38.ラスティーと武器商人

 アリシアが馬車に乗っている頃、ラスティーは荷物を纏め、バルカニア国西側に位置するモモク村を出ていた。今迄仕入れた情報を整理し、1冊のノートにまとめて懐に仕舞う。

「さぁて、城下町までもう少しだ」

 合図するように馬の腹を蹴り、奔らせる。その間も彼は風魔法で周囲数百メートルを警戒し、道を選んで進んでいた。

 それでも盗賊に何度か遭遇し、その度に1人で蹴散らした。

 彼は数年ぶりとはいえ、1人旅には慣れていた。以前はまだ子供で、盗賊や猛獣に怯えながらの旅であったが、今は手慣れたものだった。

 しばらくして周囲に警戒すべきものが無いと確認すると、奔る速度を緩やかにさせ、風向きに注意しながら煙草に火を点け、煙を吐き出す。

「あいつら、大丈夫かな……?」

 パレリアでエレンと別れた後、彼はボルコニアの情報も探りヴェリディクトの足取りを耳に入れていた。バースマウンテンでひと暴れし、その後ククリスで賢者会議に乱入したと聞き、彼はヴェリディクトの目的がわからず首を傾げた。犠牲者などの情報は詳しく入ってこなかったが、バースマウンテンで死者が数人出たと聞いたときに、彼は表情を青ざめさせた。

「無事ならいいが……」煙草の灰が馬の項を汚した事に気付き、振り払う。

「だが、悪いな。俺は進まなきゃならないんだ……ひとりでもな」



「コイツが噂の新型『ドラゴンブレス01』でございます。魔法が不得意な人でも、このグリップを握り、引き金を引くだけで……まぁ試してごらんなさい」

 ラスティーがひとり歩く数キロ先のど真ん中で商いが行われていた。武器満載の2頭馬の馬車には茶色いウサギの着ぐるみが手綱を持って座っていた。

 その正面で武器商人の『ワルベルト・ワインシュタイン』が武器片手ににんまりと胡散臭い笑顔を作っている。

 彼が相手するのは6人の頭の悪そうな盗賊だった。

「ほぉう……こんな訳の分からないマスケット銃モドキがか……」正面の盗賊は訝し気な表情で武器を受け取り、遠くの木に狙いを定めて引き金を引いた。

すると、筒から赤々と燃え盛る炎が噴き出て、木を一瞬で消し炭に変えてしまう。

「うぉ! す、すげぇ!」

「どうです? 反動も少なく、照準も正確でしょう? 今、この馬車にはこいつが1ダース積まれていやす。もし、今全部ご購入いただけるなら一丁半額のお値段で譲りやしょう! どうです?」口ひげをピクピクと動かしながらネクタイを締め直す。

「ほぉ……こいつなら駅馬車はおろか村すらも一瞬で灰にできそうだぜ……よし、全部貰おう!」盗賊はにやりと笑い、未購入の武器をワルベルトに向けた。

「おや、危ないですねぇ~」相手から漂う物騒な殺気に気付いていないのか、未だに笑みを絶やさない。

「抵抗しなけりゃ命までは奪わねぇよ。だが、わかるな? 自分の商品で死にたくなきゃぁ……」筒の先から炎が漏れ出る。それを合図に周りの賊も武器を抜き、馬車へ近づいた。

「おぉっと、いま思いとどまらなきゃぁ追加購入はできませんよぉ?」

「なぁに。そん時はお前のお仲間を襲うまでさ!」


「そうですか。では、商売はここでお仕舞でございやすね!」


 ワルベルトが指を鳴らすと同時に正面の賊の頭を矢がぶち抜いた。返り血を浴びないように身を翻す。

 周りの賊が異変に気付くと、今迄微動だにしなかった着ぐるみが素早く動き出し、手にしたナイフで次々と賊の首を斬りつける。

 着ぐるみが逃がした残りの賊たちに矢が直撃し、辺りが血の海になる。

「はぁ……こいつらもハズレですかぃ」残念そうにワルベルトが死体から商品を引きはがし、綺麗な布で血を拭う。

 すると彼の頭上から大型スナイプボウガンを持った男が現れ、静かに着地する。

「だから言ったろ。才能、根性、頭脳にカリスマのある逸材なんて、盗賊の中に埋もれてないってよ……まだ探すのか?」ワルベルトの用心棒『ディメンズ・ハーブマン』が煙草に火を付けながら口にする。

「この時代、いると思うんですがねぇ~そうだろ、バグジー」

 バグジーと呼ばれた着ぐるみはナイフにこびり付いた肉片を体で拭いながら、コクリと頷いた。



「賊同士の抗争か?」ラスティーは馬上から身ぐるみはがされた盗賊を見下ろしていた。馬から降り、屈んで死体を調べる。

「遠距離からのスナイプ……こっちは急所を一突きか。死に顔を見るに、不意を突かれた感じ……他の連中からの距離から見るに、囮がいたわけだ……靴に蹄と車輪の跡……ふぅむ」周囲に残る情報を丁寧に分析する。地面に刺さった矢を引き抜いて検め、眉を顰めた。

