36.炎の生還
ヴレイズが頭を悩ませていると、病室にブレムンが戻ってくる。仲間の肩を借り、ヨロヨロとした足取りでヴレイズの前に立つ。
「……なんだ?」書物から目を離さずに問うヴレイズ。
「……残念だが、俺はここまでだ……」歯を間から絞り出すように口にする。彼の身体は内側から焼け焦げ、血が蒸気を上げて噴き、筋肉が少しずつ崩れ落ちていた。
「諦めんのか? 息子を取り戻すんだろぅ?!」
「ボルン……無念だ。あの男には勝てない……ガイゼル殿も諦める程の実力者だ……」
「生きていればどうにかなるだろ!! 諦めるな!!」
「そうだな……ヴレイズ、君は諦めるな。なにせこの山の恩人だ。俺の役割を君が立派に成し遂げてくれた……だから、俺の代わりに息子を……」
「だから諦めんなって!! ゴホっ!!」思わず火を吐き、蹲る。
「あの男、ヴェリディクトからの伝言だ……俺を反面教師にしろ、と。俺は力む事で魔力を制御しようと躍起になったが、失敗した……もう終わりだ。いいか! 力む以外の方法で魔力を沈めるんだ!」
「……それがわかるなら最後まで諦めるなよ!!」
「もうすぐ俺の薬が切れる……これ以上醜態を晒して崩れ落ちるなんて、俺には耐えられない……さらばだ」
ブレムンは最後の挨拶を済ませると、涙する戦士たちと共に病室を後にし、バースマウンテンの奥へと消えていった。
「ヴレイズさん! 書物を持ってきましたよ! 私も一緒に読みますから、その……」エレンは気合の入った声と共に病室に入ったが、項垂れるヴレイズを見て肩を落とした。
「……薬が切れ始めているのがわかる……胸が熱くなってきた……だが、まだ掴めていない……コントロールの仕方を……俺は死ぬのか?」
目から蒸気を上げ、表情を歪める。
「じゃあ最後まで足掻かなければ!」
「だが、わからない……力まずにどうやって魔力を? わからな……ぐぁ!!」
煙を上げながら床に転がり、胸を掻き毟る。ヴレイズもブレムン同様、身体が崩れ始めており、不気味な音を立てながら血を流した。
「あ……あぁ!」エレンは慌てて自分の腕に魔力を込め、回復魔法を使おうとしたが、それを見た魔法医が彼女を止めた。
「どんな魔法を使っても、この呪いの前には無力だ。別の方法を考えるしかない」
「しかし、どうすれば! ペインアウトはもう無いのでしょう?!」
「……エレンさん、冷気の魔法は使えますか?」
冷気は水使いが使える魔法である。だが、得意不得意がはっきり分かれており、使えない者も多くいる。
「生憎、私は……」
「そうか……ブレムン殿は先ほど、山に……自然の一部となられた……用意するか?」
「何をです?」
「このまま苦しみ、終わっていく彼の姿を見ていたくはないだろう?」
このセリフにエレンは激昂し、彼の胸を小突いた。
「ふざけないで下さい!! 生きていればどうにかなるかもしれないんです! 諦めなければ!!」
「……現実を見た方がいいぞ……」彼はそう言い残し、苦しむヴレイズに一瞥をくれながら病室を後にした。
「患者の前で諦めるなんて! 魔法医失格です!!」と、息巻きながら口にするも、表情が一気に曇り膝を折る。
「って言っても、私も諦めかけているんですが……一体どうすれば……」
ヴレイズは激痛の中で夢を見ていた。
魔王討伐の旅が始まる前の自分。一仕事が終わった後、酒場で仲間とクダを巻きながら酒を呷り、眠る。そんな生活を繰り返していた。
何の目標もなければ夢もなく、向上心もなかった。時折、村を焼かれる夢を見てはヴェリディクトを憎悪し、己の炎を練るが結局届かぬ目標と悟り、何気ない生活へ戻っていく。無気力な人生を送っていた。
そんな所に現れたのがアリシアだった。
仕事で彼女を助け、それが理由でお尋ね者になり、今迄の温い生活を送れなくなってしまった。そして魔王討伐という大きすぎる目標をブチ立て、彼らの旅が始まったのだ。
そこから、彼の人生は変わった。
あらゆる壁に、敵に、無茶ぶりにぶち当たっては乗り越え、彼らは強くなった。
これらの経験を経てなんでも乗り越えられると自信を付けたが、今最大の壁を目の当たりにし、ヴレイズは絶望しかけていた。
その絶望に光を差したのも、アリシアだった。
アリシアの激がヴレイズの消えかけていた炎を燃え上がらせた。
壁を昇り切るまであと一歩……。
「……いつも、俺を助けてくれるんだな……アリシア……」
ぐちゃり、と音を立て、無理やり起き上るヴレイズ。
「ヴレイズさん! 無茶しないで下さい!!」
「無茶しなきゃダメなんだ……」身体の熱を押して己を奮い立たせる。表情は曇っているが、目には光が宿っていた。
「エレン……この部屋から出てくれ……」
「え? 何故です?」
「今から……俺ぁかなりヤバい無茶をする。成功したら、バックアップを頼む。だが、失敗したら……アリシアに、代わりに謝っておいてくれ」
「そんな縁起でもない!!」
「いいから早くここから離れろ! 一緒に死ぬ気か?!」
「え? えぇ?!!」エレンは病室から追い出され、外で立ち尽くしていた。
