55.カウンターパンチ用意!

 その頃、サンゾン炭鉱に来たラスティー達は、慎重に炭鉱内を探索していた。見た目や中を調べた様子は、何の変哲もない炭鉱であり、ただ『立ち入り禁止』の札と板で塞がれていただけだった。

「こっちはフェイクか? いや待てよ……」ラスティーは煙草に火を点け、煙の様子を見る。すると、近場の岩壁に隙間を見つけ、そこから風が煙と共に吸い込まれていた。

「見つけたぞ」ラスティーが声を上げると、近くの兵たちが集まり、奥からバグジーが歩み寄る。

 早速バグジーが岩壁を探り、取っ手のような物を見つけ引っ張ろうと力を込める。

 それをラスティーが止め、風で壁の向こうを探る。

「……罠っぽい物が仕掛けられているな……誰か、この隠し扉を吹き飛ばせる人はいないか?」ラスティーが挙手を仰ぐと、兵の中から2人名乗りを上げる。

「俺の炎と」

「私の風にお任せを」

 2人の兵が前に出て互いの腕に魔力を込める。その間に周りの者達は各々の魔法で炭鉱が衝撃で崩れないように補強する。

 しばらくして可燃性風魔法に爆炎が着火し、凄まじい轟音を上げて隠し扉が粉々に吹き飛ぶ。罠と思しき棘や金具が飛び散り、風使いが防ぐ。

「朝飯前です」2人が声を揃えて敬礼する。

「ありがとう」と、ラスティーが言う前に、煙立ち上る隠し扉の向こう側へ兵たちが雪崩れ込み、他に罠がないかをチェックする。

「問題ありません」

「オーケー」

「誰もいません」

 段取りの良い動きに感心するように口笛を吹きながらラスティーとバグジーは隠し部屋の中へ足を踏み入れる。

「さ、手の込んだ隠し部屋だ。何か重要なブツがあるはずだ。虱潰しに頼むぜ!」

「はっ!!」頼もしい掛け声と共に、行動を開始する。

 隠し部屋の中は本棚で敷き詰められ、奥は何かの実験道具の様な器具が並び、さらに高級そうな彫刻が掘られた机が一卓、置かれていた。

「本は東西南北の魔導書や医学書……開いてみても仕掛けは無いな。本棚の裏にも部屋が隠れているかもしれない。スイッチとか探してみてくれ。だが、罠の可能性もあるから注意深くな!」ラスティーは周りに声を掛けながら分厚い本を選んでは、何か挟まっていないか注意深く探す。

 バグジーは実験道具に手を触れ、首を傾げていた。

「なぁ、あの着ぐるみさぁ……なんなんだ?」

「さぁ? 隊長はあの着ぐるみには一切触れるなと言っていたが……中身が気になるな」

「だよな……よし! 俺があの被り物を……」

 手持無沙汰の兵たちがバグジーの背後へ忍び寄り、被り物に手を掛けようとする。すると、それを目にした隊長が慌てて彼らを蹴り飛ばし、組み伏せる。

「このバカ者がぁ!! 一切触れるなと言った筈だぞ! バグジー殿の中身を知ったらなぁ……知ったらなぁ!!」隊長は険しい顔、態度とは裏腹に顔色を真っ青にする。

「知ったら、どうなるんです?」

「私が責任を負って、処刑されるのだ……と、ウィンガス騎士団長殿が……」

「し、失礼しましたぁ!!!!」

 兵たちは慌てて隊長とバグジーに頭を下げ、出入り口付近で見張りを始めた。

 ラスティーは本棚をひっくり返し終わり、何も目につく物が無くため息を吐いた。

「ブリザルドの私室って所か? 俺でも読解できない書物まで出てきてビックリしたが、今回の策に役に立ちそうな物はあまりない、かな? ま、面白そうな本は持って帰ろうかな? この医学書はエレンが喜びそうだ」と、本を吟味し始めると、机を調べていた兵が突然、悲鳴を上げ始めた。

「おい、どうした!! 何があった?!」


「よ、よくも……よくもここに入ったな!! み、皆殺しだ!!」


 悲鳴を上げた兵は瞳を真っ赤に染め、手にした手紙の束に油をかけ、蝋燭の火で焼き始める。そして身に付けた鎧を脱ぎ捨てる。すると上半身の筋肉がボコボコと膨れ上がり、まるで野獣の様な変貌を遂げる、

「これは一体!?」目にする者皆、狼狽し表情を強張らせる。

 変異した兵は咆哮し、炭鉱中に鳴り響かせる。目の前の同僚をむんずと掴み、胴を引き千切る。

「なんだこれは! 何があったぁぁぁぁ!!」

「ば、化け物!? え?」

「こいつ、机の引き出しに入っていた手紙を読んだとたん急に……」

 事態に付いてこれない兵たちが動揺する中、隊長が手を化け物に向ける。


「目の前の危機を排除せよ!!」


 この言葉にスイッチが入ったのか、回りの兵卒たちは各々手に持った武器を構えた。

 だが、化け物はそれにひるまず腕を振り回し、次々と薙ぎ倒していく。

「手紙を読んで? 一体何がどうなっているんだ?」流石のラスティーもこの事態は初めてであり、混乱していた。

 そんな中、バグジーは化け物の背後を取り、手に持った剣を冷静に振り抜いた。

 あっさりと首が撥ねられ、部屋中に鮮血が降り注ぐ。バグジーは手慣れた様に首の無くなった化け物に背を向け、剣を仕舞って作業に戻った。

「あの化け物は……いや、あの着ぐるみは一体?」

 急の出来事に兵たちはさらに混乱し、安心していいのか身構えるべきか迷っていた。その中でラスティーはバグジーに歩み寄り、耳元で囁く。

「なんか慣れている様子だが、アレはなんだ?」

「北の大地をワルベルトさんと旅した時に目にしました。いわゆる呪術トラップです。一見、ただの文章なんですが、その中に呪術が練り込まれていて、無意識下に刷り込まれて、発動したら……今回は獣人化だったようですね。色々なタイプがあるのですが、不用意に読んでしまうと……」

