33.屍の恩返し

 アリシアがバースマウンテンを出立した日の夜。

 パレリア方面の街道の横脇の森、アリシア達が『不思議な死体』を埋葬した辺りで2人の男が歩いていた。1人は盗賊の様な格好をし、ナイフを逆手に持って目を光らせていた。もう1人は黒のロングコートを着ており、片手に手斧を持ち、周辺を窺っていた。

「ちょっと一息いれようや。パレリアの賞金稼ぎ達はここまで来ないだろう」パレリアはコロシアムでの見世物が名物である。その為、罪人1人1000ゼルという金で、悪党を引き取っていた。この国ではたとえ食い逃げという罪でもコロシアム行きを免れず、捕まったが最後、容赦の無い戦いと惨たらしい死が待っている。

 この2人は何をしたかは不明だが、何かしらの罪を犯した事は確かだった。

「しかし、そのコート鬱陶しいな。脱げよ」近場に丁度いい岩を見つけ、腰掛け煙草を咥える。

「空き巣で手に入れたお宝だからな。俺はこいつをトレードマークに一大盗賊団を組織して成りあがるつもりだぜ!」

「まぁ頑張れよ」

「夢って大事だろ。ん? 酒だ! こいつぁ幸先良いな!」と、岩の隣に置かれた酒瓶を手に取り、一口飲んで口を拭う。「中々上物だ!」

「なんでこんな所にこんな物が? しっかし暗いなぁ」と、煙草を吹かしながら松明に火を点ける。

「ん? なんだ? 変な音がするなぁ?」コートの男は耳を澄ませながらももう一口酒を呷った。

「大モグラでもいるんじゃねぇか?」火の灯った松明で辺りを照らし、音のする方向へ目を向ける。

 そこには泥だらけの薄青髪の青年が立っていた。土埃を払い、顔に付いた泥を落とし、ぺっぺと泥唾を吐く。


「っはぁ~~~~~深く埋めてくれたなぁ!」


「……あ?」こそ泥2人は目を点にして泥まみれの青年を見た。

「お? やぁやぁ御二方。すまないが、今何年だ?」

「……は?」2人は声を揃えた。

「だから、今現在。覇王歴何年だ?」

「覇王歴? そんなもんとっくに終わって今は魔王歴15年だ!」

「……まおうれき? って事はつまり……俺は何年眠っていたんだ? ってかあの覇王の時代が終わったって事か? 魔王って誰よ?? まさかオヤジが天下を獲ったのか? まさか……あの引きこもりが? ってぇかつまり、いま何年よ? はぁ?」

 青年の頭の中に無数の疑問が湧き溢れ、首を傾げた。

「それはそうとお前、俺たちは空きす、いや、盗賊なんだがよ。身ぐるみ置いていけや!」

「未来の盗賊王ブラックコート様に奪われるんだ! 光栄に思うんだな! 小汚いの!」

「小汚い? 確かにな……まずは風呂だなぁ~」眼前の小悪党には目もくれず、まず何をすべきかと苦しそうに唸る。

「俺たちの話を聞けよ! まずは財布をだせや!!」ナイフを片手に怒鳴る。

「あぁ、俺もひとついいか? その酒は俺へのお供え物なんだ。返してくれ」

「ふざけんなこの!」手に持った酒瓶を投げつける。

 青年は飛んできた酒瓶を、まるで置いてある物を取るようにキャッチし、流れる動きで一口飲み下した。

「っっっくぁ~~~~~~沁みるなぁ~~~!! この具合は50年ぶりって感じだなぁ!!」

「なんだこいつ……く、殺した方が早いな!」男は青年にナイフを突き立てようと一歩前に出たが、その前に青年は背後へ回り込み背を蹴飛ばす。


「お前らが殺せれば、俺も苦労しないな」


 青年は自嘲気味に笑いながら背後の男が振るった斧を白羽取りで奪い、腰に収めた。

「ぐっ何者だ! お前!」黒コートの賊は怯えながら腰を抜かし、後ずさりした。

 青年はそんな男には目もくれず、足元に落ちた腐った肉を手に取り、躊躇なく齧り付いた。

「折角のお供え物だもんな。ありがたく頂かにゃぁ」と、酒瓶を呷り、あっという間に平らげ指を舐める。

「今度こそ死ねぇ~~~!」ナイフ片手に大声を上げるもう1人の賊は、吸い込まれる様に青年に抱き寄せられ、武器を奪われて投げ飛ばされた。


「さてさて、俺の質問に正直に応えろ。それから、見ての通り俺のナリはボロボロだ。下着は勘弁してやるから、ズボンとブーツと……その上等なコートを寄越せ。死にたくなければ、な」


