41.ラスティー・ザ・スパイ Part2 後編
アリシアと合流後、ラスティーは彼女に即席で考え付いた策を口早に話し、自分は用意していた変装用のローブを身に纏い、付け髭をつけて眼鏡をかけた。
「その使いと荷はマーナミーナ国で間違いないな?」手鏡で髪型を整えた後で帽子を被り、髭の付き具合を確認する。
「うん……あたしは変装しなくていいのかな?」
「あぁ。途中で雇ったボディーガードって事にする。間違いではないだろ? 潜入の基本は、なるべくウソを持ち込まない事だ」と、ミーナマーナのエンブレムを胸に張りつける。
「ラスティーが既にウソの塊なんだけど?」
「俺は昔、あの国に滞在したことがあるんだ。2カ月ぐらいだがな。まぁ任せとけ」
「りょーかい。しかし、こんな宝石を届けるために危険な目に遭って命を落とすなんて……可哀想な人だったな。とても怯えていたし……」と、荷の中の煌びやかな宝石に向かってため息を吐きかける。
「いや、それはただの宝石じゃないぞ。人口エレメントクリスタルだ」
太陽が真上に来る頃、ラスティーとアリシアはバルカニア城の門の前に立っていた。番兵2人が槍で道を塞ぎ、鋭い目で引き返すように促す。
「私はマーナミーナ国、バルドーズ男爵の使いでございます。こちらのナイト・フィリーマン様への贈り物を持ち参上しました」と、本物の使いが所持していた書状を広げて見せた。その隣でアリシアはただ目を瞑り、自信たっぷりに頷いて見せる。
「……こちらの書状、本物なのか? 検めさせてもらおう」と、ひとりが封筒を乱暴に奪い、注意深く確かめる。バルドーズ家の蝋印を目にし、驚き瞳を丸くする。
「これはこれは、遠路はるばるご苦労である。では、荷はこちらがお預かりしましょう」番兵が手を伸ばすと、ラスティーはワザとらしく一歩下がった。
「これはフィリーマン様への大事な荷なのです。ご本人様へ確実に届けよ、と男爵様の命ゆえ……」
「な! 私が信用できないのか?」
「あなたは他国の番兵の話を信用できますかな?」自信たっぷりに口にするラスティー。
「むぅ……しかし、今、ナイト様は皆、昼食中で……わかった……まずここで待たれよ。報告してまいる」と、番兵はもうひとりに少し耳打ちした後で城内へ入っていった。耳打ちの内容は『不審な行動を取ったら殺せ』であり、アリシアには聞こえていた。
「……ギスギスしているね」ラスティーの耳元で囁く。
「緊急戦時態勢、だからな」
その後、ラスティー達は何事もなく城内へ招かれ、客間へ入るように促された。
ふかふかのソファーに座り、給仕係が持て成しの茶菓子と紅茶をテーブルに置く。アリシアが菓子に手を伸ばそうとした瞬間、フィリーマンが客間に現れる。
「遠路はるばるご苦労であった。道中、危険は無かったかな?」自慢の逆髭を撫でながら正面のソファーにドカリと座る。
「2度ほど盗賊に襲われましたが、道中で雇ったボディーガードさんに助けて頂きました。いやはや肝を冷やしましたが、この通り生きております」と、胸を叩くラスティー。その隣でアリシアは複雑な感情をかみ殺しながら、はにかんで見せた。
「随分優秀なようで。で、例の荷は?」フィリーマンが目を光らせると、ラスティーは荷をテーブルに丁寧に置き、相手の方へゆっくりと差し出した。
「どうぞ」
「では……」中身のクリスタルを確認し、頬を綻ばせる。色鮮やかなクリスタルの内の一つを目の前で翳し、魔力を注入して煌々と光らせる。
「素晴らしい……これがバルバロンの人口クリスタル技術か……」
「バルバロン?」思わずアリシアが口に出す。
