22.逆襲の海賊たち

 ヌーランド提督との海戦後は何事もなく航海が続き、3日後の夕暮れにはパレリアに入港していた。

 船員たちは急いで荷を降ろしはじめ、船長はアリシア達に礼を言いながら契約金を払いながら「ウチの専属用心棒にならないか?」と、誘った。それをラスティーは丁重に断りながらもマフィア時代に培った話術で船長と仲良くなり、握手を交わしながら世間話を楽しんでいた。

「なにか企んでいますね」ラスティーの作り笑顔を見て口にするエレン。

「企んでいない時なんかないだろ、あいつ」ヴレイズは欠伸しながら口にし、売店で買ったカウボーブ大陸の地図に目を落とした。「この大陸は山が多いんだなぁ……『ゴッドブレスマウンテン』に『タイフンマウンテン』、火の一族が暮らす『バースマウンテン』か……」

 アリシアも売店で購入した、生物図鑑と植物図鑑に目を通していた。

「う~ん♪ このバースマウンテンに生息する『ゴゴンギャ(火炎蜥蜴)』を狩りたいなぁ~。そろそろベアークローも寿命だし、新しいクローが欲しいねぇ」

「俺もバースマウンテンに興味があるんだが、行くのかな?」ヴレイズはアリシアの読む図鑑を覗き見ながら話しかけた。

「ラスティーさんが言うには、迅速にこの大陸の国々を巡って情報をかき集める、と船内で息巻いていましたねぇ」

「そっかぁ……」

「よし、宿に泊まって、早朝にパレリア城へ出発だ」満足顔のラスティーは煙草を咥えながら背伸びをし、アリシア達の下へ駆け寄った。

「物資の調達は終わっておりますので、今日は早めに休めますね」エレンは鞄を確認し、片手に持ったリストにチェックを入れた。

「ねぇ! あたし、旅の途中でちょっと寄り道したいんだけどさ、時間あるかな?」アリシアが問うとラスティーは煙を吐きながら答えた。

「そういうのは遠慮して貰いたいかな。何せ、この大陸は戦争勃発寸前の国が多々あるし、俺たちはそれを利用して力を蓄え、魔王討伐に備えるんだ。

 この旅に重要なのは時間とタイミング。できるだけ新鮮な情報をかき集め、最高のタイミングでそれを利用するのが重要だ。少しでもタイミングがずれると戦況は一変する。

 その為、いざと言う時の為に時間の余裕が欲しいからな。もし観光が目当てなら……戦いが終わった後にして貰いたい」

「厳しいねぇ」アリシアは残念そうに唸り、生物図鑑を閉じ、鞄を肩にかけて宿へ向かう。

「少しはゆとりも欲しいですが、その為の時間節約という事でしょうか」

「バースマウンテン……」ヴレイズはカウボーブ大陸の地図を眺めながら何かを考える様に目を伏せ、皆の後を追った。



 その日の夜、4人は夕食を囲みながらこれからの事を話し合っていた。

「とにかく俺の仲間と合流し、この大陸の国々の情報を収集しよう。情報が第一だ、いいな?」自分で作った野菜シチューを食べながら口にするラスティー。

「それにしてもこのシチュ―、おいしいですねぇ~」ホクホクさせながらエレンが言う。

「ヴレイズ、熱いうちに食べよ!」

「その前に、相談があるんだ」シチューから目を逸らし、口を開くヴレイズ。

「おう、なんだ?」

「ボルコニアのバースマウンテンに行く予定はあるか?」

「バースマウンテン? あそこはこの大陸唯一の中立地帯であり観光名所としても有名だな。炎の賢者の生まれ故郷でもあるが、行く予定はないな……なんだ、行きたいのか?」ラスティーの問いかけにヴレイズは深く頷いた。「観光目的じゃないよな?」

「……あぁ」

「お前自身の目的を見つけた、のか?」

 ヴレイズは俯き、シチューの底を眺めながら小さく頷いた。

 そんな彼の様子を窺い、アリシアが口を開いた。

「そういえば船上で聞きそびれたんだけどさ、ヴレイズの……村の仇って誰なの?」彼女の問いにヴレイズはしばらく沈黙したが、3人の視線が注目し顔を上げた。


「ヴェリディクト・デュバリアスって知っているか?」


 この名前を耳にしてラスティーとエレンは目を剥き、シチューの皿を取り落とした。アリシアはその名前を知らないのか、首を傾げる。

「……ヴェリディクトってお前……」ラスティーは顔を青くした。

「魔王より最悪な相手じゃあないでしょうか?」エレンも詳しく知っているのか、手を震わせた。

 ヴレイズは懐から一枚のボロボロになった手配書を取り出し、テーブルに置いた。アリシアはそれを手に取り、賞金額へ目を向ける。そこには薄ボヤけた似顔絵が描かれていた。

「いち、じゅう、ひゃく、せん……600万ゼル?! 普通の懸賞金じゃあないでしょう、これ!」一般の賞金首の平均額は5000ゼルから多くて2万ゼルと言われていた。この額は前代未聞である。