「この矢、魔王軍で作られたヤツだな……」と、車輪の跡残る地面を睨み、その先へ顔を向ける。

「……よぉし、挨拶してみるか」



「おいワイリー、誰かが追ってくるぞ」馬車の荷の中から本片手に口にするディメンズ。ワルベルトは武器リストから目を離し、後部を覗く。

「……止めろバグジー。ディメンズさんは狙撃地点へ」と、言う間にディメンズは得物片手に無音で飛んでいった。

 数分後、追ってきたラスティーは馬車の前に馬を止めた。

「こんにちは。いい天気ですね」笑顔で笑いかけるラスティー。

「えぇ、風が心地よい」ワルベルトも穏やかに応える。

「向こう側で死体が数体転がっていたんだが、おたくらがやったのか? 見事だな~」単刀直入な物言いをするラスティー。

「……えぇ……交渉が決裂しまして。盗賊相手の商売は人を選びましてねぇ」

 すると、ラスティーはワルベルトの耳元まで顔を近づけた。


「スナイパーがいる事はわかっている。下げさせろ。俺は敵じゃない」


 彼はワザとらしくディメンズの潜む場所へ笑顔を向け、手を挙げてみせた。

「可愛くない若造だな……」

 ワルベルトの合図を確認すると、彼はボウガンを背中に背負い、風魔法で無音跳躍をして馬車へ戻った。

「何の御用で? 素通りしないって事は、御用があるんでしょう?」

 ワルベルトが口ひげを動かすと、ラスティーはにやりと笑った。

「あぁ……見たところあんた、武器商人なんだろ? みせてくれないか。俺はお客だ」



 ラスティーはワルベルトが用意した武器をえり好みし、目を光らせていた。

「なるほど、どれもいい品だな。しかし、クリスタルを用いた武器を見るのは初めてだな」

 先ほど彼が盗賊に見せていたドラゴンブレス01に触れ、注意深く洞察する。

 そんな彼の目をワルベルトは観察し、目を細めていた。

「炎だけでなく、クリスタルを入れ替えれば雷や冷気、突風なんかも出せますよ」

「いいな。ボウガンも置いてあるか?」

「えぇ勿論。彼が持っているスナイプ型から携帯バリスタまで置いてありますよ?」と、荷台から次々と武器を取り出し、ひとつひとつ紹介を始める。ラスティーはその説明を聞きながらも、ディメンズやバグジーの視線に気を配る。

「俺のは大型獣用のボウガンなんだ。そろそろガタがきてる……代わりになるヤツはあるかな?」

「なら、これがお勧めだ。『ビーストキラー04』。あなたの持つ型の2世代上の品です。あらゆる矢に対応しており、放たれる矢は達人の弓から放たれるそれとほぼ同じです」

「へぇ~こんなの俺の国にはなかったなぁ~」

「お故郷はどちらで?」

「東のニーロウだ。この武器はどこで仕入れたんだ?」

「北のバルバロンでさぁ。あんたが欲しいのは武器でなく、情報じゃあないですかい?」

 まるで見透かした様な目でヴレイズの目を見た。

「なぜ?」

「そりゃあ、アンタ……武器に目もくれず、あっしの顔や周りの気配張り気にしている様子ですから。そこら辺はまだまだ下手っぴですねぇ~ジェイソン・ランペリアスさん」

「!! ……いつから気付いていた?」ラスティーは眉を吊り上げ、目を細めた。

「気付いたって言うか……頭の中の大物リストをひっくり返して、アンタの顔を見つけた時に……いや、あっしもあんたを探していたところでさぁ」

「俺を?」

「えぇ、ニーロウから仲間を連れて旅立ったと聞いたので」

「何故知っている?」

「そりやぁアンタ……あっしは武器商人ですよ? 情報も扱ってなきゃモグリでさぁ」

「……そうか……で、俺をどうする気だ? ここで討ち取って金にでも換える気か?」ラスティーは背後の2人に親指を向けた。その先にいるディメンズとバグジーは腰に備わった得物に手を掛けていた。

