37.賢者会議
ここは世界の中心、聖地ククリス国。
この国には数多くの伝説が存在し、神を象った像や、魔法学校に大聖堂などがある。そんな多くの建造物の中心にホーレスト城が建っていた。
この城で様々な会議が行われ、その内容が世界を左右する。
この国の王こそ、王の中の王、光の勇者の末裔と呼ばれる『バーロン・ポンド』である。
もしもこの国が堕ちる事があれば、世界の、今迄の歴史の終焉を意味する。そんな事が起きないように、『賢者』が存在する。
本日はその賢者たちが一堂に会する重要な会議が行われようとしていた。
ホーレスト城下町に1台の馬車が到着する。中から紅色の鎧を身に付けたロザリアが降り、周囲を警戒する。
「どうぞ、ミラージュ様」安全を確認すると、続いてエミリーがふわりと地に降り立つ。
「この国は治安が行き届いているから、大丈夫よ。あ~久しぶりだなぁ~2年前に学校を卒業して以来か……」
彼女はククリス魔法学校、雷応用学部を主席で卒業した。その後、賢者の推薦を受け、厳しい試練を勝ち抜いて今の座に付いたのだった。
「……私が付いて来ても、よろしかったのでしょうか?」兜を取って脇に抱え、ロザリアが尋ねる。彼女はパレリアの騎士でも衛兵でもないただの村娘だった。実際、賢者の護衛の出来る身分ではなかった。
「貴女以上に頼りになる護衛はいないからね。それに、ここに来れば貴女の記憶を思い出す切っ掛けがあるかもしれないじゃない?」
「……ありがとうございます」深々とお辞儀し、エミリーの背後に付く。
「じゃ、行こ! ここまで来れば、身構えなくても大丈夫! 気楽に気楽に!」無邪気な笑顔でふわふわと浮き上がり、城下町へ入っていく。
ロザリアは微笑を浮かべるも、城下から漂う不穏な気配を感じ取りながら、後を追った。
だが、会議室手前まで来ると、エミリーの表情が固まっていき、動きがぎこちなくなる。
「どうかしましたか? まさか魔封じの罠が?!」瞳に雷光を光らせ、エミリーの前に出るロザリア。
「だ、だ、大丈夫……少し緊張して……」
「緊張?」
「初めてなの……他の賢者にお会いするのが……私みたいな子供が入っていいのか……」
「ミラージュ様は正式に選ばれたのでしょう? なら、胸を張って入るべきでは?」
「そ、そうだよね……私は選ばれたんだから、誇りを持って、大丈夫ダイジョブ!」頬を両手でパチンと叩き、服装と髪型を整える。
「では、私はここでお待ちしております」ロザリアは一礼し、廊下で待機する。
「よぉしよぉし!」
エミリーは気合を入れ、会議室の扉を開いた。円卓の周りに椅子が並び、その中の一脚に水色の人型スライムが座っていた。
「ん? え……と、アナタは?」未知の生物を見る様な目でエミリーはスライムに近づいた。
「貴女が新しい雷の賢者?」スライムが口にし、エミリーに顔を向ける。
「うぃ!」再び緊張が身体を襲い、石造の様に硬直する。
「はじめまして。私は水の賢者、リヴァイア・シレーヌのドッペルウォーターです。どうぞよろしく」
「ど、どっぺるうぉーたー??」
「ご本人が多忙でして、分身の私が来た、というわけです。ここでの会議内容をキッチリ本人に届けるのが私の目的です」
「す、すごい……こんな水魔法があるなんて……」
「貴女は雷ですから、応用方法が難しいかもしれませんね」
エミリーが自己紹介すると、会議室の扉が勢いよく開く。
「なんだ、慌てて来たがまだ2人だけかぃ……」
大柄で筋骨隆々の浅黒い男が現れる。その隣には活発そうな褐色の女性が立っていた。
「父さん、恥だけは掻かないでね」娘と思しきショートカットの女性は男の脇腹を肘で小突き、会議室から退室した。
「暑苦しいのが来たわね……」リヴァイアは見下すように鼻で笑いながら一瞥くれる。
「今年もドッペルちゃんで参加か。相変わらず忙しいみたいだのぉ」男はガハハと笑いながら席に付いた。
