54.アリシア救出作戦 後編

 相変わらず暗く湿っぽい部屋。

 そこでアリシアは宙吊りにされ、脂汗を掻いていた。目をカッと開いて瞳孔を揺らし、鼻息を荒くし、時折、首をぶんぶんと振る。

 その正面でローズは椅子に座り、アリシアの様子をじっと見ていた。

「……それにしてもタフな子ね……この自白剤も効かない、か」と、茶色い小瓶を後方へ投げ捨て立ち上がる。

 アリシアの視界は全てがグニャグニャに曲がり、その中で仲間達、ヴレイズ、ラスティー、エレンがテーブルを囲んで会話を楽しんでいた。内容は理解できないが、時折その中のひとりがアリシアの名を呼びかけニコリと笑う。

「あ……う……」その笑顔に答えたくて仲間たちの名を叫びそうになるが、その度に首が千切れんばかりに振り、強引に頭を現実に引き戻した。

「……しょうがない。これ以上、時間は無駄に出来ないし……」ローズは業を煮やし、彼女の眼前まで近づいて髪をむんずと掴み引き寄せる。

「……タイムオーバーよ。あんたの勝ち。正直参ったよ、おめでとう」

「え……あ……」答える気力もなければ、目の前の女性が誰かすら理解できていなかった。


「……だから、無理やりあんたの頭から情報を引き摺りだす事に決めたわ。悪く思わないでね」


「……え?」



「まさか本当に50人も連れてくるとは……こんなに必要なのか?」乗り慣れない馬に跨ったヴレイズが不安そうな声を漏らす。

「これでも少ないくらいらしいですけど、まぁ私たちからすれば頼もしいですね」同じく乗馬は不慣れなエレンが手綱を握りしめながら答える。

 彼らの背後には、ウィンガズより借りた50人もの兵が隊列を乱さずに行進していた。

 その中のひとりがエレンの隣に馬を付ける。

「あ、あの……あなたがあのサンゾン病を根絶した英雄ですか?」サンゾン病とは、例の病原菌の呼び名であるが……。

「おい、だれがサンゾン病だ! ジェソンタ炭鉱の方が先だからジェソンタ病だろうが!」

「その話はサンゾン・ジェソンタ病で落ち着いたのでは?」

「もう解決したんだかたいいだろ? 名前なんて……」

 頼もしく見えた50人もの物言わぬ兵士たちから、次々に私語が沸き上がり、列が乱れる。

「くらぁっ!! くだらん事で乱れるなバカ者!」隊長が一喝すると、一気に私語か消し飛ぶ。

「すげぇ迫力だな……」ヴレイズが冷や汗を掻くと、エレンが彼の隣につく。

「昨日のヴレイズさんの方がすごかったですよ?」

「そうか……?」

 そんな彼らは真っ直ぐ、ジェソンタ炭鉱へ向かっていた。アリシアが消えた崖から東に数キロ近くの炭鉱であり、今の今迄、何者も近づかない死の炭鉱だった。

 もう一方のサンゾン炭鉱へはラスティーとバグジーが向かっていた。

 バグジーの着ぐるみには、誰もが突っ込みをいれたがり口をムズムズさせていたが、兵たちの中で誰かが一人でもバグジーに声を掛けようものなら軍法会議にかける、とウィンガズが釘を刺していた。

「……やり過ぎだっつーの」ラスティーは、顔を青くしながらバグジーの背から目を背ける兵たちを見てため息を吐いた。



 その頃、某炭鉱内にて……。

「アタシが雷使いだって事は……知っているよね? 雷使いの技の中に、高等技術で……脳に流れる電気信号に電流を当てて、跳ね返ってきた電気信号を読み取って、頭の中の情報を得るって技があるんだよね……ま、残念な事にアタシはその技をまだ完全には習得していないんだけどさ……」

