27.大剣VS豪槍

 闘技場で起こる不思議な出来事を目の当たりにし、オーナーは焦りの色を一変させ、瞳を金色に輝かせていた。

「あの女、1週間なにも食わせていないバスターライオンに殺気をぶつけて戦意を奪いやがった……こいつぁスゲェ! あんな手練れは久々だ! よし、予定を変更だ。アナウンサーに伝えろ!」

 オーナーは手にした紙に考え付いたアイデアを書き殴り、助手に渡した。

「こりゃあいいぞ! 頼んだぜぇロザリアちゃん」ニタニタと笑い、ワイングラスを傾ける。

「残るは囚人王と豪槍の激突だよね……」エミリーは隣で勝ち誇ったように酒を啜るオーナーを目にし、口元を渋くさせた。



「いつまでここで待てばいいんだ?」ロザリアは闘技場の中央で3頭のバスターライオンをまるで猫の様にあやしながら小首を傾げた。

 観客たちは次の死闘はいつ始まるのか、いまかいまかと待ちながら足を踏み鳴らす。地鳴りが闘技場を揺らし、砂埃が舞う。

 しばらくして係員10名が闘獅子の首輪に縄をかけ、退場させようと引っ張る。獅子たちは名残惜しそうにロザリアに顔を向け、出口の闇の方へ向かっていった。

 交代する様にアナウンサーが登場し、馴れ馴れしくロザリアに歩み寄った。

「ウチのボスがあんたには華があると判断した。次の戦いを制したなら、賞金50000ゼルだってよ。よかったな!」

「ん? 私と大臣の交わした約束はそういった内容では……」

「大臣様じゃなくて、ウチのオーナーがあんたに金を払いたいって言っているんだよ! 5万だぜ?! 俺の仕事何回分だと思っているんだよ? ま、これがコロシアム戦士の英雄たる者の値段でもあるんだがな……」

「……待て待て、私は金目当てでは……」

「わからん姐さんだなぁ! あんたや大臣じゃねぇ! うちのオーナーがだね……まぁいい。次の戦いで生き残れれば、の話だからな……」

「次の戦い?」

調子を狂わされたロザリアは困り顔でアナウンサーと高みから見下ろすオーナーを交互に見たが、出入り口から放たれる殺気に気付き、目を鋭くさせる。

「気付いたかい姐さん? これに勝てば、あんたは我がコロシアムの新たな英雄だ」

 アナウンサーは彼女の背を軽く叩き、己の顔を思い切り叩いて気合を入れた。


「お待たせいたしました!! 本日のメインイベント!! この国でイチバン強いヤツを決める史上最高のショーを始めます!!

 まず挑戦者!! 数々の囚人バトルロイヤルを生き残り、バスターライオンを素手で殺した文句なしの強者! このパレリア最悪の盗賊団の元用心棒! そして囚人王!! 

オォォォバァァァキラァァァァァァ・ザ・クロウマァァァンゥゥゥ!」


 紹介された囚人王は出入り口の門を蹴破り、血走った目をロザリアに向けて突撃した。傷だらけの巨体では有り得ないほどの足の速さを見せつけ、彼女の眼前で急停止する。彼女の倍近くある巨体で大きな影を作り、彼女に当たる光を闇で覆う。

「この戦いで勝てば俺の刑期はゼロ、つまり自由になれるんだ。その暁にお前は俺の玩具だ。いいな?」

 ニタリと笑い、悪臭を放つ息をロザリアの顔に噴きかける。

 だが、彼女は怯みもせず、囚人王が出てきた門の反対側の出入り口を眺めた。

 クロウマンは満足そうにニヤつきながら踵を返し、元の位置へ戻る。


「さぁ出るぞぉ!! このコロシアムの英雄でありパレリアはおろか西大陸一の槍使いである最強の戦士! 

