31.炎VS

 憎きヴェリディクトを目の前にし、ヴレイズは全身に炎を纏い、灼熱の火球となって己の思いを拳に込め、振り抜いた。

 その重い一撃をボルンが両腕で受け止め、掴みかかり、勢いを殺すために足腰を踏ん張らせる。


「邪魔するんじゃねぇよ!!」


 ヴレイズは目と口から殺気と火炎を吹き上がらせ、無表情のボルンを睨んだ。

「如何しますか? ヴェリディクト様」

 彼の冷静な言葉にヴェリディクトは後ろ手で腕を組み、懐かしい者を見るような表情を向けた。

「彼とは久々の再開なんだ。丁重に持て成してあげてくれ。そうだな、ボルン君なら彼のこれまでの成長を測れるだろう」

「かしこまりました。はっ!!!」

 ボルンは気合を入れる様に一喝すると、上半身の筋肉が盛り上がり、ジャケットとシャツが弾け飛んだ。

「折角あつらえたのだがな……」



 ヴレイズの後を急ぐアリシアとゴレズだったが、眼前に突如、巨大な赤い壁が現れ狼狽していた。その赤い壁の正体は、密度の濃い炎だった。

「なにこれ……? あっぢぃ!!!」思わず触れてしまい、火傷するアリシア。急いで火傷治しを取り出し、治療を始めた。

「こんな強力な火炎障壁を見るのは初めてだ……この先のヤツがやってるんだ……」

「ヤツって……ヴェリなんたらって奴? ……ヴレイズ大丈夫かな……?」

 アリシアの脳裏にエレンの『彼を憂う言葉』が過り、背筋に冷たいモノが走る。自分の村に起きた事、その時の自分の心境を思い出し、さらに足が震える。

「ヴレイズ……ヴレイズ!!」

 アリシアは炎の壁の先へ向かおうとするが、あまりの熱さに参ってしまい、地面にしゃがみ込む。

 ゴレズも自慢の岩の様な拳で壁を叩いたが、逆に火傷を負ってしまい、同じくへたり込む。

「くそ! ここで待っていろと言うのか?!」

「そんな……くっ!」

 迂回しようにも壁は彼女らの行く道を塞ぐように立ちはだかり続けた。

「ヴレイズゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」



 ヴレイズはまるで血に飢えた獣の様な顔で眼前の邪魔者に容赦なく拳を振るった。

 ボルンは得意の炎牙龍拳で迎え撃った。

 ヴレイズの体術や炎魔法は、今までの旅やハンター時代の経験もあってか、かなりの腕前といえた。

 だが、格闘技ができるわけではなく、玄人との戦いはほぼ初体験だった。しかも炎使い同士の戦いであるため、純粋な戦闘能力で勝負するしかかった。

 それに加え、ボルンはバースマウンテン最強の戦士であるブレムンの息子であった。当然、炎牙龍拳はブレムンや、炎の賢者ガイゼルの手解きを受けているため免許皆伝級の実力を持ち、更にヴェリディクトの洗脳魔法で身体能力を強化されていた。

 故に、今のヴレイズにボルンを打ち破る術はない筈である。


「どけや!! ごらぁああああああ!!!」


 上空へ跳び上がり、腕に強大な炎竜巻を纏うヴレイズ。それを手心無しにボルンの頭上へ叩き付けた。

 それを易々と片腕で受け、正拳突きを構える。

 だが、異変に気付き表情を歪めるボルン。

ヴレイズの放つ竜巻の回転が強く、腕がガリガリと削られ、やがて防御が弾ける。

「ほぅ」感心するように眉を上げ下げするヴェリディクト。

 無防備になった彼目掛けて、ヴレイズは赤々と燃え盛る膝で腹筋を貫く。

「げばぁぁ!!」

 油断と油断の間に入り込んだ痛恨の一撃はボルンの意識を地の底へと叩き込んだ。

「邪魔だっつったろぉがぁ!!」

 勢いに乗ったヴレイズは火矢のようにヴェリディクト目掛けて飛びかかり、顔面目掛けて拳を振り抜いた。


「素晴らしい」


 ヴレイズの反対側から声が響く。

 慌てて振り向くと、そこには何事もなかったようにヴェリディクトが立っていた。まるで褒め称える様に拍手しながら微笑みを向ける。

「くっ!」

 両腕に炎を纏い、眼前の野原を相手諸共焼き払う。前後左右へ炎を撒き散らし、あっという間に焼け野原にする。

 だが、拍手は未だに止まなかった。


「まぁまぁ落ち着きたまえ」


 いつの間にやらヴレイズの背後へ回り込み、馴れ馴れしく肩を叩く。

「がぁっ!!」気配の方へ裏拳を放つが、手応えは感じず眉間に皺をよせる。

「ヴレイズ君。ここまで立派になってくれて嬉しいよ」

 黒い炎と共に再び眼前に姿を現すヴェリディクト。

「な、何故俺の名を知っている?!」

「覚えているとも。13年ぶりだ。君はあの時、5歳だったね。両親に愛され、村長に愛され、炎に愛され……君は、生き残った」

「くっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ヴレイズは瞳に蒸気を立上らせ、再び殴りかかる。

 ヴェリディクトは彼から逃げず、拳を悠々と避けながら口を開いた。

「君の芳醇なガムシャラさ……憎しみからの炎のコントロール、そしてバースマウンテンで得た経験……それらがボルン君の実力を上回ったんだよ。そして、今度は私を上回ろうと、体内で魔力を必死に練り上げ火力を上げている……大した才能だよ」

