39.呑まれた馬鹿共

 6年前のグレイスタン国で、王暗殺事件が起きた。

 王であるラオ・ムンバスがバルジャスの刺客数十人に取り囲まれ、襲われたのだ。悲しみに暮れる国民と王妃、そして王子。

 そんな事はお構いなしと、王子のシン・ムンバスが事故に遭い死亡し、国の跡を継ぐ者がいなくなってしまう。

 一時的に王妃が頂点に立ったが、病弱な彼女では国を治める事は敵わず、心労で倒れ伏してしまう。グレイスタン国は未曽有の危機に陥った。

 そんな中、謙虚に後ろ手彼らを支えていた賢者、ブリザルドが周りの後押しもあり、臨時的に王座に就いた。

それから国は安定を取り戻し、賢者の手によって危機は取り除かれた。

はずだった……。



「……確かに、俺もあの国は怪しいと思うよ。賢者のいいように事が運んでいるし、パレリアで怪しい使者を見たしな……」ラスティーは落ち着くために煙草を吹かし、ため息を吐くように煙の塊を宙へ噴き上げた。

「あっしの情報に狂いはありません。全ての黒幕は賢者ブリザルドです。あの男は王と王子を暗殺し、国を操り、裏からこの大陸を操ろうとしています。おそらく、今度起きるパレリアの戦争も賢者の入れ知恵……どういう結末にするかまだ分かりませんが……ブリザルドは、魔王と繋がっています」ワルベルトが力説し、水を一口飲む。

「マジか!! どこで掴んだ情報だ?」

「まだ秘密です。ここからは予想ですが、おそらくブリザルドは魔王に西の大陸を、世界の中心であるククリスを明け渡すために動いているかと……」

「そうかな……?」ラスティーは訝し気な表情で吸殻をたき火へ投げ捨てた。

「他にどんな目的が?」

「まだ予想できていないが、俺も風使いでね。風の賢者たちの記した書物はよく読んでいてね。ブリザルドの出した本も読んだよ。内容は……上辺では初心者に優しい基礎や応用が書かれていたが、どことなく嫌味な感じがしたな。それに、簡略に書かれたブリザルドの半生も書かれていたが、あいつは誰かの下に付くような男には見えない、かな。かなりの野心家って感じだ」

「まだ闇は深いってとこですか」

「……で、ブリザルドを失脚させるのはわかったが……手伝ってくれるのか?」

 彼の問いかけにワルベルトは不敵な笑みを浮かべた。

「いえ、あっし達は忙しい身でして。それに、これはラスティーさんの試練です。これを乗り越えれば、あんたは7000の軍を率いるに足る男であると証明されるはずです」

「……でも相手はあの風の賢者だしなぁ……」

「おや、魔王を討伐しようって男が弱気ですねぇ……」

「いや、まだ時期というか、人数が揃ってないというか……」珍しく弱気な顔を覗かせるラスティー。

 確かに、まだ仲間は4人しかおらず、このメンバーで風の賢者を失脚させるのは難しかった。4人で国を転覆させろと言われているようなものだった。


「大丈夫です。ほら、うちのバグジーをお供に連れて行ってください。歌に踊りが得意な陽気なヤツです」


「……着ぐるみ1人が仲間になってもなぁ……」

 ラスティーは弱った顔でバグジーの真顔を見た。

 バグジーは彼にひょこひょこと歩み寄り、太い腕で握手を求めた。

「こいつの中身は一体誰なんだ?!」

「あぁそうそう、中身が誰か教えましょう。彼の正体を知れば、少しはやる気が出るかもしれませんぜ」

「へ?」



 明朝、彼ら4人はバルカニア城下町へ入った。入口の大通りを始め、賑やかな街並であったが、どことなくピリピリした空気が漂っていた。

「この街はいつもこんな感じか?」険しい表情の憲兵の表情を伺いながらワルベルトに問いかける。

「いいえ……2週間前とは雰囲気が違いますねぇ……」

「それに、監視の目が厳しいな。厳戒態勢って感じだ。この国は他と比べて警備が厳しいが、いつも以上って感じだな。風で探る事もできない」ディメンズが辺りに目を光らせながら口を開く。

 ラスティーも己の風で探ろうと通りに魔法を漂わせたが、他の風に弾かれ驚く。冷や汗を垂らしながら弾かれた方へ目を向けると、目を座らせた町人がラスティー達を睨んでいた。

「私服の憲兵か……ここでの情報収集は難しそうだ」

「なぁに、あっしらはこの城に入れますから、その時にでも……」

 だが、ワルベルトの言った通りに事は運ばなかった。

 なんと、門前払いを食ったのだ。

「な、何故ですか?! あっしらは王とは同じ酒を酌み交わした仲ですし、相談役としても……」

「お引き取り下さい!!」門番の2人が声を揃え、大槍を交差させる。

「理由はなんです? 事によってはあんたたちは……」

「王からの命令です。この城には何人たりとも部外者は通せませぬ! たとえワルベルト殿でも! いまはボルコニアとの戦争の準備で忙しく、情報は一滴たりとも外部へは……」この言葉にワルベルトは顔を青くさせた。

