35.炎の闘病

 盗賊襲撃から一夜明ける。アリシア達は馬車に揺られながら遠くの景色を眺めていた。

 目指すはラスティーの待つバルカニア。

 この国はボルコニアと隣接する西5大大国のひとつである。ボルコニアとは昔から仲が悪く、今でも冷戦中である。

 ボルコニアが『剛』の国ならバルカニアは『静』だった。猛者は少ないが有能な軍師が多く、弓の名手が多く戦争に強い国である。

「ふぅん……ケビンは物知りだねぇ」停車場のある村で買ったバルカニア生物図鑑に目を通しながらアリシアは小さく頷く。

「80年前の情報だからな。今はどうなっている事やら」彼は世界中を旅しながら歴史や呪術を学んでいたらしく、あらゆる事を知っていた。

 すると、彼の頭上で何かが唸る様な声が響き、ドンドンと叩くような音が鳴った。

「うるせぇぞ」と、ケビンは天井を殴った。

 頭上の荷台に、昨日の盗賊団の頭である男が生け捕りにされ縛られ、荷物の様に転がされていた。ケビンは道中、手に入れた手配書束の中にこの男の手配書がある事を知り、行く先の町のギルドに突き出し、報酬を手に入れようと考えた。賞金は10000ゼル。

「で、アリシアさん」腕と脚を組み、首を傾げる。

「なに?」

「……ヴレイズって仲間の話を聞かせてくれないか? 相当、大切な人みたいだが?」

「ん……ぅ……うん……」アリシアは頬をほんのりと紅く染めながら語り出した。



 4日前のボルコニア、バースマウンテン。

 アリシアが出立した直後、エレンは町の診療所の薬品庫をひっくり返し、使えそうな物を鼻息荒くしながら探していた。

「薬では、あの病……いや呪いか? どうにかなるとは思わないが……?」

 彼女の背後で魔法医が口にする。彼女は薬品庫にある物は全て熟知しており、ここにあるものは全て、ヴレイズ達の病には役に立たないと考えていた。

「どうにかしようとは思っていません。しかし、あの熱……激熱と呼べばいいのでしょうか? あの苦しみを和らげる何かがあればいいと思うのですが……」

「うぅむ……そんな都合のよい薬品があったか……? あ……あれがある」

 魔法医は思い出したように薬品庫に入り、エレンの探している場所よりも奥の棚まで向かい、埃被った箱を取り出す。

「それは?」

「魔法の無痛手術ばかりやっていたからな。コイツなら……」

 箱の中には瓶が数本入っていた。中身は薄黄色の液体で、ラベルには『ペインアウト』と記されている。

「これは、違法薬物ですね……」知っているのか、顔を渋くさせるエレン。

「趣味趣向で使えばな。医療で使う分には、この国では合法だし、私は使用許可も得ている。だが、今では無用の長物だ」

「これを使えば……」

「だが、効く保証はない……」

「そんな事を考えていたら何もできません!」

 エレンは箱を受け取り、ヴレイズの元へと奔った。

「やれやれ……効いたところでどうするのだか……」



 ヴレイズは相変わらず、呻き散らし部屋中に火を噴き散らしていた。もう1人の呪いを受けた炎の戦士ブレムンも同じく苦痛にのたうち回り、目から火の粉を飛ばしていた。

 エレンは彼ら2人に『ペインアウト』の効果を必死になって説明し、2人にどうするかを問うた。

 ブレムンは大きく頷き、ヴレイズも弱り果てた顔を縦に振った。

「では……」

 彼女は瓶をおそるおそる傾け、ヴレイズに飲ませる。

 彼は一瞬苦し気な表情を一層険しくさせ唸ったが、痛みが徐々に消えていくのか表情が穏やかになり、ここに来てやっと体の力を抜いて寝息を立て始めた。ブレムンも同じく痛みが消えて安堵したのかイビキを掻き始める。

「寝てしまったか……まぁ無理もないか」魔法医がため息を吐きながら入室する。

「寝かせるために飲ませたわけではないのですが……この薬の効力はたしか、6時間ですよね?」

「あぁそうだ」

「では、1時間寝かせましょう……疲れたままでは頭も回らないでしょうし」

 だが、彼女たちの心配とはよそにヴレイズとブレムンはものの10分で起き、苦しそうな表情をエレンに向けた。

「早いですね!」

「……熱さと痛みが収まったのはいいんだが、まるで体中に砂利が詰まっているみたいで、寝れたもんじゃない……」

「それに、痛みが消えただけで、身体は今でも燃え続けている……このままでは体内から溶けてしまう……」

 2人は腰を上げようと身体を捩ったが、思うように動かないのかベッドから転がり落ちてしまう。

「無理をしないで下さい!」エレンは駆け寄り、ヴレイズを思わず掴んでしまう。たとえペインアウトを使っても彼の身体は熱を放ったままなので、彼女は火傷を負ってしまった。

