23.炎の国のヴレイズwithアリシア

 パレリアの港から出発して半日。気候は東の大陸と変わらず、太陽光が燦々と降り注ぎ、柔らかい風が吹いていた。

 2頭馬の馬車は荷車を揺らしながら軽快に舗装された道を走る。

その中でアリシアは船旅と昨夜の戦いで疲れ果てて眠り、ヴレイズは彼女の寝顔を眺めていた。

「な~に見てんの?」薄く目を開けて笑い、アリシアはムクリと上体を起こし、彼に近づいた。

 ヴレイズは顔を赤くし、彼女から目を逸らす。

「……その、昼間から眠るアリシアを見るのは初めてっていうか……寝顔をじっくり見るのが初めてだっていうか……」口をムズムズさせ表情を痒そうに歪ませる。

「ふ~ん。で、ご感想は?」

「うぅ……その……どんな夢を見ていたんだ?」

「誤魔化してないで可愛いって言っちゃいなよ!」彼らのやり取りを聞いていた御者がニヤニヤ笑いながら口を挟む。

「そうだぞ! 正直に白状しなさい♪」意地悪そうな表情を浮かべ、詰め寄るアリシア。

「う、うるせぇ! 昨日の疲れは取れたのかよ!」

「……うん。半日も眠ればだいたいは、ん?」鼻をヒクヒクと動かし、窓から顔を出す。

「どうしたんだ?」

「ビープマンさん、ちょっと停めてくれる?」御者に声をかけながら彼女は停車する間もなく、ドアを開けて外へ出た。異臭の方向へ目を向け、森の向こう側へ足を運んでいく。

「おい、アリシア! すいません、すぐに戻りますんで……」平謝りしながらヴレイズも後へ続いた。

「ちょうど馬を休憩させたいと思っていたところさ」肩を上げ下げしながらビープマンは手綱から手を離して降り、馬の背を撫でながら傍へ近寄った。



 アリシアの向かった先には、巨大な大木ががっしりと根を張って天高くそびえ立っていた。辺りは人間に荒らされた跡はなく、地面や岩には苔が生え、ツタが伸び放題に絡みついていた。

 その樹齢数百年ほどありそうな大木に一本の剣が死体諸共、突き刺さっていた。その死体は腐り果て、肉が変色し目玉が飛び出していたが、かび臭い匂いだけで虫一匹たかっていなかった。

「し、死体……の臭いなのコレ? 衣類の匂いはだいたい80年前くらいのかな? おかしいな……」死体の周辺を探索し、剣に絡んだツタをナイフで切る。

「おい、死体なんてどうでもいいだろ? 先を急ごうぜ」追いついたヴレイズが彼女の肩を掴む。

「どうでも良くないでしょ。弔ってあげなきゃ」

 彼女の言葉に黙り込み、深くため息を吐いて「やれやれ」と、首を振った。

「じゃあ、穴は俺が掘るよ。そぉい!!」腕に炎を纏い、地面を抉る様な衝撃波を放ち、穴を作る。

「あまり森を怯えさせないでね。しかし、不思議な死体だなぁ~」と、骸の服装や剣の装飾を調べ、頭を捻る。

「なにが不思議なんだ?」

「だって、服装や装備の風化が始まったのが80年前くらいなんだけど、死体は白骨化もしないで……腐り始めたのはごく最近……いや、ゆっくり腐っているのかな? 何より鳥や虫に食い荒らされていないのがおかしい……んしょっ」死体に刺さった、自分の背ほどある長剣を引き抜き、骸を丁重に扱って穴の底へ横たえる。

「よっぽど不味い死体なんだろ?」

 彼のセリフに軽く相槌を打ち、風化した持ち物を検めるアリシア。中身は全て朽ち果て、手に取ると殆ど自壊した。一枚の女性の似顔絵が大切に折り畳まれていたので、それを死体の胸ポケットに仕舞う。

 次に装備を確認する。背中の鞘を確認し、胸に刺さった長剣はこの死体の所有物であることがわかった。刃に刻まれた紋章が目に入る。

「この紋章、知ってる?」

「わからないな」

「武器を奪われ、刺されたって事だね……」ゆっくりと納刀し、骸の横に置く。

「なにか引っかかる事でもあるのか?」ヴレイズが問うと、アリシアは手の埃を払いながら立ち上がり穴から出る。

「ううん。ただ、ずっと木に打ち付けられたままってのは、可哀想だったから。はやく埋めてあげよう」

 2人は手っ取り早く穴を埋め、アリシアはお供え物に持っていた酒と食べ物、近くに生えていた花を添え、墓石に頭ほど大きい石を置き、手を胸の前に置き、目を瞑った。

「ま、これで安心して眠れるんじゃないか?」

「うん。あたしも馬車でもうひと眠りしようかな~」

 2人は踵を返し、馬車の方へ向かって肩を揃えて歩く。

 その背後で、出来立ての墓にお供えされた花が、風もないのにユラユラと揺れた。



 次の日の早朝。

 アリシア達の乗った馬車は、盗賊や魔物に襲われることなく無事にボルコニアのバースマウンテンに到着する。ヴレイズは御者に運賃を払って礼を言い、アリシアは伸びをしながら空を見上げて「う~ん」と、唸った。