「あんな目に遭うのか……覚えておこう……」冷や汗を拭い、唾を飲み込む。

「でも、こんなトラップを仕掛けられるのは高等技術を持つ魔術師だけです。つまり、この部屋の主はブリザルドで間違いないかと……」

「そうだな……っと、皆! 不用意にここにある手紙や書物に目は通すな!」

「りょ、了解です!!」



 夜が更ける頃、宿に戻ってくるラスティーとバグジー。兵を数名と隊長2名を隣の部屋に待機させ、自分達の部屋に戻ると、すでにヴレイズ達が戻ってきていた。

「おぅ! 戻ったぜ。アリシアは見つけたか? 無事か?!」ラスティーが問うと、エレンが口の前に指を置く。

「……洗面所にヒールウォーター・バスを作って、そこで治療中です。予想以上の重症なので、起こさないで下さい」

「そうか……まぁ、生きていてよかった……ヴレイズは?」

「いてもたってもいられないのでしょう。私のヒールウォーターと相性のいい薬草を買いに行きました」本を閉じ、立ち上がるエレン。ラスティーの鼻先に近づくと、少し目を尖らせる。

「いいですか? アリシアさんはきっと、重要な情報を掴んでいるのでしょう。ですが、それを聞き出すのは少なくとも一週間後です! 彼女の疲労状態は最悪です。これを見て下さい」と、エレンは鞄から空の瓶を取り出し、ラスティーに手渡した。

「これは?」瓶に付いたラベルに書かれた細かい文字を読みながら目を細める。

「北の高名な魔法医『ホワイティ―・バールマン』特製のヒールウォーターです。書かれている通り、これを使えばどんな傷でも、たちどころに治しますが……寿命を5年削り取ります」

「……何?」

「これが拷問部屋に沢山散らばっていました。あの量を全てアリシアさんに使ったとなると……わかりますか?」エレンは目に涙を溜め、俯く。

「……そうか……で、その削り取られた寿命は戻せるのか?」

「このヒールウォーターと対で使われる、もう一種類のヒールウォーターで削り取られた寿命を戻せるらしいですが、あの部屋にはありませんでした。それに、この魔法薬は北の大地にしか無く、1本50万ゼルと法外な値段で……」

「と、なるとその大先生も、魔王軍の手先って事か」

「そうでしょうね。こんな贅沢に使えるって事はそういう事なのでしょうね」

「……わかった……くそっ、最悪だな……なぁエレン……アリシアの頭を覗くことはできるか?」

「……今は無理です……彼女の頭の中は拷問のイメージで一杯で……私の頭が持ちません……」

「そうか……」

 2人の会話が途切れると、洗面所の扉がゆっくりと開く。中からバスタオルを巻いたアリシアが重い足取りで現れ、壁伝いにラスティーに近づく。身体が思うように動かない様子で、時折表情を歪め、息を荒げる。

「お、おいアリシア?!」

「ダメですよ、まだ起きちゃ!! 早く戻って大人しく寝てなさい!!」


「……ラ、ラスティー……じょうほう……あのクソヤローの性格とか、戦法とか、さ……忘れないうちに、ね? は、早いうちに……」


 この弱々しくも頼りになる事を口にする彼女の姿を見て、ラスティーは歯を食いしばりながらも彼女に肩を貸し、椅子に座らせる。

「……ありがとう。絶対に無駄にはしない」

「はは、縁起でもない……1度しか言わないからね?」

「あぁ……」



 同じ頃、とある荒野にキャンプを張ったローズは、たき火にあたりながらニヤニヤとほくそ笑んでいた。

「アリシア……か。全く、死ぬ気で守り切った情報をあっさりと仲間が暴露してくれるなんて……やっぱり仲間なんてロクでもないわ」と、手にした4枚の手配書を見る。

 その手配書にはアリシア、ヴレイズ、ラスティー、エレンの顔が書かれていた。東の大地のギルドに張られている物と同じ手配書だった。

 彼女はアリシアの似顔絵を世界中で潜伏している仲間に送り、それに関する情報をかき集めさせ、たった今、大量の情報をサンダースパロウが運んできたばかりだった。

 その中から拷問部屋でヴレイズが叫んだ『アリシア』という名前を頼りに情報を吟味し、この4枚の手配書を手に入れたのだった。

 さらに、この手配書の裏にはアリシア達に関するデータが細かく書かれていた。

「ふふ、アタシを甘く見ると後悔するわよ~」

 満面の笑みを浮かべ、自分の書いた手紙に手配書を添えてサンダースパロウに括り付け、稲妻を送り込む。

 サンダースパロウは雷を纏い、意気揚々とブリザルドのいる城の方へと飛び去って行った。

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