63.賢者の怒り

「ば、バカな!! そんな馬鹿な事がぁぁぁぁぁ!!」血反吐を吐きながらブリザルドが目を剥く。窓の外では、王代理の告白を耳にした数万の兵と民の怒号、そして帰ってきた王となるべき男を讃える歓喜の声が入り混じっていた。

「正直、笑いを堪えながら演技をするのが大変だったぜ……あんたの『強さ』だけは嫌と言うほど味わったがな」傷を押さえ、痛みを堪えながら勝ち誇った笑みを浮かべるラスティー。

「流石ラスティー! 信じていたよ!!」鼻血を拭いながら親指を立てるアリシア。

「さぁ魔王の手先ブリザルド! 覚悟をしてもらうぞ!!」剣を構え直し、目を一層に鋭くさせるバグジーこと、シン・ムンバス。


「……え? どういう、ことだ……?」


 この逆転劇に一番追いつけないヴレイズは、床に転がりながら首を傾げ、頭上にハテナマークを無数に浮かべていた。

 その様子をみたアリシアは、重そうに立ち上がり、彼に歩み寄った。

「ヴレイズ、大丈……って、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ヴレイズぅ!! 腕と脚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 彼の無残な傷を目にして仰天し、手足の先を見て再び叫ぶ。

「いや、それよりラスティー……策は? え? 失敗したんじゃないのか……?」

「その話は後だ! さ、ムンバス王、決めちまえ!!」ズタボロのヴレイズを尻目に、ラスティーはムンバス王の背中に追い風を吹かせた。


「勝利の追い風は、我にあり!! 覚悟!!!」


「調子に乗るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 剣を振り上げた王に対し、ブリザルドは鬼の様な形相で腕に魔力を込めて風圧波を放った。だが、その魔法は賢者とは思えないほど頼りないモノであり、速度もなくあっさりと避けられる。

「くそ……これでは、ぐぶぅ!!」無様に転がって退き、王を睨み付ける。傷は背から胸にかけて貫通し、夥しい出血をしているため、事切れるのは時間の問題だった。

 力が抜ける様に膝を折り、激しく吐血して目をでんぐり返す。

「急所を狙ったが、どうやら正確に貫けた様だな。トドメは不要か? いや、最後の情けだ……これ以上苦しみたくなければ、首を垂れろ!」王は威厳ある声を放ち、座り込むブリザルドの真横に立った。

「ぐ……こんな……こんな所で……」思うように魔力を練れず歯を剥きだし、怒りを露わに呻く。

「終わりだな……例え賢者でも、追い詰められれば呆気ないもんだ」安心した様に一息吐き、懐から血塗れの煙草を取り出して咥える。

「ヴレイズ、火ぃくれないか?」


「だから! 説明してくれよ!! どういう事なんだ?!!」


 体中から響く激痛を忘れ、煮立ったヴレイズが苦しそうに吠えた。

「まぁまぁ、お前演技力なさそうだから、あえて伝えなかったんだ。すまん!」

「演技力って……」

 意気消沈して頭を床に打つヴレイズ。この姿を見て安心して笑うアリシア、安堵するムンバス王。勝利の決まった空気が漂う中、失脚した元王代理の身体がプルプルと震えていた。


「貴様らぁぁぁぁ!! もう許さん!! この国ごと全てゴミにしてやる!!」


 怒髪天にきたブリザルドは、隙を見てこっそりと練った魔力を最大限に使い、宙に浮きあがり窓から飛び出してどこかへ飛び去ってしまう。

「な! まだあんな体力が?!」虚を突かれ、窓の外へ身を乗り出すムンバス王。ブリザルドはすでにそこにはおらず、代わりに数万の声援が彼を叩いた。

「お……う……凄いな……」

 子供の頃、父親の隣でこの声援を何度か浴びた事があったが、1人で浴びるのは初めてだった。この数万の期待に応える自信、声援を受け止める自信が自らにあるか自問自答し、何かを決めた様な表情で手を挙げる。

