28.戦士VS賢者

 エミリーは観客に分かり易い様、激しく放電して稲妻を鳴らし、闘技場に雷龍が如きサンダーボルトを暴れさせた。

 実際に彼女が得意とする雷魔法は静電気の少しも放電させずに体内で魔力を練り、一点集中させた一撃を放つ、これまた素人にはわかり辛い代物だった。

 それに、いま彼女がやっているような雷魔法は、大魔法使いレベルから見れば子供だましだった。一見、煌びやかで激しく、喰らったらひとたまりもなさそうな稲妻だが、雷魔法は派手であればそれだけ破壊力が逃げてしまい、実用的ではないのだった。

 つまり、アリシア達が道中遭遇したビリアルドはその程度の使い手だったのである。

「さ、いきますわよ?」エミリーが手を叩いた瞬間、祭りの様に賑やかだった稲妻の雨が止み、空気がピンっと張る。

 観客たちの声援も息を合わせた様に止まり、固唾を飲んで賢者の動きに注目する。

「どうぞ」ロザリアは大剣を掴み、いつでも振れるように一歩前に出た。

 エミリーは体の周りに雷の剣を何本も作り出し、ロザリアの方へ切っ先を向ける。鮮やかなブルーが槍の様に飛び交い、超高速で連続で彼女の方へ向かっていく。数発が足元に着弾し、もう数発が頬や脇を掠めた。

「流石に動けなかったかしら?」

「殺気が無かったから、捌かなかっただけだ」

 ロザリアはふっと笑い、エミリーに優しげな目を向けた。


「実戦は初めてかな?」


 挑発するような言葉を放つロザリア。「相手はあの賢者だぞ」と、どよめく観客席。

「勘違いしないでくださる? オーナーから貴女を殺すなって言われているだけよ」前髪を掻き上げ、ツインテールをふわりと揺らす。

 すると、ロザリアはファランク戦の時に見せた殺気を放ち、エミリーに当てた。

「わっ!」一瞬、彼女の電磁浮遊魔法が解け、白目を剥いて闘技場へ落下しかける。

「う! やりすぎたか?!」頭から落ちるエミリーを助けようと、地面を蹴る。

「んあぁ!!」飛んだ意識が戻り、地面すれすれで浮遊し、再び天高く舞い上がる。

 ロザリアは安堵した様にため息を吐き、汗を拭いながら彼女を見上げた。

「ば、ばかにしないでよ!!」痛いところを付かれたのか、図星の様に表情を歪める。


「あなたは戦争の前線に立つのだろう?! 今のを当てられた程度で意識が飛んだんじゃあ、命がいくつあっても持たないぞ!!」

 

「くっ……ふふっ、殺気を当てる暇なんかあるかしら?」

 エミリーは小さな指先から火花をバチバチと鳴らし、ロザリアの方へ向けた。

「オーナーには悪いけど、これで試合終了よ!!」

 指先から、まるで熱線の様な稲妻が放出し、ロザリアに襲い掛かった。観客の素人、玄人の目にも止まらないそれは正確に彼女の胸に向かい、そして……。



 ところ変わってロンク村。

 ここの村長は年も年だが、背筋はまっすぐに伸び、年齢の弱みを感じさせなかった。そんな彼の周りにはいつも、彼を慕う村人たちが絶えなかった。

「上手くやりましたかね、ロザリアちゃんは」畑仕事を終えた者が村長の隣に腰を下ろす。

「……わからん。ま、彼女がどんなに頑張ってもこの国の王は……いや、あの大臣は首を縦には振らんだろう」

「では、なぜ行かせたんです?」

「……ロザリアに、いろんな物を見て欲しいからだ。あんなにいい子なんだ。記憶を失う前もいい子だったに違いない。何か記憶を取り戻す手掛かりが、あの街にあると思ってな……」城下町の方を向きながら腕を組む。

