46.ブリザルド・ミッドテール

 アリシア達がグレイスタン国境付近で頭を抱える2週間前の昼頃。

 この国の主代理を務める風の賢者、ブリザルド・ミッドテールは王専用執務室で書類に目を通していた。机には似た様な文が羅列した書類や手紙が山と積まれ、彼はそれに一枚一枚目を通し、サインを書いて封をする。

 疲れた様に目を擦っていると、ノックする音が響き、返事をする。ノックの主は大臣だった。

「失礼します。騎士団長ウィンガズがお会いしたいと申しておりますが?」

「またマーナミーナに侵攻すべきだと進言する気だろう。何度も言った筈だが、我が国は連中の挑発に乗ったりはしない……私が王代理と軍師を兼任しているから言いにくるのだろうが、いい加減にしつこいな……」一見冷たそうな顔つきをしているブリザルドだったが、暖かい感情の籠った眼差しを大臣に向け、弱ったようにため息を吐いた。

「確かに、おっしゃる通りですが……騎士たち……我が国の兵たちは皆、マーナミーナ国を潰すべきだと考えております」

 6年前、先代王ラオ・ムンバス暗殺から今日まで、マーナミーナ国は幾度となくグレイスタンに戦争を吹っ掛けてきており、幾度となく剣を交えていた。

 王妃やブリザルドは頑なにこちらからの侵略はしないと断言し、兵と国民を宥めてきていたが、もう国全体は怒り心頭の弾薬庫と化していた。

 この『侵略戦争はしない』というポリシーは先代王からの決まりであり、グレイスタンは決して自分から戦争はしない紳士的で野心のない国だった。

 だからと言って先代王は戦争が嫌いと言うわけではなかった。

 


 魔王が現れるより以前に話は遡るが、この世界は覇王によって秩序が守られていた。覇王は戦争を取り仕切り、各国の王の独断では戦争ができなくしていた。覇王にお伺いを立て、許可を得なければ国同士、勝手に争う事ができなかったのだ。もし勝手に争えば、覇王が戦争の真っただ中に現れ、両陣営を壊滅させた。

 そんな中、戦争……否闘争が好きなラオ・ムンバスの祖父は覇王に自ら謁見し、自分に西大陸の闘争を任せてくれないか、と頼んだ。

 覇王は王と腹を割って話した。『領土争いの戦争は覇王にお伺いを立てます。しかし、誇りや名誉をかけた闘争に関しては私に任せてはくれまいか?』と、首を垂れ、覇王に敬意を示した。

 覇王はこれを許し、西大陸にのみ国同士の闘争を許した。

 これにより、兵たちは思う存分、誇りと名誉をかけた戦いを愉しみ、己の望む死に場所を得る事が出来た。

 グレイスタンの王代々、この役割を担ったが、ラオ・ムンバスが暗殺され、後継ぎのシン・ムンバスまで死んだので、この大陸の火を安定させる者がいなくなってしまう。

 この役割を許されたのはムンバス家の者だけであり、さらに世界のバランスと秩序を保っていた覇王は魔王に取って代わられ、世界中は戦争し放題となったため、ムンバス家が崩壊したと同時に西大陸の闘争秩序も崩壊した。

 そしてこの国を治めるのは代理ではあるが、このブリザルド・ミッドテールである。戦争をするか否かはこの男の手によって下される。



「マーナミーナ国にやられ放題では、回りの国から弱腰と舐められ、総攻撃をされるかもしれません……と、ウィンガズ殿がおっしゃっておりました。私も同じ意見です」大臣は元気のない口ひげを弄りながら口にした。

「堪えてくれ。内政の立て直しや風土病問題など解決しなければならない事が……」

「それらは後でもどうとでもなります! 戦の準備を他の騎士団長たちは済ませ、すでに砦に兵を詰める準備まで行っております! このまま放っておけば……」

「それは許さん! 私は王代理であり、軍師である。だが、それ以前に賢者でもある! 賢者は自分から戦争をするわけにはいかないのだ! 国の知恵であり、盾でなくてはならないのだ! 堪えてくれ!」ブリザルドは大臣に向かって深々と首を垂れた。