 ファラァァァァァァンク・マキシマァァァァァ!」


 ロザリアが眺める門がゆっくりと開き、中から落ち着いた表情の老練で大柄な戦士が入場する。声援にこたえる様に手を振り、笑顔を見せながら自慢の豪槍『獅子裂キ』を掲げ、兜の紐を締め直す。

「あの囚人王は過去の戦いで、かつての仲間を裏切り、盾に使い、挙句の果てに死体を武器に、目潰しに使って生き残り、バーサーカーを赤子扱いした、てな……」

「ファランク様はあの世界最強の戦士『ヴィントス・リコル』と並ぶ程の達人だそうだ。あんな人に勝てる奴ぁいねぇ!!」

「どっちが勝つのかなぁ~ で、あの女はどうするんだ?」

 客たちが沸く中、アナウンサーが自信ありげに喉を鳴らす。


「そして新たな挑戦者ぁ!! 囚人たちやバーサーカーを一蹴し、血に飢えたバスターライオンたちを手玉に取った謎多き紅の戦士!

 ロザリアァァァァァァァ!」


「う……は、恥ずかしい……」観客たちの熱い視線の中で身を焦がし、顔から火を噴く。


「それでは、この国最強最高の火蓋が! 今! 切って落とされたぁぁぁ! はじめぇぇぇぇぇぇェ!!!」


 アナウンサーが急いで闘技場から逃げる様に出て行くと同時に、囚人王の足元に巨槌が放られる。

 クロウマンはそれを片手で軽々と持ち上げ、自慢げに一振りする。すると強風が巻き起こり、小さな砂嵐が発生し、眼前の2人の顔を叩いた。

 だが、2人は微動だにせず、瞬きすらせずに囚人王を眼中に入れず、見つめ合っていた。

「おい、クロウマンとやら」ファランクが口にする。「悪い事は言わん。下手に動かず、棄権しろ。あとで口添えしておく。戦いは後日にしてやる」槍を地面に突き刺し、腕を組み、腰を据えてロザリアを見つめる。

「はぁ? ふざけんなよぉ! 俺は今日! お前を殺せば自由なんだ!! こんなロクに戦いもしていない娘っ子を前にして棄権しろだとぉ?! やなこった!」

「後悔してもしらんぞ?」

「後悔だぁ? こんな美味しそうな女を前にしてか?! よし! 見せてやる! 遊ぶぞぉぉぉぉ!!」

 クロウマンは大槌を小枝の様に振り乱し、ロザリアへ向かって走り出した。

 囚人王ファンの観客が追い風を送り込む様に声援を響かせ、拳を天へ突きあげた。コロシアム中が彼の勝利を望む様に揺れ、祝福するように彼の顔に光が当たる。


「死ねぇぇぇぇぇ!!」


 ロザリアの頭目掛けて大槌を振り下ろそうと腕に力を込める。

間合いに入り込んだ瞬間、やっとロザリアは囚人王の欲望で歪んだ目を見た。

 その刹那、大槌がすっぽぬけた様に天高く舞い上がり高速回転する。

 客席の方へ生ぬるい液体を撒き散らしながら囚人王の利き腕が吹き飛び、声援を送っていた彼のファンに拳が命中する。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 地面に転がり、残った左手で顔を押さえる。彼の目は横一線に切り裂かれ、血涙を流していた。

 ロザリアはファランクに目を戻しながら、自慢の大剣を背に収めていた。

「あの囚人王が一瞬で?!」

「一振り、だったのか? 何も見えなかったぞ?!」

「一歩も動かずに……恐ろしい女だ……」

 囚人王と英雄の登場で沸き立った観客席は、まるで冷水でもかけられた様になり、ロザリアを違ったものを見るような目で見た。

「やはりあの女はスゲェ! さて、英雄の前でどう立ち回るか……」オーナーはまるで新しい玩具を手にした子供の様な顔でロザリアを見ながら金勘定をしていた。このコロシアムは賭博も行っており、その元締めは勿論この男だった。

