49.ピンチな4人

「なぁ、アリシアを見なかったか? 昨日の夜中から見ていないんだが……」

 煙草を咥えながらラスティーがバグジーに尋ねる。朝日が真上から彼らを照らし、バグジーは昼飯の準備を始めていた。

「そういえば見ていませんね」

「狩りに出掛けたわけでもないみたいだ……テントに彼女自慢の武器が置いてある……こんな事は初めてだな」煙草をたき火に投げ入れ、訝し気な顔で顎を摩った。

「……そういえば、昨日の昼に何か企んでいる感じの顔をしていましたね。ラスティーさんの秘密主義に対抗するように、はぐらかされましたが……」バグジーは丸っこい手を器用に使ってサンドイッチをひとつふたつと作って弁当箱に入れる。

「企む? そういや昨夜、偵察ついでにお土産を持ってくるとか意味深に笑っていたな……」目を細めながらバグジーの顔を正面から見る。

「……なんだか嫌な予感がしますね……」と、バグジーは被り物を取ってサンドイッチを一口齧った。

 ラスティーもサンドイッチを受け取って頬張る。頭の中の霧のせいで碌に味わう事も出来ず、まるで灰を食べているような気分を味わい、表情を歪める。

「アリシアは何処に行ったと思う? 多分、俺の力になる為に情報収集へ向かったんだと思うんだ。向かうとしたらどこだ?」

「そうですね……ここら辺の村や町にはもう行きましたし、おそらくあの表情は決定的な何かを手に入れようとしているのだと思います。例えば……賢者の情報とか」

「賢者の情報?! そんなもの、どこで?」

「わかりません……とにかく、彼女が心配です! 探しに行きましょう!!」バグジーは弁当箱を鞄に仕舞い、立ち上がった。

「どこへだ?! くそ、アリシアは何処へいったんだ?! 兎に角、ソボル村で情報を漁るぞ!」



 その日の夕暮れ時、グレイスタン国内の某所。

薄暗く湿気った洞窟の様な場所で、アリシアは両手首を縛られ、天井から吊るされていた。装備や服は全て剥ぎ取られ、代わりにボロ切れを着せられていた。

 体中を締め付けられるような違和感を覚え、目をゆっくりと覚まし辺りを見回す。壁にかかった松明の炎が揺らめき、少し遠くには血で濡れた机が置かれ、そこ上には武骨な形の工具の様な物がいくつも、丁寧に置かれていた。

「ん……ぐっ」身体の違和感を不気味がりながら足や腕に隠した小道具を取り出そうとするも、無くなっていると分かり舌打ちをする。


「残念だけど、全部取り上げたわよ。1回丸裸にして持ち物検査をしたから、何も残っていない筈よ」


 目の前に突然、稲光と共にローズが現れる。彼女の手には、アリシアが隠し持っていた金具やナイフが握られていた。

「捕まるのは計算の内だったのかしら?」

「……あれから何日経ったの?」

 アリシアは不思議でならなかった。本来なら即死級の重傷を負っていたが、それが完治しているのだ。エレンが治療をしたら数日はかかる程の傷だった。

「ここにきてまだ2時間程度かしら? 貴女の傷はね、これが直したのよ」と、ワザとらしく空のボトルを取り出す。

「この中に、高名な魔法医が作ったヒールウォーターが入っていたのよ。それも、潰れた頭や千切れた首が生死問わず完治させちゃうすんごいヤツよ。滅茶苦茶高いんだけど、ツテで手に入れてね。感謝してちょうだい」と、アリシアの鼻の頭をチョンと小突く。

「……ありがとう」

「でね、このヒールウォーター……すぐれ物なんだけどひとつ欠点があるのよ。聞きたい?」

上機嫌にローズは語った。それに対し、アリシアは殺気の籠った眼光で応えた。


「1本につき、使用者の寿命5年分が失われるのよ……つまり、貴女はついさっき、5年分の人生を失ったわけ……わかる?」


「っえ?」アリシアの瞳が揺れる。

「で……ここからが重要よ。今からアタシは貴方にキッツイ拷問を加えるつもり。それもとびっきりハゲしいやつをね。アタシがひとつひとつ質問をして、大人しく答えてくれれば、苦しい思いをせずにすむわ。でも、答えなかったら……ね?」