「東の大陸に賢者は私だけですからね。雷の賢者も東から選んで欲しかったけど、優秀なのは少なかったみたいだし、ククリスのある西の守りを固めたかったみたいだしね」
「おぉ! そういえば初対面だったな!! わしは炎の賢者、ガイゼル・ボルコンだ! よろしくな、お嬢ちゃん!」
「あ、エミリー・ミラージュと申します……」
「12歳だったな? 凄いなぁ~! 若いのに賢者に選ばれるなんて! わしなんて賢者になったのは30超えてからだったからなぁ~」
「早くても遅くても、良い賢者になれるかどうかはわからないわ」
「そういえばリヴァイアさんは今年何歳だったかのぉ?」
「うるさいですよ! 私は分身でも人格は本人のままだし、ここであったことは全て本人に伝わります! おわかり?」リヴァイアの影は感情を露わにしながらガイゼルを睨み付ける。
「相変わらず厳しいのぉ~」
会議室の外でも会話が行われていた。
「あんた、強いでしょ?」ガイゼルの娘がロザリアに絡む。
「貴女は?」
「アタシはフレイン・ボルコン。ガイゼルの娘で、バースマウンテンの戦士よ」
「……私は雷の賢者の護衛を任された……パレリアの戦士ロザリアだ」
「よろしく。でさ、あんた。強いでしょ~」
「だからなんだ?」褐色の顔を静かににらむロザリア。
「この会議が終わったらさ、手合わせしてくれない? 長旅中、ロクなヤツ相手してないからさ~。それに殆ど父さんが消し飛ばしちまうしさ。ね? いいでしょ?」
「悪いが、断る」
「え~!? なんでよぉ~!」
「無益な戦いに興味が無いんだ」ロザリアはそこまで言うと、フレインから顔を背け、目を閉じた。
「そう……戦いの中で学ぼうっていう向上心がないんだぁ~戦士なのに? 笑わせてくれるねぇ~」揶揄う様な口調をロザリアに浴びせ付ける。
「試合というものに興味が無い」
「じゃあ、『死合い』なら文句ないんだ?」
フレインはニヤリと笑い腕から炎を滲ませる。
ロザリアは目を厳しくさせ、再び彼女を睨む。
しばらく視線上で火花を散らし、お互いの殺気をぶつけ合う。ロザリアは数日前に闘技場で見せた殺気を纏わせた。
それに対し、フレインも殺気に熱を混ぜてぶつける。
「すっごい……あんた想像以上だよ」冷や汗を掻きながらも表情に余裕を蓄えながらロザリアの殺気を受け止める。
「やるな……」ロザリアは頬を緩ませ、さらに殺気を強める。
「くらぁ!! 外で何やっとるんじゃィ!! こんバカたれ!!」
会議室の中からガイゼルが飛び出し、娘の首根っこを掴み上げる。
「げぇ! なぜわかった!!」
「んな殺気を駄々漏らせて伝わらないと思ったか! この未熟者! この城の周りでも走ってろ!!」
「はい……」解放されたフレインは残念そうに肩を下げ、そそくさと走って行った。
「悪かったな。あいつぁ誰かさんに似て喧嘩早くてな……」ガイゼルはすまなそうに眉を下げ、ロザリアに頭を下げた。
「いや、私もムキに成り過ぎた……申し訳ない」
3人が会議室に集まって1時間経つと、光の議長でありバーロン王の兄である『シャルル・ポンド』が入室する。
「まだ3人か……ふむ」自慢の口ひげを撫でながら席に付き、咳ばらいをする。
「はじめますか?」リヴァイアが急かすように口にする。
「会議は全員集まってからだ。先に資料を配ろう」手を叩くと御付きの者が賢者たちの前に分厚い資料を置く。
エミリーが資料に目を通すと、眉を顰めた。
「こ、これは……?」
「北の大地で起こった出来事を纏めたものだ。この1年で魔王の手によって3カ国が滅ぼされた。どれもゆるゆると占領、吸収される形となっている」シャルルは忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
「いやらしいやり方ね」リヴァイアは分厚い資料を水で浸し、インクの流れを読み取り、一気に情報を吸収していた。
