30.世界最悪の炎使いヴェリディクト

 ザ・ヒートとの戦いから6時間後。

 アリシアと、炎の戦士ゴレズの治療が終わり、町に平穏が戻ってくる。

 ヴレイズは小包を抱えながらアリシアが眠る病室へ足を運び、椅子に座った。

「ん……うぅ? ヴ、レイズ? ヴレイズ!」ゆっくりと瞼を開き、慌てて上体を起こす。ヴレイズはそんな彼女の肩を抱き、微笑みかけた。

「大丈夫。ここはボルコンシティだ。俺たちは勝ったんだ」

「勝った……の?」

 アリシアは全身大火傷を負い、肋骨を5本折られてここに運ばれていた。バースマウンテン特有の炎の回復魔法や薬品、医療技術によってすっかり全快していたが、まだ疲労がたまっているのか、怠そうな表情をしていた。

「2人のお陰だ。ゴレズさんも無事だし、この山は安泰だな」

「よかった……」

「で、アリシア。御礼を持ってきたぜ」ヴレイズは小包を彼女に手渡す。

 アリシアは小首を傾げながら包みを破って開くと、そこには赤黒い手袋の様なモノが収められていた。まるで呼吸をしているかのように淡く光っては暗くなる。

「これは?」

「ザ・ヒートの素材で作った特製クローだ。まるで生きているみたいだろ? 鍛冶屋曰く、腕自身はまだ呼吸を続けているんだとよ」

「不思議だな……」

「だろ? 悪いけど治療中にアリシアの手を測らせて貰った。ピッタリの筈だ」

 アリシアは右手にクローを装着し、拳を握った。すると甲から鋭い爪がニョキリと生える。

「飛び出し式なの?」彼女はギミック付きの武器を好んで使わない。

「具合を確認してみてくれ」

 言われるがままにアリシアは爪の部分を検める。すると訝し気な表情が綻び、まるで最高のおもちゃを目の前にした子供の様な顔になる。

「これ凄い!! これならそう簡単には壊れない!」

「さらに、こいつの爪は折れても新しく生え変わるらしい。より鋭くな」

「わぁ……理想のクローだ」手から力を抜くと、爪が引っ込む。

「山を救ってくれた礼だって、無料で作ってくれたよ」

「揃った……あたしの三種の神器。あれ? あたしの弓とナイフは?」

「火口の熱で弱っていたから、鍛冶屋が打ちなおしてくれているよ。こっちもタダだってさ」

 この言葉にアリシアは堪らず涙で頬を濡らし、ヴレイズの胸に飛び込んだ。そしてくぐもった声で「ありがとう」と、繰り返した。

「礼を言いたいのはこっちだって……」



 夕方になり、2人は町長の家に招かれていた。彼はまず礼を口にし、固い握手を交わした。だが、すぐに表情を曇らせ、椅子にドカリと座り込んだ。

「あとは彼らが帰ってくるのを待つだけか……」

「彼といいますと?」ヴレイズが尋ねると、町長は口をギュッと結ぶ。

「……こればかりはどうにもならん。なにせ相手は……あの最悪の男だ」

「最悪?」

「そう、あの世界最悪の炎使い、ヴェリディクトがこの山に現れたんだ」

 この言葉を耳にした瞬間、ヴレイズは目の色を変えて町長の鼻先まで近づき、襟を掴んだ。

「何だって?!」

「え? あ……そういえば君はサンサ族の生き残りだったか……無理もないか……」

「ヤツは今! どこにいるんだ!!」鼻息を荒くさせ、まるで喧嘩を売る様に凄んで見せる。

「ま、まぁ落ち着きたまえ……」


「落ち着いてられるか!!!」


 ヴレイズは顔を鬼の様に怒らせ、歯を剥きだして唸った。そんな彼の様子を見てアリシアは落ち着かせようと彼の背を優しく摩った。

「その……ヴレイズ……」

「なんだ!!」

 先ほどの優しかった彼とは打って変わり、まるで誰にでも噛みつく獣の様な表情で彼女を睨み付けた。

「お願いだから落ち着いて。まず、町長さんの話を訊こう。ね?」優しく笑いかけるも、焼け石に水なのかヴレイズは表情を変えず、ムスッとした態度でソファにドカリと座った。