「いい乗り心地だったよ! ありがとう、ビープマンさん!」

「またのご利用をお待ちしていますよ」御者は帽子を取って挨拶し、新しい客を乗せ、手綱を振るって次の目的地へと馬を走らせて行った。

「早速、火の一族に挨拶にいこうか!」麓の町へ向かう。

 ここは西の大陸で唯一、海外からの旅人を歓迎する観光スポットであり、あらゆる場所に看板が立っていた。入口には立て看板には「バースマウンテンにようこそ! 平均身長160センチの町『ボルコンシティ』はこちら」と書かれていた。

「低いな……」ヴレイズが低い声で口にする。

「火の一族、ボルコ族……ねぇ。楽しみだね、ヴレイズ!」

「そうだな……ただ、前みたいにトラブルは御免だが。なんか俺たちが尋ねる村って毎回……」ヴレイズが愚痴りながら門をくぐると、そこでは身長の低い町民が頭を抱えていた。

「えらいこっちゃあ! えらいこっちゃあ!」髭面で筋肉質な男が眉をハの字にしながら右往左往する。

「……トラブル、かな?」

「ははは、きっと朝飯のパンを焦がしたとか、浮気がバレたとかそんなトコロだろ?」冷や汗を掻きながら苦笑いを作るヴレイズ。

 すると、家からまた一人、町民が出てきて大口で叫んだ。

「もうこの山は終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 アリシアとヴレイズは顔を見合わせ、眉を下げながらため息を吐き、町長のいる家を探した。



「で……さっそく引き受けたわけだが、大丈夫かよ」背中を丸くしてヴレイズが漏らす。

「ちょっと! ヴレイズがここに来たいって言ったんでしょ! もっと張り切りなさいよ!」

 2人はバースマウンテンの洞穴へ入り込み、下へ下へと進んでいた。奥はほんのりと赤く光り、熱風と硫黄の香りを吹かせていた。

「俺はここの炎の一族と交流を深めて炎の技を教えて貰おうと……」

「じゃあ手っ取り早いじゃない! 恩を売れて交流できるし、さっそくいい試練に巡り合えたし、良い事尽くめじゃない!」

「たしかにそう……ん? おぉ!」

 洞穴の奥へ進むと、開けた場所に出る。そこはマグマが滝や川の様に流れ、熱気が立ち込め、人間を寄せ付けないような炎が吹き荒れていた。

「あぁっづぁ!! やっばぃってここ! これ以上は進めないよぉ!!」容赦ない熱気に襲われ、顔を押さえながら後ずさりして陰に隠れるアリシア。この灼熱は砂漠の比ではなかった。

「そうか? 俺は平気だが……っていうかなんかこう、元気がでるというか! ワクワクするというか!」やる気なく猫背だったヴレイズは胸を張り、先へ向かおうと張り切りだす。

「あ、あたしは無理かな? 折角、ゴゴンギャを狩って、装備を新調することができると思ったんだけどね……」残念そうな顔を向け、出入り口の方へ足を向ける。

「そうか……よし、ちょっと待ってろ」ヴレイズは腕に魔力を込め、アリシアに向かって淡い炎を放った。その炎は彼女を優しく包み込み、バリアの様な薄膜を張った。「どうだ?」

「うん? あれ? 暑くない! これなら進めそう! なんなのこの技?!」

「船で考えたんだ。もう砂漠の時みたいに足手まといは御免だからな。身体の周りの気温を遮断して適温で守る『炎のケープ』って魔法だ。これなら砂漠でも氷河でも快適に進めるぜ。早速、役に立ったな」

「凄いよヴレイズ! 修行しなくてもイケるんじゃない?」

「じゃあもっと技を磨かなきゃな。さ、進もうぜ」



 彼女らは村長に『ゴゴンギャ討伐』を依頼されていた。それも、ただの灼熱蜥蜴ではなく、キングでもクイーンでも、またハグレでもなかった。

 18年前、この町出身の『ガイゼル・ボルコン』という現・炎の賢者が火口に封印した化け物だった。

 その化け物はこの山の守護神であると観光パンフレットで紹介されていたが、実は町では山を死に至らしめる厄災と呼ばれていた。町長が言うには火口の底のマグマ溜まりから山の『熱』を吸い上げ、自然のバランスを崩し、山を死に至らしめるそうだった。

 その化け物の正体とは、マグマに溶けて自然と一体になるはずだったキングゴゴンギャの慣れの果てだった。

 キングゴゴンギャは死期を悟るとキングの座を次の世代へと譲渡し、火口最深部の溶岩溜まりに身を委ねて溶け、『自然と一体』となり山を見守り続けるのだと町長は語ったが、この化け物は溶ける事を拒み、逆に熱を吸収して独自に進化し、別の生き物へ姿を変えたそうだった。

