26.ロザリアVSコロシアムの戦士たち 

 ロンク村の戦士『ロザリア』は近衛兵に連れられて場内の王の間へと通されていた。兜を取り、黄金のポニーテールを靡かせ、王が来るのを待つ。

「少々遅かったですね」大臣が冷たい声を出す。

「広い城下町なので、少々迷いました」跪き、首を垂れる。

「で、本日の用件は?」彼女の目の前で仁王立ちし、ねっとりとした眼差しで見下ろす。

「あ……王様との謁見の筈ですが?」顔を上げずに問うロザリア。

「王はここ数カ月の激務でお疲れです。何せ、戦争が目前ですのでね」大臣は相変わらず冷たい表情を作り、早口で答えた。

 実際に王は激務どころか、ここ数カ月の間、王室の机にも付かず、酒と女遊び……酒池肉林の毎日を過ごしていた。ある意味、謁見などできるはずもなく、殆ど大臣がこの業務をこなしていた。

「そんな! 王に取り次いでくださると聞いて私は、」

「あなたは村長の代理で来たのでしょう? なら私で構わない筈です。要件を早く手短に」

 エレンは俯きながら煮え切らない表情を隠し、平常心を装った。

「では……わがロンク村は毎年、期日を遅らせず納税し、戦争の準備として武具と兵糧の準備も積極的に行ってきました。さらにその上で、村の若者の3分の2を兵として出すのは勘弁していただきたい……」

「3分の1は残すのです。問題は無いはず」

「いえ……我が村は国境沿いに位置します。戦争の火の粉を被るやもしれませんし、勝敗は別として敗残兵が盗賊と化し、村に攻め込んでくるでしょう。その時の備えに人手は……若者がいなければ、ロンク村は廃村と化します! どうか……どうか若者たちだけはご勘弁を!」ロザリアは両膝をつき、頭を床に叩き付けた。

「……我が軍の勝利の為、出せる兵力の最大でなくては困るのです。あなたの村は勝利に貢献できない、と?」

「いえ、そんな事は……しかし、兵力以外のサポートは!」

「それは問題ありません」大臣は脇に抱えていた書類を手に取り、ロザリアに見せた。

「これは……?」

「兵を出し渋る村は貴女の村だけじゃないのです。それに、物資のサポートに尽力してくれる村も……今、王が欲しているのは兵力です!! どうぞ、お引き取りを」大臣は顎で合図をすると、兵士が2名ほどロザリアに歩み寄り、両脇に立った。


「……なら、私ならどうでしょう?」


「なに?」

「村の若者たちを徴兵する代わりに、私ひとりを徴兵するというのは如何ですか?」ロザリアは胸を張って立ち上がり、目を鋭くギラつかせた。

「立派な鎧と剣を持っただけの村娘に何ができます?」

「こう見えて、私は村を襲った盗賊たちを何度も、ひとりで撃退したことがあります。如何でしょう? 嫌々戦う若者より、村を守るために立ち上がる者の方が役に立つとは思えませんか?」

「……ふぅむ。嫌々戦うというのが癇に障りますが……いいでしょう。貴女の強さを確かめて差し上げましょう」大臣はニヤリと笑い、懐から一枚のチラシを出し、足元にヒラリと落とした。

「これは?」

「今夜、開かれるコロシアムでの決戦……この前座に出て頂きましょう。もし、最後まで闘技場に立っていられたら、貴方だけを徴兵すると約束します」

「……本当ですね?」チラシを手に取り、上目使いで睨み付ける。

「疑うとは無礼だぞ!!」脇の兵が声を荒げ、もう1人が彼女の膝裏を槍で小突く。

「わかったら下がりなさい。オーナーには話を通しておきます」

「その前にもうひとつお願いがあるのですが……」兵が帰るよう促すも、それに抗いエレンに頼まれた事を願い出ようと前に出る。

「もう下がりなさい!」

 大臣が手を払うと、ロザリアは2人の兵に追い出される様に跳ね上げ橋まで送られていった。

「こんな条件を付けていいんですか?」部屋の影から会話を聞いていた雷の賢者エミリーがひょこっと顔を出す。

「いったでしょう? 最後まで立っていたら、と。あんな田舎娘が殺し合いの場で生き残るなどとてもとても……囚人たちも久々の女相手で興奮するでしょう。今夜の試合はさぞ、盛り上がるでしょうね」大臣は下卑た表情を覗かせ、肩を揺らして笑った。