「お、おやめください……しかし、我が国100万の兵たちは納得しないでしょうな……今一度、お考えを」大臣は王代理よりも深く首を垂れた後、執務室を後にした。

 ブリザルドは目を押さえ、弱った様にため息を吐いたが、口元はわずかに綻んでいた。



 その次の日、ブリザルドは護衛も連れずに1人で城を風魔法で飛び出し、マーナミーナ国側の国境まで向かった。

 この行動を見て、城の兵たちは騒めいていた。

「まさか、ご決断なされたか?」

「いや、月一の行事みたいなものだろう? 先代王もやっていたアレさ」

「月に一度、国境沿いにある崖から地平線を見るってやつだろ? 何の意味があるんだか」

「そうやって地形を見定め、策を練っていたって話だぜ」

「って事は、やっぱり戦争をするんじゃないか??」

 兵たちが話していると大臣が通りかかり、咳ばらいをする。兵たちは背筋をピンと伸ばし「異常ありません!」と、声を揃えた。

 


 ブリザルドは国境沿いの崖の先へ立ち、遠くを眺めた。影が差した顔の向こう側には笑顔が張り付き、次第に顔が露わになり、高らかな笑い声が響き渡った。

「順調すぎるなぁぁぁぁぁ! これでこの国は血と勝利に飢えた狂戦士となるだろう! あとは私が全国に撒いた策を順々に回収していけば……くふふふふふ」月一で彼はこの崖まで来ていたが、それは先代王を悼むためでもなければ策を考えるわけでもなく、ただ自画自賛に酔って高笑いする為だけだった。


「誰が聞いているか、わかりませんよ」


 ブリザルドの背後に何者かが現れる。金髪のロングヘアーを靡かせながらローブを脱ぎ捨て、首の骨を鳴らす。

「帰ったか、ローズ。で、どうだった?」

「同じく、順調すぎます。パレリアの大臣は誘いに応じ、バルカニア、ボルコニアの同盟は破棄、戦争に突入しました」彼女はラスティーがパレリア城内で出会ったローブの女だった。

「ご苦労。今後は更に忙しくなる。引き続き、私の影として動け」

「了~解。で? あそこにいる間者は私が仕留めましょうか?」と、崖下を指す。そこにはどこの国の者なのか、顔を隠した男がおり、気付かれたことに気付き、木から木へ飛び移って遠ざかっていった。

「この辺りにはグリードボア(強欲猪)が生息している。シン・ムンバスを始末したあの猪だ。あれに掃除させよう……」と、逃げていく間者を軽く睨み付ける。すると、間者は見えない壁に阻まれたように吹き飛ばされて落下し、地面に転がった。まるで巨人に握りつぶされた様な肉塊になり果て、辺りに血の臭いが立ち込める。そして待っていたかのように涎を垂らしたグリードボアが数頭現れ、あっという間に肉塊に成り果てた間者を衣服ごと平らげてしまう。

「私を誰だと思っている? 盗み聞きされている事くらい、お前が現れる前から知っていたわ。まぁ、私の正体を知って嗅ぎまわっていたというより、偶然聞いてい仕舞ったという辺りだろうが……」

「賢者に隙は無し、ですか」ローズは鼻で笑い、煙草を咥えた。すると煙草が根元まで斬りおとされる。

「私の前で吸うな」

「すみません。ま、私はしばらくこの国に潜伏しているので、用があれば直ぐに馳せ参じますよ。では~」と、ローズは身体全身の雷光を纏い、あっという間にブリザルドの前から消え失せた。

「ふん、魔王の目付役が……」面白くなさそうに鼻を鳴らし、再び崖の向こう側へ顔を向けた。

「待っていろ魔王……お前は西大陸を献上すれば、私をバルバロンに迎え、『破壊の杖探索』を任せると言った……そう、ヤツの信頼を得れば私は堂々と神器を手にすることができる……そうなれば……くふふふふふ!」ブリザルドは顔に皺をよせ、大口を開けて大声で笑った。


「世界はこの、ブリザルド・ミッドテール様の者だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

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