42.炎の娘、登場

「ん~! いいねいいね! どれも手に馴染みやすそうな子達ばかりだぁ~」ワルベルトの馬車の中に入ったアリシアが子供の様にはしゃぎながら、ひとつひとつ武器を手に取り、舐める様に撫でまわしていた。

「で、そのナイトと男爵が密約を交わしていた、と」ワルベルトはラスティーから渡された書状に目を通しながらマーナミーナ国に関する情報と照らし合わせていた。

「あんたなんだろ? クリスタル兵器を開発するように促したのは?」

「えぇ。ただ、それは魔王軍に対抗する為であり、大事な布石でもあったのですが、まさかその武器をボルコニアとの戦いで使うつもりだとは……」

「密約の内容はわかったか?」ディメンズが顔を出す。

「確証はありませんが、おそらく人口クリスタルを得る代わりに、バルカニアはマーナミーナに手を出さない、という内容だと……マーナミーナも今、グレイスタンと小競り合いの真っ最中ですからね」

「なるほどな」ラスティーは煙草に火を点け、重たそうに煙を吐いた。

「で、グレイスタンの王代理失脚ですが……いい策は思いつきましたか?」

「……なんとなく構想は出来ているが……人数も時間も足りない……仲間と合流できても4人……」と言いかけると彼の背後にバグジーが立ち、ラスティーの肩を叩いた。

「5人じゃあ難しいな……」

「そうですか……追い詰める様なことは言いたくはありませんが、グレイスタンは現在、マーナミーナの侵攻に対し防戦一方らしいですが……そろそろ大規模な報復に出るとの噂が立っています。早く行動を起こさなければ、機を逃しますよ?」

「ぐぅ……ったく無茶ぶりしやがって……」

「これを何とかできなければ、魔王討伐なんて夢のまた夢でしょうよ」

 ワルベルトの言葉を腹の奥まで飲み込み、苦そうな表情で煙草を吐き捨てるラスティー。

「で、お嬢ちゃん! いい武器に出会えたかい?」ワルベルトが馬車へ歩み寄ると、アリシアが顔をにゅっと出す。

「うぅん、どれも手入れが行き届いていて、取り回しのよさそうな物ばかりなんだけど……今の所、あたしの相棒で事足りるかな?」


「ほぉう、そいつぁ聞き捨てなりませんねぇ。いいでしょう、あっしが見繕って差し上げましょう!」




 ワルベルトは馬車の中から鍵の入った箱を取り出し、重たい蓋を開いた。

「おや珍しい。ケチなお前がそれを披露するとは」ディメンズが煙草を咥えた顔を近づける。

「いいですか? こいつぁどこの武具屋にも置いていない一級品です。値段もそれなりに張りますが、買って後悔はしないでしょう!」と、箱に入った3つのパーツを組み合わせ、1丁のボウガンを構えた。

「こいつぁ連射機能を搭載した新型です。どの矢にも対応し、バレルの下にナイフを着脱可能。さらに水中や雪山などの厳しい環境でも機能を損なうことなく使えます。更に! なんとこのクリスタルを装着すれば、魔法を打ち放題! まさに夢のボウガンです!」

 鼻息を荒くし、ボウガンをアリシアに持たせる。

「ん~確かにいいボウガンだね」アリシアは感心するような目でボウガンのパーツひとつひとつに目を通し、小さく頷く。

「でも、今あたしが持ってるこの弓で事足りるかな?」と、自慢の合成弓をワルベルトに渡す。

「……! これは……美しくも使い込まれ、よく手入れのされた弓ですねぇ……し、しかし、そのボウガンは連射機能が……」

「矢は数撃てばいいって物じゃないからねぇ」

「へぇ……いい事を言うねぇ~」感心した様にディメンズがにっと笑う。

「……アリシアさん、ちょっと貴女の得物を見せてくれませんか?」

 ワルベルトの頼みに潔く応え、アリシアは自分が所持する相棒たちを彼に渡した。

「……おぉ……このクロガネのナイフはいい輝きを放ちますねぇ……まるでふたつの魂が宿っているような……」

「バースマウンテンの職人が叩きなおしてくれて、鋭さが増したかな? 自慢の逸品だよ」

「それにこのクロウは見た事がありやせん! いったいどんな化け物の素材から作ったんで?」

「ふっふ~ん。それは秘密にしようかな! 一番大切な得物、だからね♪」

「……なんと……あっしの負けです……あっしはいい武器を、強力で使い勝手のいい武器を、この目を信じてかき集めたんですが……あっしはまだまだですね……」がくりと膝を付き、首を垂れるワルベルト。

