40.ラスティー・ザ・スパイ Part2 前篇

 真夜中になり、城下の灯が消える。だが、憲兵や城の門番は休むことなくその場で立ち、怪しい者は例えネズミでも通さないと言わんばかりの目線を飛ばしていた。

 その頃、宿でラスティー達は酒を酌み交わしていた。ワルベルトは今迄の努力を無にされ、半分ヤケになりながら酒を呷っていた。

「夜中は動かないのか?」ディメンズがラスティーの腹を肘で小突く。

「あんたもわかっているだろ? 夜中の方が、警備が厳しいし、下手に動くと速攻で地下牢行きだろう? わざわざ試すような事を言わないでくれ」と、酒を呷る。

「青臭いガキではなさそうだ。危なっかしいがな」

「どういう意味だよ? ん、バグジー君はどうしたんだ? いないぞ?」

「夜風に当たっているんでしょう~? それより呑みましょうよ~こんな日は呑まなきゃやってられませんよぉ~~~」ワルベルトは顔を真っ赤に染め、瓶ごと飲み始める。

「女っ気が欲しいな……」ラスティーは複雑そうな表情で窓から外を眺めた。



 ラスティー達の泊まる宿には大浴場があった。この国を代表する観光スポットのひとつであり、この宿が誇る最大の温泉だった。絵には立派な絵画が描かれ、緑と岩が敷き詰められ、まるで森の中のオアシスの様な浴場だった。

 そんな極楽に先ほど辿り着いたアリシアは、湯船に浸かり頭にタオルを乗せながらとろける。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁ~~~~~極楽じゃぁぁぁぁぁ」


 旅疲れを湯に溶かし、アリシアはこの天国を独り占めしていた。

 そこへ、1人の男が現れる。彼の身体は無数の傷が刻まれ、右腕の肘から先が無かった。

 気配のする方へ顔を向けるアリシア。

 その男の顔は不潔気味な無精ひげだったが、どこかラスティーと雰囲気の似ているハンサムな顔立ちをしていた。

 男はかけ湯をして顔と身体の汚れを落とし、湯船にゆっくりと浸かった。


「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~天国だぁぁぁぁぁぁ」


 アリシアの唸り声よりも大きな声を大浴場に木霊させ、顔を赤く染める。

「あの、こんばんは」

 アリシアは胸を隠しながら男に近づいた。

「……あ、こ、コンバンワ……」

「いい湯ですね~」

「ここはバルカニアで一番の大浴場ですからね。元々、王族や貴族の為に作られた浴場だったらしいですけど、先代の王が一般人にも入って欲しいと、解放したらしいですね。ま、ここよりも立派な大浴場を城内に作ったからだと聞きましたがね」

「へぇ~詳しいんですね」

「まぁね。君は……旅人かい?」

「はい。多分、この城下町のどこかに仲間がいて、合流したいんだけど……疲れて、とりあえずここに……」

「会えるといいですね」男はニコリと微笑む。

「ありがとう。そういう貴方も、旅人ですか?」

「はい。仲間と共にあらゆる国を回って、そして……いや、私は旅人と言うより、逃亡者と言うべきかな……」自嘲気味に笑う。

「逃亡者? お尋ね者ってこと? 実はあたしもなんだよね! いくら? あたしは8000ゼルなんだ!」

「8000! それはお高いですね。私は……懸賞金は掛かっていませんよ。ただ……巨悪に屈して逃げた、ってところでしょうか……」

「……その傷と腕はその時の?」アリシアは彼の傷をひとつひとつ眺め、自分の傷痕と比べる。

「はい。これからその巨悪に立ち向かおうとしたのですが……出鼻を挫かれ途方に暮れている、という感じでしょうか……」

「それでも立ち向かうのは凄いよ。ねぇ、もしかしてその巨悪って、魔王?」

「いいえ……まぁ、魔王も視野に入れた旅ですが……」

「だったら、あたしと一緒に旅しない?! あたしも魔王を倒す旅をしているんだよね!」腰を上げ、両手でガッツポーズをする。男は顔を赤く染めてそっぽを向いた。

「あの……見えてます……」

「おっと!」アリシアも顔を赤くしながら湯船に沈む。

「……貴女も魔王を倒す旅を? ……もしかして……」

「ん? なに?」アリシアが顔を近づける。

「いいえ。その、私たちの道は違いますが、どこかでまた会うかもしれませんね」

「会えたら、よろしくね! さて、あたしはそろそろ出ようかな! 明日の準備をしなきゃ!」張り切りながら立ち上がり、バスタオルを巻きながら大浴場から姿を消した。

「……多分、ラスティー殿の仲間だな。同じ屋根の下にいるのだが、気付くかな? 案内してあげたいけど……まだ正体を知られるわけにはいかないな」

 男は重たいため息を吐き出し、湯船に沈んでいった。

「いい子だな、彼女……」



「ラスティ―さん、何で呑まないんですか? ノリが悪いですよぉ~」ワルベルトが4本目の酒を振り回しながらラスティーに絡む。

「明日の策を考えているんだよ。どうにか城に忍び込んで、情報を得なきゃな」と、ディメンズの情報を元に自分で書いた城の見取り図を眺めながら唸る。

「お前にできるのか? 俺は問題ないが、あの城の警備は厳重だぞ? 外からの侵入は半端な腕では不可能だ」ディメンズが窓の外に目を向けながら口にする。

「余計なお世話だよ。こんな所で躓いて、魔王を倒せるかって」

「確かにそうだが、下手を打つと魔王を倒す前にここでお陀仏だぞ?」

「その時はその時だろ」

 ラスティーは煙草を揉み消し、もう一本咥える。そこへバグジーが帰ってくる。

「おう、バグジー!! あんたも呑みますか? 付き合いなさいよぉ~!! この2人は薄情でノリが悪いんでねぇ~」と、着ぐるみに向かって酒瓶を向ける。

 バグジーは両手を突き出して首を振った。


「あぁ! どいつもこいつも! あっしは呑みますよぉ! あっしはいくら飲んでも酒に呑まれることはありませんからねぇ~どっかの馬鹿共とは違ってね! 聞こえているか!! バルカニアの阿保共!! 勝手に殺し合ってろ! 馬鹿め!!」