「……ヴレイズさん、何をする気でしょう……?」
ヴレイズは心を静め、その場に座り込み魔力を練り始めた。赤熱拳を作る時の要領で全身から溢れる炎を練り上げ、抑え込まずに解き放っていく。
「……『強くなるだけじゃ強くなれない』だよな、村長……この言葉に賭けるぞ……」
呟き、『燃やすものを選ぶ炎』で身体を包み込む。さらに体内で暴走する炎と掛け合わせ、混ぜる。
「ぐっ……キツイ……だが、これでいい! 身体が持ってくれれば……」
その瞬間、身体にブスブスと穴が開きはじめ、中から炎が漏れ出る。血を噴き出すように炎が吹き荒れ、部屋全体を焼き払う。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」頭に血管を浮き上がらせ、咆哮する。
だが、体内の魔力循環に集中し続け、少しずつ炎を抑えていく。
「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
目や口から火を噴き出す。だが、それに反して身体から放たれる炎が静まっていく。
だが、その瞬間ヴレイズの身体が赤く光り、爆炎が病室から噴き出た。
「ヴレイズさん……? ヴレイズさん!!」
突然の轟音に耳を塞ぐと同時に首筋に悪寒が走る。
「……魔力が、熱が感じ取れない……」周りにいた戦士たちが口々に漏らす。
エレンは堪らず煙燻る病室へと足を踏み入れる。
その部屋の中央に、熱を収めて力尽きたヴレイズが転がっていた。全身を赤くし、傷から血を流し、呼吸を荒くしていた。
「ヴレイズさん! ヴレイズさん!」涙ながらにエレンは彼を抱き起した。
「……あとは、任せた……助けて……」
「助かったんですね!!」火傷しない自分の手を見て笑顔で泣きじゃくるエレン。
「だから、助けて……体が、いてぇ……」
彼の治療は3日3晩続いた。
エレンの水魔法で作り出したヒールウォーター・バスの中に浸し、山で採れた回復魔法と相性のいい薬草を加え、さらに山の魔法医の風の回復魔法と合わせた。
「あまり無茶した使い方をしないで下さいね! 今のヴレイズさんは割れかけのガラスより脆いんですから!」
「貴女こそかける魔法の種類を間違えないで下さいね。風と水の回復魔法にも相性の良し悪しがあるのですから……」
「わかってます!」
エレンは己の全神経を注いでヴレイズの治療を続け、魔力を出し尽くした。
そして4日目の朝。
彼女は疲れ果てて眠ってしまい、その隣には全快したヴレイズが立っていた。崩れかけた身体はすっかり元通りになり、少々の傷痕は残るものの、今まで通りに動く自分の手足を感じ取り、にっこりとほほ笑む。
「エレン……エレン?」ヴレイズが彼女を揺さぶるが、それを魔法医が止める。
「寝かしてあげなさい。3日間も不眠不休で貴方の治療を続けたのですから」
「そ、そうか……」
「しかし、大したものですね。あんな理不尽な呪いから生還するなんて……」魔法医は感心した様に茶を啜りながら口にした。
「無様に足掻いた結果さ……アリシアの言葉がなかったら、あのまま唸りながら溶けていただろうぜ……」
「生きていれば……ですか。そんな言葉で救われれば苦労しませんよ。どうやって呪いを解いたんですか?」興味の眼差しを向ける。
「……あの呪いは、いわば『対象者の魔力を強引に振り回す』呪いだったんだ。それで身体が悲鳴を上げて、力で押さえつけようとしても、決して止まらず、かえって体に負担がかかる。で、俺はブレムンさんや書物、経験をヒントにして『自分で魔力を振り回して適応』したんだ。多分、クラス4の魔力循環はこんな感じなんだと思う」
「で、では、今の君はクラス4だというのか??!!」
「いや……適応はしたものの、やはり体に負担をかける事には変わらないから……適応したのち、徐々に回転スピードを落としたんだ。だから俺は砕け散らずに済んだんだ。今の俺ならあの魔力循環を再現できるが、短時間しかできないだろう。クラス4の様に常日頃からあの魔力循環をするなんて、考えられない……」
ヴレイズはそういうと、ベッドに座り込みエレンの寝顔を見た。
「そして今、俺が生きているのはエレンと、貴方のお陰だ。礼を言う」
「仕事をしたまでだ。普段なら報酬を頂くところだが、貴重な体験ができたし、一度は匙を投げた身ゆえ……無料で結構だ」
そこまで言うと魔法医は一礼し、病室を後にした。
ヴレイズは横になり、焦げた天井を見上げてため息を吐いた。
「ありがとう……アリシア」
「なるほど、彼の無事を祈るばかりだな」アリシアの話を聞き終え、ケビンは微笑みながらも心配するように眉を下げた。
「うん……胸を張って大丈夫、とは言えないけど……それでも信じたいな……生きてまた会えるって」
「会えるさ。何せ君の信じた仲間だ」
アリシアは彼のセリフに安堵したのか、背もたれに体重を預け、軽く唸った。
「少し心が軽くなった気がする」
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