「とりあえず、矢と投げナイフだけ頂こうかな。どれもいい品だと言う事は確かだしね。ラスティー、払っておいてね」

「ふぅ、助かった」飛んでもなく高い物を選んだらどうしようかと気にしていたラスティーは安堵のため息を吐いた。

「よし! あっしも男だ。このとっておきをタダで差し上げましょう!」と、馬車の中の袋からこぶし大の玉を取り出し、アリシアに手渡す。

「これは?」


「こいつぁ魔王軍で開発された試作品『無属性爆弾』です。安全装置のピンを抜いてボタンを押し、話したら3秒で爆発します。範囲はきっかり半径5メートル。狭いですが、威力は凄まじいですよ。塵も残さず、まるで空間を切り取ったかのように、全てを無に帰しやす!」


「こ、こわ……」冷や汗を掻くアリシア。震えた手で地面に置き、すっと離れる。ラスティーは興味津々な目で無属性爆弾を拾い上げ、注意深く眺める。

「……なんでこんな代物まで持ってるんだ?」

「あっしはこいつを西大陸にばら撒くように命令されたんです。戦争の炎に油を注ぐ様にね。ま、こいつは危険すぎるんで、まだどこの国にも渡してやせんが……いいですかい? もし魔王軍に遭遇し、その爆弾は誰から貰ったと問われても、あっしの名前は出さないで下さいよ!!」

「あぁ、わかった」ラスティーが返事をすると懐に忍ばせた。

「では、ここら辺であっしらは……」ワルベルトとディメンズは素早く馬車に乗った。

「バルジャスで会えるか?」ラスティーが問うとワルベルトはにこやかに答えた。

「グレイスタンで上手くいけば、ですかね~では……」と、手綱を握り出発する。

 彼らは何も言わず、東の彼方へと走り去っていく。

「……期待には応えなきゃな……」彼らを見送ると、指笛を鳴らす。すると、ラスティーの馬が森の中から姿を現す。

「わぉ! この子があたし達の馬? 可愛いね!」足早に駆け寄り、慣れた手つきで鬣を撫でる。

「あぁ。さぁ急ごう! 目指すはグレイスタンだ!」

 ラスティーのセリフに答える様にバグジーが両腕を上げてジャンプする。

「……この子は?」アリシアは不思議なものを見る様な目で、元気に跳ねるバグジーを見た。

「紹介するよ。今日から俺たちの仲間になったバグジー君だ。よろしくな」ラスティーが彼の肩を叩くと、バグジーは深々とお辞儀をした。

「着ぐるみ、だよね……? で、中の人は?」

「アリシア……夢がないなぁ……中に『人』なんかいないぞ」

「……え? えぇ?」アリシアは更に理解できないような表情を作り、バグジーの周りを歩きながら首を傾げた。

「で、アリシア……俺も聞きたいんだが、ヴレイズは本当に大丈夫なのか?」

「ねぇ! 本当にこのウサちゃんの中に人はいないの?」

「あぁいないよ。それよりヴレイズとエレンは……」

「正直に答えてよ! 本当に中に人は……」

「くどいぞ! いないってば! で、ヴレイズとエレンは……」

「ラスティーこそシツコイ!!」

「えぇ…………」



 アリシアとラスティーが合流した頃、ボルコニアにて。

 ボルコニア城へ向かう一台の馬車が砂埃を上げて奔っていた。その背後には盗賊と思しき身なり、テンションの者達総勢50名弱が雄叫びを上げながら武器を振り回していた。

「ヴレイズさん、まだですか!!」エレンが慌てた声で問う。

「もう少し待って……もう少しでイケそうな気がする……」難しい表情を浮かべたブレイズが腰掛けの上で胡坐をかき、体中の魔力を必死で練っていた。

「実戦でこんなんじゃあダメですよ! 普通に焼き払えないんですか?!」

「実戦で慣れなきゃダメなんだよ!! 頼む、あと2分待ってくれ……」

「ったく! もう!」

2人が揉めていると、馬車の隣に付いたひとりの賊が目をひん剥き、ボウガンを向けた。エレンはその男に向かって水の刃を放ち、片腕を吹き飛ばす。賊は無様に喚きながら落馬し、後続の馬に踏まれた。