ガイゼルは資料を炎で包み込み、消し炭にして吸収した。
「なに? 神器と呼ばれる『預言者の石板』を魔王が発見し、砕いたとあるが、間違いないか?」驚いた表情を見せるガイゼル。
「そう伝わっている。まさにやりたい放題だ。この調子で『創造の珠』『破壊の杖』を手にされたら、この国が堕ちる前に世界が終わるだろう……」
「なぜ石板を破壊した……? なぜ使わないんだ?」
「あ……うぅ……」瞬時に資料を読み取る術をもたないエミリーは必死になって目を通したが、そんな彼女を見てガイゼルが肩に触れる。
「慌てなくてもいい。わしも最初は周りのペースに合わせるので必死だったが、それは時が解決するだろうさ」
「す、すみません」
「せいぜい精進するのね。賢者の称号に胡坐をかかないように」リヴァイアが付け足す。
「すみません……」
エミリーが資料を読み終わる頃、会議室の扉が風と共に開く。
「遅刻して申し訳ない」
そこにはオールバックの似合うローブを着た中年男性が立っていた。
「風の賢者、ブリザルド・ミッドテール殿が来たか。おい」シャルルが合図をすると、御付きが資料を差し出す。
「あ、それは結構。道中、風で読み取った」と、余裕の表情で椅子に座る。
「さっきから会議室の様子を風で探っていたのは、やはり貴方でしたか。まぁ、ここを探れる実力者は貴方ぐらいしかいませんから、警戒はしませんでしたが」リヴァイアが腕を組み、彼に顔を向ける。
「王代理というのは忙しくてね。合理的に動くのが癖になっておりまして」この賢者、ブリザルドは訳があって現在、グレイスタンの王の座についていた。
「き、気付かなかった……」
「ほぅ、ククリスの諜報部にしては、中々丁寧に作ってあるじゃあないか」
いつの間にか、会議室の隅に黒いスーツを着た男が資料片手に立っていた。その男は、ここにいるべきではない男だった。
「貴様!! どこからここに入ったぁ!!」シャルルが怒鳴り、衛兵を呼ぶように円卓を叩き合図をする。だが、会議室の扉を開ける者は現れなかった。
「何故ここにいる! ヴェリディクト!!」温和な表情を崩さなかったガイゼルが険しくさせ、腕を赤熱させる。
「おぉガイゼル君。君の山の戦士を1人、借りたよ。これから食事会でね。手が足りないのだ」殺気立つ賢者を目の前にしても冷や汗ひとつ落とさずに笑うヴェリディクト。
「なに? バースマウンテンに来たのか……?」滝汗を掻くガイゼル。
「貴方の目的は何です? 会議をぶち壊しにきたのかしら?」リヴァイアも立ち上がり、目の前の敵を見下すような顔を向ける。
「いや、少し見学しにきただけだよ。1年に1度の賢者たちが一堂に会する茶番劇だからね。見逃す手はない」
「これはこれは言ってくれる。で、食事会はどちらへ? まさか噂の吸血鬼の友人と、かな?」ブリザルドは座ったままペースを崩さずに口にした。
「彼との食事会も1年に1度だ。その前座にピッタリだと……」
「黙れ! この大悪人めが!! 貴様が魔王と通じてやりたい放題暴れていることは伝わっておるぞ!!」シャルルは額に血管を浮き上がらせて怒鳴った。
「そんな言い方をしないで欲しいな。別に私は魔王を後ろ盾に我儘を言っているわけではない。王を後ろ盾にする君とは違うよ」
「なんだと貴様!!」
「まぁまぁ……ヴェリディクト殿、皆の顔を見に来ただけなら歓迎しますよ。会議の邪魔さえしなければ」穏やかな口調で言うブリザルド。
「もちろん、邪魔はしないさ」
「いや、出て行って貰いたい! 魔王の間者めが!!」シャルルは顔を赤くして怒鳴り散らした。
「間者扱いとは……いやはや無礼な物言いだ」笑顔のまま瞳の奥をほんのりと赤くさせる。
「遅れて申し訳ない!! いやはや南は立て込んでおりまして」
