45.いざグレイスタンへ

「この本と、この図鑑と……あとコレも! あ、これは前から欲しいと思っていた『回復魔法の相性について』の教本! これも下さい!」エレンは目を輝かせながら分厚い本を次々とカウンターに置く。

 彼女らは城下町で買い出しに来ていた。

「こんなに買って読み切れるのか?」呆れた様にヴレイズが問う。

「馬車の中は退屈ですからね!」と、もう一冊追加する。

「他にも買い出ししなきゃならん物があるんじゃないか? 無駄遣いとは言わないけど、資金は大丈夫なのか?」

「ご心配なく~ラスティーさんから沢山預かっていますから!」と、財布の中身をチラリと見せる。およそ5000ゼル、さらに彼女の鞄の中にはおよそ5万ゼル程の大金が保管されていた。

 その資金の半分は道中、アリシアが狩った獲物の素材を売り捌いた結果である。残りの半分は船旅の時の依頼料などである。

「で、いつ発つの?」買い物に同行していたフレインが横から顔を出す。

「今夜にでも。グレイスタン行きの馬車があれば……」


「それはないわよ」


「え? なんで?!」仰天した様に目を剥くヴレイズ、聞こえないのか本のえり好みを続けるエレン。

「ボルコニアとグレイスタン……いえ、この大陸全体は戦時中で、駅馬車はバースマウンテンを中心に通っているの。父さんや、前任の炎の賢者のお陰でね。もし、ここからグレイスタンへ行きたければ、まずバースマウンテン行きの馬車に乗って、山に着いたらグレイスタン行きの馬車に乗らなきゃ」

「なんでそんなややこしい事になってるんだ?!」

「バースマウンテンはこの大陸唯一の中立地帯みたいな場所だからね。もしここからグレイスタンへ行きたければ、徒歩で1カ月歩くしかないね」

「まじか……馬を買うしかないか……と言っても……」

「ボルコニアには馬は生息していないからね……買うにしても、高いよ?」

「そうか……でも、馬車を利用すれば山まで10日、グレイスタンまで……どのくらいだ?」

「15日、かな? でも、これから本格的にウチの国とバルカニアが衝突するから、運が悪ければ歩くより時間がかかるかもね」フレインはそう口にすると、本棚から炎魔法に関する書物を手に取り、読み始める。

「そうか……じゃあ歩いて……って聞いているのか? エレン!」と、彼女の肩を強めにたたく。

「はいはい聞いてますよ! 歩くんですよね?!」と、エレンは悔し気な表情で山と積まれた、買う予定の本を一冊一冊吟味しながら本棚へ戻していった。



「では行くのか?」

 城門前までガイゼルが見送りに来ていた。彼はヴレイズ達との別れを惜しむ様に眉をハの字に下げていた。

「はい、仲間が待っているので」ヴレイズも別れを惜しんでいた。

 彼はこの数日、ガイゼルと語り明かし、彼の下で己を磨きたいと思っていた。

「ワシはいつでも歓迎するぞ! 何かあればバースマウンテンまで来てくれ! ワシはしばらく、そこにいるつもりだ!」

「はい、是非!」と、気の入った表情を向ける。

「あたしも待ってるよ。試合の続き、したいしね。今のあたしのままだと思うなよ!」ガイゼルの隣に並ぶフレインがヴレイズの胸に拳を当てる。

「俺も、次に会う時はクラス4に成長してるかもな」

「期待して待ってるよ」

 ヴレイズは深々と一礼し、回れ右をして歩み始めた。彼の背後でボルコン親子は、見えなくなるまで手を振った。

「良い若者だ。次、会う時には確実に強くなっているだろう」

「……あたしも頑張らなきゃな……」



「このまま残った方が、ヴレイズさんの為になるんじゃないですか?」少々いじけた顔でエレンが問うた。

「何を言ってるんだ?」額に汗を掻きながらヴレイズが表情を歪める。彼は本日買い出した物や荷物、エレンの本など全てを背負い、重い脚を引き摺っていた。

「今のヴレイズさんは、制御不能の大砲みたいじゃないですか。この前、盗賊を追い払った……というか消し飛ばしたじゃないですか! あんな戦い方をされたら、いつこちらが消し炭にされるかわかったものじゃないですよ。まぁ、ヴレイズさんはサンサ族の『燃やす物を選ぶ炎』という秘儀があるそうですが、その技も暴走中はコントロールできないみたいですし……」胸に溜まった事を言い、ふぅと息を吐く。

