦しません! でしょ?」

「……武器に毒を塗るのは主義に反するんだけど、回復魔法ならいいか」複雑な表情でアリシアはラスティーの隣に立ち、準備を完了させたことを伝える。

「アリシア、俺の鞄の中から『無属性爆弾』を取り出してくれ」それはワルベルトから貰った、驚異の威力を持つ爆弾だった。

「これ?」

「あぁ……もし、仕損じたら……そいつを使ってくれ。爆破範囲には注意してくれよ?」

「……なるべく使わないように努力するよ」忌々しそうに爆弾を睨み、懐に仕舞う。

「よし! みんな、いくぞ!! 歯ぁくいしばれよぉ!!!」

 ラスティーの咆哮に合わせ、皆が吠える。

 そして、突貫で練られたラスティーの策が発動する。

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