32.炎の病

 次の日の早朝。

 アリシアは目の下を黒くしながら薬草を両腕一杯に抱えて草原を走っていた。血と泥で全身を汚し、ボルコンシティへと駆けていきヴレイズとブレムンのいる病室へと慌ただしく入る。

「クローヅ草! 採ってきたよ!!」彼女は魔法医から魔封じ効果のある薬草を採ってくるように頼まれていた。アリシアは昨夜から眠らずに町周辺の草原を探し回っていた。

「よし、これで……」

 彼の診断結果、未知の呪術魔法で体内の魔力を意図的に暴走状態にされたと分析した。しかも外部からの魔力介入は一切出来ず、他の者が沈静させるためにコントロールしようにも全て弾かれてしまい、お手上げ状態だった。

 次の手として、一旦魔封じの薬を飲ませ、落ち着かせようと考えたのだった。実際に治療用ではなく罠に使う物であるため、「皮肉なモノだ」と魔法医は笑いながら薬を煎じた。

 アリシアは涙を堪え、必死になって医者の手伝いをし、火傷しないように耐火用手袋を付けてヴレイズに薬を飲ませた。

「これで落ち着くよ……もう大丈夫だから……!」

 ヴレイズは一言も話す事ができず、ただ胸を掻き毟るのを止めず、白目を剥きながら火の粉を吐き散らしていた。頑丈なベルトでベッドに全身を固定されていたが、それでは止められず、地面に直接固定されていた。ブレムンも同様に暴れ、ベッドを消し炭にし、壁に大穴を開ける程、荒れた。

 2人は薬を必死になって飲み下し、効くのを呻き散らしながら待ったが、しばらくして悲鳴に近い雄叫びを上げて火を吐き散らした。

「そんな!!」今にも泣き出しそうな顔になるアリシア。

「待ってて!」魔法医は風の治療魔法を得意とし、彼らの身体を風で撫でまわし、何故薬が効かないのか探る。

「……拒絶の呪いが……くっ! 私の魔法では探り切れない!」

「俺に診せろ!」炎の回復魔法が使えるゴレズが前に出てブレムンの額に手を置く。

「……炎に呪術が幾重にも練り込まれている……だが、それは外部からの介入を拒絶するだけの壁の様だ……おそらく体内の暴走は呪いによるものではない」

「どういう意味?」

「この暴走はブレムン殿の……彼ら自身の魔力によるものだ」

「つまり……?」

「彼ら自身でどうにかするしかない……」



 その頃、ボルコシティの前に一台の駅馬車が停まる。

「ラスティーさんもせっかちと言うか……あなたは自分の心配をしないんですか? って……言いたいですねぇ……言い出したら聞かない人ですし……はぁ」

 独り言をブツクサと呟きながらエレンが馬車を後にし、恐る恐る町の門を潜る。

「なんだか物々しい雰囲気というか、観光客は寄せ付けない雰囲気……」

 普段は和気藹々とした雰囲気を絶やさない町だったが、災難が現在進行中で続いているためお通夜ムードだった。

 負のオーラを肌で感じながら重い脚を動かすエレン。アリシア達を見つけようと左右見渡す。

 すると、奥の建物から泣きじゃくるように顔を押さえたアリシアが慌ただしく出てくる。

「あ、アリシアさん~!」


「うっうっうぇぇぇぇぇぇぇん……ぐすっ、え、えれん? えれぇぇぇぇぇん!!!」


 エレンの胸に勢いよく飛び込むアリシア。彼女の胸を鼻水と涙でぐしょぐしょに汚し、狼狽する彼女をよそに、事情も言わずひたすら泣き続ける。

「ま、まさかヴレイズさんが……?」

「う゛ん……」

 アリシアが頷くとエレンは一筋涙を流す。


「こ、殺されたんですか?!!」


「死んでないよぉ!!!」


「ぢゃあどうしたんですか?! 事情を詳しく話して下さい!!!」


「う゛わ゛―――――――――――ん!!!!」



 エレンはアリシアに自作の精神安定魔法をかけて落ち着かせ、事情を詳しく聞いた。一言一句逃すまいとカルテを作り、ヴレイズの症状、かけられた呪いの種類、術者の特徴まで他の町人にまで聞いて回り、整理する。

「炎魔法は専門外なんですよねぇ……」弱ったように頭を掻く。

「同じ炎使いでもこれはわからん……参った」

 エレンの水魔法ですら彼らにかかった呪いで弾かれ、風の魔法医同様、診断すらできなかった。

「そういえばエレンはなんでここに?」アリシアは鼻をかみながら問うた。

「ヴェリディクトがこの山にいるって情報をラスティーさんが掴んで、心配だから付いていってくれって頼まれたんです。彼の嫌な予感は、残念ながら当たってしまったようですね……」

「ラスティーは?! ひとりで平気なの?」

「心配ですけど……彼なら……」

「……心配だなぁ……ひとり逞しくても、仲間なんだからさ……」

 2人顔を合わせてため息を吐くも、再びヴレイズに顔を戻し、また難しい表情を作る。

「……これと似た呪いや症状は……見た事はないですか?」エレンは魔法医やゴレズに問うた。

 2人は難しそうに唸り、首を振った。

「そうですか……しかし指を咥えて見ているわけにはいかないでしょう?」彼女はスクッと立ち上がり、他の戦士にも聞き込みに回った。

「あたしも!」アリシアも付いていく。

 そんな彼女らの言葉は耳に届いているのか、ヴレイズは呻き散らしながらも微々たる安堵の表情を作った。



 彼女らは夕方になるまで町中を駆けずり回り、村長や長老、ボケたおじいさんにまで聞き込みをし、炎に関する知識をひたすら詰め込んだ。だが、ヴレイズの魔力暴走を止めるヒントを掴むには至らなかった。