 さらに声援は強くなり、シン・ムンバスを迎え入れた。

「ヴレイズさん……貴方も隣に立ちませんか?」首を動かさずに問う。

「いや、遠慮しておく。遠い将来の為にとっておくよ。ま、気持ちだけ、な」王として立った彼の姿を見て、嬉しそうにラスティーは煙を吐いた。



 声援から数分後、王の間にボーマン、ウィンガズ騎士団長とエレンが姿を見せる。

「ムンバス王……」王を目の前にし、目を伏せて跪くウィンガズ。そして目に涙を溜め、彼に倣って跪き、深々と首を垂れるボーマン。

「ご、ご立派になられましたな……」

「とある武器商人と出会い、世界中を旅してきた。皆の期待に応えられる男になっているかは少し、自信が無いが……全力で勤しむつもりだ!」

「はっ! 我々も一層に尽力いたしましょう!!」ウィンガズとボーマンは口を揃えた。


「皆さん、無事でしたか!? あぁ~~~! アリシアさん! 鼻血が出ていますよ!!」


ハンカチ片手にエレンが心底心配していたアリシアに駆け寄り、彼女の鼻から僅かに垂れた血を拭った。

「お~い……こっちに手足が取れちゃった人がいるんですけど?」色々な事に呆れたヴレイズが己の手先を持って声を上げた。アリシアの治療を受け、僅かに体力を取り戻した彼は、少し余裕を取り戻していた。

「そんな大げさな……はいはい、早く治療しましょうね~って、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ヴ、ヴ、ヴレイズさん!!! 手! 脚! うわぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!」アリシアよりも取り乱したエレンは、大声を上げながら走り寄る。

「あんたがそれで大丈夫かよ……」苦笑しながらもエレンに斬り取られた手足を渡す。彼女はその具合と切り口を診て何か納得する様に頷いた。

「……なるほど、血管だけを焼いて止血したんですね? 筋肉に骨、神経は焼けてませんし、凄く切れ味のいいモノで斬られてますから、治るのは早いですよ?」

「都合のいい炎ってヤツだよ」鼻で笑い、他の傷を彼女に見せる。

 そんな彼らを見て安心しながら煙草を吹かすラスティーにアリシアが恐る恐る歩み寄った。

「あのさ、ブリザルドは大丈夫なの? すんごく物騒な事を言って飛んでいったけど?」

「あの傷じゃあ、今日中に何かをやろうなんてのは無理な話だろ? それに、さっきのあいつの演説内容はすでに、ウィンガズ殿の優秀な伝令たちが聖地ククリスに届けに向かっている。これであいつは王代理の座からも、賢者の座からも失脚だ。この大陸では下手な事はもうできないだろ? きっと、魔王の元へ泣つきにいったんだろうぜ」

「そうならいいんだけどね……」

「それはそうとラスティー!! 俺が聞いてない策を説明してくれないか?!」エレンの治療を受けながらヴレイズが再び吠える。エレンが暴れないように水魔法で拘束するも、噛みつくのを止めなかった。

「うるせぇな~それよりエレン、そっちが終わったら俺の傷も頼むぜ! 体ン中に異物が入っているみたいで気持ち悪ぃ」余裕を装う彼であったが、肋骨は粉々に砕かれ、内臓は損傷してとても煙草を吸える体調ではなかった。

「はいはい! 安静にして待ってて下さいね~」

「ラスティぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「へいへい。まずお前、いや俺たちは囮だと言う事は説明したよな? 実は策自体が囮だったんだよ。俺が『風の伝令』でヤツの話を引き出して城下町へ流すってのも、ウィンガズ殿の1万の兵を差し向けるってのもな」

「……お、ぉう……そうだよな……でも、なんか上手くいったよな? まるで作戦が問題なかったみたいによ?」

「そう、囮の裏の新の作戦ってのはプランA、つまりさっき言った策を囮にしてプランBを成功させるってもんだ。何故こんな事をしたのかと言えば、ブリザルドを調子こかせるためだ」

「調子こかせる?」

「俺たちが勝つには、あいつが余裕ぶっこいて調子に乗り、さらに上機嫌で俺たちを虫けら扱いさせ……つまり油断と油断の間を突くしかないわけだ。その為に、プランAをワザと見破らせ、更に俺達2人で決死の接待をし、さらにダメ押しの浅はかな一撃……つまりアリシアを奥の手にしての攻撃をもワザと見破らせて勝ち得た一撃だった」

「……なるほど……でもさ、城下にあいつの演説が伝わったよな? それはどうやったんだよ?!」

「それも囮を使った。風の共鳴器を使うふりをし、さらにワザと破壊させて万策尽きた様に見せかけたんだ。本命は城に潜伏させたウィンガズ殿の風部隊だ。ウィンガズ殿は優秀な風使いを従えているからな。本当に助かったぜ」

「はぁ……でも、策が荒すぎないか? いくらなんでも相手は経験豊富な賢者だぜ?! 話を聞く限りでは上手くいったけど、都合よすぎっていうか……」

「おぅ、俺もそう思う」ラスティーは彼の言葉に深く頷き、煙を鼻から吐き出した。

「じゃあなんで?! 上手くいかなかったら俺たちも……みんな犬死だったじゃないか!」

「……俺がこの策がいける、と思ったのは……アリシアが命がけで持ち帰ってくれた情報のお陰だ」

「え? あたし?」意外そうに己を指さす。

「覚えてないか? アリシアはブリザルドと一戦交えた感想としてこう言ったぜ? 『あいつはきっと、自分より強い実力者と戦ったことがない』ってな。この情報がなかったら、この策は……っていうかお手上げだった。どんな策も通用しないだろうな」