「……ふぅん。で、私は明日ここを発ちますが、それまでに終わらせるお仕事があるんじゃないのですか?」

「いいえ、その前に貴方にもコロシアムに行って貰います」

「え゛ぇ?!」

「あなたも戦争に参加するのです。それも最前線で。そこでは血や悲鳴、どうしようもない悲劇を目の当たりにするでしょう。その前にコロシアムで免疫を付けてきてください。大丈夫、客席であの田舎者が死ぬのを見るだけでいいですから……」

 趣味の悪い大臣は意地悪そうな笑顔を向け、エミリーに近づいた。

「うえぇ……見なきゃだめなの?」表情を暗くする少女エミリー。

「だめです」

「いやだなぁ~~~」12歳の少女らしい声を出しながら退室し、腕を組んだままフワフワと宙を飛びながら廊下を進む。

「あの鎧のひと、雷使いだな……クラスは2以下だけど、なんかただ者じゃなさそうだし……うん、やっぱり観に行こう!」余裕の笑顔を取り戻し、エミリーは元気よく窓から飛び出し、コロシアムのある方角へと軽々と飛んで行ってしまった。



 夕日が城下を照らす頃、エレンは診療所のベッドで目を覚ました。首筋と頭が鈍く痛み、口の中でねっとりした物を味わって顔を歪ませる。

「……うぅ……最悪」頭を押さえ、町中で絶叫したこと、更に久々に脳裏で巡ったトラウマの記憶と戦士の顔を思い出す。ポーチに手を入れ、クスリを取り出して口に含む。

「不安定なのはラスティーさんじゃなくて、私の方ね」

 しばらくすると、奥の部屋からロザリアが現れる。気を使っているのか兜を被り、フルフェイスマスクで顔を隠していた。

「大丈夫ですか? すみません。あぁなった時にどうすればいいのかわからなくて……」手刀で首を打った事を謝る。

「最善ではありませんけど……まぁ無事ですし」なるべくロザリアを視界に入れないように目を伏せる。

「……事情は尋ねないでおきます。それと、申し訳ありません。貴女の仲間を牢から出してくれという願い……叶いませんでした」言う事すらできなかった自分を恥じながら頭を下げる。

「……そうですか。すみません、無茶な事を言ってしまって……で、あなたの願いは聞いて頂けたのですか?」

 エレンの問いに対し、ロザリアは自分に突きつけられた条件を話した。

「そんな! コロシアムで生き残るなんて、そんなの無茶よ!!」

「それは大丈夫です。血は流れないように努力するつもりです!」真顔でガッツポーズを決めるロザリア。

「いや、それこそ無茶でしょう……」



 夜更けになり、城下町が漆黒に包まれ、外灯のランプに炎使いが火を灯しはじめる。コロシアムは『人口シャイニングクリスタル』の光によって昼間の様に照らされていた。

 すでに客席は満員状態となり、本日のメインイベントに胸躍らせていた。

 闘技場には使い捨てられた武具や人骨が無造作に散らばり、大地は大量の血で湿っていた。連日、ここで囚人たちが殺し合い、獣が暴れ、英雄が雄叫びを上げているのだ。

 時が経つにつれ、客席が騒がしくなり、戦士たちがいつ入場するのか今か今かと声を荒げる。その中にはエレンの姿もあった。顔を青くし、ロザリアの無事を祈っていた。

「まだ始まらないのぉ?」見晴らしのいい特等席でエミリーがポップコーンを片手に文句を言う。

 その隣に座るオーナーが書類を確認しながら汗をハンカチで拭う。

「急な予定変更で立て込んでおりまして。まず、囚人30名とバーサーカー5名の生き残りをかけたバトルロイヤル。ここにロンク村の村娘を参戦? 自殺志願者か?