「何も聞いていないのか? そうか、道すがらの用心棒だったな、当然か……通常、天然クリスタルは加工が難しく、武骨な形のまま使うしか方法が無かったが……この人口クリスタルは加工がしやすくてね……バルバロンはこいつを大量生産し、兵器開発に利用していると聞く」
「バルカニアでもクリスタル兵器開発を?」ラスティーが問うと、フィリーマンが目を光らせる。
「友人のアドバイスでね。最低でも魔王が備える物を我々も備えねばと思い……だがこの矛は……いや、話しが過ぎたな。では、これでお引き取りを」
「……申し訳ありませんが、この美味しい紅茶を飲み終わってからでよろしいですかな?」湯気立ち上るカップをワザとらしく啜り、ラスティーが問うた。
「我が国自慢の茶葉だ。ゆっくりと味わいたまえ。して、使いの者よ。このクリスタルはどこで手に入れたのか、男爵から聞いたかな?」フィリーマンがラスティーの目を覗き込む。
「何も聞くな、手紙と荷を渡せばそれでよし、とだけ……」
「くくく、あの男爵らしいな。よし、私も返事と礼を書くので、しばしここで待っていろ」と、フィリーマンは客間を後にした。
「……ラスティー、運がよかったね」アリシアは安堵のため息を吐き、紅茶を飲み下した。
「何を言っているんだ? バルドーズ男爵の事は知っているよ。使いの事なんて物か駒程度にしか考えない嫌な男さ。さて、ここからが本番だ……」ラスティーは軽やかに腰を上げ、目を鋭くさせた。
まず、ラスティーが堂々とした態度で客間から出てくる。すると、見張りの兵士が素早く彼の目の前に仁王立ちし、険しい表情を向けた。
「どちらへ向かうおつもりで?」
「少し紅茶を飲み過ぎた様です。トイレはどちらかな?」
「奥へ行って右だ。直ぐに戻ってくるように」
「はっ……」一礼し、また堂々とした足取りでトイレの方へと向かう。角を曲がった瞬間、忍び足でトイレを通り過ぎ、風の様に右、左と曲がり見張りの兵士の視線を掻い潜って資料室へと潜り込む。
そこはあらゆる書類、書物が山積みとなっていた。ラスティーは目を光らせ、風を使って書類や資料、地図などを探っていきその内容を頭の中へ叩き込んでいった。
その頃、客間からアリシアがひょこっと顔を出す。それに反応して兵士が彼女に歩み寄る。
「なんだ? お前もトイレか?」
「ううん、なんかひとりで暇でさ……相手してくれない?」
「そういえばお前は雇われた用心棒だそうだな。道理で礼儀がなってな……っ!」と、アリシアの胸元に目を向ける。彼女の胸のボタンはパカっと開いており、谷間が覗き、潤った肌に汗が滲んでいた。
「……なってないな……その……」と、目のやり場を探す兵士。
「あたし、生まれてこの方、世間で言う教育ってヤツを受けてきてないからさぁ~よくわからないんだよね。こういうお城でのマナーっていうの? 教えてくれる?」ワザとらしく上目遣いで彼の目を眺める。
「う、けしから……んぅっ!」
「何がけしからんの?」アリシアはクスリと笑い、兵士の身体に擦り寄って息を吹きかけた。
「動くな」ラスティーの背後に影が降り立ち、背中を小突く。一瞬動きを止めた彼だったが、何事もないように立ち振る舞い、資料に目を戻した。
「何の用だ? ディメンズさん」
「可愛くないヤツだ」いつの間にやら、潜入したディメンズは指先に息をフッと吹きかけ、椅子に腰を降ろした。
「で? 何か手掛かりは見つかったか?」
「訪問者リストを見つけた。その中で宴会のあった日にグレイスタン国の使者の名を見つけた。ローズ・シェーバーって女だ。俺がパレリアで見た使者も女だったな……もう少し調べなきゃな」
「ほぉう……しかし、色仕掛けとは……」
「……何が?」
「いや、あのお嬢ちゃんを使って色仕掛けでここまでくるとはな。あまり褒められたもんじゃないな」