 ヴェリディクトはふわりふわりと彼の拳を全て避け、ゆるりと間合いを取った。

「だが、全ては引き出せていない」

 悠々とネクタイを締め直すヴェリディクト。

 ヴレイズは肩で息を切らせ、体全身から蒸気を上げながらも闘志を燃え上がらせ、憎き相手を睨み付け続けた。

「くそ……当たればテメェなんか……」

「当たれば、か。そうかそうか……では、当てたまえ」

 ヴェリディクトは余裕たっぷりの笑みを覗かせ、ヴレイズの目を見た。

「なに?」

「君の全力を、私にぶつけるんだ。もしそれが私を満足させるモノだったら、ヴレイズ君に一皮剥けるチャンスを与えよう」

 彼の余裕に満ち溢れた表情を瞳に映し、額に血管を浮き上がらせるヴレイズ。

「……あぁそうかい」

 静かに両腕に炎を蓄え、まるで蛇の様にのたくらせ始める。火口最深部でザ・ヒートを葬った時の感覚を思い出し、更に炎竜巻を作り出す。次第に身に纏う火炎が稲妻の様なエネルギー波を放ち、辺りに轟音を撒き散らす。

「素晴らしい……師を持たずして、ここまでのレベルに到達するとは予想以上だ!」

 ヴェリディクトはニタリと笑い、後ろで組んだ手を解き、片腕を小さく突き出す。

 ヴレイズは今迄纏ったことのない程の魔力に脂汗を流し、両腕を焼焦がしはじめる。明らかに身に纏った炎は己のキャパシティーを超えていたが、彼は魔力を練るのを止めずに熱量を上げ続ける。爪が溶けはじめ、二の腕から黒煙がブスブスと上がる。


「くたばれぇぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 腕を突き出した瞬間、空気が爆ぜる轟音と共に真っ赤に赤熱した極太の熱線が憎きヴェリディクト目掛けて飛んだ。数瞬で命中し、彼を炎で包み込み、ヴレイズの眼前は灼熱の地獄と化した。


「まだまだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 全身の魔力を絞り出すように熱線を放射するのを止めず、跡形も残さぬ勢いで辺りを薙ぎ払い、己の全てを出し切る。

 火の粉の一滴を出し尽くす頃、眼前は灼熱の森と化し、火口最深部の様な真っ赤な光景が広がっていた。

 が、その赤き炎たちが瞬く間に収束していき、あっという間に無傷のヴェリディクトの掌へ集まっていく。手のひらサイズのボールに収まると、彼は静かに笑った。


「これが、君の可能性だ。よく自分の全てを出し切ってくれたね」


 まるで頑張った生徒を褒める教師の様な口調だった。

「あ……う……」

 いま使える魔力の全てを出し尽くしたヴレイズは何も言い返せず、ただ相手をじっと睨む。静かに死を覚悟し、喉を鳴らす。

「素晴らしい。戦士ブレムンの数倍の魔力、破壊力、熱だ……やはりサンサ族こそが真の火の一族と云えよう」

「っ……そんな一族を、お前が……お前がぁっ!!」

「停滞した、詰まらん一族ゆえ、間引いて優秀な人間を残し、進化を促したのだ。私の思惑通り、君は強くなった」

「貴様っ! お前だけは殺す!! ……殺す……」

 ヴレイズは一歩前に踏み出したが、身体に力が入らず、前のめりに倒れ込む。

「目的は他にもあったが……まぁいい。さてヴレイズ君。約束通り、チャンスを与えよう」

 ヴェリディクトはゆっくりと歩み出し、ヴレイズの眼前へと近づいた。火の玉片手に片膝をつき、倒れた彼の顎をしゃくり上げる。

「この課題をクリアできれば、私のいるステージに上がれるだろう。その時には、また会いに来るといい……」

 言い終わると、火の玉をヴレイズの口の中へ押し込んだ。



 己の無力に腹を立てながら地団太を踏むアリシアとゴレズ。しばらく眼前のファイアウォールをどう超えるか話し合っていると、いつの間にやら壁は消えていた。

「あれ? 壁が……」

「って事は……」

 いやな予感が首筋を過り、駆け出す2人。

 眼前には緑の草原はなく、真っ黒に焼けこげ煙立ち上る黒い大地に成り果てていた。

 そこに蒸気を噴きながら蹲るヴレイズが苦しそうに唸りながら転がっていた。

「よかった! 無事だったって、あっちぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 彼の肩に触れた瞬間、また手を火傷するアリシア。驚き、ヴレイズの身体を揺さぶろうとするが、どこを触ってもまるで焼けた鉄の様な熱を帯びていた。

「山に帰ってきた時のブレムンと同じだ……」ゴレズは彼に触っても平気なのか、抱き起そうと肩を貸した。すると、ヴレイズは真っ赤な蒸気を吐き出し白目を剥いた。

「ゲヴァァアッ!! あ、熱いぃぃぃぃぃぃ!!! 熱いぃぃぃぃぃ!!」

 真っ赤に光る胸を掻き毟り、ゴレズを突き飛ばして再び蹲る。彼の振れた地面は着火して燃え上がった。

「ヴレイズぅ……」

 アリシアは目に涙を溜め、弱り果て丸まったヴレイズを力なく見下ろした。

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