 自分の手を水魔法で癒しながら、ヴレイズの身体の様子を目で確認する。

 ベッドから落ちた衝撃で彼の身体は少し崩れ、マグマの様に煮えたぎった血がドロリと流れ、床が煙を立てていた。

「その……私はどうすれば?」

「そ、そうだな……」無理やり笑おうと表情を強張らせる。

 その隣でブレムンは溶岩の様な血を噴きながら無理やり立ち上がった。

「根性だ! こんな呪いは気合と根性でどうにでもなる!! 俺は自分なりに呪いを解く方法を見つけ出す!」

 そう言い残し、彼は病室をヨロヨロと後にした。

「そんな! 無理をしたら寿命を削りますよ!!」

 彼女の助言が虚しく病室に響く。

 それを聞いてヴレイズはベッドに戻り、何かを考える様に頭を押さえ、唸った。

「……根性でどうにかなるなら、薬に頼らなくてもどうにかなるはずなんだよ。だが、この熱さ、痛みじゃまともに考える事も出来ない。この薬には感謝しているよ。ありがとな、エレン」

「いいえ……ですが、この先はどうすれば……」

「……なぁ、この山は確か、今の炎の賢者の生まれ故郷なんだよな?」

「そうらしいですね」

「俺の予想だと、この魔力暴走はクラス4の魔力循環と似ているんだと思う……まるで体内の魔力を強引に振り回されているって感じでさ……これを自分の意志で振り回せるようになれば……安定させることができれば……」

「助かるんですか?!」

「あぁ……運がよければクラス4に覚醒できるかもしれない」

「それは凄い!!」

「だが、運が悪ければ……俺に素養がなければ消し炭になるだけかもな……」

「う、うぅ……」



 ブレムンはバースマウンテンを降りていき、マグマの滝へと足を踏み入れ、灼熱に打たれながら体内の暴走を止めようと踏ん張っていた。

「俺にならできる! 俺には才能がないだと? あの野郎ふざけやがって!!」

 彼はヴェリディクトに呪いをかけられた直後、彼に「君は精々、反面教師になってくれ」とだけ言われていた。この言葉が彼の脳内で不気味に木霊し、それを振り払うためにあえて溶岩の滝に打たれていた。

 だが、それが裏目に出たのか、体内のペインアウトの効力切れが早まってしまい、仲間に引き上げて貰う羽目になった。

「無茶しすぎですよ! 死に急ぐ気ですか?!」

「あなたが死んだらガイゼル殿が悲しまれます!」

「いや、我々も悲しい! あなたから教わりたいことが沢山あるんです!」

 山の戦士たちはブレムンを取り囲み、何とか彼の身体の魔力暴走を止めようと必死になった。だが、外部からの魔法制御はまったく受け付けず、かえって彼を苦しませる形となった。

 結局もう一瓶のペインアウトを使う羽目となってしまう。

「これで最後だ。ヴレイズ君の分は……彼には済まない事をした……」



 その頃、ヴレイズは村長の家やガイゼルの生家にある書物や手紙などをかき集め、エレンにページを捲らせて頭に叩き込んでいた。

「ヴレイズさん、ちゃんと頭に入ってますか?」

「普段、本は読まないし、勉強らしい勉強はしたことがないからなぁ……だが、死にたくないしな!」と、ガイゼルが読んだと思われる炎の教本を読む。

「こういった事は一朝一夕でどうにかなるとは思わないのですが?」

「俺もそう思う。だけど、惜しいところまで来てるんだ……あと少し……ヒントが一欠けらあれば上手くいくと思うんだ……それを探せれば……」

 だが、そんなものが都合よく見つかる筈もなく、徐々に時間だけが過ぎていき、ヴレイズの薬が切れ始める。

「くそぉ……贅沢だと思うが、もう一瓶ないのか?」

「3本ありましたから、あと1本あるはず! 取ってきます!」

 エレンは本を置いて病室を飛び出した。

 だが、そう都合よく薬が余っている筈もなく、ブレムンの話を聞き落胆して戻る。

「すみません……ブレムンさんがもう使ってしまったらしく……」

「マジか……」咳を吐くと、火炎玉が飛び出てベッドを焼いた。

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