 で、生き残りとバスターライオン3頭のデスマッチ。

 そしてメインイベントは囚人王『オーバーキラー・ザ・クロウマン』VS西大陸最強の豪槍使い『ファランク・マキシマ』。

 今夜は忘れられぬ夜になるでしょう!」オーナーは鼻息荒くさせ、汗ばんだ顔をエミリーに向けた。

「はいはい、早く始めて頂戴な」



 コロシアムを包み込む光が消え、闘技場にひとつ灯る。すると、この国いちの大声自慢の風使いの男が颯爽と登場する。それを合図に「待ってました」と言わんばかりに客席が声を上げ、コロシアム中に地響きを上げる。

 アナウンサーは風を客席中に飛ばし、喉を鳴らした。


「レディーーーース・エェェェェンド・ジェントルメェェェン!! 

今宵もやってきました! 戦士たちの宴ぇぇぇぇ!! 

 では! 殺戮のはじまりだぁぁぁぁ!!

 強豪囚人共と我がコロシアムが誇る兇戦士たちのぉぉぉ!

 バトォォォォォルゥロイヤルぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 役割を果たした彼は、闘技場から出口へと走って向かうと、すれ違いざまに囚人たちが鞭で追い立てられるように登場する。

 去り際にアナウンサーが息を吸い込み、胸に手を置く。


「更に本日は特別ゲストとしてはるばるロンク村からやってきた!

 血の海に咲いた壱輪の花! ロザリアァァァァ!!!」


 反対方向の出入り口を指すと、光が紅の鎧を纏ったロザリアを照らした。

「眩しいな……」兜を取って入場する様云われていたが、強烈な光と客たちの声援に顔を赤く染め、フルフェイスを降ろしてから闘技場中央へと歩み出した。

「本当に女なのか? 鎧は男物みたいだぞ?」

「細っこい体の割にはデカイ剣だな? 使えるのか?」

「振り下ろして地面に刺さって、はいそれまで……だな」

 観客たちは思い思いの感想を闘技場へ向かって吐きかけ、「兜を取れ」と、コールを始めた。

「うぇえ?! そんな……」狼狽え、アナウンサーや関係者の方へ顔を向けると、同じく取る様にとの指示を飛ばしていた。

 仕方なく兜を取り、金髪のポニーテールを優雅に靡かせた。

「おほっ俺好みの女だ!」

「あんな女が、あんな大剣で戦えるわけがない!」

「今日は観にきてよかったぜ。あんな綺麗な娘が血で汚れる姿なんてそうそうお目にはかかれないぜ……」

 更に視線が集中し、ロザリアは頭上から湯気を噴き出し、俯いた。

「も、もう被っていいよな?」


「はじめぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 アナウンサーの喉から血が出んばかりの咆哮が轟くと共に、闘技場にバーサーカー達が暴れ込む。