「な! ボルコニアは同盟相手でしょう?! なぜ仲間と殺し合うんです?!?」

「……っ! お引き取りを! さもないと!」門番が合図をするように腕を上げると、上方から弓を構えた兵たちが現れ、ラスティー達に殺気を向けた。

「っく! 何故だ!! 何故なんだ!!」



 ラスティー達は城下の宿に泊まり、情報収集へ出掛けたディメンズの帰りを待った。ラスティーも付いていこうとしたが「1人でやらせろ」と睨まれ、待つことになった。

「ディメンズさんはこの国出身で、この城下街は庭みたいなモンですからね。大人しく帰りを待ちましょう」ワルベルトはそう言いながらも、慌てた様に荷物を降ろし、今迄集め漁った資料に目を通し始めた。

「邪魔者扱いにされるのは数年ぶりだな……なぁ、俺もその資料を読んでいいか?」

「どうぞ」

 日が暮れるまで黙々と読んでいると、部屋の窓からディメンズが入ってくる。


「連中、バカだ……」


 呆れた様な顔を覗かせ、煙草に火を点ける。

「で、なぜ戦争が勃発したんですか?」



 ディメンズアは町人や住民、憲兵たちの話を繋ぎ合わせ、さらに城へ潜入して裏を取って組み立てた情報内容を語り始める。

 1週間前、同盟を祝してバルカニアとボルコニアの代表たちが集まり、宴会を開いた。最初は華やかで和やかに始まり、場の空気が温まり両陣営とも会話が盛り上がり、笑いが絶えなかった。

 だが、酔った勢いで昔のいざこざを掘り返した者が現れ、嫌味の言い合いが始まる。最初は互いに笑ってやり過ごしたが、やがて口喧嘩が始まり、ヒートアップし、仕舞には殴り合いの喧嘩にまで発展する。

 宴会は最悪なムードで幕を閉じ、ここでは収まらず代表同士は同盟を破棄し、互いに宣戦布告を宣言したのである。



「なんてバカな! あっしの3年間はたった1回の宴会でパァですかい!!」

「だが、一気に戦争まで発展するとは……」ラスティーが唸っていると、ディメンズが口を開いた。

「この国とボルコニアは昔から仲が悪く、同盟なんてありえないと言われていた国なんだ。3年前までは互いに戦争の準備をして一触即発の状態だったんだ。それを俺たちが何とかしてだなぁ……その状態が今回の宴会で火が点いたってとこだ……」

「バカだ、バカだ! こんな事をしている場合じゃないでしょうに! 魔王が北で笑ってやすよ!!」ワルベルトは頭を抱え、苦しそうに唸った。

「……なぁ、こんな話を知っているか?」ラスティーが語り始める。

「その昔、A国とB国が戦争をしていた。戦いは泥沼化し、両陣営とも殺し合いにうんざりしていた。

 それに見かねたA国の指揮官がB国の指揮官に『一日だけ戦いを忘れて宴会でもやらないか?』

 両国とも同じ人間である以上、酒を酌み交わせば心が通じるとB国の指揮官は了承し、宴会が始まる。

 最初はいいムードで盛り上がったが、やはりいがみ合いが始まり、やがて……」

 ここまで話すとワルベルトがうんざりした声を出した。

「今回のとそっくりですね」

「話はここからだ。ABの戦争は激化し、やがて疲弊を始める。すると、脇で見ていたC国が現れ、A国とB国をあっという間に制圧したとさ……で終わる。これがどういう意味か、わかるな?」

「……ってぇ事は……」ディメンズが顔を上げると、ワルベルトが口を開く。

「今回の宴会……C国が介入してぶち壊した可能性がある、と……」

「そのC国がどこか……掴む必要があるな」ラスティーはニヤリと笑い、煙草に火を点けた。



 その頃、城下街の門に1台の馬車が辿り着く。

「ついた~! ビープマンさん、ありがとう!」アリシアが元気よく伸びをしながら外へ飛び出した。

「礼を言うのはこっちの方さ。盗賊の襲撃から守ってくれてありがとうよ。で、あんたは何処まで乗っていく気だい?」御者のビープマンが後部に乗るケビンに問いかける。

「この仏さんを故郷に届けるよ。俺の向かうべき場所もそこなんでね。運がいい。ヨロシク頼むぜ、ビープマンさんよ。道中は守ってやるよ」

「期待してるぜ、ヴァンパイアさん」

「アリシアさん。俺の旅が終わったら、すぐに君の元へ向かう! それまで待っていてくれよ!」

「期待しないで待ってるよ、バンパイアさん……」

 馬車が走り始めると、アリシアは踵を返し城下街へ向かっていった。

「まずは宿だな!!」


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