「これは30年前の手配書だ。懸賞金は失効している。こいつが俺の探している仇だ」

「手配書には賞金額の代わりに『DO NOT APPROACH(関わるな)』って記される程の危険人物で、各国もお手上げで野放しにされているからな」ラスティーも手配書に目を通し、感心した様にため息を吐き、煙草を咥えた。

「噂では200年以上前から生きている不死者とも呼ばれていて、呪われし大地に住むと言われる吸血鬼と旧知の間柄とも聞きます……それにこの男がやった悪行の数々は……」エレンは息を呑み、ヴレイズに目をやった。

「その実力は、賢者はおろか魔王に匹敵、いや……魔王に力を貸した男とも噂されている。そんな奴に俺の村は焼かれたんだ……」

「とんでもない奴に因縁つけられたんだな……」ラスティーは煙を吐き、その向こう側のヴレイズの真剣な顔を見た。

「俺は……この男に復讐したい。だが、今の俺じゃあ役不足だ……正直、魔王討伐の旅の途上で実力を付け、どこかでコイツに会って引導を渡したいと思っていたんだが……。

 ラスティーの言った通り、俺は今まで何気なく旅をしていたと思う。

 ただお前たちと旅をするだけじゃあ、俺は今のままだ……。

 だから、俺は火の一族が住むバースマウンテンに行って、炎の技を磨き、一皮も二皮も剥けたいと思っているんだ。

 自分勝手は承知だが、頼む」ヴレイズは深々と頭を下げた。

「……って事は一日二日の滞在では済まないな」ラスティーは苦い物を飲むような顔を作り、煙を吸った。

「私は今でもヴレイズさんは十分に強いと思いますけど……?」エレンが口にするが、ヴレイズとラスティーは首を振った。

「お世辞を言っても為にはならないぜ、先生。こいつぁ……いや、俺もみんなも魔王に挑むには弱すぎる。だからこの大陸で強くなろうって言っているんだ。

 だが、それは軍事力的な意味で言ったんだ。個人的な強さは、己自身でなんとかするしかない、な……」

「強くなる、かぁ……」

 アリシアが呟いた途端、宿の外が騒がしくなる。皆が訝しげに外へ聞き耳を立てると、爆発音と悲鳴が轟いた。



「港の物資! 船! それに女ぁ!! どいつもこいつも奪って灰にしろぉ!!」マスケット銃を上空に向かって発砲し、息巻くヌーランド船長。

 彼は今、『ライトクロウ号』の舵を取り、船員たちに向かって喚き散らしていた。

「提督、ここ数日やばいな」

「そりゃ自慢の旗艦をサメに喰われちまったんだ。無理もない」

「よく生きていたもんだ」

 船員たちの話し声を耳にした船長はマスケットを足元に向かって発砲した。

「ひぃ!」

「女みたいにくっちゃべってないで火薬庫から砲弾と火薬を持ってこい! 港町を万遍なく焼いたら……わかっているな?!」

「アイアイサー!」



 その頃、港町は砲弾の雨に晒され、安眠から叩き起こされた町民たちは逃げ惑い、憲兵隊は不測の事態でパニック状態になっていた。

「パレリアに使いを送れ!」

「向こうに辿り着いても明け方でしょう?! その頃には灰にされてます!」

「じゃあどうしろって言うんだ!!」

 彼らの怒鳴り合いが町民の不安を呷った。

「……今日はゆっくり眠れると思ったんだけどな~」航海中、船酔いでまともに眠れなかったアリシアが不満げな声を出しながら戦闘準備をする。

「明日、馬車を手配するからそこで仮眠してくれ」港へ近づきながら大砲を撃つ海賊船を忌々しそうに睨み付けるラスティー。

「私は怪我人の避難と手当のお手伝いに行ってきます!」エレンは医療鞄を片手に避難所へと向かった。

 その時、ひとりの町民へ向かって砲弾が風を切り裂きながら飛んでくる。町民は悲鳴を上げる事も逃げる事も出来ず、黙って走馬灯を見ていた。

 ヴレイズはそんな彼の目の前に飛び出し、腕に炎を纏った。いつもの様な赤熱拳ではなく、別の方法で炎を練り上げ、まるで刃の様に鋭く研ぎ澄まし、一気に振り抜く。

 すると砲弾は真っ二つに切り裂かれ、その2つは明後日の方へと飛んでいった。

「はやく逃げろ」ヴレイズの言葉に安堵し、町民は背に向かってお辞儀だけして逃げていった。その光景を笑顔で見届けるアリシア。

「いいね」

「感心している場合じゃないぞ……海賊が入港しやが……あれ? ヌーランド提督だ! サメに喰われたんじゃないのかよ?!」思わず煙草を落とし、目を疑うラスティー。

 ヌーランド船長はあの時、いち早く危険を察知し船員たちを見捨てて、こっそりと小舟で旗艦から脱出していたのだった。だが、小舟も巻き沿いになり破壊され、漂流していた所を『ライトクロウ号』に助けられたのだった。