「……私はやはりヤオガミ列島出身だとは思うのですが……」

「うむ、あの顔立ちに髪の色、持っていた得物からしてそうだな。まさか、わしの孫娘が余計な事をして記憶を失ったんじゃああるまいな?」

「髪を金に染めただけじゃあ消えないでしょう? しかし、あの刀……不気味ですよね」

「あぁ……どうやっても抜けず、捨てても彼女の手元に戻ってくる……まるで呪われているかのように……」村長は彼女の腰に備わる刀を思い出し、身震いした。

「まぁ、何はともあれ無事に帰って来れば、それでいい」



 ロザリアは、エミリーの放った『神速の雷針』を余裕たっぷりに大剣の先で受けて斬り上げた。雷針は耳を劈く音を闘技場に響かせ、天高く飛んでいった。

 観客たちにはその様子は全く見えず、ただロザリアが大剣を一瞬で上に掲げた様にしか見えなかった。

「うっそ……貴女も『サンダーアイ』が使えるの?」

 エミリーの言う『サンダーアイ』とは、雷を眼球に巡らせ、動体視力を飛躍的に上げる雷使いの中で有名且つ高度な高級技である。これと同じく筋肉、運動機能を活性化させる『パンプアップ・サンダー』という技もロザリアもエミリーも使っていた。

「え? さんだー? なんだ?」瞳から青い火花を滲ませながら言う。

「とぼけないでよ! さっきから次から次へと高等魔法を使いこなしているくせに! 嫌味よ! それ!」

「嫌味も何も、私は知らないし、身体が勝手に動くんだ!!」

「そんな……反則よ! このぉ!!」額に血管を浮き上がらせ、エミリーは腕から無数の雷針を打ち出し、小さな殺気を向けて放った。

 ロザリアは大剣を器用に手の甲で回転させ、雷針を全てはじき返し、闘技場にばら撒いた。着弾音が激しく鳴り響き、観客たちの鼓膜に襲い掛かる。

「耳がぁ! 耳がいてぇ!!」

「さっきから何やってるんだよ!」

「わからん! 数々の戦いを見てきた俺にもわからん!!」

 観客たちは困惑しながら2人の試合を見守った。

 エミリーはムキになり、格下に使うべきではない大雷球を2つ作り出し、投げつける。

 ロザリアはそれを正面から斬り落とし、頑丈な闘技場の地面をほっくり返した。砂塵が舞い上がり、行き場のない稲妻たちが辺りをバチバチとのたうち回る。

「この! このぉ!!」子供らしい必死な顔で両腕に魔力を込め、強大な稲妻の龍を作り出す。

 この『雷龍』は先ほど見せたコケ脅しのドラゴンではなく、クラス4の魔力を練り上げて作った最大級の攻撃魔法だった。これはエミリーが繰り出せる最高技のひとつであり、この魔法を使えばこの城下町を数分で灰に出来る程の技である。

 エミリーは我を忘れ、全身全霊を持って操り、闘技場にサンダーブレスを吐きかけた。


「ふんっ!!」


 ロザリアは無意識の内に、大剣に魔力を込め、この日初めて全力で振り下ろした。

 すると雷の激流が真っ二つ割れ、衝撃が術の元にいるエミリーにまで伝わる。

「こんのぉ!!」

 雷龍が大口を開き、牙を唸らせてロザリア目掛けて襲い掛かる。


「っっっだぁっ!!!」


彼女は目を光らせ、弐の太刀を振り上げて雷龍の首を斬り飛ばした。質量が無いに等しい雷龍の首はいとも簡単に落ち、闘技場に雷が霧散する。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 エミリーは残った雷龍の胴を大槍に変えて飛ばす。