「そんなぁ……俺のトレードマークなのにぃ……」



 数日後の昼。

 アリシアはバルカニア行きの馬車の揺れに身を任せながら目を瞑っていた。

 顔をほんのりと紅く染め、額に汗を滲ませ苦しそうに唸っていた。

「あの、大丈夫かい?」正面に座る、相乗りしている男が問いかける。彼は両手で大事そうに荷物を抱え、それに顎を乗せていた。

 アリシアはゆっくりと目を開き、苦しそうに唸りながらも頷いた。

「魔法医が言うには風邪とか病気ではないって言っていましたが……なんだろう……バースマウンテンを出てからずっとこんな感じだなぁ……」

「そんな症状を見るのは初めてだなぁ……」

「次の停車駅の村で休むかい? 確かそこに魔法医がいるはずだが……」偶然にも再びアリシアを乗せる事になった御者のビープマンが心配そうに問いかけた。

「大丈夫です……早くラスティーと合流しなきゃ……」壁に背を預け、再び目を閉じる。

 彼女は向かう先のことよりもヴレイズの安否で胸が一杯だった。

彼の身体はもう数日も持たないほど弱り切っていた。山を出てから数日たっている為、呪いを克服したか、もしくはあのまま衰弱して死んだか、それとも燃え尽きたか、あるいは……といった具合にアリシアの不安は大きく膨らみ、今にも破裂しそうになっていた。

 この原因不明の身体の熱は、彼を想うほど強くなり、彼女の体力を蝕んでいた。



 日が傾き、オレンジ色の光を放つ頃。

 アリシアは鼻をヒクりと動かし、頭を起こした。耳に意識を集中する。

「ビープマンさん、馬を止めて」背後の壁を叩いて注意を促す。

「どうしたんだい?」

「油と火薬の匂いがする……それに数人の話し声……周囲を確認して!」

「どうどう! 本当かね?!」御者は馬を止め、望遠鏡で周囲を確認した。周りに人影は見当たらず、森の影に集中するも気配を感じ取る事は出来なかった。

「思い過ごしではないかな?」

「上手く隠れているみたいね……でも聞こえる! 多分日が落ちたら来ると思う……」

「走らせるかい?」

「馬の唸る声もするから追いかけてくる……!」

「そんな! 盗賊なんて聞いてないですよ!!」相乗りした男が怯えた声を出しガタガタと震える。

「こりゃあ急いで停車駅へ向かった方がいいな。はいやぁ!」御者は手綱を振るい、馬を走らせた。すると、目の端を赤い流れ星が横切った。

 その瞬間、目の前で大きな爆発が起こった。2頭の馬は火薬や炎に対する訓練を受けていない為、怯えて脚を止める。眼前は炎の海と化し、とても進めなかった。

「くっ! 迂回をしなければ!」手綱を巧みに操り右折しようとするも、馬が混乱しており、思うように動けない。

 すると、両脇から馬に乗った賊が6人ほど現れる。火のついたボウガンを片手に男が笑い声を上げる。

「お困りですかぁ~~~!!」

 それを合図に5人が鞭を振るい、馬を奔らせる。

「くっ! あたしが時間を稼ぐからビープマンさんは馬を!!」

 アリシアは矢を番え戦闘準備をし、片手に魔力を溜めて光を放とうと構えた。

 その瞬間、彼女の指先から体全身にかけて灼熱の棘が走った。

「ぐぎゃっ!」小動物の悲鳴の様な声を上げ、あまりの激痛に昏倒し、闇に呑まれる。



 頬に強烈な一撃が入る。

 アリシアが目を覚ますと、前にボウガンを自慢げに掲げた男がニタニタと笑っていた。装備を奪われ、後ろ手で縛られていた。

 目の前では、相乗りしていた男が盗賊3人に袋叩きにされ、御者のビープマンは抵抗したのか頬を腫らして口血を垂らして縛られていた。

「荷を寄越しな!」

「嫌だ、ふざけるな! これは大切なモノなんだ!」

「知っているよ! とっとと寄越せ!」と、ナイフで彼の腕を切り裂き、強引に荷から引きはがす。

「やめて!」アリシアが吠えると、目の前の盗賊が彼女の腹に蹴りを見舞った。

「ごぶぅ!!」

「お前は口を出すな。これはビジネスなんだ。これが終わったら無事行かせてやる……と、思うか? 残念~お前はボーナスだ!」

 賊は下品な顔を覗かせながらアリシアの胸倉を掴んだ。

「くっ! 盗賊はどいつもこいつも同じね!」

「抵抗したらもっと酷い目に遭うぜ?」

「この!」彼女は賊の鼻に頭突きを喰らわせ、膝蹴りを一発入れた。が、再び体の芯が熱を発し、堪らず地面に転がる。「ちくしょう! なんなの?!」

「くぁっ!! いてぇ……このアマ!!」鼻血を拭い、アリシアを引っ張り起こして拳を見舞う。怒りに任せて散々殴りつけ、地面に転がし踏みつけ、ナイフを取り出して舌なめずりする。