「……戦時態勢中、優秀な兵士は戦争準備で殆ど戦地へ向かうだろ。城に残るのはわずかな精鋭と、優秀とはいえ頭の固い連中くらいだ。昨日の下見をした時にそれは確認済みだ。で、そういう連中は色仕掛けに弱いもんさ」
「なるほど。ま、合格点はやれないが、成功ならいいんじゃいか?」
「……いちいち五月蠅い人だな……気が散るから、おしゃべりは後にしてくれ」
ラスティーはイラつきながら目を通した資料を元の場所へ戻し、客間に戻る準備をした。
「なぁラスティー」
「なんだ?」ドアを半開きにして応える。
「……あのお嬢ちゃんを死なせるなよ」
「……? あ、あぁ……仲間だから、そのつもりだよ」と、素早く口にし、足早に戻っていった。
「あの3人が守った娘だ……くれぐれも頼むぜ」ディメンズは意味ありげな表情を浮かべながら資料室からスッと消えた。
「ねぇ~あたし長旅で疲れて汗べとべとなんだよね……お風呂とか、ない?」兵士の耳元で色っぽく囁くアリシア。
「あ、あ! 1階にこの国最大の大浴場がありますよ! い、一緒に入りますか!」
「え、あの宿屋にある大浴場が一番じゃなかったの~?」
「あれは国民の為の施設で、この城のは貴族や王族の為だけの特別なものでして!」
「……ふぅん……そんなところに入れるの?」
「普段は無理ですけど、今、あそこを利用する暇はありませんからね! ははは!」
「ふぅん……じゃあ、あとで、ばれないように、こっそり2人でェ……」
兵士は顔をトロけ顔で真っ赤にさせ、首を縦に振りアリシアの声だけに集中していた。
「あの! トイレから戻りましたが……」そんな2人の間にラスティーが顔を出す。
「ぬ!! ず、随分早かったな! は、早く部屋に戻れェ!」兵士が頭上に湯気を上げながら客間を指さす。するとラスティーとアリシアはそそくさと部屋へ戻っていった。
「あ!」
「また後でネ♪」アリシアが手を振ると、兵士はまた顔を溶かして手を振り返した。
「……随分ノリノリだったな……」
「お母さんみたいに鼻から声を出してみたんだけど……上手くいったな」と、胸の谷間に溜まった汗、ではなく水滴を布で拭き取り、ボタンを止めた。
「でさ、ラスティー」
「ん? 欲しい情報は粗方……」と言いかけた途端、アリシアが彼の胸倉を掴んで吹き寄せた。「おわっ!!」
「あたし、本当はこういう色仕掛けとかするの、スッゴク嫌なんだからね! ここから出たら色々と奢ってもらうからね!」
「お、おぅ……」と、2人がやり取りをしている間にフィリーマンが戻ってくる。ドアノブが回った瞬間、2人は定位置に戻り、紅茶を啜った。
「お待たせいたした」
日が傾く頃、2人は無事に城を後にし、変装を解かずにそのまま城下町から出て行った。2人の後を城の兵が監視し、最後まで不審な動きをしないか見られているのに気づいていたからだった。
城下町から数キロ離れてやっとラスティーは顔から付け髭を剥がし、ローブを脱ぎ捨てて普段着に戻る。
「あぁ~肩こった……やっと監視が離れたか……やっぱバルカニアはキツイな」
「ふぅ……村の監視より厳しいな……」
ラスティーは早速、フィリーマンから受け取った書状を注意深く開き、中身を確かめた。
「……俺が本物の使者だと信じているようだな。男爵への礼と、取引了解の文が書かれているな」
「取引って?」
「それは書かれていないな。どうやら個人的な取引だった様だな。貴重な情報だ、儲け儲け~」
「何を儲けたんで?」
いつの間にやら2人の背後にワルベルト達が馬車を止めて立っていた。
「おう、上手くいったぜ。さて、今後について話し合おうか!」
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