「いえいえ、そんな事はしませんよ。お2人、警戒はもういいです。ここからは何も包み隠さず話し合いましょう、ラスティーさん♪」

「なんでも御見通しか、流石は魔王軍お抱えの武器商人だ」

「矢を見て勘付いたんですね。でもご心配なく。あっしはアンタと同じく、魔王討伐を志す者でさぁ」

「……信用できるのか?」



 夜が更けると馬車を止め、ラスティー達は野宿の準備を始める。火を焚き、各々食糧を調理し一息つく。その間、着ぐるみのバグジーは手綱を握ったまま動かなかった。

「あいつ、何者なんだ?」煙草を咥えながらラスティーが尋ねる。

「ウチのマスコット、ウサギのバグジー君だ。少しシャイだが、歌と踊りは上手いし、中々の話し上手だ」ディメンズが串焼き肉を片手に口にする。

「いや、中の人は……」

「中に人はいませんよ」隣に座るワルベルトが悪戯気に笑う。

「お、おぅ……で、続きだがあの話は本当か?」ラスティーがワルベルトに顔を近づける。

 ラスティーは道中、彼らから様々な話を聞いた。

 まず、魔王軍の本拠地である北の大国バルバロンの現状。

 徐々に勢力を拡大し、ほぼ北の大陸を手中に収めるほど肥大していた。兵器開発に力を注ぎ、日々様々な武器が作り出され、中でもクリスタルを用いた兵器が多数製造されており、更にワルベルトすら知らされない巨大兵器の製造もされているらしい。

 その巨大兵器は、ラスティー達の戦った魔動式パワードスーツの様なモノらしい。

 次に聞いたのは『反属性』の存在である。

 反属性『アンチ・エレメンタル』とは魔王が発見、実用化した属性をそう呼んだ。ワルベルトが言うには、どんな物質でも跡形もなく消す事ができる恐るべき属性らしく、ラスティーがリボルギャング襲撃の時に見た紫色の光の正体はこれだった。この属性を利用した武器も存在しており、魔王軍にももちろん配備されている。

 そして最後に聞いたのが、ワルベルトの目的である。

 彼は北の大地のとある亡国出身であり、父親も武器商人を営んでいた。父は魔王軍に反抗し、殺されたらしく、彼とその村はその反逆の罪を許してもらうため、村人全員体内の『魔石』を差し出して免除された。

 その後、ワルベルトは身分を隠し魔王軍に潜り込んで戦地に転がった武器拾いから成りあがり、今の地位を手に入れた。その活躍が認められ、魔王の右腕『ウィルガルム』の下で働くこととなる。

 ワルベルトに課せられた役割は『世界各地に魔王軍製の武器をばら撒き、戦の火種に油を注ぐ』ことである。

 だが、彼はこの仕事を利用して各地で反魔王軍の兵を集める旅をし、人数をかき集めた。パレリア城のブルースとも顔見知りであり、ラスティーの父親とも繋がっていた。マーナミーナでラスティーを待つ戦士たち10000人の半分をかき集めたのも、彼だった。

 だが、この活躍はごく一部だと彼は言う……。



「バルカニアとボルコニア……この2カ国が同盟を結んだらどうなると思います?」水筒を一口飲み、髭に付いた水滴を拭うワルベルト。

「あり得ない……と、思うが、もし組んだら敵無し、だろうな」

 ラスティーは知っていた。

 知恵のバルカニア、力のボルコニア。この2カ国は昔から犬猿の仲、わかり合う事などありえない関係だった。事の始まりは数百年前の戦争にあるが、それはまた別のお話。


「あっしが、つい2週間前、極秘同盟を結ばせたんです」


「はぁ?!! あり得ない!」ラスティーは目を剥いて狼狽した。

「3年間かけてようやく、だったな。まったく上の連中はどちらも頭が固くてな」ディメンズが食後の煙草片手に口に出す。

「3年……」

「まぁその間に、いくつも仕事を掛け持ちして武器や金をあちらこちらに転がしていましたがね。おかげで金と兵力は十分確保できました……が……」ワルベルトが表情を少し曇らせる。

「兵力の方に問題あり、か」何かを悟ったのか、彼の表情を読み取ってラスティーが応える。

「わかりますか。そう、自慢げに兵力10000と言いたいですが、現在はどれだけ目減りしている事やら……多勢を纏めるリーダーが不在の為、やはりばらつき、少しずつ消えていき、2日前に聞いた報では、およそ7000まで減ったとか……兵力とはいえひとりひとりが人間ですからねぇ~足や頭の付いていない武器とは違いまさぁ」

「7000……」

「一応、ブルースさんの息子さんが指揮を執っておられますが、まだ若輩でして」

「俺だってそうさ。じゃあ、急がなきゃな」

「その前に! あなたにやって頂きたいことがあります」ワルベルトは目を光らせ、ラスティーの両肩を掴む。

「情報収集か?」

「いえ。あっしはあなたにおよそ7000の兵を預けるつもりです。ですが、その前に確証がが欲しいんです。あなたが本当に魔王討伐の先頭に立てるのかどうか……」

 焚き火の火がパチンと弾け、火花が踊る。

「……何をすればいいんだ?」


「グレイスタンで王代理に着いている風の賢者、ブリザルド・ミッドテールを失脚させて頂きたい」


「……はぁ? ……はぁ?!」


 ラスティーは目をひん剥き、ワルベルトとディメンズの顔を交互に見た。彼らは真面目な表情で彼の目を覗き込み、ラスティーはそれに対し、冷や汗で濡れた引き攣った笑顔を向けた。

 そんな彼を着ぐるみのバグジーが無表情でじっと眺めていた。

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