44.マッサージ師エレン
ヴレイズが半壊させた訓練所で早速修繕作業が始まる。ここでは大工仕事も修行の内と、兵士たちは喜んで作業を行っていた。
「ま、弁済はしなくてもいいよ~。こんな事は日常茶飯事だからね」フレインは彼らも作業を目で追いながら口にした。
そんな中、ガイゼルはヴレイズに深々と頭を下げていた。
「君が山を鎮めてくれたのか! 礼を言う!」
「いやぁ……まぁ成り行きで……」
「だが、あの化け物を倒すとは……まさか先ほどの暴走した力で?!」
「い、いや……この力は……その……」
「そうそう、その力! どうやって身に付けたのよ!!」
ボルコン親子に詰め寄られ、ヴレイズは小一時間程、事の成り行きを話した。魔王討伐、仲間との別行動、バースマウンテンでの出来事、そして……。
「……あの怪物と戦ったのか?」褐色肌を青くしながら問う賢者。
「戦いにも、いや……遊びの域にすら届かなかった……が……」あの時の事を思い出し、表情をどんよりと暗くさせ、歯噛みする。
「……よくぞ無事で……あの男に睨まれたら最後だというのに……で、その出来事で君は?」
「はい。仲間やボルコンシティの人たちのお陰で、助かりました」
「助かって何? さっきの力を手に入れたの? 都合よすぎない?!」フレインが噛みつく様に言う。悔しいのか、ヴレイズを睨み付けながら詰め寄り、唇を噛む。
「いま思うと、ヴェリディクトはこの力を俺に与えるために呪術を施したのだと思う……『また会おう』とも言ってたし……」
ヴレイズは再び、憎きヴェリディクトの顔を脳裏に浮かべた。戦う前は殺しても殺し足りない仇だったが、今は再戦しようと思えないほど高い壁となり、憎しみは押しつぶされ、復讐者としての彼は完全に死んでいた。
「……で、会いに行くの?」
彼女の問いにヴレイズは口を閉ざし、俯いた。
再びヴェリディクトと戦う。
ここ数日、寝ても覚めてもこの事を考えては絶望した。新たな力は手に入れたが、これは憎き奴のお陰であり素直には喜べなかった。
さらに馬車の中で散々、自分の強さの限界がどれほどのモノか想像した。この力を使いこなせたら、このままクラス4になれたらどれ程、自分は伸びるか考え、そしてヴェリディクトの強さを思い出し絶望する。
これを繰り返してヴレイズは、フレインとの戦いの中でも悩み続けていた。
「ふむ、昔のワシみたいだな」
ヴレイズの表情を見て察したガイゼルが口を開いた。
「ワシも昔……ヴェリディクトと手合わせをした事があるのだ……賢者の称号を与えられ、あの巨悪は賢者として放ってはおけない、と……だが、結果は酷かった。共に戦った親友を殺された……しかもワシは手も足も出せず、しかも出されず……絶望の谷に突き落とされた」
「……その時、あなたは何と言われましたか?!」ヴレイズは堪えきれずに聞いた。
「……『これがボルコ族の限界だ』、と……今でも……そう、先日、奴と再会した時もこのセリフが頭に……」
「先日??」
「先日開かれた賢者会議に奴が現れたの!」イラついた様な声色でフレインが口にする。彼女はまた唇を噛み、拳を握りしめた。
「あぁイライラする!! あたし、先に戻るから!!」と、彼女は肩を怒らせながら訓練所を後にした。
「コラっ! お前もヴレイズ殿に礼を言いなさい! それに謝りなさい! まったく迷惑ばかりかけて……」威厳たっぷりのガイゼルの顔が弱々しく口をへの字に曲げ、肩を項垂れさせた。
「すまんな。あいつにとって……否ボルコ族にとってヴェリディクトは因縁の相手でな……どうだ? 今日はもう遅い。我々と共に夕食を共にし、同じ屋根の元、夜を徹して語り明かさないか? まだ聞きたい事があるのでな!」
「はい、是非! どこの宿ですか?」
「宿とは言わん。ボルコニア城に招待しよう。我が山、我が国の恩人だからな!」
日が傾き、城下に赤い日が差す。
この数時間、エレンは訓練所の外でガイゼルが出てくるのを、サンドイッチを齧りながら待ち構えていた。
「あの人を追えば城内への切符が手に入る、たぶん……待つんだ……スパイは忍耐だ……手ぶらでこの国を出るわけにはいかない!」眉を吊り上げ、いつになく真剣な眼差しを見せる。
すると、彼女の意気に応える様にガイゼルが出てくる。
「出てきた……! よし、尾行再開!!」と、ガイゼルの背後を取ろうとする。
しかし、ガイゼルの隣に見慣れた後姿を確認し、気の抜けた声を出す。
「ヴ、ヴレイズさん?」
「お、おぉエレン。城に招待されたんだ。一緒に来いよ!」目を輝かせたヴレイズが手招きをする。
「ん? ヴレイズ殿、彼女と知り合いかね? 城を出た時、ずっと彼女に付けられていたんだ。まさか他国の間者かと思ったのだが……」目を鋭くさせるガイゼル。
「あ、怪しい者ではありません!」口にしてはいけないワードを言いながら降参した様に両手を上げる。
「俺の連れで、腕のいい医者です。彼女がいなければ今頃、俺は……」