 囚人たちは一斉に所持した武器を振り回しはじめ、昨日まで仲間だった者に斬りかかり、またある者は果敢に狂戦士へ戦いを挑み、フレイルの一撃を顔面に喰らった。

「くっ、始まったか……」ロザリアは冷静に兜を被ろうとしたが、近くの囚人がそれを打ち飛ばした。「お?」

「死ねぇ!!」生き死のやり取りで精一杯な囚人は間髪入れずに棍棒を振るった。

 ロザリアは冷や汗ひとつ掻かずに彼の手首を掴み、背負い投げし、上腕をへし折った。阿鼻叫喚の闘技場の中から女々しい悲鳴がひとつ鳴り響く。

 彼女は周囲の状況を確認し、自分に襲い来る者からの攻撃を的確に捌き、腕をへし折って地面に転がした。

「あの戦い方……ラスティーさんみたい……」エレンは彼女の活躍に目が釘付けになっていた。「そういえば彼は……うぅん! 今はこれに集中!」

 あっという間に闘技場は新鮮な血の湿地帯となり、残るは囚人3名とバーサーカー4名、そしてロザリアだけとなった。

「くっ……」先ほどまで血は流すまいと、腕をへし折るだけに止めていたが、その負傷した囚人たちは別の者にトドメを刺され血の池に沈んでいた。

「次の戦いへ移る前に、景気づけといこうじゃねぇか!」バーサーカーのひとりが暴力欲の前にムズムズと湧き上がる欲をいきり立たせ、ロザリアに歩み寄った。

「そうだな! この闘技場に女が立つことはそうそうない事だ!」

「久々の女の匂いだぁ!」

「まず鎧を脱がし……いや砕いて、その後は……」

 性欲に目と身体をギンギンに興奮させた戦士たちは、バトルロイヤルというルールを棚上げし、ロザリアを囲んだ。

「このコロシアムの戦士たちはいささか品が無い様だな」

「こんな場に品もクソもあるかい!!」男たちは涎まみれの口をぐにゃりと歪ませ笑い始めた。

「おい! その剣は飾りか! さっきからお前だけつまらないぞぉ!」

「とっとと殺せ! もしくは殺されちまえ!」

「犯されるのもいいな! 久々に粋なショーだ!」

 品がないのは観客も同様だった。

 ロザリアはうんざりしたような顔を作り、後ろに構えた剣を手に取った。

「抜くか……」バーサーカーが身構え、半歩前に出る。

 その瞬間、彼女は片手で身長ほどある大剣を瞬時に狂戦士の眼前に突き出した。

「なっ……!」その凄絶な抜刀ぶりに死を恐れぬバーサーカーたちや生き残った囚人たちは身を強張らせ、一歩も前に進めなくなっていた。

 その様子を見てロザリアはふっと笑う。


「なんだ……殺気を出すまでもないか……」


 この言葉を合図に大剣を両腕に持ち替え、横に一文字、縦に一文字、斜めに一文字と前後に振った。

その素振りからは凄まじい衝撃波が放たれ、回りの男どもの頭に脳震盪を起こさせ、たちまち昏倒させた。観客席の前列にまで衝撃は及び、強風に乗った砂埃が叩き付けられる。

「全滅……だと?」オーナーが目を丸くし、闘技場中央で剣を仕舞うロザリアを睨み付けた。

「見立て通りね」エミリーはポップコーンを食べ終わり、ハンカチで汚れた手を拭いていた。

「身体中に雷を巡らせ、筋力を活性化させているのね……更に静から動へ転じる剣術で技の威力を爆発的に跳ね上げている。あんな雷の使い方、教科書には載ってないな」感心するように頷き、楽しそうに微笑みながら足をパタパタさせる。

「く! 予定より早いがバスターライオンを投入させろ!!」

 オーナーの合図と共に牙や爪が太く、鋭い巨大な獅子が闘技場へ躍り出る。3頭は周りで倒れる骸には目もくれず、生き生きとした目をしたロザリアに向かって前方から襲い掛かった。

 彼女は臆さず騒がず、ニヤリと微笑み、ギラりとした瞳を獅子3頭へ向けた。その奥から言い知れぬ気配と殺意が噴き出て獅子たちに襲い掛かる。

 獅子の目には数秒後の真っ二つになった自分の姿が映され、前足を踏ん張って突進を止める。

「いい子だ」ロザリアは優しく微笑み、一番近くの一頭のタテガミを撫でた。

「す、すごい……頑張ってください……」エレンは小さく呟き、拳をギュッと握りしめて汗をポタリと流した。

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