「やめろぉ!」アリシアは痛みと熱さを堪えて暴れたが、再び腹を踵で踏まれる。

「ぐばぁ!!」白目を剥き、堪らず転がるが、首を掴まれて胸元を引き裂かれる。

「元気がいいのか無いのかわからんが、いい体だなぁ~」切り口から覗く胸を瞳に入れ、唾を垂らす。そのまま上着を引きはがし、馬乗りになる。

「やめろ、やめろぉ!!」アリシアは数か月前、ゲスタル盗賊団に玩具にされ一週間地獄を見た。その時も馬乗りにされ、男たちの欲望のままに身体をいいようにされた事を思い出し、吐き気を催す。

「また……またあたし……?」

 アリシアの身体から力が一気に抜ける。それを合図に賊はひひと笑いズボンに手を掛けた。


「おいおい、女性と遊んでいいのは夜9時以降だってパパから教わらなかったのか? ママに言いつけちゃうぞ?」


 遠くから良く通る声が響いた。その声の主は黒いロングコートを翻した薄青髪の青年だった。

「あ? 何者だ?」

「俺? 俺は80年もの眠りから目を覚ました恋の狩人だ。そこの彼女が、俺のハートから棘を抜いてくれた姫だ……そんな命の恩人にお前ら、何してくれてるんだぃ?」目を座らせ、指を鳴らす。

「そうか……ならまた眠りな、王子様」賊が指を鳴らすと、他5名の盗賊がボウガンを構え、一斉に矢を発射した。

 矢は全て青年の頭や体にブスブスと突き刺さり、まるでハリネズミの様な姿に成り果てた。

「へ、バカが……」

「いい腕してるねぇ~だが、俺を眠らせたかったら、ハートを射抜かなきゃな」

 青年は何事もないように歩きながら矢を引き抜いた。

「……は? 薬でもやっているのか? それとも回復魔法の一種か? なら……」賊はアリシアを蹴り転がし、腰に収まった剣を抜いて歩み寄った。

「おいおい、そういう行為は火に油だぜ?」青年はにこやかに笑っていたが額に血管を浮き上がらせた。

「その火を今から吹き消してやる、よ!」と、剣をまるで投げナイフの様に放り、青年の胸板に突き立てた。

「ぐぁ!」

 賊は素早く歩み寄り、青年の胸から剣を引き抜いた。その瞬間、夥しい血が噴き上がり、雲一つない夜空から血の雨を降らせた。

「口だけの木偶の棒が……」剣に付いた血を拭い、踵を返す。


「おいおい! 折角の良いコートがべとべとじゃねぇか! それにズボンもぐっちょりだ! 俺の経験では、こいつぁ洗濯や魔法じゃあ落ちないぞ! どうしてくれるんだ!!」


 青年は賊の肩に腕を回し、親しげに話しかけた。

「てめぇ……いったいどんな魔法を……?!」

「魔法というより……呪い?」

 青年はそこで目を獣色に変えて賊を睨み付けた。

「そろそろ相手がどんな奴か見極めて、尻尾を巻いた方がいいぞ? まぁ……」

 近くで、半裸で苦しそうに唸るアリシアを見て目を尖らせる。背に備わる長剣を片手で抜刀した。


「もう遅いがな」


 青年は賊に回し蹴りを喰らわせ、正面の5名に向かって駆けた。

 賊たちは再びボウガンの矢を放ったが、青年は軽く矢を撥ね飛ばし、1人に剣を突き立てた。悲鳴と血の雨を合図に、青年は長剣を枝の様に振り回し、次々と賊を斬り飛ばしていく。辺りに濃い血の霧が広がった。

 最後に残った賊の眼前に剣先を向ける。

「さて……最後はお前をゆっくりと味わってやろうかな」

「ぐっ……その目! お前、人間じゃねぇな!!」

「まぁな。お前も人間じゃねぇだろ? いや、人でなしって言うべきか?」

「食っていくためだ!」

「食っていくためか……それなら許せるが、彼女に何をするつもりだった? 俺の目にはいやらしい意味で胸に喰らいつこうとしていたようだが? しかも俺の命の恩人をだ……許せないねぇ」

 青年はにっと笑い、最後の賊の首を撥ねた。

「俺は、お前なんか腹減ってても、喰わないぜ」

 剣の血を振って払い、納刀しながらアリシアに近づき、優しく抱き起す。

「んぐ……あ、あなたは?」アリシアは青年に顔を向けながら問いかける。


「申し遅れました。俺は……ケビンと申します。以後ヨロシクお願いします、アリシアさん」


「なんで、あたしの名前を?」

 ケビンは彼女の口の前に人差指を置き、縄を解き、優しく上着を肩にかけた。

「命の恩人の名前を忘れようもありませんよ。ほら、俺の胸からこの剣を抜いてくれたじゃあありませんか」と、剣を見せる。

 アリシアはその剣に刻印された紋章に見覚えがあり、ピンときたのか手をポンと叩いた。

「あぁ! あたしが埋葬したあの死体……ってぇえぇ~~~~~~!!!」

「驚いたでしょう? 実は俺……」

 彼は自慢げに上唇を剥き、犬歯を見せつけた。その歯は必要以上に尖っていた。


「ヴァンパイアなんです……」


「へぇ……なら納得」

「うぉう!! こっちの方は驚かないのかい!」

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