「そうなのか。では、歓迎しよう」ガイゼルは刃物の様な目を収め、頬を綻ばせた。
「あ、ありがとうございます!」エレンはぎこちない動きでヴレイズの隣に移動し、彼の尻を思い切り抓った。
「いてっ! 何すんだよ!」
「ヴレイズさんのヴァ~カ……」
約束通り2人は城へ正式に招待され、夜は晩餐会で宴……とはいかず、ガイゼルが宿泊する部屋で慎ましく夕食をご馳走になった。
一応、怪しい者ではないかと城内の番兵や兵長、さらには軍師までがやってきて2人に根掘り葉掘り質問を投げかけた。それほど城内はピリピリとしており、他国の部外者を歓迎はしなかった。
「すまんな。この時期はいつどんな奴が城に忍び込んでいるかわからんし、城内で秘匿すべき情報を持ち出されたら敵わんのでな」ガイゼルは小さく笑いながら酒を呷る。
「はは、は……」このセリフに複雑な愛想笑いを返す2人。
「で、魔王討伐とか言っていたけど……本気なの?」フレインが2人の顔を交互に見ながら問う。
「えぇ、まぁ……」変な事を言わぬよう、細心の注意を払いながら答えるエレン。ヴレイズは先ほどの質問攻めでボロが出そうになる度にエレンに尻を抓られていた。お陰で彼の尻は真っ赤に腫れていた。
「どうやって? 何か策はあるの?」
「それは別で動いている仲間が……」
「仲間って何人?」
「…………2人です」
「ふたりぃ?!! って事は、たった4人で魔王を倒そうって言うの? 冗談でしょ?!」フレインは素っ頓狂な声を出して目を剥いた。
「う……で、仲間を探すべく別行動をしてですね……」口が裂けても『情報収集しに来た』とは言えず、口を苦くさせながら答える。
「ふぅん……無謀だね。ま、あたしが言う資格はないだろうけどね」口をへの字に曲げてソルティーアップルジュースを飲む。
すると、部屋にまた2人を怪しむ者が現れる。今度は大臣だった。
「君たち。ガイゼル殿の客人とは聞いたが、どこの馬の骨ともわからん旅人だろう。できれば立ち去って欲しいのだが……」疲れた様な表情で口にする大臣。彼は内政と戦争の準備などで寝る間も惜しんで働き詰めていた。
「彼らは我らが山の恩人なのです! ここで追い出すわけにはいきません!」失礼な物言いをする者が多く、うんざりしていたガイゼルが業を煮やし、声色を苛立たせる。
すると、大臣の顔色を伺っていたエレンの目がキラリと光る。
「まぁまぁ。おや、大臣さん。お疲れの様ですね? どうでしょう……私、マッサージが得意なのですが、いかがでしょう?」と、言う間に彼女は大臣の細い腕をゆっくりと掴み、二の腕から上腕にかけて丁寧に揉む。
「こら! 勝手な真似を……おぅ……巧いな。ウチのお抱え整体師よりその……気持ちがいい……よかろう、続け給え」大臣の険しい眉がㇵの字に下がり、リラックスするように椅子に背中と腰を預ける。
「私は水使いでして、もっと気持ちよくできましてよ?」エレンは得意げな顔で腕に魔力を込め、水を絡ませた。
数時間後、ガイゼルの部屋には疲れた兵たちが列を作り、エレンのマッサージを待っていた。
「いい仲間だな。あんなのがいれば、長旅も極楽だろうに」彼女の活躍を目にしながらため息を吐くガイゼル。
「あんな事、俺はやってもらった事ありませんよ……あんな特技があるなんて初耳だし」口を尖らせるヴレイズ。彼のセリフにツッコミを入れたげな表情をしながらも、額に汗しながらマッサージを続けるエレン。
「はい、おしまい! これであと3日は戦えますよ!」と、背中を叩く。
「あぁ~1週間は戦えるよ。よし! 頑張るぞぉ~」今朝、彼らを門前払いした番兵が意気揚々と部屋を出て行く。
「さて、おしまいかな! ふぅ~疲れた。ヴレイズさん、マッサージをお願いできますか?」
「なんで俺が?」鈍い声を出すと、エレンが彼の尻を抓ろうと構え、ヴレイズは腫れ上がった尻を隠した。
深夜になり、別室に案内され床に就く2人。灯りを消すと同時にヴレイズは指先に火を灯し、エレンに顔を近づけた。
「で、どうする? ガイゼルさんには悪いけど、情報を探りに行きますか?」
「その必要はないわ、ホーホッホッホ!」エレンは邪悪な笑みを覗かせ、高笑いして見せた。
「な、なんで?」
「さっきのマッサージで気付かなかったのかしら? 私、触れるだけで人の頭の中を覗けるのよ……」
「……あぁ、そういえばそういう特技があったっけ……?」
「失礼ね! 私の旅の目的はこの能力の向上でもあるのよ! ……つまり、情報収集はさっきのマッサージで済ませちゃったって事よ! ガイゼルさんにはできなかったけど……見破られそうで……ま、要するに私は凄い! って事よ」
「はぇ~」感心した様に腕を組む。
「どうでもいい情報が8割って感じですけど、重要そうなのも沢山手に入ったし、今日はここまで! 明日は温泉と買い物をしましょう! 堂々と!」
「観光に来たわけじゃないんだけどな……」
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