「エレン、その技怖い……」

「私が唯一できる護身用の攻撃魔法です! 放っといてください! で、もう2分経ったと思うんですけど?」

「くそ、もうちょっとなんだけどなぁ……」

「30分前からずっとこんな感じじゃないですか! いい加減にしてください!」業を煮やしたエレンがヴレイズの頭を引っ叩く。


「わ! やめろって! うわわわわわわ!!!!!」


 突如、ヴレイズの両腕が赤熱して暴れ狂い、馬車の中で一瞬だけ爆炎が広がる。彼は馬車の天井をぶち破り、押さえきれない火炎を追ってくる賊目掛けて放った。


「うおぅるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ヴレイズの両腕から火山の噴火が如き熱線が噴き出し、背後の全てを灰と消し炭に変える。馬車を追っていた賊たちは残らず消え去り、木の葉の様に飛んでいった。

「ヴレイズさん、その技怖いです……けほっ」顔を黒く染めたエレンは顔を布で拭きながら、炎のオーラで包まれたヴレイズを見た。

「ちとやり過ぎたな……これがクラス3.5の力か……コントロールするにはまだ時間がいるな……」

「で、その状態はどのくらい持つんですか?」

「この感じだと……5分、かな……」額から蒸気を噴き上げながらも表情を青くする。このクラス3.5の状態を維持するのは相当キツイらしく、時折表情を強張らせた。

「30分待って5分ですか……もっと頑張ってくださいよ」

「あぁ……」

「お2人さん! 盗賊を追い払ってくれてありがたいんだが、その天井は弁償してくれよ!」御者が複雑そうな声を上げる。

「す、すいません……」



 バースマウンテンから西へ向かった場所に、その城はあった。

 ボルコニアは山が多いだけに温泉の名地であり、国内の村々には様々な温泉があった。その中でもボルコニア城下町には多数の温泉、大浴場が存在する。これを目当てにやってくる旅人が後を絶たなかった。

 因みにそれに対抗して隣国のバルカニアではボルコニアに負けない大浴場を儲けたのだった。故にバルカニアのは天然温泉ではなかった。

「すっごい匂い……バースマウンテンも匂いましたが……この城下も凄まじですね」早速到着してエレンが苦そうな顔を作る。

「無事に着いたな……財布は無事じゃねぇが……で、どうする? 一泊してからにするか?」2人はこの城下へ情報収集にやってきていた。

「いえ、ラスティーさんは『なるべく早く』とおっしゃっていたので……焦っていましたし……急ぎましょう!」と、2人は足早に城門へと向かう。

「この村長さんの書状で入れますかね?」エレンは懐からバースマウンテン村長の蝋印で封された封筒を取り出した。その中にはヴレイズ達のお陰で山の危機は去ったという内容の手紙が封されていた。

「村長は、よっぽどの事が無ければ入れるって言ってたから大丈夫だろう。なにせ俺は山を救った英雄だからな!」

 得意げな顔で門前まで辿り着き、番兵に胸を張って挨拶をし、書状を渡す。返事は生憎……。


「今は緊急事態だ。お引き取り願おう!」


 番兵2人は目を鋭くさせ、槍を交差させて彼らの行く手を遮った。

「でも、この人は山を救った英雄なんですよ! もしこの人がいなければバースマウンテンは、いいえこの国がどうなっていたか!」エレンが両拳を握りしめて力説する。

「うん、そうだ!」ヴレイズも頷くが……。


「今はダメだ!! 大変な恩人であっても、今は通せん!!」


 取りつく島なく門前払いを喰らい、2人は城下町まで引き返し途方に暮れた。

「どうしますか? 城下で情報を集めて、先へ向かいますか?」エレンは参ったようにしゃがみ込み、頬杖をつく。

「……それだとラスティーに笑われる、いや……怒鳴られるだろうな。俺でも怒るだろう。どうにかして城に入らなきゃな……」

「しかし、城への不法侵入は即刻死刑ですよ? それに緊急事態とか言ってましたし……でも、そんな事態の城内の情報は欲しいですね……」

「どうやったら入れるかな?」

「私が番兵を誘惑しましょうか? 色仕掛けって奴です!」

「そんな事で入れれば苦労しないだろ……それこそラスティーに笑われそうだ! くそ……俺が暴れても事態は悪化しそうだしなぁ……」

 頭を悩ませる2人。

 そんな彼らの前に1人の女性が通りがかり、脚を止めた。ヴレイズの顔を見てニヤリと笑い、馴れ馴れしく歩み寄る。

「……ん? 何か?」首を傾げるヴレイズ。

 褐色の女性は太陽の様な笑顔を向け、ヴレイズの鼻先まで顔を近づける。

「お兄さん、強いでしょ~あたしにはわかるんだよね~」

「……はい?」エレンとヴレイズは声を揃え、炎の賢者の娘『フレイン・ボルコン』の勝ち誇った様な顔を見た。

 

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