 汗だくになってアリシアが地面にへたり込む。

「大丈夫ですか? 身体が熱いですよ?! 風邪ですか?」エレンは彼女に水を這わせて症状を確認しようとする。

「上手く力が入らないかな……昨日の夕方からまともに休んでないし……」

「……風邪ではないみたいですが、体温が熱っぽいですね。一応解熱魔法をかけておきます」

「ありがとう……でも、ヴレイズは……」また目頭を熱くさせ、涙を垂らす。

「ヴェリディクトってヤツは一体何者なのでしょう? あんな呪術は見たことがありません!」

 2人は収穫ゼロのまま病室へ戻り、ヴレイズの横に座った。

 彼の症状は余計に酷くなり、脚と腕をガタガタと震わせ、目と口から蒸気を上げ、時折全身から炎を滲ませた。

「このまま助けられないなんて……あたし、耐えられないよぉ……」

「アリシアさん……」

「だって、あたしが盗賊に酷い目に遭っている時に助けてくれたのがヴレイズだったし、それからの旅でも何度も助けられたし……この山でも……だ、だずげでぐれだしぃ……」

「泣かないでください……」

「ぐしっ……あたし、助けたいよぉ……ヴレイズを助けたいよぉ!!」

 アリシアはこのまま焼け石の様になったヴレイズの隣で泣き疲れ、ぐったりと眠ってしまった。



 アリシアが初めてひとりで狩りを成功させたのは9年前の7歳の頃だった。

 その時すでに彼女は狩りの基本や極意などをピピス村の狩人たちや『おじさん』に叩き込まれており、幾度も数人でおこなう狩りを成功させていた為、自信をつけていた。

 ある日、彼女はおじさんから『誰の手も借りずに狩りをしてきてみろ』と言われ、アリシアは意気揚々と準備を進めた。

 狙うは森の殺し屋『ブレイドゴリラ(刃大猿)』であり、7歳の少女が戦うべき相手ではないが、彼女は自信満々で森へ向かった。

 そして、彼女は刃大猿に腹を切り裂かれ、命からがら森を彷徨い、逃げた。

 腸を垂らしながら泣き歩いたが、その声を聞かれ、血の臭いを嗅がれて魔物に寄ってたかって襲われ、彼女は3日間地獄を味わった。

 なんとか1人で討伐対象であるブレイドゴリラを死にもの狂いで狩り獲ることに成功した。

 この経験で彼女は多くの事を学んだ。

 どんなに泣き叫んでも誰も助けてはくれず、そして……。



 次の日の明け方。アリシアは目を覚まし辺りを見回した。

 事態は好転しておらず、相変わらずヴレイズは苦悶のうめき声上げ、エレンは看護疲れで寝息を立てていた。

「……だよね……」

 アリシアは何かを決めたかのように目を光らせ、荷作りを始める。

 町全体に朝がくる頃、エレンが目をゆっくりと開く。

「んぅ……いつの間に眠っていました」

 眠気眼でアリシアを見る。

 彼女は今にでも町を旅立つような恰好をしていた。

「あ、エレン。おはよう」

「おはよう、ございます……どうしたんですか? 狩りにでも行くのですか?」

「……ねぇ、ラスティーは今、どこにいるの?」

「パレリアを出て隣国のバルカニアへ向かいました。で、その先のグレイスタンで合流する予定です。が、どうしたんです?」

「……あたし、今からラスティーと合流して彼と行動しようと思う。エレンはヴレイズをよろしくね」

「えぇ? まぁそれでもいいですけど……」

 アリシアは頷き、ヴレイズの方へ顔を向けた。エレンは首を傾げながらアリシアの背を不思議そうに眺めた。

「ヴレイズ……あたしは今からラスティーと合流してバルカニアへ行くから。で、グレイスタンで待ち合わせだから……いい?」

 アリシアは彼に顔を近づける。


「諦めなければ……生きていればどうとでもなるんだから!! 絶対にあきらめないでよ! グレイスタンでヴレイズが来るまで待っているからね!! いい?」


 返事するのも苦しそうなヴレイズに向かって大声を出すアリシア。


「返事!!」


 ヴレイズは苦笑しながら頷いた。

「あぁ……なるべく、はやくいくよ……」

 彼の絞り出すような声に安堵したのか涙をひとつ落として頷くアリシア。

「じゃ、あたしは行くから……」

 踵を返し、町の門まで向かう。

「アリシアさん! 気を付けて下さいね!! 道中、駅馬車強盗が頻発しているようですから! それに身体も風邪気味なんですからね!!」

 エレンは涙ながらに口にし、すとんと腰を落とした。アリシアは彼女の声に片手で応えた。

「……荒治療が過ぎますね、アリシアさんは……さ、私も頑張らなきゃ! ヴレイズさんも頑張ってくださいよ!!」

「お、おぅ……」

 身体の調子は以前と変わりなく最悪であったが、返事をするだけの元気が出たのか、彼は少し余裕のある声を出した。

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