険悪なムードの中に大地の賢者『リノラース・ヒュージウッド』が到着する。ガイゼルと比肩するほど大柄であり、彼より一回り筋肉の太い男だった。
「おぉリノラース殿! 久しぶりですなぁ」部屋の空気を換えようと、ガイゼルが歓迎するように隣の席へ座る様に促す。
「ガイゼル殿! 先ほど娘さんにお会いしましたぞ! いやぁ大きくなられましたなぁ~」
笑顔の似合う恵比須顔を近づけ、会議室を見回す。
「おや、ヴェリディクト殿も同席されるとは珍しい。差し入れにおでんを持参したのだが、如何かな? 僕の故郷で採れた野菜で作ったのですが」
「ほぅ……リノラース君の料理は豪快な見た目とは裏腹に繊細な味付けが見事だからねぇ……頂くとしよう」
「流石、南で吹き荒れる血風を1人で納める男、ね」感心した表情を覗かせ、ふふっと微笑むリヴァイア。
リノラースが収める南の大陸、ナンブルグ大陸はこの西大陸以上の紛争地域だった。原因は大陸東側、元ランペリアの存在した地域が魔王の放った闇の瘴気で汚染されているためである。これにより、土地は制限され奪い合う形となっている。
場が和んだところでシャルルが手をパンと叩いた。
「では、本題に入るとしよう……」
会議がやっと始まる頃、満足したのかヴェリディクトが退室する。片頬を上げてほくそ笑み、肩を揺らした。
「さてさて、何も知らぬ愚者共が魔王を相手に何ができるやら……」
「魔王がなんだって?」彼が部屋から出てくるのを目にしたロザリアが立ちはだかる。
「……? 君は確か……」彼女の顔を知っているのか、不思議なものを見る様な表情を作るヴェリディクト。
「私の事を、知っているのか?」
「ほぅ……これは面白い。君は今の方がずっと、幸せそうだね」
「どういう意味だ! 貴様、何者だ!!」
「いきなりだが、忠告しておこう。何も思い出さない方が君の為だ」
「良いか悪いかは自分で決める! 教えてくれ! 私は一体、何者なんだ!」
取り乱すロザリア。そんな彼女を見て楽しそうに眺めるヴェリディクト。
彼は彼女の脇に挿してある刀の柄を小突いて口を開いた。
「血を……命を啜るのだ。そうすれば思い出すだろう……魔王と呼ばれる男と旅をしたあの日々を……」
「なに?!!」
目を見開き、身体を硬直させる。
その間にヴェリディクトは静かに笑いながら淡い炎の中へと姿を消した。
「ま、魔王と……旅をした……私、が……??」
「魔王がこの世にあらわれて、今年で15年だ。その間、我々は何もできず、北の大陸の民たちを助ける事もできなかった……」シャルルは奥歯を噛みしめながら口にした。
「160年前の覇王の件もあります。賢者全員の首がすげ変わる事態を避けるためですよ。それに、何もできなかった訳ではありません」ブリザルドが自分の用意した資料を片手に話す。
「私の調べによると、魔王はこの西の地に……このククリスに攻め入る気はないと思われます。なにせ、ヤツの目的は神器『創造の珠』と『破壊の杖』による世界の再構築にあるからです」
「世界の再構築??」エミリーは頭上に?マークを作りながら訊き返した。
「神にでもなるつもりかしらね」忌々しそうな表情で吐き捨てるリヴァイア。
「大船団を編成し、北の海を嗅ぎまわっていると聞きましたよ」リノラースが手を挙げる。
「だが、この大陸に諜報員を投入し、争いの火種を操っているとも聞くのぉ。見つけ次第、イモ釣で……と言いたいところだが、尻尾が掴めん……」ガイゼルは拳を握り、円卓を軽く叩いた。
「更に、魔王の後ろ盾を得た自称『氷帝』が北のサバティッシュを完全制圧したという情報を耳にしたわ……なんでも『氷』をひとつの属性として独立する為だとか……くだらない」リヴァイアが言い終わると、シャルルが円卓を叩いた。
「魔王め……わしの目の黒い内は、好きにはさせんぞ」
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