 この様子を見た当時の火の一族の戦士ガイゼルは、この厄災と一対一で決闘した。しかし倒しきれないと判断し、大岩で下敷きにして封印し山の危機を救った。

 だが、2日前に現れた『ある男』の所業で火山に異変が起こり、その厄災は復活し、再び山の熱を吸い始めたのだと言う。

 この厄災はガイゼルに『ザ・ヒート』と名付けられていた。



「そんな化け物を俺たちで狩るって、無茶な気がするな……」ヴレイズは相変わらず口を濁していた。町長曰く、火の一族の戦士を3人ほど火口最深部へ向かわせたが、未だに戻ってきていないと語った。もう1人、この街一番の戦士がいたが、その者は別の用件で姿はなく、さらに火の賢者ガイゼルはククリスで行われる『賢者会議』に参加する為、町を発った後だった。

「あたし達が行くのは加勢のためだって言っていたじゃない。わ、見てみて! クイーンゴゴンギャだ!!」と、遠くを指さす。

 そこには大型の4足歩行蜥蜴がマグマからのっそりと姿を現し、近場にある鉱石をバリバリと噛み砕いた。周りに小さなゴゴンギャが集まり、クイーンの身体に付着した溶岩を舐める。

「あれがクイーンね……図鑑によるとキングは小さいらしいよ? その分、クイーンより強くて威厳があり、群れを守るって。パンフレットには鉱石堀りにきた業者にも手を出さないほど温厚だって書いてある。山のアイドル達だってさ」

「アイドルって顔じゃないなぁ」ヴレイズはクイーンの黄色い瞳と龍の様な顔つきを眺め、頬をヒクつかせた。

「それにしてもヴレイズ、この灼熱が平気ってどういう事? 砂漠じゃあんなに参ってたのに」

「なんだろう……魔力が漲るっていうか、落ち着くっていうか……やっぱここに来てよかった気がするよ」

「ふぅ~ん。そういえばさ、この山には戦士の儀っていうのがあって、その内容に『マグマの滝浴び』って荒行があるんだけどさ。ヴレイズにもできるんじゃない?」パンフレットを読みながら彼の表情を伺う。

「え? 流石にマグマは無理だろ? ボルコ族は溶岩と共に修行する戦士が多くて、炎を体に巡らせた体術が得意だって聞いたし……」

「ヴレイズだって『せきねつけ~ん』って炎を纏うじゃん! きっと大丈夫だよ!」

「無理だって! 絶対火傷するって!」ヴレイズが声を荒げると、アリシアは悪い顔を見せながらニッと笑った。

「怖いの?」

 するとヴレイズは頬を膨らませ、近くの溶岩溜まりにおそるおそる指を突っ込んだ。ジュッという肉を焼く音と共に彼は跳び上がり、アリシアの周りを跳ねまわりながら水筒を取り出し、指を突っ込んだ。そして彼女に無表情をズイッと向けた。

「いいか、2度と、俺にこんな無茶ぶりするんじゃねぇ」

「普通は火傷で済まないよね?」



 下へ下へと進んでいき、ついに火口最新部に辿り着く。

 もう常人はおろか一般の炎使いでも近寄れないほどの熱気を吐き出すこの場所は、さながら地獄の窯の様にアリシアの瞳に映った。

 しばらく進むと、浅黒い肌をした半裸の小男が倒れているのが目に入る。

 アリシアは急いで助け起こし、傷の具合を診た。

「大丈夫?」エレンから渡されていたヒールウォーターの瓶を開け、爪で引き裂かれたような傷にかける。

「た、助けか? お前ら、どうやってここまで? 一般人はここまで来られないはず……」

「俺も火の一族だ。彼女には環境適応魔法を施してある」

「火の? もうボルコ族しかいないはず……まさか、サンサ族の生き残りか? だったらすぐ逃げろ! ここで貴重なサンサの血を途絶えさせてはいけない!」

「もう2人はどこだ? 先にいるのか!?」

「……ゴンズは腹を裂かれてマグマに沈められた……ヴァルは腕を引き千切られながらも戦っている。くそ! 助けを呼びに行かねば!」と、男は腰を重そうに上げ、傷を押さえながら上の方へ向かうが、具合悪そうにまた倒れてしまう。

「アリシア、彼を連れて行ってくれ。ここは俺が!」

「1人では無茶だよ! あたしも行く!」

「普通ならアリシアはここで生きていける身体じゃないんだぞ?! いいから大人しくっ、」と言いかけた瞬間、奥から悲鳴が轟く。

「ヴァルっ! ヴァルゥゥゥゥゥ!!」傷を負った戦士は急いで踵を返し、奥へと戻っていってしまった。

「くそ! いくぞアリシア!」

「うん!」

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