 飛翔する雷槍は衝撃を撒き散らし、観客席に強風を巻き起こした。

 次の瞬間、槍が着弾して闘技場に大穴が空き、街が吹き飛ぶ程の轟音を上げて衝撃波が放たれる。

 この街自慢の立派なコロシアムは今の一撃で皹がいくつも入って柱が歪み、闘技場は見る影もなく崩壊した。砂塵と煙が辺りを覆い尽くす。

「さすがに……これで……」

 エミリーは肩で息を切らせ、闘技場中央を睨み付けた。本来ならこの技は数十数百を一瞬で灰に出来る程の、こんな闘技場では使うべきではない技だった。

 しばらくすると闘技場に強風が巻き起こり、砂塵が一気に晴れる。

「なに?!」

 そこには頬を黒く汚したロザリアが仁王立ちしていた。大剣を地面に突き立て、目を鋭くさせる。


「こんなものか!!」


 ロザリアの一括に、エミリーの肩がビクリと跳ね、力なく項垂れ、泣きそうに表情を歪めた。

「なんで? なんで倒れないの?」頬を涙で濡らし、震える。

「……同じ属性同士の戦いでは決着がつきにくい。それに戦いとは、経験がものを言う。私に記憶はないが……体が覚えているようでな」

「そんなの反則だようぅ……」



 この2人の戦いを見て、コロシアムの観客たちに変化が現れた。

 先ほどまで熱々の鍋の様にヒートしていたが、今は氷の様に冷え切り、全員が全員表情を青ざめさせていた。エレンを除いて。

「あら? みなさんどうしたのですか?」崩壊した闘技場の2人に集中しながらも、きょろきょろと辺りの様子を窺う。

「お前さん、この国の人間じゃないのか?」隣の観客が口にする。

「えぇ……まぁ」

「あんな田舎から来た戦士ひとりにコロシアムの囚人王、英雄だけでなく賢者まであんなザマなんだぞ?! 今度の戦争であんなのが役に立つと思うか?!」

「……それは言い過ぎじゃあ……」

「いや、言い過ぎじゃないね」

 彼の言う通りであった。この不安の風がコロシアム全体に吹き、やがてこの空気にエミリーが気付く。

「う、うぅ……な、なんとかしなきゃ……勝たなきゃ!」袖で涙を拭い、腕に魔力を込める。だが、先ほどの様な力強さ、鋭さはなく、この様子が更に観客、国民の不安を呷った。