「聞かせてくれ。全部な」



 アリシア達がこの山に来る前日。

 バースマウンテンでは毎年恒例の『戦士の儀』が行われていた。

 街の戦士たちは全員、火口の中腹に位置するヴォルケフォールの滝前に集まっていた。その周囲ではゴゴンギャの家族が目を輝かせながら彼らを見ていた。

 この儀は、戦士の資格を手にした若者たちに『マグマの滝浴び』という最も過酷な試練を与えるという、正気の沙汰とは思えない儀式だった。

だが、この山の戦士たちは皆、この儀を乗り越えている、炎に愛された者達なのである。

 今年の新米戦士は2人だった。

「皆、立派に成長してくれて嬉しいぞ! さぁ、これが最後の試練だ!!」この山、最強の戦士であるブレムンがバースマウンテン全体に響き渡る様な声を上げ、戦士全員がその声に応える様に吠える。

「はい!!」2人の新米が元気よく声を揃える。

「覚悟はできているか?」

「はい!!」余裕たっぷりに応える。

「今年はついにブレムンさんの息子さんが戦士になる番か……時が経つのはあっという間だな」

「もう1人はヴァルの3人目の子だ。兄の2人同様、立派な戦士になるだろう」

「2人とも平気で溶岩泳をできるから、余裕だろ」

 戦士たちがざわつく中、ブレムンが拳を掲げて合図をすると水を打ったように静かになる。

「さ、はじめるぞ。まずはヴァルの息子、バラムだ!」

「行きます!!」

 筋骨隆々で逞しいバラムは胸に手を合わせ、息を大きく吸って吐く。ゆっくりとマグマ溜まりに入り、腰まで浸かる。自信満々の表情を変えずに滝へと向かい、回れ右をして戦士たちに向き直る。

 そして一方後ろへ下がり、滝の中へと入った。赤々としたマグマが彼の身体を強く打ち、肌を焼焦がそうと纏わりつくが、彼は火傷ひとつ負わなかった。

「火に愛されている……」戦士の皆が疎らながら頷き、頬を緩ませる。

 すると、ある異変が起こった。

 バラムから黒く燻った煙が立ち上り、少しずつ彼の皮膚が焼け焦げているのである。彼は必死で熱さと痛みを堪え、心を冷静にし、火に愛されるようにと体内の魔力をコントロールした。

 だが、マグマは容赦なく彼の身体を焼いた。やがて皮膚が焼け爛れ、筋肉が溶けだし、灼熱火炎が襲い掛かった。

「ぐあぁわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 バラムは堪らず滝から逃げる様に飛び出たが、時すでに遅かったかマグマ溜まりに沈んでいった。そんな彼を見て急いで2人の兄と父親のヴァルが飛び込み、消し炭になりかけた彼を引き上げる。すでに息絶えていた。

「一体、どういう……」

 戦士たちは動揺を隠しきれずに困惑し、バラムに何が起こったのか原因を探した。


「おや……どうやら戦士失格のようだね」


 滝の上流に、黒い影が現れる。

「何者だぁ!!!」いきり立ったヴァルが反射的に声の方向へ特大火炎玉を放った。炎玉は猛スピードで影の方へ飛んだが、その者の目の前で火花となり砕け散る。

「戦士の儀だと聞いて見学していたが、楽勝だと試練にはならないと思ってね」炎玉は意に介さず、上流から飛び降り、マグマ溜まりに着地する。不思議な事に、彼は溶岩には沈まず、水面に立っていた。