「動いていないようで、脚から腰、肩、腕と流れる様に……一般人には見えないわね」エミリーは瞳に稲光を走らせ、彼女の次の動きに注目していた。



「見事だ!」ファランクは微動だにせぬまま口を開いた。係員の肩を借りながら退場するクロウマンに一瞥をくれ、また目を彼女に戻す。

「なぜ、首を飛ばさなかった?」

「……欲望で歪んだ両の目と腕が一直線上に重なり、呼吸がたまたま合ったもので」複雑そうな表情を覗かせるロザリア。

「たまたま、でできる芸当ではないぞ。しかも腰に備える刀ではなく、大剣でやってのけるとは……流派はなんだ?」

「……わからないんです」

「なに?」

「私はどこの誰で、どこでこの技術を学んだか……覚えていないんです」

「記憶喪失か……俺の見たところ、その腰の動きに太刀捌き、先ほど見せた戦場格闘術……東のアズマッタ大陸のヤオガミ列島発祥の流派だろう。その刀もその国の技術で打たれたものだろう」

「ヤオガミ……」聞き覚えが無いのか、頭を掻く。

「まぁどんな流派だろうと……我が槍の錆となってもらう」

 ファランクは地に突き刺さった槍を抜き、空を切り裂くように一振りさせ、上段に構える。

「錆にはなれないな。大臣との約束の為……」ロザリアも背の大剣を掴み、いつでも振り下ろせるように腰を落とす。

「まずは小手調べだ」ファランクが口にした途端、目を見開く。

 すると、彼の体全体から禍々しい殺気が立ち上り、彼女目掛けて襲い掛かった。

 ロザリアも獅子に向けて放った殺気を放ち、対抗する。

 ぶつかり合った気は、暴れ狂って絡み合い、混ざって天へと上って爆散した。

 一瞬、闘技場を照らす光が歪み、目の肥えた観客数十人が気絶し、もう数十人が滝汗を掻きながら吐き気を催した。

「何が起きているんだ?」

「つまんねぇぞぉ~! 早く戦え!」

「やべぇ、こいつぁやべぇよ……」

 彼らの反応は十人十色だった。

「合わせたな……殺気の強弱は自由自在か……一体何者だ?」ファランクは冷や汗で額を濡らし、歯を剥きだした。

「ロンク村を守りたい、ただの戦士だ」瞳をより一層鋭くさせ、じりじりと間合いを詰めるロザリア。

 彼らの必殺の間は少しずつ近づいていき、やがて混じり合う。

 それでも2人は睨み合ったまま動かなかった。

「はやくやれ! てか動けよ!」

「つまんねぇぞコラぁ! 俺はファランクに2000賭けてるんだ!」

「静かにしろ! このど素人がぁ!!」

 客たちは思い思いの声を闘技場へ向けた。

「派手になると睨んだが、どうやらこの戦い、玄人向けの様だな……やれやれ」金を数え終わったオーナーは頬杖をつきながら弱ったようなため息を吐いた。

「この戦いが終わっても、予定時間の半分程度だからなぁ……もう一度バスターライオンを放っても盛り上がらないだろうし……どうするか」



 ファランクは追い詰められていた。

 何度も槍を彼女の末端を狙って切っ先を揺らし、フェイントを仕掛けていたが、ロザリアは全て見切り、目先でそれを叩き落とし、微動だにせず余裕の笑みを覗かせていた。

 下手に動けば自分が真っ二つにされる。

 彼は死を恐れぬ戦士ではあったが、それは戦場での話である。

 ここコロシアムでの彼は小遣い稼ぎのつもりで槍を振るい、挑戦者である囚人の処刑を担当していたのだ。ほぼ遊びのつもりだったのだ。

 だが、ここに来て急に戦場並の『圧』を持った戦士が現れたのだ。

 戦場でなら大歓迎だが、このような余興の場での死はまっぴら御免だった。

 しかし、棄権するのも御免だった。

西大陸最強の名を傷つけるわけにはいかないと強がり、脚を踏みしめる。

「……くっ」ファランクの表情が険しさを増す。観客の目には微動だにしていないように見えたが、彼自身の身体はすでに悲鳴を上げ、圧で軋み、汗だくになっていた。

 彼の心中を察し、ロザリアがもう一歩踏み込む。その一歩はファランクが待ち望んだ間合いであった。この距離からの突きは避けられまい、と彼女の呼吸に合わせて一歩踏み出て槍を突き出す。


「でぇやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 この日一番の掛け声が轟く。

 その瞬間、豪槍『獅子裂キ』の槍先が天空を舞い、ロザリアは一瞬で彼の背後に回っていた。

「そう来ることは……わかっていた!!」

ファランクはしたり顔で振り向き、腰の剣を掴んで彼女の首に狙いを定めた。

だが、その顔の前にはすでに大剣の先が待ち構えていた。

「バカな! 大剣を片手でそんなに早く?!」

「……どうしますか?」ロザリアは目を一層鋭くさせ、彼を見据えた。

「……まだ終わってなっ」言いかけた瞬間、彼はある事に気付いた。

 兜が無いのである。頭を押さえ、きょろきょろと辺りを見回す。

 しばらくすると、斬り飛ばされた槍先と兜がボトリと落ちてくる。

「……完敗、だ」彼は戦場で兜を落とす意味を知っていた。

「よかった……」ロザリアは殺気と大剣を納め、今まで我慢していた、熱いため息を吐いた。彼女の身体も圧で軋んでいたのだった。



「凄い戦いだった……が、玄人向けすぎる! つまらん! そして早すぎる! だが稼げる!! もうひと押し! もうひと押しで今夜はコロシアム始まって以来の最高の……」オーナーは席で転がり回り、頭を掻きむしっていた。

「よくわからない戦いだったなぁ~。さて、まだ仕事があるから、私はここで失礼しま~す」エミリーは欠伸混じりに口にし、ふわりと浮き上がった。

「そう! 分かり易く、ド派手な戦いを!! 賢者様!!!」

「はい?」



 ファランクが拍手と共に退場し、入れ替わりに再びアナウンサーが登場する。

「おめでとうロザリア様! これでこのコロシアムの英雄は君だ!」

「そんなものになりたくはないんだが……」

「君は望まなくても周りの者が望んでいるんだ! 見ろ!」

 彼が手を向けると、そこには勝者、強者を讃える声援を飛ばす観客がいた。ロザリアは思い出したように顔を紅潮させ、首をふる。

「勘弁してくれ……」

「だが、客はもっと見たがっているんだ。君の強さを! だから……」

 アナウンサーは風魔法をこれでもかと吹かせ、声を張り上げた。


「スペシャルマァァァァァッチ!! 

 この国の新たな英雄! ロザリア!

 ヴァァァァサスゥゥゥ!!

  この国最強の矛であり盾でもある! 世界最強の雷使い! 雷帝! 雷の賢者!!

 皆さまご起立ください!!

エミリィィィィィィ・ミラァァァジュ!! 様ぁぁぁぁ!!」


 彼の掛け声と共に、夜の城下町に嵐の様な声援が巻き起こる。闘技場の中央へエミリーが天から舞い降り、雷鳴と轟音を鳴らした。


「帰りたいのに……」


 演出の割にやる気のなさそうな表情を覗かせ、欠伸をする。

「わ、綺麗……」ロザリアは辺りに降り注ぐ雷にうっとりした目で眺めた。

「コロシアムに賢者? 場違いな気もするが一生見られないぞ?! こんなの!!」

「あんな小さな娘が雷帝? 信じられん!」

「凄い魔力だ……闘技場が跡形もなくなるんじゃないか??」

 観客たちは涎を垂らさんばかりに興奮し、目を皿にし、彼女らに声援を送り、コロシアム中を轟と鳴らした。

「あ、あの子だ……ロザリアさ~ん! やっちゃえぇぇぇ!!」すっかり観客に溶け込み、興奮で顔を赤くしたエレンが拳を掲げた。

「とっとと終わらせたいけど、オーナーが皆を楽しませろって……悪いけど、付き合ってくださる?」エミリーは小さな指先から稲妻の大爪を伸ばし、軽く振った。

 すると、頑丈な闘技場に3本の地割れが発生し、その跡に稲妻がのたくった。ロザリアはその裂け目の間に入り込み、宙に浮くエミリーを軽く睨んだ。

「いいだろう。その代り、大臣との約束は必ず守ってもらう」ロザリアも得意げに微笑み、大剣に手をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る