「自分より上手の、か……」ヴレイズは納得した様に口にし、頷いた。

「それに、ヴレイズが修行してクラス4に届くほどに強くなったってのもデカいな。このおかげで賢者を相手に接待できたんだからな」

「完全に舐められていたけど、な」

「そして、エレンだ。彼女がいなきゃ、ウィンガズ殿とコンタクトできなかっただろうな」

「その件は俺のおかげでもあるぞ~」ヴレイズは自慢げに主張し、鼻息を荒くした。

「ヴレイズさんは否定的な感じだったでしょ~が!」エレンは回復魔法の魔力を強めた。

「いでぇ!!」

「つまり、だ。今回の勝利は……本当に……」ラスティーは照れながら鼻の下を擦り、胸を張った。

 だが、そんな彼の前にシン・ムンバスが立ち、深々と首を垂れた。


「皆さん! 本当にありがとうございます!! みなさんのおかげで私はっっっ!!!」


 涙目を必死で堪え、跪こうとするもラスティーが止める。

「あんたは気安く跪ける身分じゃないハズだぜ、王様」

「この王様が、あの着ぐるみの中の人? ハンサムですねぇ~」エレンがうっとりと見惚れる。

「あたし、王様なんて初めてみたよぉ~」

「俺も……なんか高貴なオーラに包まれてるなぁ~」

「オッホンっ!! 俺も一応王子様なんですけど?!」ラスティーもといジェイソン・ランペリアスがワザとらしく大きな咳ばらいをする。

「このお礼は後ほど……とにかく、皆さまありがとうございます! 客室に案内するので、そこでゆっくりしてください!」

「ムンバス王! その仕事はぜひ私にお任せを!」ウィンガズが前に出る。

「私に案内させてくれ……久々の、我が家なんだ」ムンバス王はニコリと笑い、王の間の大扉を開いた。

 それと同時に、城下の方で耳を乱暴に殴るような轟音が複数響き渡った。地が揺れ動き、窓ガラスが割れて強風が城内に吹き荒れる。

「な、何事だ!!」ボーマンが声を上げると、外の様子を見た兵が顔を真っ青にした。


「た、竜巻です!! 巨大な竜巻が城の東、西、う……北に南に現れましたぁぁぁぁ!!」


「竜巻だと? まさか、ブリザルド?!!」

「嫌な予感したんだよなぁ……」予想が当たったのか、アリシアはうんざりしたような顔で項垂れた。



 城の外へ出ると、そこには風による地獄が広がっていた。東西南北からは巨大な竜巻が商店や家を粉々に砕きながら城へと向かい、町中を嵐のような強風が吹き荒れ、砂埃が弾丸の様に民に襲い掛かっていた。

「うわぁ……まさか、突如の天災とかじゃないよな?」片足でひょこひょこと歩きながらヴレイズが表情を強張らせる。

「こんなタイミングでか? ってか早すぎだろ? 勘弁してくれよ!」頭を掻きながら次にどう行動すべきか思案するラスティー。

「直ちにあの逆賊を探し出せ! こんな真似ができるんだ、きっと近くだ!」ムンバス王が指示を飛ばすと、騎士団長2名他4万の兵たちが声を上げる。団長命令から兵士長、隊長と命令が下り、兵士たちが各々の役割へと飛んでいく。

「ラスティーさん、どうします?」心配を胸にエレンが問う。

「……どうしようか? まずヤツの居場所が……」


「……いた」


 アリシアの狩人の勘が働き、と言うよりブリザルドの性格を知る彼女だからこそ直ぐにヤツの居場所を当てた。

 ラスティーも彼女の声を聞いて勘付き、アリシアの目線の方へ顔を上げる。

「……マジか……」

 彼の目の先、上空数百メートルの位置で、ブリザルドは滞空していた。

「あいつなら……一番の特等席であたしたちが慌てふためく姿をみたいでしょうからねぇ……」アリシアはそう言いながら弓の用意を始めた。

「本当に嫌な奴だ……」


「ふはははははぁぁぁぁはっはぁぁ!! 逃げろ逃げろゴミ共ぉぉぉぉ!! さっきの礼だ! 声援を絶叫に変え、我が絶頂と共に全てをチリへと変えてやるわぁぁぁぁ!!」


 ブリザルドは邪悪な笑みと共に両手を掲げ、己のさらに上で強大な圧縮空気波の準備を始めていた。

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