「……確かに、そうだな。あのまま残ってガイゼルさんの下で修業をした方が俺の為になるかもな。でもさ、その前にやる事があるからさ」

「なんです? 魔王討伐は修行の後の方が……」


「アリシアに礼を言わなきゃ……アリシアのお陰で俺は……」


 と、言い切る前にエレンが彼の後頭部を引っ叩いた。

「アリシアさんだけじゃないでしょ?」

「まぁエレンのお陰でもあるけどさ! アリシアはまだ……俺が無事だって知らないじゃないか」

「……大丈夫ですよ。彼女は信じてますよ、ヴレイズさんなら死なないって。現にこうやって元気に歩いてるわけですし」

「あぁ、元気いっぱいだよ!」と、眉を尖らせ、両手の荷物を握り直す。

「さ、目指すはグレイスタンですね。しかし、グレイスタンのどこで落ち合えばよいのでしょう?」

「さぁな! ラスティーなら大丈夫だろ!」



 その頃、グレイスタン国境付近にて獣の咆哮が木霊していた。

 ここらの荒野の主であるキングアックスリノ(斧犀)の頭をアリシアが自慢の弓で射抜いていた。

「相変わらずお見事」風でのかく乱を担当していたラスティーが口笛を吹く。その対角線上で援護射撃を担当したバグジーがピョンピョン跳ねながら拍手をしていた。

「さ、暗くなる前に解体しちゃお! かなりの大物だからね、全部は持ちきれないな~」と、自慢のクロガネのナイフを取り出し早速、腹部を切り開く。

 すると、半分も切らない内にナイフがポキリと折れてしまう。

「あ……道中、無茶してきたからね……寿命がきちゃったか」残念そうに折れたナイフを仕舞い、もう1本のクロガネのナイフを取り出す。こちらの方も最初に手に入れた頃と比べ、刃が僅かに痩せていた。

「バースマウンテンで鍛え直したんじゃないのか?」

「鋭さが増しただけで、寿命は延びちゃいないよ……あ~あ、ワルベルトさんから間に合わせを買っておけばよかったな……」と、口にしながらも手を休めず、血抜きを始める。

「持ちきれない分は埋葬でいいな?」ラスティーは彼女の返答を待たずに得意の穴掘りを始めた。

「うん、お願い。アックスリノ特有の角だけは確保して……ん~皮が勿体ないな~でも肉も捨てがたい……」

 悩む彼女の横で、バグジーも解体を手伝う。丸っこい手を器用に使いこなし、内臓を傷つけないように慎重に作業をする。

「よし、ここらでキャンプするか。ひと晩考えて、明日にはグレイスタン手前の村に入るぞ」

「オーケー! う~ん……」



 その日の夜、バグジーの作った鍋料理を食べながらたき火を囲んでいた。

「うん、美味しいな……よくそんな着ぐるみのままで作れるね!」感心した様に柔らかい肉を頬張るアリシア。

「中身なんかいない! しつこいぞアリシア!」冗談なのか本気なのか、ラスティーがスプーンを向けながら言う。

「ハイハイ……それにしても、何でグレイスタンの王様を敵に回さなきゃいけないの? そんな悪い人なの?」

「悪いってもんじゃない……魔王の手先だぞ?」

「……具体的に何で悪いのかってこと。仕方なく手下になっているかもしれないじゃん」

「そんな可愛い奴じゃない、って話だ」

 ラスティーが得た情報では、グレイスタンの王代理であり風の賢者でもあるブリザルド・ミッドテールは大層な悪党である。

 まず、グレイスタンの元王ならびに王子亡き後、国は大混乱一歩手前まで追い詰められた。そこでブリザルドは相談役という立場を利用し、王妃を祭り上げて玉座に置き、一先ずは家臣たちや国民の不安を取り除く。