「……なるほど」異変に気付いていたロザリアは大剣で突きの構えを見せ、エミリーを睨み付けた。「思い切り派手にいくか……」


「おい、賢者殿! トドメを刺させて貰う!」


 ロザリアは助走をつけてエミリーのいる空へ高く飛び、猛烈な突きを放った。

「ひぃ!」恐怖で引き攣った賢者は指先から練りそこなった歪な形の雷槍を放った。

 その雷の一撃が大剣の先を反れ、ロザリアの腹部に直撃する。

「ぐばぁ!!!」

 堪らずロザリアは吐血し、剣を取り落として地面へと砂埃を上げて不時着する。

「へ?」

 エミリーは涙で潤んだ目をぱちくりさせた。

「あ……惜しい」エレンは残念そうに俯いたが、国民たちは残らず立ち上がり歓声を上げた。まるで自国は今度こそ戦争で勝てる、と確信した様に喜んだ。



「へへ、早く脱がせよ」

「そう焦るなって」

「どうやって脱がすんだ?」

 ロザリアはコロシアムの地下奥深くにある監獄に入れられていた。

 オーナーは彼女を新たな金づると睨み、決して逃がさぬように戦いが終わった後、気絶する彼女をここに押し込んだのである。

 ここの囚人たちは女性を触るどころか、見て嗅ぐことすら久々なので、興奮で顔を紅潮させ、指先を震わせながら鎧に触れた。

「縛られているから平気だろ?」

「これからこいつがルームメイトとは、これから楽しみだな」

「なんでも賢者の一撃をモロに喰らったみたいだからな……虫の息だからやりやすいぜ」

 下卑た笑いを覗かせ、無理やり鎧を引きはがそうと躍起になる。

 すると、ロザリアはカッと目を開き、むくりと上体を起こした。鎖で手を後ろにキツく縛られていたが、いとも簡単に引き千切り、立ち上がった。

「すまないが、私の武器はどこかな?」

 周りの囚人たちは先ほどの汚い笑顔は何処へやら、引き攣った顔で武器庫を指さした。

「ありがとう」礼をし、また何事も無いように檻をひん曲げて破壊した。

「おい! 貴様! どこへ行く!」番人が彼女を止めようと前に立つが、大剣を背に構えたロザリアを目にして気を付けの姿勢になる。

「快方をどうも。帰らせて貰う」

「は、はい!!」



 ロザリアがコロシアムを後にする頃、街の灯は消え真っ暗になっていた。

「遅くなってしまった」兜を被り、街の出口へと向かう。

 そこへエレンが現れる。

「大丈夫ですか?! その、あんな強力な一撃を受けて! あ、その大臣との交渉は! それから……!」頭の中にある心配事をすべて投げかける。

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 ロザリアは彼女を宥め、自分の無事を伝えた。そして、大臣との交渉は失敗に終わったと伝えた。

「そんな! だってあんな凄かったのに!」

 ロザリアはコロシアムを出る前に大臣の使いから知らせを聞いていた。大臣の言では『最後まで闘技場で立っていなかった』らしく、結局ロンク村から若者を出す事となる。しかも、ロザリアも戦争に参加しろというのだった。

「ふ、最初からこのつもりだったのだろうな……」

「ひどすぎますよう!!」

「それから、貴女の仲間の事ですが……」と、言いかけるとそれを遮る様に彼女らの間にエミリーが上空から現れる。

「うわぁ! 賢者が!」エレンが狼狽える。

「人を化け物みたいに言わないで下さい! あの、ロザリアさん。お話があります」

「……なんでしょう?」

 すると、エミリーは深々と頭を下げた。

「今日は本当にすみませんでした!!」

「え?」2人がきょとんとした顔を見せる。

「私のため……いいえ、この国の為にわざと負けてくれたんですよね! 私が不甲斐ないばかりにロザリアさんに恥を掻かせて……本当にすみません!!」

「え? えぇ??」エレンが2人を交互に見る。

「……あのまま賢者様に恥を掻かせたら、国民の不安を呷り、士気が下がると判断しました……この国が負ける事は、我が村の破滅につながりますので……出過ぎた真似を……申し訳ありません」ロザリアは跪き、深く首を垂れた。

「いいえ、私が弱いばかりに……何故、私みたいな未熟者が賢者に選ばれたのか……」



 ひとしきり会話が終わった後、ロザリアとエレンは共に宿へ戻り、エミリーは明朝に村まで送ると約束し、城へ戻っていった。

「で、ラスティーさんは!」落ち着く間もなくエレンが問う。

「……大臣は、彼は交渉道具として役に立たないと判断し、明日の夜明けに処刑すると判断したそうです」

「な! なんですって!! なんで処刑するんです!!」取り乱し、ロザリアの肩を揺さぶる。

「理由はわかりませんが、使者に訊いたらそう返ってきたんです」

「そんなぁ……」ぐったりと身体を項垂れさせ、涙を流す。

「……大切な仲間なんですね」

「えぇ……なんで……これからって時に……」

 しばらく沈黙が流れる。エレンは自分が何をすればいいのかわからず、頭を抱えながら唸る。ロザリアは彼女が悩む様を見て、同じく表情を曇らせた。

「手を貸そうか?」ロザリアが重たく口にする。

「え?」

「……私が力を貸せば、脱獄させることができるかもしれない。闇夜に紛れ、迅速に事を運べば……」

「て、手伝ってくださるのですか?!」

「困っている人を目の前にして、ゆっくり眠ることはできないから……」

「あ、ありがとうございます!」エレンは滝の様に涙を流し、彼女の手を掴んだ。

「よし! では早速……」

 勇んで2人が立ち上がった瞬間、部屋のドアが開く。

 機嫌のよさそうな足音が響き、紫煙を吐きながらラスティーが荷物を抱えて現れた。

「いやぁ~実りの多い一日だったぜ~。よ、エレン。今日はコロシアムで盛大な試合があったそうだが観に行ったか? ちと遅くなったが夕飯を今から作るんだが、一緒に喰うか? お? 知り合いか? はじめまして、俺はラスティー・シャークアイズと……む?」

 ラスティーはエレンの不穏な気に気が付き、口を横に結んだ。


「ラスティーさんのバァカァ~~~~~~~~~!!!!!」

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