 ワルベルトが喚き散らすと、真下から床を叩く音と「うるさい!!」とラスティーの知った声が響いた。

「ん? なんか聞きなれた声が……だがここにいるわけないしなぁ……」ラスティーは首を傾げながら見取り図に目を戻した。

 そんな彼をバグジーは肩を揺らしながら眺めた。

「おぉ? バグジー! そんなにあっしが可笑しいですか? ミジメですか? あぁそうですか!!」

「うるせぇ! とっとと寝ろ!!」

 ディメンズが怒鳴ると同時に床が再び大きな音を鳴らした。



 早朝、ラスティー達は宿から外に出た。

 ラスティーは夜を徹して、城に忍び込む策を考えたが、ディメンズから聞いた警備状況を聞いて頭を抱えた。城外の警備は水を漏らさぬほど厳重であり、偶然入れたとしても、内部は風魔法が巡っており、部外者が入り込んだ瞬間に気付かれてしまうのだった。

 彼はディメンズに、どうやって忍び込んだのか聞きたいところだったが、答えを聞いては面白くないと夜通しで考え込んだ。

だが、ついに単独で潜入する術は思いつかなかったのである。

「……ディメンズさん……もう一度、城に潜入できますか?」

「降参か? 忍び込むなら昼めし時だな。この時間が一番手薄だ。だが、タダではだめだな~」と、意地悪そうな顔を見せるディメンズ。

「……確かに、まだ俺とオタクらはまだ、正式に手を組むと決めたわけじゃないしな……」

「それに、半人前にただで情報を渡すわけにもいかないしな……だろ? ワイリー」

 ディメンズが背後で頭を抱えるワルベルトに目をやる。

「……確かに、そんな未熟な男に情報も、7000の兵も渡すわけにはいきませんねぇ~」

「くっ……でも、1人で潜入って……パレリアの警備は緩すぎてどうかと思ったが……このバルカニア城の警備は……あぁ! 何か思いつけ! くそ!」眠気で鈍った頭ではいいアイデアが思いつく訳もなく、ただ頭を掻き毟る事しかできなかった。

「まぁ、普通ならこんな無茶ぶりはしないでしょうが……あんたは魔王を倒すと心に決めた男でしょう? このくらいやってもらわなきゃ……なぁバグジー」ワルベルトがバグジーを見ると、着ぐるみは大きな頭を前に倒した。

「くっ……」

 すると、彼らの背後から軽やかな足取りでアリシアが出てくる。


「あぁぁぁ! リフレッシュしたぁ! 久々の朝風呂は贅沢だったなぁ~~~♪」


 艶々になった彼女がスキップしながらラスティー達の横を通り過ぎようとする。

「ん?」

「んぅ?」

 アリシアとラスティーの目と目が合う。その瞬間、ラスティーはまるで女神か何かでも見つけた様な表情で彼女に抱き付いた。


「アリシア!! よかった!! やっぱり昨夜のアレは空耳ではなかったんだな!!」


「ん? ん? ん??!」




 事態の飲み込めないアリシアに今迄の経緯を話すラスティー。彼女は朝食のサンドイッチを片手に聞きながらワルベルト達に挨拶を済ませる。

「……アリシア? エヴァーブルーか?」突然、ディメンズが口を開く。

「……そうだけど? 何か?」

「いや、手配書で見かけただけだ。似顔絵より美人だな」と、ディメンズは紫煙の向こうから、彼女の頭から足先まで眺めた。

「あ、ありがとう……8000ゼルには興味なさそうでよかった」

「おいワイリー」ディメンズがワルベルトに耳打ちをする。すると、ワルベルトもアリシアの顔を見てニヤリと笑った。

「ほぉ~彼女が……」

「なに??」

「いえいえ……それにしてもアリシアさん、いい得物をお持ちで……後で、あっしの自慢の逸品を紹介しやしょう……」

「ありがとうね!」

「そういえばアリシア……」一通り話し終わったラスティーが問いかける。


「ヴレイズ達はどうしたんだ? なぜ、アリシアがここに??」


 このセリフを耳にした途端、アリシアは腹の奥から響く言いようもない感情を我慢し、喉の底で殺した。


「大丈夫。エレンも…………ヴレイズも問題ないよ! 多分、グレイスタンに先に着いちゃうんじゃないかな?」


「そうか……そうならいいんだが……なぜアリシアが?」

「ラスティーがひとりじゃ心配だってエレンもヴレイズも……だから来たの!」

 このセリフがラスティーのハートに深々と突き刺さる。

「ほぉう……ひとりじゃ心配、ねぇ……」ディメンズがまた意地悪そうな表情を覗かせる。

「ひとりで心配な奴に7000も預けるなんて、ねぇ~」ワルベルトも同じような表情を浮かべ、くくくと笑う。

「ぐっ……あ、アリシア……いまからその、とある場所に潜入して情報を収集しようと思うんだが、手伝ってくれないか?」

「あ、その前にあたしの用を済ませていいかな? バルカニア城に御届け物があるんだ。話せば長くなるんだけど……」と、言う間にラスティーがまたアリシアに抱き付いた。

「なに?」

「よぉぉぉぉぉし!! アリシア! 俺の策を聞けぇ!!」

「え?」

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