だが、肝心の王妃はおよそ半年で精神的に参ってしまい、代わりに信頼のおけるブリザルドに内政を任せる。この他にも、頼りになるブリザルドを指示する家臣も多く、ついにはブリザルドが玉座に君臨。だが、謙虚に振る舞い王ではなく、王代理を名乗る事となる。

ここまで聞くと、人望の厚い良き王代理だが、その裏では野望の為コツコツと策を積み立て、今まさにその作戦は最終段階まで来ている、とラスティーは語った。

「で、西大陸を我が物にして魔王に献上するんだよね? 本当にそんな事が出来るの?」

この問いにもラスティーは答えて見せた。

 まず、グレイスタンは隣のマーナミーナと戦時中であり、ほんの2か月前に防衛戦を耐え抜いたばかりであった。

 先代王はマーナミーナの刺客の手にかかったと言われており、グレイスタンとしては今すぐにでも侵攻し叩き潰すべきだという意見も出ていた。

 しかし、ブリザルドは己から侵攻するべきではないと説き、家臣や兵を収めた。確かに、今は戦争どころではなく、内政の立て直しなどで一杯だった。

「自分から戦争を仕掛けないんだよね? いい王様じゃん。ってかどうやってそんなんで大陸全土を手に入れるの?」

 ラスティーはバグジーにアリシアを黙らせるよう言い、続けた。

 実はマーナミーナに侵攻を進言しているのはブリザルドが放ったスパイの軍師だと言う。その軍師はマーナミーナ王に「今のグレイスタンは手綱も満足に握れない騎手も同然。攻めるなら今です!」と誑かし、何度も兵を送っているのだと言う。

 こうして何度も侵攻してはブリザルドの手によって兵力を削がれていき、やがて守りが手薄になる。その為、マーナミーナは隣のバルカニアに裏で取引をおこない、侵略されぬよう手を打ったのである。

 だが、これもブリザルドの罠だと言う。更に、パレリアのバルカニア侵攻も、バルカニアとボルコニアの同盟を破壊したのもブリザルドの手によるものだとラスティーは言った。

「そしてもうすぐこれらの点は線で結ばれるわけだ……」と、一服するように煙草に火を点け、グラスの中身を呷った。

「……全然わからないんだけど、ブリザルドは何をする気なの? 線で結ばれたらどうなるの?!」

「それより大事なのは、この壮大な野望を打ち砕くための策なわけで……」

「……うん、ブリザルドがとんでもないヤツかもしれないって事はわかったよ! で、ラスティーの策は?!」


「……ないんだなコレが」


「はぃ!?」アリシアが叫ぶと同時にバグジーが後ろへゴロンと倒れる。

「こればかりは参った……相手はあの風の賢者だ。世界最強の風使いであり、歴代風の賢者一番の切れ者と言われ、更にヤツの作戦は最終段階、1番警戒の強い時期だ。正直、ワルベルトさんの無茶ぶりには参った……マジで参った……どうしよ?」自慢の金髪をクシャクシャに掻き乱し、項垂れる。

「……まぁ……4、いや5人でどうにかできる相手じゃなさそうだもんね……じゃあさ、バルジャスで待ってる7000人の……」

「その7000人を率いるための、この試練なんだよ……考えてもみろ。風の賢者を打倒した強者なら何も言わず、全員着いて来てくれるだろうさ。だが、今の俺……亡国の王子で、実績はただの街のチンピラ……そんな奴に7000も着いて来てくれると思うか?」

「……じゃあ、5人で風の賢者を?」

「下手したら5人でグレイスタンそのものと喧嘩するハメになるかもな……」ラスティーはこれまでにないくらい重たい煙を吐きながら、たき火の中へ煙草を捨てた。

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