 ローズは楽し気に話ながらアリシアの表情を覗き込み、歯を見せる。

「でもさ、アタシは向上心が強くてね。最近勉強中でさ……あんたで実験しようと思うんだけど……いいよね?」

 ローズはアリシアの頭を両手で支え、腕に魔力を込める。

「す……す、きに、すれ、ば……」アリシアは殺気を込めて睨み返した。

「でもさ、アタシ、未熟なわけよ。加減を間違えたら、あんたの記憶……消えちゃうかもしれないんだわ。それは勘弁してよね?」更に腕に魔力が練られ、稲妻がのたくる。

 その瞬間、アリシアの身体がビクンと動き、何かを啜る様な声と共に雫が頬を走る。

「ん? どうかした?」ワザとらしく彼女の顔を覗き込む。

 アリシアは、ここにきて初めて涙を流し、泣いていた。


「やだ……やだよ……そんなの……」


「なに? ここにきて『いやだ』って? そう……記憶を消されるのが嫌って事ね? ……それが嫌なら、洗いざらい話しなさい!!」

「ぐっ……」顔を涙と鼻水でグシャグシャに濡らし、首を振る。

「我儘な子……まぁ全部消える事はないわよ。少しずつ少しずつ、水が零れていくように……ふふっ」

「や、やめて……」虫の鳴くような声を出し、懇願するアリシア。

 ローズは聞く耳持たず、腕に込めた稲妻をコントロールし、アリシアの頭にどう打ち込んだら記憶が取り出せるか計算する。

 すると、遠くから何か気配を感じ取り、その方へ首を向ける。

「……? ここには誰も来ないハズなんだけど……一体……」ローズは耳を澄ませ、何が近づいて来るのか探る。靴音の数を耳にし、ニヤリと笑う。

「2人か……まさかコイツの仲間? そんなワケないか……でも、2人なら誰であろうと始末できるわ……ん?」

 2人の気配の向こう側に無数の軍靴の音を耳にし、表情を引き攣らせる。2人の不法侵入者なら難なく対処できる自信があるが、およそ数十人の兵隊なら話は別であった。いくらローズでも、己の強さと相手の戦力を見誤る事は無かった。

「そんな馬鹿な! こんな所に兵隊? まさかブリザルド! いや、冷静に考えてこんな事って……とにかく、逃げなきゃ!」辺りを見回し、自分に繋がる手がかりになりうる物を手にし、後方に用意された非常口へ首を向ける。

 その前に、アリシアに一瞥をくれる。


「……運がよかったね……覚えていな!!」


 一言だけ発し、ローズは稲妻と共に姿を消した。

 それと同時にドアが蹴破られ、外からヴレイズが炎と共に現れる。背後に付いたエレンが顔を出そうとすると、後方にいた兵たちが前に出て危険がないか確認する。

「異常なし」

「異常はない」

「奥に非常口発見! 靴跡は新しいです! 後を追いますか?」

「追え! 決して逃がすな!」隊長の声と共に数人が非常口を潜って足跡を追う。


「アリシア!! アリシア!! 大丈夫か!!」


 ヴレイズはアリシアを固定していた鎖を焼き切り、優しく彼女を抱きかかえて地面に横たえた。

 彼女には傷ひとつ付いてはいなかったが、頬は痩せこけて血みどろに汚れ、誰がどう見ても無事ではなかった。

「アリシア! 頼む! 返事をしてくれ!!」必死に呼びかけるヴレイズ。それをエレンは落ち着かせ、すぐにアリシアの隣に座る。

「久しぶりですね、アリシアさん。少し診せてくださいね」額に手を当て、彼女の身体を水で探る。エレンは安堵の笑顔で彼女を診断したが、すぐに表情を曇らせ、瞳に涙を溜める。

「そ、そんな……酷い……こんな事って……」

「おい、どうしたんだ? アリシアには傷は……」

「生命力が……枯渇しています! これは……どうやってこんな事を? もう少し探って……きゃあ!!」アリシアの頭の中を探ったエレンは突如、悲鳴を上げて手を押さえる。

「なにが?!」

「……アリシアさん……こんな事って……『命を削るヒールウォーター』で……と、とにかく治療をしなきゃ!! このままじゃ衰弱死します!!」

 エレンは早速、魔力を練ってヒールウォーターを作り出して水の布団を作り出す。

 それに気付いたアリシアは怯えた目で身を捩り、悲鳴を上げた。

「も、もう回復はいやだ……いやだよぉ!!」ヴレイズ達に気付いていないのか、また泣きべそを掻き、手を振り乱す。

「アリシア、俺だ! わからないのか?!」

「錯乱しています! ここは私が」手に纏った精神安定の水で彼女の額に付けようとする。だが、混乱したアリシアはそれを振り払い、頭を押さえてガクガクと震える。

「アリシアさん……」


「……俺がやろう……」


 ヴレイズは身体から炎を滲みだし、それでアリシアの全身を優しく包み込む。

「俺だ、気付いてくれ……」

 この光景を見て周りの兵が騒めく。

「これが噂の……」

「初めて見た……これで病を」

「凄い、これが『都合のいい炎』って奴か……」

「『燃やすものを選ぶ炎』だ!! 少しだまってろ!!」

 しばらく炎に包まれたアリシアは、最初は怯えて泣いていたが、やがて涙が止まり恐怖で歪んだ表情が溶け、穏やかな顔になる。

「……ヴ、ヴレイズなの? あ、あたし……死んだの……?」

「ひでぇな! 俺は死んでねぇよ! 俺もアリシアも生きているよ!!」

「……よかった」

「あぁ、本当によかった……」


「よかった……ヴレイズが生きてた……生きてた」


 アリシアはまた泣き出し、そのまま意識を失ってしまう。

「……アリシア……」

「大丈夫です。安心して気を失っただけですよ」エレンも涙を浮かべたが、すぐに拭き取り、兵士に頼んで担架を持ってきてもらう。その間にヒールウォーターを練ってアリシアに飲ませた。


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