 ローズの勝ち誇った様な憎たらしい笑みがアリシアの恐怖で曇った瞳に映る。

「そして、貴女の身体が拷問に耐えきれなくなり、死ぬ寸前になったら……このボトルで回復させてあげる。貴方の寿命はまた5年縮まり、でまた拷問は続き……って繰り返していくうちに……ふふふ、わかるわね?」

 アリシアの表情は泣き出しそうに暗くなり、俯き影の中に表情を隠す。震える奥歯を噛みしめ、身体の震えを、身をよじってでも止めて見せる。


「やってみなよ……」


 歯の間から絞り出すように小さく声に出す。

「良い覚悟ね……じゃあまず質問! あなたのお名前を教えてくれるかしら? 因みにアタシの名前はローズ・シェーバーよ。さ……教えて?」

「……」アリシアは沈黙を返し、じっと睨みつけた。

「さ、楽しい楽しいショーの始まりね……」

 ローズは両腕に雷を纏わせ、アリシアのわきの下にそっと触れた。



 その頃、グレイスタン北側の砦。ここにはおよそ40万の兵が戦支度を行い、火蓋が落とされる時をいまかいまかと待ち構え、マーナミーナの方角を忌々しそうに睨んでいた。

 そんな殺気立つ砦に、2人の訪問者が尋問室で縛られていた。


「我々はただの旅行者で~す! 勘弁して下さ~い!!」


 両腕を後ろ手で縛られたエレンが涙声で部屋に木霊させる。その隣でヴレイズがうんざりしたような表情でため息を吐いた。

「いきなりとっ捕まるとは予想していなかったな……」

「なんで抵抗しなかったんですか?! いまの貴方ならあれを蹴散らすくらい!!」

「冗談じゃない! 兵隊の仲間意識はギャング以上だ! ひとりでも黒焦げにしてみろ! 10万だか100万の兵たちに死ぬまで追いかけ回されるのがオチだ!」

「だからって……でも、こちらが何を言っても聞く耳持たずに縛るなんて、なんて国かしら……」

「戦争勃発直前でピリピリしているんだ、仕方ないだろう?」

「あなたはどっちの味方よ!!」


「うるさいぞ!! 静かにしろ!!」


 彼ら2人の前で尋問官がメモ帳片手に立っていた。額に血管を浮き上がらせ、2人の顔を交互に睨む。

「何が目的で入国した!! 正直に答えろ!!」

「だから旅行ですよ……全国の特産品食べ放題ツアー中でして、団体からはぐれまして……」目を泳がせながらエレンが口走る。


「ウソを吐くな!! この国、否大陸でそんな平和なツアーができるのはバースマウンテンでだけだ!」

「ほ~ら、下手なウソは直ぐばれるんだよ」ヴレイズが呆れる様に言うと、エレンは彼を頭突いた。「イデェ!!」

「どっちの味方だどっちのぉ!! で、何を言えばいいんですか? 確かに適当なウソは吹きましたが、あなた方に害をなすために入国したわけでは……」

「ウソを吐くな嘘つきめぇ!! こうなったら指をへし折ってでも本当の事を歌わせてやろう!!」尋問官はメモ帳を机に置き、代わりに木の実割り用のペンチを取り出した。

「わわわ! ヴレイズさん、まだですか?!」

「準備オーケー!」

 ヴレイズがにやりと笑った瞬間、腕の縄を焼き切り、尋問室を炎で包んで部屋の天井に大穴を開けた。彼は『燃やすものを選ぶ炎』でエレンと尋問官を燃やさないよう器用に操り、彼女を掴んで脚から火炎を噴出させ、空へと飛び上がった。


「ヴレイズさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


「おっかないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 砦から飛び出し、数キロ先の平原に着地する。ヴレイズはエレンを庇いながら地面に転がり、炎をゆっくりと鎮火させた。

「ヴレイズさん! 成功したのは素晴らしいのですが……もっと優しくできないんですか?!!」お尻の汚れを払い落とし、軽やかに立ち上がるエレン。

「……初めてやったのに優しくもクソもあるかよ……」重たそうに腰を上げ、脇腹に痛みを覚える。

「肋骨を折ったみたいだ……」

「はいはい、これで30分」と、やっつけで彼の傷に特製ヒールウォーターを塗りつける。

「適当だなぁ……」

「さ、この先に町があるみたいですね。連中に見つからない内にとっとと入りましょう!」

 エレンに引っ張られ、顔を歪めながらヴレイズは文句をブツブツと垂れながら町の門を潜った。

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