「お、お前がバラムをぉぉぉぉ!!」2人の兄が彼に掴みかかるも、スーツを着こなした彼は蠅でも払うように2人を払い飛ばし、ゆっくりとヴァルに歩み寄った。

「相手をよく観察せずに掴みかかるとは、こんなできそこないを育てたのは君かな? ヴァル君」男はヴァルの鼻先まで近づき、にっこりと笑う。

「お、お前は……まさか……」

「ヴェリディクト・デュバリアス!!」

 ブレムンが声を荒げると、回りの戦士たちが身構えるも、足腰が固まったように動かなくなる。

「賢者殿はどこかな? 彼に会いに来たのだが……」

「ここにはいない!!」彼に対する恐れを隠しながら問うブレムン。

「……ふぅむ、そうか」ヴェリディクトは残念そうな声を出し、戦士たちの顔を伺いながら歩きはじめる。ひとりひとりの身体を眺め、漂う魔力を感じ取る。

 そんな隙だらけの彼を相手に、およそ30名以上の戦士たちは身動きもできなかった。

 やがてブレムンの息子、ボルンの前に立つ。彼もこの儀式に参加する新米戦士だった。

「ふぅむ。しなやか且ついい筋肉だ。顔つきもいいし、放たれる魔力も香しい……君にしよう」

「……は?」ボルンは目を丸くしてきょとんとした。

 するとヴェリディクトは彼の鼻先で指をパチンと鳴らす。その指から黒炎の火花が飛び散り、ボルンの鼻の中へ入り込む。

「あがっ!」顔を押さえ蹲る。

「貴様! 何をした!!」ブレムンが怒鳴ると、ヴェリディクトは笑顔を向けた。

「いい息子さんだ。これから食事会へ向かうのだが、手伝いが欲しくてね。彼を借りるよ」

「しょくじかい? ふざけやがって……っ!」大きな拳に血を滴らせる。

「さ、ボルン君。行こう。近くの村で野菜を調達するんだ」彼は機嫌よく手を叩き、腕を後ろ手で組みながら戦士たちの間を縫うように歩いていく。

「はい……」ボルンはムクリと起き上り、彼の後に続いた。

「おい! おい! ボルン!! くそ! 待ちやがれ!!」

 彼はヴェリディクトに掴みかかろうと駆け出したが、回りの戦士たちが止めに入る。

「やめてください!」

「殺されます!!」

「堪えて下さい!!」

「離せこんちくしょう! ボルンが! 俺の……俺のぉ!!!」

 悔し涙を流し、歯をギリギリと鳴らすブレムン。

 すると突然、火口最深部へと続く道から大きな地鳴りが響いた。

「今度はなんだぁ?!」



「で、彼の魔力……熱でザ・ヒートが目覚めてしまったわけだ」話を締め、町長はゆっくりと茶を啜った。

「で……ヤツは何処へ行ったんだ?!」ヴレイズのギラギラとした瞳が村長を射抜く。

「……止めたんだが、ブレムンと他の戦士たちが追っている。せめて息子だけでも連れ戻すと息巻いてな……だが、相手はあの男だ……」

 すると、町の門から悲鳴にも似た声が轟き、町民たちが応える様に家から出てくる。門の下には戦士が2名、ブレムンと思われる戦士に肩を貸しながら、涙ながらに医者を呼んでいた。

 魔法医が飛んでくると、ブレムンの真っ赤になった胸に触る。すると、蒸気が噴き出し、同時に魔法医の手を焼いた。

「ぐぁ!! いったいなんだ?! 何をされたんだ?!!」

 魔法医の問いに戦士ふたりは困惑しながらもブレムンに起きた悲劇を説明した。ブレムンはただ頭と胸を掻きむしり、身体の奥底から溢れる激痛にもだえ苦しんだ。

「……手も足も出ず、ヴェリディクトにいいようにされた、と……」

 彼らの説明を飲み下した魔法医は、ブレムンの容態を探りながら目を瞑る。

「はい……課題がどうのと言ってましたが……」

「課題? 一体なんだそれは?」

「さぁ……? だが、これだけは言えます……あいつには関わっちゃだめだ……!!」

「おい!」発射するのを待つ砲弾の様になったヴレイズが人混みを掻き分けて現れる。


「ヤツは、どこだ!!!」




「ヴェリディクト様。如何しましたか?」

 山にいた頃とは全く違う、ピチピチになったスーツを着たボルンが彼に問いかける。

 ヴェリディクトは岩場にハンカチを広げて座り込み、楽しそうにバースマウンテンの方角を見ていた。

「どうやら近くまで来ているようだ。彼が……」

「彼、とは?」

「13年前の少年が……私を追ってきたのだ。どんなに芳醇に育ったか見てあげたくてね……」

「はぁ……しかし時間が……」ボルンは面白くなさそうに鼻息を鳴らし、腕を組む。

「時間は問題ではない」

 にこやかな表情で口にし、鼻歌を歌いながら待つヴェリディクト。彼の瞳には13年前に焼き尽くした村の少年の面影が少しずつ近づいてくるように映っていた。



「走れば間に合う距離じゃねぇか!! 待ってろよ! この野郎!!」

 ヴレイズは無意識の内に脚に炎を纏い、猛スピードで憎き仇のいる丘へと向かっていた。地面に炎の足跡を残し、熱風を噴き上げる。

 その遥か後方をアリシアとゴレズが追っていた。

「早すぎるよう! 待ってよぅ!」必死になって追い掛ける彼女だったが、まだ傷が完治していないのか、時折表情を歪ませる。

「大丈夫かい、アリシアさん! 良ければおぶっていくが?」あの深手を完治させたゴレズが余裕の表情で話しかける。

「あんな傷をどうやって?」

「炎の回復魔法と、持ち前の頑丈さのお陰だ! で、おぶろうか?」

「……結構です」

 ヴレイズはそんな2人をグングン離していき、やがてふたつの影を目に入れる。一方の影は見覚えのない物だったが、もう一方の影を見た瞬間、忘れかけていた細々とした記憶がまざまざと蘇り、ヴレイズの心を内部から引き裂いた。


「見つけたぞぉぉぉぉ!! この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



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