「さぁ! 存分に暴れろ!! 日の出までに全てを終わらせ焦土にしろ!!」船長の合図と共に船員たちが港町へなだれ込む。

「ヴレイズ!! 火ィ貸せ!!」

「おう!」ラスティーの声に応え、ありったけの炎を彼の方へ向けて放つ。

 ラスティーはニヤリと笑い、飛んできた炎を用意した『可燃風』で受け止め着火させ、高速の火炎を桟橋へ走らせた。海賊が来そうな場所に前もって用意してあった危険な風に、火炎が激突する。

 その瞬間、真夜中であるにも拘らず夕焼けの様に明るくなり、海賊共の雄叫びが一瞬にして悲鳴の大合唱へと変わる。

 一塊の軍団が散々になると、逃げ惑うひとりひとりをアリシアが弓で射抜き始める。撃ち込んだ部位は物騒な音と共に砕け、血が辺りに飛び散り、地獄絵図に華を添える。

「アリシア、怖ぇ~」

「そんな強力な弓で人間を撃っちゃダメだろ!」目の前の痛々しい様子を目の当たりにし、2人がツッコむ。

「あんたらに言われたくないわぃ!」目の前の爆炎の嵐を起こした張本人ふたりに言い返しながら弓を射る。

「舐めるな、若造共!!」危険を察知する鼻がいいのか、部下を数人連れて迂回し、突撃するヌーランド船長。カトラスを振り回し、憎しみを込めてヴレイズに飛びかかった。

「……なぁラスティー」船長の腹に赤熱拳を一発見舞い、部下連中を炎で焼き払う。

「なんだ?」

「ここからは別行動にしないか? 俺はバースマウンテンで技を、己を磨く。お前ら3人は魔王討伐に向けて準備を進めてくれ。で、十分強くなったら合流させてもらうよ」

「それは困るな。お前は俺たちに必要だからな。気分で行動されちゃあ調子が狂っちまう」他の船員たちを得意の体術で片付けながら返答する。

「ねぇ! あたしもバースマウンテンに行きたいんだ!」クローで迎撃しながら話に入るアリシア。

「へ?」

「だからさ! ここは時間を捗らせるために二手に分かれない? あたし達はあたし達で情報収集するからさ。その方が手っ取り早くない?」

「おぉ、それはいいアイデアだな」ラスティーは感心しながら敵から剣を奪い、眼前の海賊を切り裂いた。

「それにヴレイズ。バースマウンテンに長居して修行するより、旅を続けて経験を積んだ方がいいと思うんだ。やっぱ経験力も大切だと思うし。だから、滞在は短期間で! どう?」

「そうだな……」眼前のヌーランド船長が放ったマスケットの弾丸を灼熱で溶かし、顎に蹴りを入れる。「いいアイデアだ」

「よし! 明日からそれでいこう!!」満足そうに口にし、アリシアは海賊の脚にナイフを突き立て、夜空に悲鳴を轟かせた。



 海賊たちを全員縛り上げ終わると、水平線から太陽が顔を出した。

 アリシア達は夜通し戦い、憲兵たちや船乗り、避難所の医者の手伝いをしたためボロボロに疲れ果てていた。

「で、私がいない間にどんな話が決まりましたの?」エレンの表情はにこやかだが、声には苛立ちが籠っていた。

 ラスティーは彼女に二手に分かれて旅をすると伝え、平謝りだけしていた。

「なんだか仲間外れにされた気分です」

「そんなこと言わないで、機嫌なおしてよ~」

「……ふぅ……ここは泥の様に眠りたいところだが、俺たちはバースマウンテン行きの馬車に乗らなきゃならないんで」目の下を黒くしたヴレイズは荷物の準備をした。

「ラスティー、エレン。バルカニアで落ち合おう!」アリシアの言う『バルカニア』とは、『ボルコニア』の西側の隣に位置する大きな国である。

「怪我するなよ!」

「特にアリシアさん! 無茶だけはしないで下さいね!!」

 この日、アリシア達は二手に分かれて旅を進める事となった。果たしてこの後、どんな試練が待ち受けているのか、彼女らは知る由もない……。



 その頃、バルカニアのバースマウンテン手前の草原に黒い影が1人立っていた。

 その男は、埃と皺ひとつない漆黒のスーツを身に纏い、整った黒髪を撫でつけ、ネクタイを締め直していた。

 上品に整った表情で山を見上げ、風と火山活動の音に耳を傾け、目を瞑り、音楽でも楽しむかのような表情を覗かせる。

「本日は戦士の儀か。活きの良い若者がいればいいのだが……」

 男は邪悪な笑顔を張りつけながらバースマウンテン麓の村へと足を踏み入れる。

 しばらくすると、17年間荒れたことのなかった山が突如火を噴きながら火山灰が舞い散り、地震が起こり、辺りに火山岩を振らせた。

 山に不穏な影が落ち、ひとつの重みのある笑い声が響き渡った。

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